強欲ババァから美少女になったけど、煩悩なんて消せません

豊倉麻南美

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31話

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この時期の山は、村人にとって宝の山だ。
山葡萄や木の実はもちろん、火を付けるときに使える松ぼっくりや落ち葉がたくさん落ちている。
もちろん、ツルもたくさんある。
巻き付いたらその木の栄養を奪って成長するので厄介なツルだが、編んで籠にしたり、縄のように使って遊んだりと、色んな使い道があるのだ。
だから、しのは山に来てツルを探している。
イノシシに罠を仕掛けるための道具が何もないなら、山で調達すれば良い。
思った通り、少し山に入っただけで手頃なツルが見つかる。
それを、適当な長さに切って持って行きたいのだが、与四郎がアケビを取っている所に遭遇したのだ。
なんでコイツがこんな所に。

「おう与四郎、そのツル持っていきたいんだけど、くれないかい?」

声をかけられた与四郎は、あからさまに嫌そうな顔をした。

「しの、お前、仕事サボって何してるんだよ。まさか、あっちこっちのアケビを食い荒らしてるのはお前か?」
「違うわ!イノシシが出たから捕まえようとしてるんだよ!」
「イノシシ?!」

与四郎もイノシシを知っていたらしく、ビックリした顔になった。

「お前のサボりは、イノシシが原因なのか?だとしても、俺達のような子供がやることじゃないだろう。だれか大人を呼ばなきゃ」

駆け出そうとする与四郎の着物の袖を、慌てて引っ張り止める。

「待てこら、勝手に誰か呼ぼうとするんじゃねぇよ!アタイの取り分がなくなるじゃねぇか!」
「引っ張るな!なんだよ取り分って!子供だと危ないから、イノシシを見かけたら大人を呼べって言われてるだろ!こういう時くらい、大人しくしとけよ!」
「ぜったいにい・や・だ!イノシシは食えるんだぞ。与四郎、お前食ったことあるのか?」
「ないけど・・・」
「父ちゃんが言うには、すっごく美味いらしい。毛皮も売れるから、冬を越すためのいい蓄えになる」
「そうなのか?」
「お前、その手に持っているアケビは、家族に持っていくのか?たったそれっぽっちで、腹一杯になるか?」

与四郎の手には、小さいアケビが3つ。
アケビは皮の中にある実を食べるのだが、大きさに対して実は少ない。
妊娠中の兄嫁にあげるために取りに来たのだが、果たして、大人が満足するだけの量があるのだろうか?

「それなら、イノシシを仕留めて食っちまった方がいい。動物の肉なんて滅多に食べられないだろ?こんないい機会、滅多にないぞ」

しのに説得され、なんだかアケビがみすぼらしく見えてきてしまった。
しかし、

「なら、どうやってイノシシを仕留めるんだよ?」

与四郎の疑問は最もだ。
自分たちはイノシシの狩り方も、さばき方も知らない。
大人の手を借りるしかないのに、どうやって仕留めるというのか。
聞かれたしのは胸を張り、大威張りで答える。

「罠の所までイノシシを誘導して、足止めして仕留めるんだ。罠は、近くの木にツルで作るんだぜ」
「じゃあ、その罠はどんな罠なんだ?」
「知らない、与四郎、お前がなんとかしろ」
「はぁ?!お前が仕留めるって言い出したんだぞ!罠の作り方くらい知ってて当然だろうが!」
「アタイだって人から聞いただけで、作り方なんて知らねぇよ!ほら、やるのかやらねぇのか!」
「誰がやるか!お前一人でなんとかしろ!俺は大人を呼んでくるからな!」
「待ちやがれ!勝手に逃げるのは許さねぇぞ!」
「逃げるに決まってるだろうが!」

二人が言い争いを始めた時、草むらからガサガサと何かが近づいてきた。
何だ?と思い、そちらを見る。
出てきたのは、先ほどからしつこくしのを追いかけ回してきた、イノシシ。

「なんでここに?!」
「逃げるぞ!」

しのが驚き、与四郎がしのを引っ張って山から離れる。
イノシシは二人がいた所に突進し、逃げられたと分かると方向転換して追いかけてきた。

「さっきまで父ちゃんが足止めしてたはずなのに」
「お前の父ちゃんまで何してんだよ!とにかく、誰か大人に助けてもらわないと」
「ふざけるな!勝手に呼ぶんじゃねぇ!」
「そんなこと言っている場合か!」

そうこうしているうちに、吉三の小屋から離れ、民家が見える所まで来た。
周りは刈り取ったばかりの田んぼだけなので村人の姿は見当たらないが、一人、知っている人が歩いている。
猟師をしている、例の、謎の老人だ。

「おお、嬢ちゃん、今日も元気か。どうした?急いで」
「おじいさん、イノシシが出た!追ってきてる!」
「あ!てめぇ勝手に言うんじゃねぇよ!」
「なに?!どこだ?!」

3人が一斉に振り返ると、米粒くらいの大きさだったイノシシが、一気にこちらまで迫ってきた。
老人が背負っていた火縄銃を構える暇もなく、イノシシはしのに襲いかかる。

「しの!」

与四郎はしのに飛びつき、しのの窮地を救った。
一方、助けてもらったしのは不服顔だ。

「このじいさんまで絡んできたら、せっかくのアタイの取り分が・・・」
「お前、死にそうだったのにまだ言うのか!」
「ハハハ、相変わらず肝の座った嬢ちゃんだ」

老人は鋭い目つきで草むらを睨み、イノシシがどこから来るのか身構えている。

「ずいぶん賢そうなヤツだ。これは、仕留めるのに骨が折れそうだ。増援を呼ばなければ」
「そんな」
「ヤツは草むらに入って逃げたか、こちらの様子を伺っている。せっかく見つけたんだ、ここで終わりにしなければ、村はもっと荒らされるだろう」
「・・・なら、取り分は全部じいさんに・・・」
「もちろん、手伝ってくれたいい子たちには、優先的にヤツの肉をあげてもいいがの」
「ほんとか?!」
「その代わり、確実にヤツを仕留めるために、ワシの指示に従うこと。いいな」
「えー」
「なにがえー、じゃ。安全な所でイノシシ狩りに参加し、仕留め、その肉を食えるならこんなにいいことはないだろ?」
「しの、いい加減にしろよ。この人の言う事を聞け」

あっちこっちから押し込められたしのは、渋々従うしかなかった。
さて、そんなこんなで老人の力を借りて罠を仕掛け、イノシシを誘い込むことになったのだが。

「で、イノシシが食べそうなものはあったか?」
「吉三の小屋に落ちてたイモと、アケビがある。これなら食うんじゃないか?」
「問題は、どうやってイノシシを罠の所まで連れて行くかだが・・・」
「アタイが囮になろうか?なんかしらんけど、狙われてるし」
「バカ!そんなの危なすぎるだろ!」
「なら、儂と一緒になってイノシシを誘き出そう。狙われた時、対処しやすい。坊主は、庄屋にイノシシが出たと報告してくれ」

ということで、与四郎は庄屋へ駆けて行き、老人としのは草むらを歩き回ってイノシシを探した。
だが、あちこち探し回っても、気配がない。

「まずいな、ここまで静かだと逃げられたか・・・」
「そんな!せっかく罠まで張ったっていうのに」
「川岸まで行ってみよう、イノシシの足跡があるかも知れん」

老人は、川岸で身をかがめながら足跡がないか調べる。
ただ砂があるだけなので、しのにはどこにイノシシの足跡があるか分からない。
なるべく砂を踏まないように歩いていたしのに、老人が声をかけてきた。

「足跡があった。山へは行っていないから、まだこの辺りをうろついているはずだ」
「なら、早く探さなきゃ!」
「まずは、イノシシの足跡を辿ってみよう」

イノシシが突然現れないか、警戒しながら足跡を辿っていくと、吉三の小屋近くまで来た。
二人を見つけた父が近寄る。

「しの!無事だったか!突然イノシシがどこかに行ってしまったんだ」
「父ちゃんの所にもいないのか?じゃあ、隠れているのか?」
「おぉぅい!そこの君!そこから動くものは見えないか?」

老人が、小屋の上にいる吉三に聞くが、

「イノシシのようなものも、変な動きをする草も見当たらない!」

という返答のみだった。

「うぅむ・・・やはり逃げられたのか?しかし、嬢ちゃんをしつこく追いかけていたのに、いきなり逃げたりするのか?」
「そんなのイノシシに聞けよ。いい加減捕まえないと、明日になっちまう」
「もう一度、川岸に行こう。ヤツの足跡をよく調べないと」

父を含めた3人で川岸にやってきたが、どうやらイノシシの足跡は草むらに消えたらしい。

「どこにもないのかよ?もっとよく調べろよ!」
「しの、この人だって頑張っているんだから」
「どう見ても草むらに入ったようだが、そこから先は分からない。他に調べようがないのう」
「ならイノシシの肉は?!毛皮は?!せっかくの金が!」
「しの、時には諦めも肝心だよ」

三者三様に頭を悩ませていた所、不意に、第三者の息遣いが聞こえてきた。
それは、父の腰辺り。
全員がそちらを見ると、探していたイノシシが鼻を突き出し、三人の間に入っていた。

「イノシシーーーーー!!」

しのの叫び声に驚いたイノシシは、なぜかしのに突進してきた。
そこを飛び退いて避ける。
老人は素早く火縄銃を構え、一発撃った。
弾は川岸の石を砕き、イノシシを草むらへ飛び込ませる。

「テメェ!ここで会ったが百年目!今度こそ仕留めてやるよ!」

威勢よくイノシシを煽ったしのは、イノシシに対抗するため、近くにあった石を手に取る。

「しの!逃げなさい!」
「アイツは自分を驚かせたヤツを狙う!でも、もっと怒らせて罠まで走らせる!」

先ほどと同じく、イノシシは草むらで方向転換し、勢いを付けたまましのに突進してきた。
対するしのは、手に持った石を投げ、イノシシに当てる。
目の近くに石を当てられたイノシシは、一瞬立ち止まって頭を振った後、しのに威嚇の声をあげてきた。

「よし!こっちに来い!」

イノシシが自分を標的にしたことを認めたしのは、全速力で山へ向かう。
その後ろを、老人が銃を構えて追いかけ、続いてイノシシが、草むらに飛び込んでしのを追いかけた。

「ああ・・・しの・・・!」

自分の娘ながらなんて勇気があるのかと思うが、自分の子供が危険な目に遭うのは肝が冷える。
父・源助は、しのが走り去るのを見ているしかなかった。
棒立ちになっている源助に、吉三が声を掛ける。

「源助!庄屋様が来たぞ!しのちゃんはもう大丈夫だ!」

吉三が指さした方を見ると、何人かの男がこちらに向かってきていた。
だが、源助はそれどころではない。
吉三の言葉を無視するように、しのの後を追った。

「おい!源助!どこに行くんだ!」

源助は吉三を振り返らなかった。
吉三には、今の源助の肩を掴んで止めることはできない。
庄屋たちが小屋に近づいてきたが、背丈の高い草むらのせいで、ここで起きたことは見えていないはずだ。
なら、吉三がなんとかするしかない。
小屋から下りることはできるかも知れないが、それからは?
源助の後をどうやって追う?まともに走れないのに?
いや、手段はある。
吉三は川を見つめた。
正確には、その近くに投げ捨てたものを。

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