29 / 39
29話
しおりを挟む
最初、それが何者か理解できなかった。
背丈はしのくらいありそうだが、初めて見るものだった。
硬そうな毛がびっしりと生えている体は小山のように大きく、息をするたび上下に動く。
フンフンと鼻を鳴らして息をしていたので、それが動物だと分かった。
そして、それがなんの動物か分かったのは、後ろにいる父のつぶやきだった。
「イノシシだ」
かすかに聞こえたその声は、その場にいる三人に伝えるためだけに発せられた。
謎の老人が探していたヤツなのだろうか?
「しの、動くな」
なんとなく近づこうと足を踏み出したら、父から止められた。
「大きな牙を持っている。あんな牙で襲われたら、無事じゃすまない」
よくよく見ると、確かにイノシシの口元には牙がある。
その牙は、こちらを威嚇するかのように鋭く向いており、身の危険を感じるには十分な役割を果たしている。
緊張している人間のことなどおかまいなしに、イノシシはあちこち匂いを嗅いでいた。
こちらにめぼしいものがなくなったのか、茂みの中に入り、小屋の方へ向かっていく。
その隙に、しのは父に駆け寄った。
「父ちゃん、あれがイノシシ?!」
「しっ!なるべく小さな声で話しなさい、こっちに来るかも知れないから」
思わず口元を手で隠す。
「すっごいデッカいじゃん。どうするんだよ」
「そうだなぁ、吉三もいるしなぁ」
吉三は、同じ体勢で座り込んでいる。
やはり、イノシシが現れたことに驚いたようだ。
すると、小屋の方から何かがぶつかる音が聞こえた。
小屋には、今は誰もいない。
だが、先ほどイノシシが向かって行ったので、何かを探しているのだろうか?
「もしかして、雑炊を食ってるのか?」
吉三が小屋の方を見ながら、呟いた。
何だと!イノシシごときが人間の食べ物を食べるだと!
冗談じゃねぇや!こちとら、腹いっぱいに雑炊を食べられないって言うのに!
なのに動物ごときが、ねえちゃん特製の雑炊をたっぷり食べるだと?!
お前さんお目が高いねぇ、と言いたいが、こうしてはいられない。
イノシシが雑炊を食べている間、こちらは逃げることができる。
「しの、お前は走って付いて来なさい。吉三!」
父が吉三に声を掛けると、いきなり担いだ。
「なにするんだよ!」
「逃げるんだよ!お前も!こんなところに置いていくわけにはいかないだろ」
「音を立てなければイノシシは近づいてこない!お前たちは俺を置いて逃げるべきだ!」
「そんなことできるか!こら暴れるな!」
吉三が足をバタつかせ、父は吉三を担いだまま右往左往。
「何やってるんだよ!イノシシが来ちまうだろうが!」
二人の喧嘩を見ているしのは、ハラハラが止まらない。
雑炊を堪能しているイノシシに、こっちの騒動を勘付かれては困る。
と、しのの心配が現実になってしまった。
小屋の方から鳴き声がしたかと思うと、ガサガサと音を立てながら、何者かがこっちに近づいてきた。
「父ちゃん!来たよ!」
しのも父も、その場から駆け出す。
たった今までいた場所に、イノシシが突っ込んできた。
間一髪、逃げおおせた二人は、川から離れる。
「父ちゃん、どこに逃げるのさ」
「えーと、まず誰かを見つけないと・・・」
「そんな余裕ねぇよ!」
「確か、イノシシは木に登ってこれないはずだ!」
吉三からありがたい助言をいただいたが、周りは草むらだけなので木がない。
あったとしても、人が登れるほど太い木はなかった。
「木なんてねぇよ!どうすんだよ!」
「よし!もう少し走れば山がある!そこなら登れる木くらいあるだろ!」
「源助、俺はそこまで持ちそうにないんだが・・・」
「父ちゃん、アタイもそこまではムリだ」
担がれた吉三は揺れのせいか気持ち悪そうだし、近くの山は遥か向こう。
さっき見たイノシシの速さを考えれば、父一人なら山まで辿りつけるかも知れないが、しのの足では追いつかれるし、吉三を担いだままでは辿り着けるか怪しい。
「待て、イノシシへの対処方法があったはず・・・」
「ぐちゃぐちゃ考えてる時間なんてねぇよ!ほら来た!」
何が気に触ったのか知らないが、3人目掛けてイノシシが突進してくる。
思わず、小屋の方に逃げる3人。
小屋の前は斜面になっていて走りにくいが、それはイノシシも同じ。
時間稼ぎになったらしく、イノシシも上がってくるのに手間取っている。
「このまま小屋に立てこもるか?それならイノシシも手出しできないだろ」
「いや、あの大きさなら小屋の戸を破って入ってきてもおかしくない。それに、いつまでも小屋にいるわけにはいかないし・・・」
吉三に聞いてみるも、いい方法が思いつかないらしい。
確かに、応援を呼ばなければイノシシを仕留めることも、追い返すことも不可能だろう。
そのことを感じ取ったのか、吉三が父に対し、
「源助、ここで俺を下ろしてくれ。俺が囮になれば、イノシシは俺に向かうだろう。その隙に、二人は応援を呼んできてほしい」
と、神妙な面持ちで話す
囮になるということは、自分を犠牲にしてイノシシに襲わせ、しのと父を逃がすということでもある。
だが、当然父は承諾しない。
「だから、できるわけないだろ!お前もそんなこと考えるんじゃない!」
「しのちゃんのことも考えろ!子どもがイノシシに敵うわけない!今のうちに、しのちゃんだけでも逃がすようにしなきゃいけないだろ!」
「吉三・・・」
「俺が役に立てるのはこれしかない。源助、俺を下ろせ」
吉三の硬い声に応じるかのように、父は膝を折り、担いだ吉三の足を地面につけた。
と、同時に、
「フンッ!!」
と声を上げて全身を伸ばし、担いだままの吉三を小屋の上に放り投げる。
「あああああ!!」
何が起きたか分からない吉三は叫び声を上げ、小屋の屋根に叩きつけられた。
「父ちゃん?!」
思わず、しのも絶叫してしまう。
小屋の上の吉三は背中を痛そうにしているものの、無事なようだ。
「源助、何するんだ・・・」
「吉三!お前はそこで待ってろ!今、俺としのが誰か呼んでくるから!それまでの辛抱だから!」
父は吉三に呼びかけると、さっさと走って行った。
「源助!こら!」
その後ろをしのが追いかけ、一拍遅れてイノシシが追う。
なるべくイノシシが走りにくそうな所を選んで、二人は逃げる。
「父ちゃんって、力持ちなんだな」
「そんな褒められたもんじゃないよ」
父は悲しそうな顔をしていた。
「俺は情けない男なんだよ。誰かが死ぬのが怖くて仕方ない、度胸も覚悟もない男だ。だから、誰かが死にそうなのが一番嫌なんだ、それだけなんだよ」
だから、吉三の話を聞かず、小屋の上に逃がした。
そうすれば、少なくとも吉三はイノシシに狙われることはない。
だが、これからどうする?
「村の誰かを探すにしても、アタイ達を追ってイノシシが襲ってこないか?」
しのの問いに父が答える。
「それはあり得る。だから、なるべくこの辺りでイノシシを足止めさせたい。何か・・・イノシシを捕まえるような罠とかあれば・・・」
罠なんてものが仕掛けられているのか、どう仕掛けるのか二人は全く知らない。
正直、素人二人でイノシシをどうにかするのは絶望的だ。
「それにな、イノシシって美味いんだよなぁ。毛皮も売れるし」
父が、聞き捨てならないことを言った。
イノシシは美味くて売れる?
「父ちゃん、イノシシ食ったことあるのか?」
「お前よりもっと小さい頃な。俺のじいちゃんがどっかからもらってきたものを食べたことがある。あれは美味かったなぁ。冬になるとあったかい動物の毛皮も売れるそうだ」
それは良いことを聞いた。
ここの所、吉三の分の雑炊を捻出するため、しのは腹いっぱい食べていない。
なので、すぐに腹が減るようになって困ることが多くなった。
そこでイノシシだ。
もしこいつを仕留める事ができれば、肉はしの達の腹の中へ、毛皮は売って家計の足しにすることができる。
当然、しの達は素人なので、イノシシの仕留め方なんてわからない。
だが、相手は動物だ。
頭を殴って気絶させたりできれば、勝機はあるのではないか?
しのと父は疲れたので、少し高台になっている所で足を止めた。
イノシシはその下から登ってこようとしている。
しのは辺りを見回し、投げるのに手頃な石をいくつか見つけると、急いでかき集めた。
「しの、何してるんだ?」
父は首元の汗を拭いながら、しのを見る。
しのは斜面を凝視し、イノシシの動向を伺う。
イノシシが斜面を登り切ろうと頭を出した瞬間、しのは持っていた石を次から次へとイノシシへ投げつけた。
「この!この!当たれ!」
一つだけイノシシの側頭部に当たったが、気絶させるまでには至らず、むしろ、イノシシを一層怒らせる結果になった。
「お前何してるんだよ?!」
更に怒ったイノシシが、二人に向かって突進。
父がしのをおんぶし、一目散に逃げる。
「もしかしたら気絶させられるかもって思って」
「イノシシの頭は硬いらしい。石をぶつけたくらいで倒れる訳ないって!」
「でもアイツを仕留めないと、村が危ないって!」
「それは分かるが」
「それによ父ちゃん、アイツは金になるんだろ!金、金!なら、アタイと父ちゃんで仕留めれば、あのイノシシはアタイ達のものになる!」
「まさか、そのためにイノシシを仕留めたいのか?」
肩越しに娘を見た父は、娘の目が金にくらんでいるようにしか見えなかった。
そんな弱気な父に対し、娘は背中越しに発破をかける。
「迷っている暇なんてあるかよ!村が平和になって、アタイらも得する!いい機会じゃねぇかよ!猟師とかいう訳わからんじいさんに横取りされてたまるか!」
「痛い!しの痛いって!分かったから!」
父の後頭部をゴンゴン叩きながら力説する。
まずは、イノシシを足止めさせる方法を考えなければ。
「気絶させるのがムリなら、頭を何かに突っ込ませて動きを止めることはできないか?例えば、倒木とか」
「倒木ったって、この近くにあるか俺は知らないし」
「なら、吉三なら知ってるかも」
という訳で、なぜか二人はいま来た道を戻り、吉三の小屋まで行くことに。
当然、その後ろをイノシシが追いかける。
一方、吉三は屋根に叩きつけられた痛みが引いてきたものの、一人残されてどうするべきか考えていた。
「ここからじゃ誰も呼べないし、まさか夜までこのまま?いや、イノシシのいない今、下に下りて誰かを探したほうが・・・」
「よしぞーーー!!」
遠くの方からしのの声が聞こえる。
なぜか、逃げた二人は吉三の所に戻ってきていた。
「なんで戻ってきたんだよ!早く誰か探しに行けよ!」
「それより!この辺りに倒木とかないか教えてほしいんだけど!」
「倒木?」
やけにしの顔が晴れやかだが、二人の後ろにイノシシが迫っているので、手短に教える。
「それなら、この先にある。去年、山が少し崩れて倒れた木が、そのままになっているらしい」
「さっすがだぜ!父ちゃん、あっちだ!」
「ありがとう、吉三!」
二人は吉三が指さした方向に走る。
同じ道を、イノシシが走り抜ける。
「なんなんだ・・・?」
一目散に駆けていった二人の背中は、もうあんなに小さい。
背丈はしのくらいありそうだが、初めて見るものだった。
硬そうな毛がびっしりと生えている体は小山のように大きく、息をするたび上下に動く。
フンフンと鼻を鳴らして息をしていたので、それが動物だと分かった。
そして、それがなんの動物か分かったのは、後ろにいる父のつぶやきだった。
「イノシシだ」
かすかに聞こえたその声は、その場にいる三人に伝えるためだけに発せられた。
謎の老人が探していたヤツなのだろうか?
「しの、動くな」
なんとなく近づこうと足を踏み出したら、父から止められた。
「大きな牙を持っている。あんな牙で襲われたら、無事じゃすまない」
よくよく見ると、確かにイノシシの口元には牙がある。
その牙は、こちらを威嚇するかのように鋭く向いており、身の危険を感じるには十分な役割を果たしている。
緊張している人間のことなどおかまいなしに、イノシシはあちこち匂いを嗅いでいた。
こちらにめぼしいものがなくなったのか、茂みの中に入り、小屋の方へ向かっていく。
その隙に、しのは父に駆け寄った。
「父ちゃん、あれがイノシシ?!」
「しっ!なるべく小さな声で話しなさい、こっちに来るかも知れないから」
思わず口元を手で隠す。
「すっごいデッカいじゃん。どうするんだよ」
「そうだなぁ、吉三もいるしなぁ」
吉三は、同じ体勢で座り込んでいる。
やはり、イノシシが現れたことに驚いたようだ。
すると、小屋の方から何かがぶつかる音が聞こえた。
小屋には、今は誰もいない。
だが、先ほどイノシシが向かって行ったので、何かを探しているのだろうか?
「もしかして、雑炊を食ってるのか?」
吉三が小屋の方を見ながら、呟いた。
何だと!イノシシごときが人間の食べ物を食べるだと!
冗談じゃねぇや!こちとら、腹いっぱいに雑炊を食べられないって言うのに!
なのに動物ごときが、ねえちゃん特製の雑炊をたっぷり食べるだと?!
お前さんお目が高いねぇ、と言いたいが、こうしてはいられない。
イノシシが雑炊を食べている間、こちらは逃げることができる。
「しの、お前は走って付いて来なさい。吉三!」
父が吉三に声を掛けると、いきなり担いだ。
「なにするんだよ!」
「逃げるんだよ!お前も!こんなところに置いていくわけにはいかないだろ」
「音を立てなければイノシシは近づいてこない!お前たちは俺を置いて逃げるべきだ!」
「そんなことできるか!こら暴れるな!」
吉三が足をバタつかせ、父は吉三を担いだまま右往左往。
「何やってるんだよ!イノシシが来ちまうだろうが!」
二人の喧嘩を見ているしのは、ハラハラが止まらない。
雑炊を堪能しているイノシシに、こっちの騒動を勘付かれては困る。
と、しのの心配が現実になってしまった。
小屋の方から鳴き声がしたかと思うと、ガサガサと音を立てながら、何者かがこっちに近づいてきた。
「父ちゃん!来たよ!」
しのも父も、その場から駆け出す。
たった今までいた場所に、イノシシが突っ込んできた。
間一髪、逃げおおせた二人は、川から離れる。
「父ちゃん、どこに逃げるのさ」
「えーと、まず誰かを見つけないと・・・」
「そんな余裕ねぇよ!」
「確か、イノシシは木に登ってこれないはずだ!」
吉三からありがたい助言をいただいたが、周りは草むらだけなので木がない。
あったとしても、人が登れるほど太い木はなかった。
「木なんてねぇよ!どうすんだよ!」
「よし!もう少し走れば山がある!そこなら登れる木くらいあるだろ!」
「源助、俺はそこまで持ちそうにないんだが・・・」
「父ちゃん、アタイもそこまではムリだ」
担がれた吉三は揺れのせいか気持ち悪そうだし、近くの山は遥か向こう。
さっき見たイノシシの速さを考えれば、父一人なら山まで辿りつけるかも知れないが、しのの足では追いつかれるし、吉三を担いだままでは辿り着けるか怪しい。
「待て、イノシシへの対処方法があったはず・・・」
「ぐちゃぐちゃ考えてる時間なんてねぇよ!ほら来た!」
何が気に触ったのか知らないが、3人目掛けてイノシシが突進してくる。
思わず、小屋の方に逃げる3人。
小屋の前は斜面になっていて走りにくいが、それはイノシシも同じ。
時間稼ぎになったらしく、イノシシも上がってくるのに手間取っている。
「このまま小屋に立てこもるか?それならイノシシも手出しできないだろ」
「いや、あの大きさなら小屋の戸を破って入ってきてもおかしくない。それに、いつまでも小屋にいるわけにはいかないし・・・」
吉三に聞いてみるも、いい方法が思いつかないらしい。
確かに、応援を呼ばなければイノシシを仕留めることも、追い返すことも不可能だろう。
そのことを感じ取ったのか、吉三が父に対し、
「源助、ここで俺を下ろしてくれ。俺が囮になれば、イノシシは俺に向かうだろう。その隙に、二人は応援を呼んできてほしい」
と、神妙な面持ちで話す
囮になるということは、自分を犠牲にしてイノシシに襲わせ、しのと父を逃がすということでもある。
だが、当然父は承諾しない。
「だから、できるわけないだろ!お前もそんなこと考えるんじゃない!」
「しのちゃんのことも考えろ!子どもがイノシシに敵うわけない!今のうちに、しのちゃんだけでも逃がすようにしなきゃいけないだろ!」
「吉三・・・」
「俺が役に立てるのはこれしかない。源助、俺を下ろせ」
吉三の硬い声に応じるかのように、父は膝を折り、担いだ吉三の足を地面につけた。
と、同時に、
「フンッ!!」
と声を上げて全身を伸ばし、担いだままの吉三を小屋の上に放り投げる。
「あああああ!!」
何が起きたか分からない吉三は叫び声を上げ、小屋の屋根に叩きつけられた。
「父ちゃん?!」
思わず、しのも絶叫してしまう。
小屋の上の吉三は背中を痛そうにしているものの、無事なようだ。
「源助、何するんだ・・・」
「吉三!お前はそこで待ってろ!今、俺としのが誰か呼んでくるから!それまでの辛抱だから!」
父は吉三に呼びかけると、さっさと走って行った。
「源助!こら!」
その後ろをしのが追いかけ、一拍遅れてイノシシが追う。
なるべくイノシシが走りにくそうな所を選んで、二人は逃げる。
「父ちゃんって、力持ちなんだな」
「そんな褒められたもんじゃないよ」
父は悲しそうな顔をしていた。
「俺は情けない男なんだよ。誰かが死ぬのが怖くて仕方ない、度胸も覚悟もない男だ。だから、誰かが死にそうなのが一番嫌なんだ、それだけなんだよ」
だから、吉三の話を聞かず、小屋の上に逃がした。
そうすれば、少なくとも吉三はイノシシに狙われることはない。
だが、これからどうする?
「村の誰かを探すにしても、アタイ達を追ってイノシシが襲ってこないか?」
しのの問いに父が答える。
「それはあり得る。だから、なるべくこの辺りでイノシシを足止めさせたい。何か・・・イノシシを捕まえるような罠とかあれば・・・」
罠なんてものが仕掛けられているのか、どう仕掛けるのか二人は全く知らない。
正直、素人二人でイノシシをどうにかするのは絶望的だ。
「それにな、イノシシって美味いんだよなぁ。毛皮も売れるし」
父が、聞き捨てならないことを言った。
イノシシは美味くて売れる?
「父ちゃん、イノシシ食ったことあるのか?」
「お前よりもっと小さい頃な。俺のじいちゃんがどっかからもらってきたものを食べたことがある。あれは美味かったなぁ。冬になるとあったかい動物の毛皮も売れるそうだ」
それは良いことを聞いた。
ここの所、吉三の分の雑炊を捻出するため、しのは腹いっぱい食べていない。
なので、すぐに腹が減るようになって困ることが多くなった。
そこでイノシシだ。
もしこいつを仕留める事ができれば、肉はしの達の腹の中へ、毛皮は売って家計の足しにすることができる。
当然、しの達は素人なので、イノシシの仕留め方なんてわからない。
だが、相手は動物だ。
頭を殴って気絶させたりできれば、勝機はあるのではないか?
しのと父は疲れたので、少し高台になっている所で足を止めた。
イノシシはその下から登ってこようとしている。
しのは辺りを見回し、投げるのに手頃な石をいくつか見つけると、急いでかき集めた。
「しの、何してるんだ?」
父は首元の汗を拭いながら、しのを見る。
しのは斜面を凝視し、イノシシの動向を伺う。
イノシシが斜面を登り切ろうと頭を出した瞬間、しのは持っていた石を次から次へとイノシシへ投げつけた。
「この!この!当たれ!」
一つだけイノシシの側頭部に当たったが、気絶させるまでには至らず、むしろ、イノシシを一層怒らせる結果になった。
「お前何してるんだよ?!」
更に怒ったイノシシが、二人に向かって突進。
父がしのをおんぶし、一目散に逃げる。
「もしかしたら気絶させられるかもって思って」
「イノシシの頭は硬いらしい。石をぶつけたくらいで倒れる訳ないって!」
「でもアイツを仕留めないと、村が危ないって!」
「それは分かるが」
「それによ父ちゃん、アイツは金になるんだろ!金、金!なら、アタイと父ちゃんで仕留めれば、あのイノシシはアタイ達のものになる!」
「まさか、そのためにイノシシを仕留めたいのか?」
肩越しに娘を見た父は、娘の目が金にくらんでいるようにしか見えなかった。
そんな弱気な父に対し、娘は背中越しに発破をかける。
「迷っている暇なんてあるかよ!村が平和になって、アタイらも得する!いい機会じゃねぇかよ!猟師とかいう訳わからんじいさんに横取りされてたまるか!」
「痛い!しの痛いって!分かったから!」
父の後頭部をゴンゴン叩きながら力説する。
まずは、イノシシを足止めさせる方法を考えなければ。
「気絶させるのがムリなら、頭を何かに突っ込ませて動きを止めることはできないか?例えば、倒木とか」
「倒木ったって、この近くにあるか俺は知らないし」
「なら、吉三なら知ってるかも」
という訳で、なぜか二人はいま来た道を戻り、吉三の小屋まで行くことに。
当然、その後ろをイノシシが追いかける。
一方、吉三は屋根に叩きつけられた痛みが引いてきたものの、一人残されてどうするべきか考えていた。
「ここからじゃ誰も呼べないし、まさか夜までこのまま?いや、イノシシのいない今、下に下りて誰かを探したほうが・・・」
「よしぞーーー!!」
遠くの方からしのの声が聞こえる。
なぜか、逃げた二人は吉三の所に戻ってきていた。
「なんで戻ってきたんだよ!早く誰か探しに行けよ!」
「それより!この辺りに倒木とかないか教えてほしいんだけど!」
「倒木?」
やけにしの顔が晴れやかだが、二人の後ろにイノシシが迫っているので、手短に教える。
「それなら、この先にある。去年、山が少し崩れて倒れた木が、そのままになっているらしい」
「さっすがだぜ!父ちゃん、あっちだ!」
「ありがとう、吉三!」
二人は吉三が指さした方向に走る。
同じ道を、イノシシが走り抜ける。
「なんなんだ・・・?」
一目散に駆けていった二人の背中は、もうあんなに小さい。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

非公開とさせていただきました(しばらくはお知らせのため残しますが、のちに削除いたします)
双葉
キャラ文芸
キャラ文芸大賞に応募していた本作ですが、落選したため非公開とさせていただきました。夢である書籍化を目指して改稿し、別の賞へチャレンジいたします。
審査員の皆さま、読者として読んでくださった皆さま、ありがとうございました。

おっ☆パラ
うらたきよひこ
キャラ文芸
こんなハーレム展開あり? これがおっさんパラダイスか!?
新米サラリーマンの佐藤一真がなぜかおじさんたちにモテまくる。大学教授やガテン系現場監督、エリートコンサル、老舗料理長、はたまた流浪のバーテンダーまで、個性派ぞろい。どこがそんなに“おじさん心”をくすぐるのか? その天賦の“モテ力”をご覧あれ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活
まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開?
第二巻は、ホラー風味です。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
【連載中】は、短時間で読めるように短い文節ごとでの公開になります。
(お気に入り登録いただけると通知が行き、便利かもです)
その後、誤字脱字修正や辻褄合わせが行われて、合成された1話分にタイトルをつけ再公開されます。
(その前に、仮まとめ版が出る場合もある、かも、しれない、可能性)
物語の細部は連載時と変わることが多いので、二度読むのが通です。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
あやかし警察おとり捜査課
紫音
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる