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32話
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「ホレ、嬢ちゃん遅いぞ。若いんだから頑張れ」
「チクショウ!何でそんなに走れるんだよ!」
罠を設置した場所と、吉三の小屋は離れている。
イノシシに攻撃されない、けれども誘導するためにいい距離を取る必要があるので、しのと老人は走って逃げていた。
なので、ずいぶん走ったしのは疲れて速度が落ちてしまっているのだが、老人は全く同じ速さで走っている。
その上、草むらの中を走っているイノシシを威嚇しつつ、しのにも気を配っているのだ。
「この爺さん、本当に何者だよ・・・」
老人の健脚に舌を巻く。
やがて、罠を設置した山まで到達した。
ここから、罠のある所までイノシシを煽りつつ誘導するのだが・・・
「嬢ちゃん、石を何個かあの辺りに投げてみてくれ」
呼吸を整えていたしのは、老人の言う通りの所に手持ちの石を投げてみた。
何かに当たる重い音が聞こえたと思ったら、草むらからイノシシが飛び出してきた。
「ホイ来た!」
「イノシシがいるって、先に言えよ!」
老人は楽しそうに、しのは怒りを込めて山を登る。
イノシシもその後を追ってきたが、平地とは違い、追いかける速度が遅い。
「嬢ちゃん、もう少しゆっくりでいいから、イノシシを罠の所まで連れて来なさい。儂は罠が確実に作動するようにする」
「わかった・・・頼んだぜ・・・」
老人は先に斜面を登り、木の陰に身を隠した。
振り返ると、イノシシはこちらを睨むようにしてついてきている。
しのはイノシシが標的を定めにくいように、わざと左右にフラフラしながら登った。
周りは、秋色に色づき始めた木々が生い茂り、きれいな景色が続く。
だが、ところどころ土砂崩れがあったのか、倒木や大きな岩が転がっている所もある。
そんな所を利用して、罠を設置したのだ。
斜面から斜めに生えている木や倒木を利用し、子供がかがめば通れるくらいの隙間を作る。
その隙間に、ツルで作った即席の罠を設置。
ここからは見えないが、きっと近くで、あの老人が罠を作動させるべく待ち構えているはずだ。
しのは罠との距離を見定めると、一気に走り出し、木々の間をくぐり抜けた。
その直後、イノシシも斜面を駆け上がる速度を早め、しのを追いかける。
しのは後ろを振り返る。
イノシシの視線と、しのの視線がぶつかる。
隙間を囲むように張ったツルの間を、イノシシが通った。
その直後、老人がツルの先を思いっきり引っ張ってイノシシの体を締め上げる。
急に大きな力で引っ張られたイノシシは、絶叫した。
老人は、持っているツルを手早く近くの木に巻き付け、イノシシを繋ぎ止める。
「やった・・・捕まえた・・・」
ギュウギュウと叫び続けるイノシシを見て、感嘆の声をあげるしの。
「喜ぶのはまだ早い、さっさとトドメを刺さないと、ツルを引きちぎられるぞい」
見ると、イノシシを引き止めているツルは目一杯引っ張られ、もう少し大きい力が加われば切れてしまいそうだ。
イノシシ本人も、鳴きながら体を左右に振っている。
「しの!無事か?!」
「父ちゃん!こっちこっち!」
しのを追いかけていた父が、やっと二人に合流した。
罠にかかったイノシシを見て、父は驚いた。
「捕まえたのか!でも、すごい力だな」
「ふたりとも、離れていなさい」
老人が火縄銃を構え、銃口をイノシシに向ける。
これでトドメを刺すようだ。
しかし、イノシシはより一層体を踏ん張り、ツルを引っ張り始めた。
ツルやそれを巻き付けている木々はミシミシという音を立て始める。
「なんか・・・引っこ抜かれそうなんだけど・・・」
「いやまさか・・・」
三人は、冷や汗を垂らしながらイノシシを見守った。
やがて、ツルを巻き付けている一本の木が根っこを露わにし、地面から引き抜かれてしまった。
「嘘だろ?!そんな力があるのか?!」
「しの!行くぞ!」
「逃げろ!」
父はしのを抱えて、老人は構えていた火縄銃を下ろして走り出す。
体の自由が効くようになったイノシシは、その隙を逃さず、三人に向かって走り出した。
体には、ツルと引っこ抜いた木を従えている。
「アイツ、木を引きずったまま走ってるぞ!」
「木がそれほど大きくなかったからかもしれないなぁ」
「だとしても、とんでもない力だ。もう罠は使えんぞ」
イノシシに引きずられている木は、斜面を駆け下りるうちに削られ、一本の棒のようになってしまった。
そのせいでイノシシの速度は元に戻り、ゆっくり走ることはできなくなった。
「他に使える手はないのかよ!石ももうないぜ!」
「火縄銃を使う方法もあるがのぅ」
「それだ!爺さん、さっさとそれを撃ってくれよ!」
「だがのぅ、儂は銃がどうも苦手で、相手が止まってないと撃てないんじゃよ」
「なんじゃそりゃ!背中の銃は飾りかよ!」
「なら、イノシシのあの速さを利用するのはどうです?」
「イノシシの速さ?」
父の提案にしのが首を傾げる。
「イノシシはすごい速さで走っている。あの速さではいきなり止まることは難しいだろう。なら、大きな岩がゴロゴロ転がっているあっちに誘い込んで、岩に衝突させる、というのは?」
父が指さした方向は、さっきしのがイノシシを誘い込もうとした、倒木のある所。
倒木の先には、山から転がってきた岩がいくつか転がっている。
それを利用し、イノシシを仕留めるのはどうかと、父は提案したのだ。
これに老人が賛成した。
「他に良い手段がない。増援が来るまで時間がかかるかも知れない以上、やれることはやってみようかの」
「なら、このまま岩に誘い込むか?」
「それと同時に怒らせ続けよう。我々がイノシシの標的であるように、仕向けなければ」
老人は走りながら地面から石を拾い、イノシシに投げつける。
イノシシは石を避けて走り続けるが、その目は怒りに満ちている。
「こうやってイノシシの目を自分に向けつつ、襲ってきたら岩陰に隠れてイノシシの自滅を誘うんじゃぞ」
「わかった!」
やがて、岩が転がっている所まで来た。
しのは、父から下りてイノシシと対峙しようとしたが、父に止められた。
「しの、お前はこのまま俺に引っ付いていなさい」
「なんでだよ!アタイだって石を投げて、適当に逃げるくらいならできる!」
「こういうのは大人の仕事だ。いい子だから大人しくしてなさい」
「いい子のままで飯が食えるか!しかもイノシシの肉だぞ、肉!」
「ああもう!なら俺の代わりに石を投げなさい!それでいいかい?」
父に肩車し、石を投げるという大役を仰せつかったしは、ようやく納得した。
「さっさと来やがれ!鍋の具にしてやるからよ!」
父の頭の上で鼻息荒く、イノシシを待ち構える。
しのを肩車している父は、諦めた顔をし、老人は笑って二人を見た。
まず、先手を打ったのはしのだ。
拾った石を投げると、地面に跳ね返ってイノシシに当たった。
そのことに怒ったイノシシはしのと父を睨み、襲ってくる。
「来たぜ、父ちゃん!」
しのと父の背後には、背丈以上の大きな岩。
イノシシが父に当たる直前を狙って避け、岩に激突させなければいけない。
父は、慎重にイノシシとの距離を測る。
イノシシがあと一歩まで迫ってきた。
「今だ!」
牙が、父の足に届くかどうかというところで左に飛び、岩陰に隠れる。
岩にぶつかったと思いきや、イノシシは父の考えを読んでいたように左に方向転換。
岩陰に隠れて様子を見ていた父に向かってきた。
「父ちゃん!こっちに来た!」
「嘘だろ?!あの速さでなんでぶつからないんだ?!」
「ほら!こっちだ!」
老人がすぐさま石を投げ、イノシシに当たった。
矛先が老人に向けられたことを確認し、岩陰から出る。
「避けるのは良かったはずなんだ。もしかすると、イノシシにも岩が見えていて、何が起こるかわかってしまったから、こっちに来たのかも」
「なら、今度は小さめの岩の前に立とう」
先程よりも小さい岩だが、大きさは漬物石くらい。
果たして、イノシシはぶつかってくれるだろうか?
イノシシが老人に体当たりする直前に石を投げ、矛先をこちらに向けさせる。
「さあ来い!」
しのの気合の声とともに、イノシシが向かってきた。
今度も同じように、イノシシとの距離を測り、避ける。
「どうだ?!」
すると、イノシシは岩に激突した。
「やった!!」
と同時に、岩が大きな音を立てて砕け、地面に転がった。
ぶつかったイノシシは頭を何度か左右に振って、鼻息を一つつき、なんだか誇らしげにこちらを見る。
「嘘だろ?!岩が砕けるなんて!!」
「イノシシをこっちに走らせるから、嬢ちゃん達はどこかに隠れなさい!」
老人が、自分の勇姿を自慢しているイノシシに向かって石を投げる。
イノシシは方向転換し、老人に向かう。
「父ちゃん、今のはかなり良かったと思う。後は何回か繰り返して、イノシシを確実に自滅させるだけだ」
「俺、さっきの砕かれた岩を見ちゃったせいか、足が震えてしかたないんだけど・・・」
「ならアタイがやる」
「それはだめだ!」
「おーーーーい!!」
しのと父が話していると、遠くから誰かの呼ぶ声がした。
振り返ると、吉三と何人かの村人と、庄屋がこちらに向かっていた。
「え?吉三?」
父は驚いて、吉三を見る。
吉三はあの後、一人で小屋から下り、川近くに投げ捨てた謎の道具を拾った。
その道具を足につけ、慣れないながらも増援の村人たちをここまで連れてきたのだ。
「源助、今どうなっているか教えてくれ」
何人かの村人が、持っていた槍や鍬をイノシシに向けながら、老人を援護し始める。
ぽかんと吉三を見ている父の代わりに、しのが答える。
「この辺りにある岩に、イノシシを激突させようとしてるんだ。けどアイツ、すばしっこい上にとんでもない石頭だから、小さい岩だと砕いちまう」
「なるほど・・・避ける瞬間が大事なんだな」
イノシシは何人もの人間に囲まれたが、何度も首を振って攻撃し、包囲網を脱出しようと試みていた。
村人たちは怯えつつも、槍でイノシシをつつき、通すまいとしている。
「イノシシが付けている、あれは何だ?」
庄屋が、イノシシについているツルを指さし、父に聞く。
「ああ、あれは一度使った罠の残骸です。罠にはかかったんですが、ツルを巻き付けた木を引っこ抜いてしまったんですよ」
「ほう・・・ずいぶん力持ちなんだな」
吉三が、イノシシの体に巻き付いているツルと、その先についている、棒になった木を見ている。
イノシシの動き、棒の動きを見て何かを思いついたらしく、おもむろにイノシシに近づいて行った。
「おい吉三!何してるんだ!」
「戻りなさい!」
父と庄屋が止めたが、吉三はツルを手に取り、イノシシに向き合った。
「チクショウ!何でそんなに走れるんだよ!」
罠を設置した場所と、吉三の小屋は離れている。
イノシシに攻撃されない、けれども誘導するためにいい距離を取る必要があるので、しのと老人は走って逃げていた。
なので、ずいぶん走ったしのは疲れて速度が落ちてしまっているのだが、老人は全く同じ速さで走っている。
その上、草むらの中を走っているイノシシを威嚇しつつ、しのにも気を配っているのだ。
「この爺さん、本当に何者だよ・・・」
老人の健脚に舌を巻く。
やがて、罠を設置した山まで到達した。
ここから、罠のある所までイノシシを煽りつつ誘導するのだが・・・
「嬢ちゃん、石を何個かあの辺りに投げてみてくれ」
呼吸を整えていたしのは、老人の言う通りの所に手持ちの石を投げてみた。
何かに当たる重い音が聞こえたと思ったら、草むらからイノシシが飛び出してきた。
「ホイ来た!」
「イノシシがいるって、先に言えよ!」
老人は楽しそうに、しのは怒りを込めて山を登る。
イノシシもその後を追ってきたが、平地とは違い、追いかける速度が遅い。
「嬢ちゃん、もう少しゆっくりでいいから、イノシシを罠の所まで連れて来なさい。儂は罠が確実に作動するようにする」
「わかった・・・頼んだぜ・・・」
老人は先に斜面を登り、木の陰に身を隠した。
振り返ると、イノシシはこちらを睨むようにしてついてきている。
しのはイノシシが標的を定めにくいように、わざと左右にフラフラしながら登った。
周りは、秋色に色づき始めた木々が生い茂り、きれいな景色が続く。
だが、ところどころ土砂崩れがあったのか、倒木や大きな岩が転がっている所もある。
そんな所を利用して、罠を設置したのだ。
斜面から斜めに生えている木や倒木を利用し、子供がかがめば通れるくらいの隙間を作る。
その隙間に、ツルで作った即席の罠を設置。
ここからは見えないが、きっと近くで、あの老人が罠を作動させるべく待ち構えているはずだ。
しのは罠との距離を見定めると、一気に走り出し、木々の間をくぐり抜けた。
その直後、イノシシも斜面を駆け上がる速度を早め、しのを追いかける。
しのは後ろを振り返る。
イノシシの視線と、しのの視線がぶつかる。
隙間を囲むように張ったツルの間を、イノシシが通った。
その直後、老人がツルの先を思いっきり引っ張ってイノシシの体を締め上げる。
急に大きな力で引っ張られたイノシシは、絶叫した。
老人は、持っているツルを手早く近くの木に巻き付け、イノシシを繋ぎ止める。
「やった・・・捕まえた・・・」
ギュウギュウと叫び続けるイノシシを見て、感嘆の声をあげるしの。
「喜ぶのはまだ早い、さっさとトドメを刺さないと、ツルを引きちぎられるぞい」
見ると、イノシシを引き止めているツルは目一杯引っ張られ、もう少し大きい力が加われば切れてしまいそうだ。
イノシシ本人も、鳴きながら体を左右に振っている。
「しの!無事か?!」
「父ちゃん!こっちこっち!」
しのを追いかけていた父が、やっと二人に合流した。
罠にかかったイノシシを見て、父は驚いた。
「捕まえたのか!でも、すごい力だな」
「ふたりとも、離れていなさい」
老人が火縄銃を構え、銃口をイノシシに向ける。
これでトドメを刺すようだ。
しかし、イノシシはより一層体を踏ん張り、ツルを引っ張り始めた。
ツルやそれを巻き付けている木々はミシミシという音を立て始める。
「なんか・・・引っこ抜かれそうなんだけど・・・」
「いやまさか・・・」
三人は、冷や汗を垂らしながらイノシシを見守った。
やがて、ツルを巻き付けている一本の木が根っこを露わにし、地面から引き抜かれてしまった。
「嘘だろ?!そんな力があるのか?!」
「しの!行くぞ!」
「逃げろ!」
父はしのを抱えて、老人は構えていた火縄銃を下ろして走り出す。
体の自由が効くようになったイノシシは、その隙を逃さず、三人に向かって走り出した。
体には、ツルと引っこ抜いた木を従えている。
「アイツ、木を引きずったまま走ってるぞ!」
「木がそれほど大きくなかったからかもしれないなぁ」
「だとしても、とんでもない力だ。もう罠は使えんぞ」
イノシシに引きずられている木は、斜面を駆け下りるうちに削られ、一本の棒のようになってしまった。
そのせいでイノシシの速度は元に戻り、ゆっくり走ることはできなくなった。
「他に使える手はないのかよ!石ももうないぜ!」
「火縄銃を使う方法もあるがのぅ」
「それだ!爺さん、さっさとそれを撃ってくれよ!」
「だがのぅ、儂は銃がどうも苦手で、相手が止まってないと撃てないんじゃよ」
「なんじゃそりゃ!背中の銃は飾りかよ!」
「なら、イノシシのあの速さを利用するのはどうです?」
「イノシシの速さ?」
父の提案にしのが首を傾げる。
「イノシシはすごい速さで走っている。あの速さではいきなり止まることは難しいだろう。なら、大きな岩がゴロゴロ転がっているあっちに誘い込んで、岩に衝突させる、というのは?」
父が指さした方向は、さっきしのがイノシシを誘い込もうとした、倒木のある所。
倒木の先には、山から転がってきた岩がいくつか転がっている。
それを利用し、イノシシを仕留めるのはどうかと、父は提案したのだ。
これに老人が賛成した。
「他に良い手段がない。増援が来るまで時間がかかるかも知れない以上、やれることはやってみようかの」
「なら、このまま岩に誘い込むか?」
「それと同時に怒らせ続けよう。我々がイノシシの標的であるように、仕向けなければ」
老人は走りながら地面から石を拾い、イノシシに投げつける。
イノシシは石を避けて走り続けるが、その目は怒りに満ちている。
「こうやってイノシシの目を自分に向けつつ、襲ってきたら岩陰に隠れてイノシシの自滅を誘うんじゃぞ」
「わかった!」
やがて、岩が転がっている所まで来た。
しのは、父から下りてイノシシと対峙しようとしたが、父に止められた。
「しの、お前はこのまま俺に引っ付いていなさい」
「なんでだよ!アタイだって石を投げて、適当に逃げるくらいならできる!」
「こういうのは大人の仕事だ。いい子だから大人しくしてなさい」
「いい子のままで飯が食えるか!しかもイノシシの肉だぞ、肉!」
「ああもう!なら俺の代わりに石を投げなさい!それでいいかい?」
父に肩車し、石を投げるという大役を仰せつかったしは、ようやく納得した。
「さっさと来やがれ!鍋の具にしてやるからよ!」
父の頭の上で鼻息荒く、イノシシを待ち構える。
しのを肩車している父は、諦めた顔をし、老人は笑って二人を見た。
まず、先手を打ったのはしのだ。
拾った石を投げると、地面に跳ね返ってイノシシに当たった。
そのことに怒ったイノシシはしのと父を睨み、襲ってくる。
「来たぜ、父ちゃん!」
しのと父の背後には、背丈以上の大きな岩。
イノシシが父に当たる直前を狙って避け、岩に激突させなければいけない。
父は、慎重にイノシシとの距離を測る。
イノシシがあと一歩まで迫ってきた。
「今だ!」
牙が、父の足に届くかどうかというところで左に飛び、岩陰に隠れる。
岩にぶつかったと思いきや、イノシシは父の考えを読んでいたように左に方向転換。
岩陰に隠れて様子を見ていた父に向かってきた。
「父ちゃん!こっちに来た!」
「嘘だろ?!あの速さでなんでぶつからないんだ?!」
「ほら!こっちだ!」
老人がすぐさま石を投げ、イノシシに当たった。
矛先が老人に向けられたことを確認し、岩陰から出る。
「避けるのは良かったはずなんだ。もしかすると、イノシシにも岩が見えていて、何が起こるかわかってしまったから、こっちに来たのかも」
「なら、今度は小さめの岩の前に立とう」
先程よりも小さい岩だが、大きさは漬物石くらい。
果たして、イノシシはぶつかってくれるだろうか?
イノシシが老人に体当たりする直前に石を投げ、矛先をこちらに向けさせる。
「さあ来い!」
しのの気合の声とともに、イノシシが向かってきた。
今度も同じように、イノシシとの距離を測り、避ける。
「どうだ?!」
すると、イノシシは岩に激突した。
「やった!!」
と同時に、岩が大きな音を立てて砕け、地面に転がった。
ぶつかったイノシシは頭を何度か左右に振って、鼻息を一つつき、なんだか誇らしげにこちらを見る。
「嘘だろ?!岩が砕けるなんて!!」
「イノシシをこっちに走らせるから、嬢ちゃん達はどこかに隠れなさい!」
老人が、自分の勇姿を自慢しているイノシシに向かって石を投げる。
イノシシは方向転換し、老人に向かう。
「父ちゃん、今のはかなり良かったと思う。後は何回か繰り返して、イノシシを確実に自滅させるだけだ」
「俺、さっきの砕かれた岩を見ちゃったせいか、足が震えてしかたないんだけど・・・」
「ならアタイがやる」
「それはだめだ!」
「おーーーーい!!」
しのと父が話していると、遠くから誰かの呼ぶ声がした。
振り返ると、吉三と何人かの村人と、庄屋がこちらに向かっていた。
「え?吉三?」
父は驚いて、吉三を見る。
吉三はあの後、一人で小屋から下り、川近くに投げ捨てた謎の道具を拾った。
その道具を足につけ、慣れないながらも増援の村人たちをここまで連れてきたのだ。
「源助、今どうなっているか教えてくれ」
何人かの村人が、持っていた槍や鍬をイノシシに向けながら、老人を援護し始める。
ぽかんと吉三を見ている父の代わりに、しのが答える。
「この辺りにある岩に、イノシシを激突させようとしてるんだ。けどアイツ、すばしっこい上にとんでもない石頭だから、小さい岩だと砕いちまう」
「なるほど・・・避ける瞬間が大事なんだな」
イノシシは何人もの人間に囲まれたが、何度も首を振って攻撃し、包囲網を脱出しようと試みていた。
村人たちは怯えつつも、槍でイノシシをつつき、通すまいとしている。
「イノシシが付けている、あれは何だ?」
庄屋が、イノシシについているツルを指さし、父に聞く。
「ああ、あれは一度使った罠の残骸です。罠にはかかったんですが、ツルを巻き付けた木を引っこ抜いてしまったんですよ」
「ほう・・・ずいぶん力持ちなんだな」
吉三が、イノシシの体に巻き付いているツルと、その先についている、棒になった木を見ている。
イノシシの動き、棒の動きを見て何かを思いついたらしく、おもむろにイノシシに近づいて行った。
「おい吉三!何してるんだ!」
「戻りなさい!」
父と庄屋が止めたが、吉三はツルを手に取り、イノシシに向き合った。
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