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30話
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もう朝の時間は終わり、だいぶ日が高くなった頃。
しのと父は、倒木があるという場所までやってきた。
何をそんなに執着しているのか、イノシシは相変わらず追ってきている。
「父ちゃん、あれ!」
眼の前に、白っぽくなって横たわった倒木が見えてきた。
幹自体が曲がっているので、小さい動物なら地面と倒木の間をくぐれそうだが、イノシシなら体がつっかえて通れそうにない。
「よし!掴まってろ!」
父は、しのをおんぶしたまま倒木を一足飛びで飛び越えた。
二人はそのまま近くの木の陰に隠れ、腰を下ろして様子をうかがう。
「はあ、はあ・・・しの、どうだ?」
「うん、こっちに向かってきてる」
イノシシは、倒木に向かってすごい勢いで走ってきている。
このままでは、倒木に衝突しそうだ。
「もしそうなら、ありがたい」
イノシシ自ら倒木に衝突し、気絶してくれれば仕留める手間が省ける。
しのは期待を込めた拳を胸に当てながら、イノシシに念じる。
イノシシが倒木の一歩手前まで迫ってきた。
そうだ!ぶつかれ!
と思った瞬間、イノシシは倒木を軽やかに飛び越え、こちらに向かってきた。
あの巨体でなんたる身のこなし。
「父ちゃん立って!こっち来た!」
「え?!なんだって?!」
しのは休んでいる父をバシバシ叩き、背中にしがみつく。
父はしのに急かされるまま立ち上がり、逃げ出した。
獲物が逃げたことが分かったイノシシは方向転換し、二人を追いかける。
「倒木はどうした?!あんな大きな物、簡単に避けられないだろ!」
「それを飛び越えてこっちに来たんだ!ちくしょう!どうすりゃいい?!」
1つ目の作戦失敗。
だが、これでへこたれるしのではなかった。
次に考えたのは、いかにイノシシの足を止めるかだった。
「イノシシはずっと走り続けているけど、土手を登るときだけは遅くなった。斜面を登るのが大変なんだ」
「しの!このままじゃ追いつかれるぞ!」
「父ちゃん川だ!川の向こう岸に渡ってくれ!」
「川?!なんでまた?!」
「斜面を登ろうとしているイノシシは勢いが落ちる。その時、イノシシを叩くかなにかして仕留める!」
「今度は本当に上手くいくのかよぉ」
「やってみないとわかんねぇよ!あ!あの棒も拾って!」
ちょうど、手頃な長さの木の棒が落ちていたので、父に拾ってもらう。
この新たな武器で、イノシシを仕留めてやる。
川は増水しているが、浅くなっているところだと大きな石の頭が見えている。
父はそこを器用に飛び越え、向こう岸に渡った。
「急いで土手を上がって!そこでイノシシを待ち受ける!」
「ちょっと・・・待って・・・」
全力で走った父の息は上がり、元気がない。
元気なのはしのだけだ。
ここでしのが仕留めなければいけない。
「さあ、来い!」
しのの読み通り、イノシシが川に向かってきた。
握っている木の棒に力を込める。
そして、イノシシが川を渡り、こちら側に登り始めた。
握っている木の棒を振り上げ、振り下ろす機会を伺う。
土手の向こうから動物の息遣いが聞こえ、黒い毛に覆われた頭が見えたとき、しのは渾身の力を込めて木の棒を振り下ろした!
一発当たり、二発当たり、だが、三発目はイノシシが体を動かしたせいで外れてしまう。
当のイノシシはしのの攻撃が効いていないらしく、更に怒り狂う。
イノシシは一度、頭をブルブルと振り、なぜか別の方向に走っていった。
「なんだ・・・?」
しのは木の棒を握って身構えたまま、イノシシの様子を伺う。
と、イノシシが方向転換してしのに突っ込んできた。
「危ない!」
間一髪、父がしのを抱きかかえて土手を転がる。
その残像を消し飛ばすかのように、イノシシが頭を振り牙を上に向かせる。
草むらを転がった父は、しのを抱えたまま走り出した。
「しの!ケガはないか?」
「ないよ、でもアイツすごいな。勢いをつけて襲ってきやがった」
「ああ、どう攻撃すれば良いのか分かってるんだ」
後ろを見ると、またもやイノシシが追いかけてくる。
体力底なしか。
だが、すぐに次の作戦を考えなければいけない。
「勢いを弱くするのはいい線行ってると思うんだよ。でも、土手みたいにどこにでも逃げられるような所だと、今度はこっちが襲われるし・・・」
「なぁ、しの、もうやめないか?父ちゃん疲れたよ・・・」
「何言ってるんだよ!アイツはなぜかアタイらを追っかけてきてるんだぞ!ということは、アタイらが村の誰かに会ったらそいつが襲われるかも知れねぇんだぞ」
「言われてみれば確かに!」
「それなら、人がほとんどいない所で仕留めたほうが良い。あんな危ないもの、近づけられるか」
とは言ったが、しのは最初から自分でイノシシを仕留める気でいる。
そのほうが、自分の懐に入る金が多くなるからだ。
だが、今度は新しい作戦が思いつかない。
「あーーー!!ちくしょう!全然思いつかねぇ!」
「それなら、また吉三に聞いたら良いんじゃないか?」
「聞いている間に、イノシシが追いついちまうぞ」
「なるべく、イノシシに追いつかれないように逃げてみるよ」
という訳で、再び吉三の所に行くことになった。
父はイノシシが足止めを食らうような地形を選び、器用に走る。
やっと吉三の小屋が見えたとき、しのは父の背中から飛び降りた。
「吉三!イノシシを仕留める方法を教えてくれ!」
はぁ?!
吉三は元気なしのの姿を見て安心したが、会うなりとんでもないことを言い出したので、ずっこける。
「そんなことより逃げなさい!また襲われるかもしれないよ!」
「それなら・・・大丈夫だ・・・少し・・・撒いたから・・・ここまで来るのに・・・手間取ってるかと・・・」
源助が肩で息をしながら答える。
小屋の上からぐるりと見渡すと、イノシシの影はない。
荒い息をしている源助を信じ、しのに返答する。
「さっきは倒木の所まで行っただろ?どうなったんだ?」
「あっさり飛び越えてきやがった!その後、斜面で仕留めようと棒で叩いたんだけど、全然効いてねぇどころか、勢いつけて襲ってきた!」
「やっぱり、余計怒らせてるじゃないか!」
「なあ、どうすればいい?」
「一番いいのは、猟師を呼ぶことだ。彼らならイノシシに会ったときどうすればいいか分かっている。正直、俺達素人の出番はない」
「そんなことしてられるかー!」
突然、しのが絶叫する。
「猟師なんて出張られたらこっちの取り分が少なくなるじゃねぇか!それだけは絶対嫌だ!」
「何言ってるんだ?!自分の命がかかってるんだぞ!」
「命がかかってるのはお互い様だ!上等じゃねぇか!やってやるよ!」
何度か上記やり取りをしたが、しのが全く折れないので、仕方なく吉三が折れるしかなかった。
荒い息をしながら休む源助を見て、同情する。
「イノシシを足止めするのは良い手だと思う。あとは、その手段だ」
「で、なにかあるのか?」
「やはり、何かの罠を使って動きを止めるのが一番だと思う。でも、俺もその方法が分からない」
「なんだよ!せっかく当てにしてたのに」
「しの!逃げろ!」
父の叫び声で、イノシシがやってきたと分かった。
とっさに飛び上がり、小屋の屋根にしがみつく。
その下を、イノシシが牙を振り回して走ってきた。
「このやろ!」
父が薪を投げて、イノシシを追い払う。
驚いたイノシシは茂みに隠れ、辺りを走り始める。
小屋の屋根にしがみついたしのを、吉三が引っ張り上げた。
「危ないから、しのちゃんはここにいなさい」
「ずっとここにいろって?そんなことできるか」
まだ十歳くらいなのに、なんとも強情である。
一体誰に似たのやら。
吉三は、襲ってきたイノシシを見てあることを感じた。
「さっきしのちゃんを襲ったとき、イノシシは頭を振って牙をこちらに向けてきた。もしかすると、あれが攻撃手段なのかも知れない」
「ふんふん」
「あんなふうに頭を大きく振ると、獲物に牙が刺さり怪我をする。ただその時、イノシシ自身は周りがよく見えなくなる。なら、イノシシが首を振った瞬間に捕らえることができれば・・・」
「仕留められる?」
「多分。しかも、罠はイノシシの足じゃなくて鼻を狙ったほうが良い」
吉三の言葉に眉根を寄せる。
「なんで鼻なんだ?動きを止めるなら足を狙ったほうがいいだろう?」
「イノシシがどこを通るかわからないなら、地面に罠を張るより、大きい鼻に何かを引っ掛けるとかにしたほうがいいかも知れない。でも、その罠が簡単に外れないようにしないと」
「問題は、どうやってイノシシを思った所に誘導するかだ」
「それなら、どこかの木の間に輪っかを仕掛けて、そこに餌を撒くのはどうだろう。小屋に兄貴が置いていった野菜くずがあるから、それなら使えるはず」
「さすが吉三だ!さっそくやってみるか!」
「でも、イノシシを誘導する係と、罠を仕掛ける係がいるが・・・」
「イノシシの誘導は父ちゃんに任せれば良い!父ちゃん!」
父はどこからかゴザを持ってきて、イノシシに向かってひらひらと広げている。
「父ちゃんはそのまま、イノシシを茂みから出さないようにしててくれ!アタイは後ろの林に罠を仕掛けに行くから!」
「しの!気をつけろよ!」
「なにで罠を作るつもりだ?縄なんて小屋にはないぞ」
「山にアケビとかのツルがあるから、それを拝借するさ」
そう言って、しのは小屋から飛び降り、林に向かって走っていった。
全く、大した子どもだ。
金に目がくらんだ末の行動力だが、あれほど思い切ったことをできる大人がいるだろうか。
いや、何人もあの子には負けるだろう。
現に、自分もそうだ。
今も、小屋の上で源助を見守るしかない。
ただ、自分にもちゃんとした足があれば、あんな風に行動しただろうか?
「足さえあれば・・・」
そんなふうにボンヤリしていたら、源助が叫んだ。
「うわっ!!」
イノシシが茂みの中から突進してきたので、驚きつつ躱したようだ。
そのたびにゴザがひらひらと舞うので、まるで踊っているように見える。
本人は真剣にイノシシと対峙しているのだが、吉三から見ればその動きが面白くて仕方ない。
「アハハハ・・・、源助、何やってるんだよ!」
「笑うな!イノシシが何度も突っ込んでくるんだよ!」
源助は、ゴザを持ったままクルクルと踊り続ける。
それを見た吉三は、腹を抱えて笑う。
緊迫した状況なのに、笑ってはいけないはずなのに、さっきまで持っていたいなくなりたい気持ちは、どこかに消えてしまっていた。
しのと父は、倒木があるという場所までやってきた。
何をそんなに執着しているのか、イノシシは相変わらず追ってきている。
「父ちゃん、あれ!」
眼の前に、白っぽくなって横たわった倒木が見えてきた。
幹自体が曲がっているので、小さい動物なら地面と倒木の間をくぐれそうだが、イノシシなら体がつっかえて通れそうにない。
「よし!掴まってろ!」
父は、しのをおんぶしたまま倒木を一足飛びで飛び越えた。
二人はそのまま近くの木の陰に隠れ、腰を下ろして様子をうかがう。
「はあ、はあ・・・しの、どうだ?」
「うん、こっちに向かってきてる」
イノシシは、倒木に向かってすごい勢いで走ってきている。
このままでは、倒木に衝突しそうだ。
「もしそうなら、ありがたい」
イノシシ自ら倒木に衝突し、気絶してくれれば仕留める手間が省ける。
しのは期待を込めた拳を胸に当てながら、イノシシに念じる。
イノシシが倒木の一歩手前まで迫ってきた。
そうだ!ぶつかれ!
と思った瞬間、イノシシは倒木を軽やかに飛び越え、こちらに向かってきた。
あの巨体でなんたる身のこなし。
「父ちゃん立って!こっち来た!」
「え?!なんだって?!」
しのは休んでいる父をバシバシ叩き、背中にしがみつく。
父はしのに急かされるまま立ち上がり、逃げ出した。
獲物が逃げたことが分かったイノシシは方向転換し、二人を追いかける。
「倒木はどうした?!あんな大きな物、簡単に避けられないだろ!」
「それを飛び越えてこっちに来たんだ!ちくしょう!どうすりゃいい?!」
1つ目の作戦失敗。
だが、これでへこたれるしのではなかった。
次に考えたのは、いかにイノシシの足を止めるかだった。
「イノシシはずっと走り続けているけど、土手を登るときだけは遅くなった。斜面を登るのが大変なんだ」
「しの!このままじゃ追いつかれるぞ!」
「父ちゃん川だ!川の向こう岸に渡ってくれ!」
「川?!なんでまた?!」
「斜面を登ろうとしているイノシシは勢いが落ちる。その時、イノシシを叩くかなにかして仕留める!」
「今度は本当に上手くいくのかよぉ」
「やってみないとわかんねぇよ!あ!あの棒も拾って!」
ちょうど、手頃な長さの木の棒が落ちていたので、父に拾ってもらう。
この新たな武器で、イノシシを仕留めてやる。
川は増水しているが、浅くなっているところだと大きな石の頭が見えている。
父はそこを器用に飛び越え、向こう岸に渡った。
「急いで土手を上がって!そこでイノシシを待ち受ける!」
「ちょっと・・・待って・・・」
全力で走った父の息は上がり、元気がない。
元気なのはしのだけだ。
ここでしのが仕留めなければいけない。
「さあ、来い!」
しのの読み通り、イノシシが川に向かってきた。
握っている木の棒に力を込める。
そして、イノシシが川を渡り、こちら側に登り始めた。
握っている木の棒を振り上げ、振り下ろす機会を伺う。
土手の向こうから動物の息遣いが聞こえ、黒い毛に覆われた頭が見えたとき、しのは渾身の力を込めて木の棒を振り下ろした!
一発当たり、二発当たり、だが、三発目はイノシシが体を動かしたせいで外れてしまう。
当のイノシシはしのの攻撃が効いていないらしく、更に怒り狂う。
イノシシは一度、頭をブルブルと振り、なぜか別の方向に走っていった。
「なんだ・・・?」
しのは木の棒を握って身構えたまま、イノシシの様子を伺う。
と、イノシシが方向転換してしのに突っ込んできた。
「危ない!」
間一髪、父がしのを抱きかかえて土手を転がる。
その残像を消し飛ばすかのように、イノシシが頭を振り牙を上に向かせる。
草むらを転がった父は、しのを抱えたまま走り出した。
「しの!ケガはないか?」
「ないよ、でもアイツすごいな。勢いをつけて襲ってきやがった」
「ああ、どう攻撃すれば良いのか分かってるんだ」
後ろを見ると、またもやイノシシが追いかけてくる。
体力底なしか。
だが、すぐに次の作戦を考えなければいけない。
「勢いを弱くするのはいい線行ってると思うんだよ。でも、土手みたいにどこにでも逃げられるような所だと、今度はこっちが襲われるし・・・」
「なぁ、しの、もうやめないか?父ちゃん疲れたよ・・・」
「何言ってるんだよ!アイツはなぜかアタイらを追っかけてきてるんだぞ!ということは、アタイらが村の誰かに会ったらそいつが襲われるかも知れねぇんだぞ」
「言われてみれば確かに!」
「それなら、人がほとんどいない所で仕留めたほうが良い。あんな危ないもの、近づけられるか」
とは言ったが、しのは最初から自分でイノシシを仕留める気でいる。
そのほうが、自分の懐に入る金が多くなるからだ。
だが、今度は新しい作戦が思いつかない。
「あーーー!!ちくしょう!全然思いつかねぇ!」
「それなら、また吉三に聞いたら良いんじゃないか?」
「聞いている間に、イノシシが追いついちまうぞ」
「なるべく、イノシシに追いつかれないように逃げてみるよ」
という訳で、再び吉三の所に行くことになった。
父はイノシシが足止めを食らうような地形を選び、器用に走る。
やっと吉三の小屋が見えたとき、しのは父の背中から飛び降りた。
「吉三!イノシシを仕留める方法を教えてくれ!」
はぁ?!
吉三は元気なしのの姿を見て安心したが、会うなりとんでもないことを言い出したので、ずっこける。
「そんなことより逃げなさい!また襲われるかもしれないよ!」
「それなら・・・大丈夫だ・・・少し・・・撒いたから・・・ここまで来るのに・・・手間取ってるかと・・・」
源助が肩で息をしながら答える。
小屋の上からぐるりと見渡すと、イノシシの影はない。
荒い息をしている源助を信じ、しのに返答する。
「さっきは倒木の所まで行っただろ?どうなったんだ?」
「あっさり飛び越えてきやがった!その後、斜面で仕留めようと棒で叩いたんだけど、全然効いてねぇどころか、勢いつけて襲ってきた!」
「やっぱり、余計怒らせてるじゃないか!」
「なあ、どうすればいい?」
「一番いいのは、猟師を呼ぶことだ。彼らならイノシシに会ったときどうすればいいか分かっている。正直、俺達素人の出番はない」
「そんなことしてられるかー!」
突然、しのが絶叫する。
「猟師なんて出張られたらこっちの取り分が少なくなるじゃねぇか!それだけは絶対嫌だ!」
「何言ってるんだ?!自分の命がかかってるんだぞ!」
「命がかかってるのはお互い様だ!上等じゃねぇか!やってやるよ!」
何度か上記やり取りをしたが、しのが全く折れないので、仕方なく吉三が折れるしかなかった。
荒い息をしながら休む源助を見て、同情する。
「イノシシを足止めするのは良い手だと思う。あとは、その手段だ」
「で、なにかあるのか?」
「やはり、何かの罠を使って動きを止めるのが一番だと思う。でも、俺もその方法が分からない」
「なんだよ!せっかく当てにしてたのに」
「しの!逃げろ!」
父の叫び声で、イノシシがやってきたと分かった。
とっさに飛び上がり、小屋の屋根にしがみつく。
その下を、イノシシが牙を振り回して走ってきた。
「このやろ!」
父が薪を投げて、イノシシを追い払う。
驚いたイノシシは茂みに隠れ、辺りを走り始める。
小屋の屋根にしがみついたしのを、吉三が引っ張り上げた。
「危ないから、しのちゃんはここにいなさい」
「ずっとここにいろって?そんなことできるか」
まだ十歳くらいなのに、なんとも強情である。
一体誰に似たのやら。
吉三は、襲ってきたイノシシを見てあることを感じた。
「さっきしのちゃんを襲ったとき、イノシシは頭を振って牙をこちらに向けてきた。もしかすると、あれが攻撃手段なのかも知れない」
「ふんふん」
「あんなふうに頭を大きく振ると、獲物に牙が刺さり怪我をする。ただその時、イノシシ自身は周りがよく見えなくなる。なら、イノシシが首を振った瞬間に捕らえることができれば・・・」
「仕留められる?」
「多分。しかも、罠はイノシシの足じゃなくて鼻を狙ったほうが良い」
吉三の言葉に眉根を寄せる。
「なんで鼻なんだ?動きを止めるなら足を狙ったほうがいいだろう?」
「イノシシがどこを通るかわからないなら、地面に罠を張るより、大きい鼻に何かを引っ掛けるとかにしたほうがいいかも知れない。でも、その罠が簡単に外れないようにしないと」
「問題は、どうやってイノシシを思った所に誘導するかだ」
「それなら、どこかの木の間に輪っかを仕掛けて、そこに餌を撒くのはどうだろう。小屋に兄貴が置いていった野菜くずがあるから、それなら使えるはず」
「さすが吉三だ!さっそくやってみるか!」
「でも、イノシシを誘導する係と、罠を仕掛ける係がいるが・・・」
「イノシシの誘導は父ちゃんに任せれば良い!父ちゃん!」
父はどこからかゴザを持ってきて、イノシシに向かってひらひらと広げている。
「父ちゃんはそのまま、イノシシを茂みから出さないようにしててくれ!アタイは後ろの林に罠を仕掛けに行くから!」
「しの!気をつけろよ!」
「なにで罠を作るつもりだ?縄なんて小屋にはないぞ」
「山にアケビとかのツルがあるから、それを拝借するさ」
そう言って、しのは小屋から飛び降り、林に向かって走っていった。
全く、大した子どもだ。
金に目がくらんだ末の行動力だが、あれほど思い切ったことをできる大人がいるだろうか。
いや、何人もあの子には負けるだろう。
現に、自分もそうだ。
今も、小屋の上で源助を見守るしかない。
ただ、自分にもちゃんとした足があれば、あんな風に行動しただろうか?
「足さえあれば・・・」
そんなふうにボンヤリしていたら、源助が叫んだ。
「うわっ!!」
イノシシが茂みの中から突進してきたので、驚きつつ躱したようだ。
そのたびにゴザがひらひらと舞うので、まるで踊っているように見える。
本人は真剣にイノシシと対峙しているのだが、吉三から見ればその動きが面白くて仕方ない。
「アハハハ・・・、源助、何やってるんだよ!」
「笑うな!イノシシが何度も突っ込んでくるんだよ!」
源助は、ゴザを持ったままクルクルと踊り続ける。
それを見た吉三は、腹を抱えて笑う。
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