26 / 39
26話
しおりを挟む
しのは今日も律儀に雑炊を届ける。
昨日の夜に降った雨で道はドロドロになり、歩きやすいとは言えなかったが、鍋を落とさないよう慎重に持つ。
そして、今日は同行者が一人。
例の謎の老人だ。
彼はしのが家を出て橋を渡る直前、どこからともなく現れた。
「おはよう、お前さん口は悪いが感心だな」
「一言余計だ。それに、護衛なんていらないって。ただ届けるだけなのに」
老人は口元のヒゲを撫でながら辺りを見渡す。
「こういうドロドロの道こそ、イノシシの足跡が残りやすい。それに、体の虫を取るために泥の中に突っ込んだりするからな。そういう跡からヤツの縄張りを絞り込む事ができれば、早めに決着をつけられる」
「げぇ、泥に突っ込むとか勘弁願いたいぜ」
「ハハハハ、だがヤツラの動きを探っていくのは面白いぞ。人間とはまた違った理で生きているのがわかる。それを知る楽しみもある」
ふうん、そんなこともあるのか、と聞き流していたが、実際、老人は物知りだった。
吉三の小屋へ向かう途中、あの草は薬に使える、あの地形は水を川に流すのに適している等、しのが聞いてもいないことを次々に話してきた。
最初は、その内容に半信半疑のしのだったが、根拠のある理由を聞くことで、老人の知識の豊富さが分かってきた。
「アンタ、本当に何でも知ってるんだな」
老人は空を見上げてハハハと笑う。
「何でもって訳ではないが、年を取っている分、多く物事を知っているだけだ。これを年の功という、覚えておけよ」
しのも前世の記憶を持っており、その分、実際の年齢より多くのことを知っているが、この老人ほどの知識はない。
なぜこれほどまでに違うのだろうか?
「年の功ってものはさ、自然に身につくものなのか?」
「いや、このような知識は、自分から知ろうとする時にだけ身につくものだ。逆に、知ろうとせずに生きていくこともできるが、味気ない生き方になる」
「田んぼや畑の世話だけで、身につくとは思えないな」
「だからこそ、儂は猟師もしている。猟師は動物と関わりを持つから、その知識を村の運営に活かすこともできる。例えば、ヒガンバナを植えるとネズミやモグラを寄せ付けない、とかな」
「初めて聞いた」
「ヒガンバナの根っこには毒があるから、ネズミやモグラは避けていく。だから、畑と道の境目に植えて、畑に入らせないようにしているんだ」
そういえば、ちょっと前まで村のあちこちにヒガンバナが咲き誇り、見事な景色になっていたが、あれにはそういう意味があったのか。
老人の知識の豊富さに、嫉妬のような感情を抱くこともあったが、次から次へと出てくる話が面白く、暗い感情は次第にどこかへ消えていった。
「そんなに面白いことをいっぱい知ってるなら、金儲けも簡単にできるんじゃないのか?」
しのは、期待を込めて老人を見る。
これほどの知識を金稼ぎに使えるなら、さぞたんまりと銭を貯めているかも知れない。
嫉妬とは別の暗い感情が、しのを包む。
しかし、老人は澄ました顔で首を振った。
「ただ知識があるだけでは、金を稼ぐまでには至らない。どちらかといえば、儂は金が出ていくほうだな」
「嘘つけよ」
「嘘なもんか。金をもらえるというのは、何か価値あることの代わりとしてもらったことだ。知識があるだけでは、何かの代わりにはならない」
「そんなこと・・・」
「あるんだな、これが。吉三もそうだろう。いくら頭が良くても使い所がなくあの小屋に閉じ込められている」
老人の視線の先に、吉三の小屋が見えてきた。
今日も川の側にいるが、こちらを見て待っている。
川は、昨日降った雨のせいで水が増え、茶色に濁っていた。
その近くを、吉三は杖をついて歩いてくる。
「おはようございます。しのちゃん、この方は・・・?」
「猟師らしい、よく知らない」
「隣村に住んでおる。庄屋の頼みで、この辺りを見回りに来た」
「それはご苦労さまです。朝早くから大変ですね」
「なんの、この嬢ちゃんとおしゃべりができて楽しい朝になったわ」
「しのちゃん、昨日見せてもらった物だけど・・・」
「ああ、あれ、何か分かったのか?」
吉三の顔が曇る。
なんだ?何かあったのか?
「言葉では伝えにくくて・・・見てくれるかい?」
そういうと、吉三はしのと老人を小屋へ招き、謎の道具を手に取った。
「なんじゃこれは」
予想通り、老人はその道具を見るなり驚きの声を上げる。
「どうやら、これはこのように使うものらしい」
吉三は、道具の椀のようになっている方を上にし、くぼみに切断された足を乗せた。
「え?!」
吉三の謎の行動は更に続き、今度は椀についている紐を器用に足に巻き付ける。
巻き付け終えた吉三は、ゆっくりと立ち上がった。
自前の足だけではなく、謎の道具に体重をかけ、杖もつかずに立ったのである。
「え!なんで立てるの?!」
「ほっほう!」
しのは驚き、老人は感嘆の声を上げた。
少しふらついてはいるものの、吉三はしっかりとしのを見つめる。
「この道具が杖の代わりになっているようなんだ。こうやって足につけることで、なくなった足の代わりになってくれる」
「すごい・・・」
「練習が必要だけど、歩くこともできるみたいだ」
試しに一歩、道具がついている足を踏み出す。
グラグラしないように体の平衡感覚をとるのが難しそうだが、それでも一歩、歩くことはできた。
この道具は、足の代わりだったのか。
しかも、吉三の足の長さにピッタリ合っている。
「すごい!やっぱり吉三は頭が良いんだな!」
「よしてくれよ、こんなことくらい」
吉三が言うこんなことは、しのが気付けなかったことだ。
それをたった一人で見つけ出したのだから、吉三はすごい。
だが、なぜこんな奇妙なものがツヅラから出てきたのか、それが分からない。
ただのツヅラの気まぐれなのか?
しのが思案していると、吉三は疲れたのか、背後の板間に座り込む。
「こんなすごいものが落ちていたなんて、信じられない・・・」
やすやすと装着してみせた本人が、目を丸くして道具を見ている。
それと同じくらい、興味津々の眼差しで老人が道具を見つめていた。
「儂も初めて見るものだ。しかも落ちていただと?どこに?」
「しのちゃんが拾ったんだ、この近くにあったって」
老人がしのを見る。
ふたりの視線がいきなり集まったので、どきりとした。
「そうだよ、川の側に見たことないものがあったから、吉三ならなんか知ってるかと思って持ってきたんだ。こんなふうに使うなんて、思ってもみなかった」
「ふうむ・・・こんなものがなぁ・・・」
老人は相変わらず、しげしげと道具を見る。
ふと、吉三が斬られた足を撫でて苦しそうにした。
「どうした?足が痛むのか?」
「ええ、足を乗せている所が痛くなるんです。立てるのはいいんですが、この道具を付けたまま歩くのは、思ったより難しいですね」
なんと、この道具にはそんな弱点があったのか。
確かに、道具を付けた吉三の足は、赤くなっていた。
道具にも吉三の体重がかかっているので、その分、斬られた足にも負荷がかかり、悲鳴を上げているのだ。
だが、吉三の足を見た老人は、
「この、道具と接している所に動物の毛皮や綿を敷き詰めれば、痛みが和らぐのではないか?」
と、改善策を提案し、懐から試しにと、余った毛皮を出してきた。
それを道具に敷き詰め、再度吉三が装着すると、今度は楽になったのかその場で飛び跳ねる。
「すごくいいです、さっきのような痛みがなくなりました。これなら、いくらでも歩ける気がする!」
「そりゃよかった!いいもん手に入れたな!」
今まで見たことがないくらい、嬉しそうな表情で飛び跳ねる吉三。
それを見たしのも、なんだか嬉しくなってしまった。
「戦で手足をなくした人は大勢いる。吉三と同じような生活をしているが、こんな道具を手に入れられれば、多少、暮らし向きは良くなるかもなぁ」
老人が呟いた言葉を耳にした瞬間、しのはあることを思いつく。
それは、吉三の仕事にもなり、しのも儲かる、いい思いつきだった。
「なあ、この道具がみんな買えるようになったら、助かるやつが大勢いるのか?」
「そりゃあ、もちろん」
「でも、今まで売られているのを見たことがない」
「ああ、儂すら今まで見たことがないんだからなぁ」
「なら、吉三がこれを作って売ればいいんじゃないのか?」
吉三と老人の目が点になった。
「だって、吉三は仕事がなくてこんな生活をしてるだろ?でも、この道具を上手く使えるようになったら、同じようなものを作って、同じように足がなくなって困っている人に売れるんじゃないか?吉三が道具を使って歩いている所を見せれば、使い方が分かるだろうし」
「なるほど・・・」
「そりゃいい思いつきだが・・・」
大人ふたりは考え込み、子どもは顔を紅潮させ話す。
「吉三だって、この生活が良いとは思ってないだろ?どうやって抜け出そうかって、考えていないか?」
「それは、そうだが」
「なら、これを作って売ればいい。困っている人を助けるんだから、文句なんて言われないさ」
「だが嬢ちゃん、どうやって売りに行くんだ?少し歩けるようになるとはいえ、吉三はまだ長く歩けるとは思えないが」
しのは老人の問いに、ふんぞり返って答える。
「なら、アタイが売りに行くさ。思いついた張本人だからな、その責任は取る。でも、少しばかり配慮して貰えるとありがたいがね」
配慮、という言葉に、吉三と老人は得心がいったようだ。
「なるほど、吉三に作らせて自分は売った手間賃がほしいと。強欲な嬢ちゃんだ」
「それくらいいいだろ!吉三を一人で働かせるより、誰かの助けがあったほうがいい」
「しのちゃんは頭がよく回るな。でも、だめだよ」
吉三から断られ、憤慨するしの。
「なんでだよ!いい思いつきじゃん!」
「それは俺も思ったけど、俺が全く別の仕事をしだしたら、兄貴の顔を潰すことになる。ひいては、実家の顔を潰す。それだけはだめだ」
吉三の言葉に、老人が苦い顔をした。
小屋の外で、何かが草むらに落ちる音がしたが、全員話に気を取られ気づいていない。
「兄貴を説得することはできないか?例えば、稼いだ金の一部を兄貴に渡すとか」
吉三は首をふる。
「兄貴は気位が高い。俺が家とは関係ない仕事をしだすと分かった時点で、俺が今まで食わせてやってきたのに、この恩知らず、と、とんでもなく怒るだろう。実家に余計な分断と火種を持ち込むわけにはいかない」
悲しそうな表情で吉蔵は道具を撫で、しのを見る。
「しのちゃん、俺なんかのために面白いことを思いついてくれてありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ。俺には、これがあれば大丈夫だから」
「そんなぁ!」
「吉三が言うのであれば、致し方ないだろう」
「じいさんまで!諦めるなよ!」
「吉三にも事情があるんだ、ここはお前さんが諦めなさい」
「嫌だあ!!」
と言う訳で、散々駄々を捏ねたしのを説得し、今日の会合はお開きになった。
しのと老人が一緒に小屋を出た所で、小屋の外にクズ野菜が転がっている。
野菜についている土が乾燥していないので、昨日今日掘ったばかりのものだろう。
でも、吉三はクズ野菜といえど、あんな所に転がしておくだろうか?
それに、あのクズ野菜は、吉三の兄貴が持ってくるものと似ている。
まさか、今までの話を誰か聞いていたのか?
クズ野菜はしのだけが気付き、老人は気付いていない。
しのは疑問を胸にしまい、老人と小屋を後にした。
昨日の夜に降った雨で道はドロドロになり、歩きやすいとは言えなかったが、鍋を落とさないよう慎重に持つ。
そして、今日は同行者が一人。
例の謎の老人だ。
彼はしのが家を出て橋を渡る直前、どこからともなく現れた。
「おはよう、お前さん口は悪いが感心だな」
「一言余計だ。それに、護衛なんていらないって。ただ届けるだけなのに」
老人は口元のヒゲを撫でながら辺りを見渡す。
「こういうドロドロの道こそ、イノシシの足跡が残りやすい。それに、体の虫を取るために泥の中に突っ込んだりするからな。そういう跡からヤツの縄張りを絞り込む事ができれば、早めに決着をつけられる」
「げぇ、泥に突っ込むとか勘弁願いたいぜ」
「ハハハハ、だがヤツラの動きを探っていくのは面白いぞ。人間とはまた違った理で生きているのがわかる。それを知る楽しみもある」
ふうん、そんなこともあるのか、と聞き流していたが、実際、老人は物知りだった。
吉三の小屋へ向かう途中、あの草は薬に使える、あの地形は水を川に流すのに適している等、しのが聞いてもいないことを次々に話してきた。
最初は、その内容に半信半疑のしのだったが、根拠のある理由を聞くことで、老人の知識の豊富さが分かってきた。
「アンタ、本当に何でも知ってるんだな」
老人は空を見上げてハハハと笑う。
「何でもって訳ではないが、年を取っている分、多く物事を知っているだけだ。これを年の功という、覚えておけよ」
しのも前世の記憶を持っており、その分、実際の年齢より多くのことを知っているが、この老人ほどの知識はない。
なぜこれほどまでに違うのだろうか?
「年の功ってものはさ、自然に身につくものなのか?」
「いや、このような知識は、自分から知ろうとする時にだけ身につくものだ。逆に、知ろうとせずに生きていくこともできるが、味気ない生き方になる」
「田んぼや畑の世話だけで、身につくとは思えないな」
「だからこそ、儂は猟師もしている。猟師は動物と関わりを持つから、その知識を村の運営に活かすこともできる。例えば、ヒガンバナを植えるとネズミやモグラを寄せ付けない、とかな」
「初めて聞いた」
「ヒガンバナの根っこには毒があるから、ネズミやモグラは避けていく。だから、畑と道の境目に植えて、畑に入らせないようにしているんだ」
そういえば、ちょっと前まで村のあちこちにヒガンバナが咲き誇り、見事な景色になっていたが、あれにはそういう意味があったのか。
老人の知識の豊富さに、嫉妬のような感情を抱くこともあったが、次から次へと出てくる話が面白く、暗い感情は次第にどこかへ消えていった。
「そんなに面白いことをいっぱい知ってるなら、金儲けも簡単にできるんじゃないのか?」
しのは、期待を込めて老人を見る。
これほどの知識を金稼ぎに使えるなら、さぞたんまりと銭を貯めているかも知れない。
嫉妬とは別の暗い感情が、しのを包む。
しかし、老人は澄ました顔で首を振った。
「ただ知識があるだけでは、金を稼ぐまでには至らない。どちらかといえば、儂は金が出ていくほうだな」
「嘘つけよ」
「嘘なもんか。金をもらえるというのは、何か価値あることの代わりとしてもらったことだ。知識があるだけでは、何かの代わりにはならない」
「そんなこと・・・」
「あるんだな、これが。吉三もそうだろう。いくら頭が良くても使い所がなくあの小屋に閉じ込められている」
老人の視線の先に、吉三の小屋が見えてきた。
今日も川の側にいるが、こちらを見て待っている。
川は、昨日降った雨のせいで水が増え、茶色に濁っていた。
その近くを、吉三は杖をついて歩いてくる。
「おはようございます。しのちゃん、この方は・・・?」
「猟師らしい、よく知らない」
「隣村に住んでおる。庄屋の頼みで、この辺りを見回りに来た」
「それはご苦労さまです。朝早くから大変ですね」
「なんの、この嬢ちゃんとおしゃべりができて楽しい朝になったわ」
「しのちゃん、昨日見せてもらった物だけど・・・」
「ああ、あれ、何か分かったのか?」
吉三の顔が曇る。
なんだ?何かあったのか?
「言葉では伝えにくくて・・・見てくれるかい?」
そういうと、吉三はしのと老人を小屋へ招き、謎の道具を手に取った。
「なんじゃこれは」
予想通り、老人はその道具を見るなり驚きの声を上げる。
「どうやら、これはこのように使うものらしい」
吉三は、道具の椀のようになっている方を上にし、くぼみに切断された足を乗せた。
「え?!」
吉三の謎の行動は更に続き、今度は椀についている紐を器用に足に巻き付ける。
巻き付け終えた吉三は、ゆっくりと立ち上がった。
自前の足だけではなく、謎の道具に体重をかけ、杖もつかずに立ったのである。
「え!なんで立てるの?!」
「ほっほう!」
しのは驚き、老人は感嘆の声を上げた。
少しふらついてはいるものの、吉三はしっかりとしのを見つめる。
「この道具が杖の代わりになっているようなんだ。こうやって足につけることで、なくなった足の代わりになってくれる」
「すごい・・・」
「練習が必要だけど、歩くこともできるみたいだ」
試しに一歩、道具がついている足を踏み出す。
グラグラしないように体の平衡感覚をとるのが難しそうだが、それでも一歩、歩くことはできた。
この道具は、足の代わりだったのか。
しかも、吉三の足の長さにピッタリ合っている。
「すごい!やっぱり吉三は頭が良いんだな!」
「よしてくれよ、こんなことくらい」
吉三が言うこんなことは、しのが気付けなかったことだ。
それをたった一人で見つけ出したのだから、吉三はすごい。
だが、なぜこんな奇妙なものがツヅラから出てきたのか、それが分からない。
ただのツヅラの気まぐれなのか?
しのが思案していると、吉三は疲れたのか、背後の板間に座り込む。
「こんなすごいものが落ちていたなんて、信じられない・・・」
やすやすと装着してみせた本人が、目を丸くして道具を見ている。
それと同じくらい、興味津々の眼差しで老人が道具を見つめていた。
「儂も初めて見るものだ。しかも落ちていただと?どこに?」
「しのちゃんが拾ったんだ、この近くにあったって」
老人がしのを見る。
ふたりの視線がいきなり集まったので、どきりとした。
「そうだよ、川の側に見たことないものがあったから、吉三ならなんか知ってるかと思って持ってきたんだ。こんなふうに使うなんて、思ってもみなかった」
「ふうむ・・・こんなものがなぁ・・・」
老人は相変わらず、しげしげと道具を見る。
ふと、吉三が斬られた足を撫でて苦しそうにした。
「どうした?足が痛むのか?」
「ええ、足を乗せている所が痛くなるんです。立てるのはいいんですが、この道具を付けたまま歩くのは、思ったより難しいですね」
なんと、この道具にはそんな弱点があったのか。
確かに、道具を付けた吉三の足は、赤くなっていた。
道具にも吉三の体重がかかっているので、その分、斬られた足にも負荷がかかり、悲鳴を上げているのだ。
だが、吉三の足を見た老人は、
「この、道具と接している所に動物の毛皮や綿を敷き詰めれば、痛みが和らぐのではないか?」
と、改善策を提案し、懐から試しにと、余った毛皮を出してきた。
それを道具に敷き詰め、再度吉三が装着すると、今度は楽になったのかその場で飛び跳ねる。
「すごくいいです、さっきのような痛みがなくなりました。これなら、いくらでも歩ける気がする!」
「そりゃよかった!いいもん手に入れたな!」
今まで見たことがないくらい、嬉しそうな表情で飛び跳ねる吉三。
それを見たしのも、なんだか嬉しくなってしまった。
「戦で手足をなくした人は大勢いる。吉三と同じような生活をしているが、こんな道具を手に入れられれば、多少、暮らし向きは良くなるかもなぁ」
老人が呟いた言葉を耳にした瞬間、しのはあることを思いつく。
それは、吉三の仕事にもなり、しのも儲かる、いい思いつきだった。
「なあ、この道具がみんな買えるようになったら、助かるやつが大勢いるのか?」
「そりゃあ、もちろん」
「でも、今まで売られているのを見たことがない」
「ああ、儂すら今まで見たことがないんだからなぁ」
「なら、吉三がこれを作って売ればいいんじゃないのか?」
吉三と老人の目が点になった。
「だって、吉三は仕事がなくてこんな生活をしてるだろ?でも、この道具を上手く使えるようになったら、同じようなものを作って、同じように足がなくなって困っている人に売れるんじゃないか?吉三が道具を使って歩いている所を見せれば、使い方が分かるだろうし」
「なるほど・・・」
「そりゃいい思いつきだが・・・」
大人ふたりは考え込み、子どもは顔を紅潮させ話す。
「吉三だって、この生活が良いとは思ってないだろ?どうやって抜け出そうかって、考えていないか?」
「それは、そうだが」
「なら、これを作って売ればいい。困っている人を助けるんだから、文句なんて言われないさ」
「だが嬢ちゃん、どうやって売りに行くんだ?少し歩けるようになるとはいえ、吉三はまだ長く歩けるとは思えないが」
しのは老人の問いに、ふんぞり返って答える。
「なら、アタイが売りに行くさ。思いついた張本人だからな、その責任は取る。でも、少しばかり配慮して貰えるとありがたいがね」
配慮、という言葉に、吉三と老人は得心がいったようだ。
「なるほど、吉三に作らせて自分は売った手間賃がほしいと。強欲な嬢ちゃんだ」
「それくらいいいだろ!吉三を一人で働かせるより、誰かの助けがあったほうがいい」
「しのちゃんは頭がよく回るな。でも、だめだよ」
吉三から断られ、憤慨するしの。
「なんでだよ!いい思いつきじゃん!」
「それは俺も思ったけど、俺が全く別の仕事をしだしたら、兄貴の顔を潰すことになる。ひいては、実家の顔を潰す。それだけはだめだ」
吉三の言葉に、老人が苦い顔をした。
小屋の外で、何かが草むらに落ちる音がしたが、全員話に気を取られ気づいていない。
「兄貴を説得することはできないか?例えば、稼いだ金の一部を兄貴に渡すとか」
吉三は首をふる。
「兄貴は気位が高い。俺が家とは関係ない仕事をしだすと分かった時点で、俺が今まで食わせてやってきたのに、この恩知らず、と、とんでもなく怒るだろう。実家に余計な分断と火種を持ち込むわけにはいかない」
悲しそうな表情で吉蔵は道具を撫で、しのを見る。
「しのちゃん、俺なんかのために面白いことを思いついてくれてありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ。俺には、これがあれば大丈夫だから」
「そんなぁ!」
「吉三が言うのであれば、致し方ないだろう」
「じいさんまで!諦めるなよ!」
「吉三にも事情があるんだ、ここはお前さんが諦めなさい」
「嫌だあ!!」
と言う訳で、散々駄々を捏ねたしのを説得し、今日の会合はお開きになった。
しのと老人が一緒に小屋を出た所で、小屋の外にクズ野菜が転がっている。
野菜についている土が乾燥していないので、昨日今日掘ったばかりのものだろう。
でも、吉三はクズ野菜といえど、あんな所に転がしておくだろうか?
それに、あのクズ野菜は、吉三の兄貴が持ってくるものと似ている。
まさか、今までの話を誰か聞いていたのか?
クズ野菜はしのだけが気付き、老人は気付いていない。
しのは疑問を胸にしまい、老人と小屋を後にした。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

非公開とさせていただきました(しばらくはお知らせのため残しますが、のちに削除いたします)
双葉
キャラ文芸
キャラ文芸大賞に応募していた本作ですが、落選したため非公開とさせていただきました。夢である書籍化を目指して改稿し、別の賞へチャレンジいたします。
審査員の皆さま、読者として読んでくださった皆さま、ありがとうございました。

おっ☆パラ
うらたきよひこ
キャラ文芸
こんなハーレム展開あり? これがおっさんパラダイスか!?
新米サラリーマンの佐藤一真がなぜかおじさんたちにモテまくる。大学教授やガテン系現場監督、エリートコンサル、老舗料理長、はたまた流浪のバーテンダーまで、個性派ぞろい。どこがそんなに“おじさん心”をくすぐるのか? その天賦の“モテ力”をご覧あれ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活
まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開?
第二巻は、ホラー風味です。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
【連載中】は、短時間で読めるように短い文節ごとでの公開になります。
(お気に入り登録いただけると通知が行き、便利かもです)
その後、誤字脱字修正や辻褄合わせが行われて、合成された1話分にタイトルをつけ再公開されます。
(その前に、仮まとめ版が出る場合もある、かも、しれない、可能性)
物語の細部は連載時と変わることが多いので、二度読むのが通です。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ナマズの器
螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。
不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる