強欲ババァから美少女になったけど、煩悩なんて消せません

豊倉麻南美

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27話

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その日もまた、朝から雨が降ったせいで道がぬかるんでいたので、非常に歩きにくい道だった。
しかし、しのは何度も吉三の小屋まで往復していたので、多少の悪路にも慣れたところだ。
悪路の周りに広がるのは、刈り取ったばかりの田んぼ。
その道を、しのと父の源助が歩いている。
今日は、吉三に雑炊だけではなく、薪も届けるので、父が同行しているのだ。
村中の稲刈りは昨日ですべて終わったので、田んぼは何とも寒々しいが、父は数日ぶりに吉三に会うので、浮かれている。
その証拠に、こんな事を言い出した。

「あとは、干している米を脱穀するだけだ。その米を、吉三にも食べてもらいたいな」

隣を歩いている父の言葉に、しのは目をむいた。
新米は、村人全員が待ち望んだ秋のご馳走。
それを、稲刈りにも参加せず、働きもしていない人間に食べさせたいと、父は言うのだ。
しのは脱穀を担当したが、もみ殻を取り除き、選り分けるのは中々大変だった。
その苦労を知ってしまったので、父の発言は聞き捨てならない。
幼馴染と今年の米の旨さを分かち合いたいのだろうが、このお人好しの父のことである。
きっと、自分たち家族の取り分も、吉三に渡すに違いない。
なので、今のうちに釘を差しておくことにする。

「父ちゃん、吉三に米をやるのは構わないけどよ、アタイやねえちゃんの分はちゃんと残しておいてくれよ」
「そりゃ当たり前だろう。ちゃんと取っておくよ、信用ないなぁ」
「アタイの報酬分の米まで、すぐ誰かにホイホイあげないか心配なんだよ。ちゃんと畑仕事しているこっちが腹減らしてるなんて、笑い話にもなりゃしねぇからよ」

ジト目で見られた父は、娘の辛辣な言葉に苦笑するしかない。
そんなことを話しながら、橋を渡る。
村には雨は降っていないが、山の方は土砂降りなのだろう。
川の水は茶色に濁り、ゴウゴウと音を立てて流れている。
のぞき込むだけで足がすくむ。

「こりゃ、上は相当降ってるな。この雨が村に来る前に、稲刈りが終わって良かったよ」
「おー、すげー。しぶきがこっちまで飛んでくる」

親子揃って、濁流を見つめながら対岸に到着した。
ここまでくれば、吉三の小屋まではあと一息である。
いつもなら、吉三が川の側にいるのが見えるのだが、今日はいなかった。
それならと小屋に近づくと、男が怒鳴っている声が聞こえてくる。
だが、その声の主は吉三ではない。
しのは、以前にもこの声を聞いたことがある。
しのが父を見上げると、

「しの、鍋を持って茂みに隠れていなさい。様子を見てくるから」

と言い、父は一人で小屋に近づいた。
しのは急いで背丈近くもある茂みに隠れ、小屋の様子をうかがう。
父が小屋の扉を開けると、そこには吉三の他に男が一人。
その男が吉三の胸ぐらを掴み、揺さぶっていた。

「喜一郎さんですか?」

父が男に声を掛けると、呼ばれた男が振り返る。
喜一郎と呼ばれた男は、以前しのが見た、吉三の兄貴だった。
だが、前に見たときと比べ、怒りで人相が変わっている。
二人の間で、何があったんだ?

「お久しぶりです、喜一郎さん。何かあったんですか?」

父が話しかけるも、喜一郎は舌打ちして吉三を投げ飛ばす。

「吉三!」

土間に叩きつけられた吉三を助け起こすため、父が駆け寄った。
吉三の左目には殴られたアザがあり、他にもどこか痛めたのか、顔をしかめている。
一方、喜一郎は憎々しげに吉三を見た。

「ふん、俺が持ってきた食べ物や薪以外を使っていると思っていたが、源助からもらってたのか。相変わらず人に甘えるのが上手いな、お前は」

その言葉に、父・源助が反論する。

「吉三は、誰かに物をねだったりしてません。俺がおせっかいをやいて、持ってきているだけです。喜一郎さんの方こそ、実の弟をこんな所に閉じ込めて、ろくな食べ物もやらず酷いじゃないですか」
「何が酷いんだ。戦で使い物にならなくなった人間が捨てられるのは当然だ。それを、俺の家族が食べるものを切り詰めて吉三にやってるんだ。感謝こそされても、そんな恨み言を言われる筋合いはない!」

喜一郎は吉三を指差し、更に、

「しかも!こいつのせいで俺は庄屋に叱られたんだぞ!お情けをかけてもらっている人間の分際で、これ以上、俺に迷惑をかけるな!」
「だからって、殴ることないでしょう!こんなアザまで」
「うるさい黙れ!」

喜一郎が一際、大きい怒鳴り声を発した。
一瞬、辺りがしんと静まり返る。

「昨日、庄屋が来て俺に言ったんだ。吉三はどこにいるって。誰から聞いたか知らないが、お前の家にはいなくて、どこかの小屋に閉じ込めているんだろう、ちゃんと面倒を見ているのかって聞かれた」

その時のことを思い出したのか、喜一郎は苦い表情になった。

「ここで庄屋に目をつけられたら、田畑の管理だけじゃなく、小作人の融通にまで影響が出る。この村で、俺達が生きていくのが難しくなるんだ!」
「それなら、吉三をちゃんと実家に住まわせればいいじゃないですか」
「お前に何が分かるんだ!」

悔しいような、苦しいような表情で喜一郎は父を睨む。

「兄貴だからって理由で、小さい頃から弟の面倒を見ることを強制されて、戦に行って戻ってこないから開放されたと思ったら、片足をなくして戻って来て。親父やお袋は、吉三が可愛くて仕方ないから、最後まで面倒みてほしいなんて言って、厄介事を俺に押し付けたまま死ぬし・・・」

静かになった所に、喜一郎の淡々とした独白だけが響く。

「後継ぎなんだから、あれもやれ、これもやれと皆、色々押し付けてくる。下の兄弟たちは自由にしてても、俺は何一つ自由じゃなかった。やっと肩の荷が下りたと思ったら、末の弟はこんな事になって戻ってきて。俺はいつになったら自由になれるんだ?一体いつ?なあ、答えろよ!いい加減、お前はいつ死んでくれるんだよ!」
「この!」

喜一郎のとんでもない発言に怒った父が、喜一郎に体当りした。
壁に喜一郎を押し付け、怒る。

「そんな理由で!そんな理由で、吉三をここに閉じ込めたのか?!兄貴を慕っている弟を!物みたいに扱って!」

その言葉に喜一郎は笑う。

「物みたいだと?何が違うんだ?アイツは歩けないから働けない。働けない人間を生かして置けるほど、世の中ってのは余裕があるのか?」

父は、喜一郎を押し付けている腕に力を込める。

「俺は土地の運用が上手く行って、暮らしてるがよ、お前さんはどうだ?源助。娘たちに食わせるためのものを吉三に食わせて、当の娘たちは腹を空かせているんじゃないのか?」

喜一郎の言うことは当たっている。
アタイやねえちゃんが食べる量は減ってしまい、一日中働くとヘトヘトになって、夕飯の箸すら上手く持てない時もある。

「源助、お前も早くに嫁さんを亡くしたよな?今度は娘まで亡くすのか?まともに働けない男を養って、代わりに娘を亡くして、お前は何を得る?」
「アンタは!」

激昂した父が喜一郎を殴ろうとした所、喜一郎が父の腹を蹴り飛ばす。

「源助!」

土間に転がった源助に、喜一郎が足蹴りをする。

「第一、お前は人様の畑を借りているじゃないか!俺達みたいな地主に頭を下げて、土地を借りて生きているのに、偉そうな口を聞きやがって!俺達がいなければ、お前らはまともに食っていけないんだから、感謝くらいしたらどうだ!」
「やめてくれ、兄貴!兄貴!」

何度も何度も蹴り飛ばし、罵倒してやっと落ち着いたのか、喜一郎は源助から離れた。
父は上体を起こそうとしているので無事なようだが、なかなか顔を上げられないでいる。

「源助、源助、大丈夫か?」
「お前がいるからだぞ、吉三」

冷ややかな喜一郎の声が聞こえる。

「お前がいるから、こんなことを何回でも繰り返さないといけないんだ。俺だってこんなことはしたくないし、源助をこんな目に合わせたら、また庄屋になんて言われるか分からない」

誰も、一言も反論できないまま喜一郎の言葉を聞く。

「吉三、お前は賢いから、分かってるよな?」

その言葉を残し、喜一郎は小屋を去っていった。
残されたのは、土間に転がっている父と、両手をついて俯いている吉三。
喜一郎の姿が完全になくなり、どこにも見えなくなった所で、しのは茂みから姿を現し、父に近づいた。

「父ちゃん、起きれるか?」

持っていた鍋を土間におろし、父が起き上がるのを手伝う。
着物は土で汚れ、その下の肌にはアザが見える。
腹が痛いのか、手で腹を押さえ、背中を小屋の壁に預けた。
その隣には吉三がいるが、しのはなんと声をかければ良いのか分からない。
まさか、ここまで兄貴が吉三を疎んでいたなんて、知らなかった。
つい最近、兄貴の存在を知ったというのもあるが、ここまでこじれているとは。

「しの、ちゃんと隠れて偉かったぞ。でも悪いなぁ、父ちゃん、カッコ悪い所みせちゃって」

父はしのを心配させまいと笑いかけるが、正直、しのはこの場からさっさと立ち去ったほうがいいと考えていた。
だが、父は吉三に話すことがあるようだ。

「吉三、気にするな。喜一郎さんはあんなこと言っているが、結局はお前の兄貴なんだ。兄貴は弟がかわいいもんだ。しばらくしたら謝りに来るさ」

しかし、吉三は何も答えない。
気まずい静寂があたりを包む。

「吉三、今日も雑炊を持ってきたからな。薪もたくさん持ってきたから、早速食べてくれ」
「もういい、もう帰ってくれ」

突き放すような吉三の言葉に、父は固まった。

「薄々分かってたんだ、子供の頃から、兄貴が俺を遠ざけたいのが。分かってたけど、こうもはっきり言われると頭が真っ白になる」
「吉三、俺は」
「だから、今日はもう帰ってくれ。頼む、一人にしてくれ・・・」

吉三は壁に体を預けたままの格好で土間に座り込んでいる。
その姿はあまりにも痛々しく、さすがの源助もどう声をかけて良いのか分からないらしい。
かろうじて、土間に持ってきた薪と鍋を置き、静かに小屋の扉を閉めた。
しのも父も、何も発することができない。
少し歩いて振り返り、また少し歩いて振り返りを繰り返して、小屋を離れた。
茂みに隠れて小屋が見えなくなった所で、源助は腰を下ろす。

「クソ・・・何もしてやれないのかよ・・・」

秋の冷たい風が、源助の言葉の痛さを一層強める気がした。
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