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24話
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あれ以来、しのは蛇の抜け殻を眺めることが日課になった。
びっしりとついているウロコ模様はまさしくヘビだが、半透明なのでかつて蛇だったものではなく、不思議な紙にしか見えない。
ただ、これを眺めるのはたいてい金に関する下心満載のお願い事をしているときなので、子供らしい純粋な心で見ているわけではない。
今日も眺めようとツヅラを開けると、蛇の抜け殻だけではなく、もう一つ、不思議な物体もある。
それは、蛇の抜け殻をもらった当日、ツヅラを開けたら入っていたものだ。
しのはこんなものを入れた記憶はないし、もらった記憶もない。
突然、ツヅラの中に現れ、鎮座している。
そんなこと、周りに言えば変なやつ扱いされるのは確かなので、誰にも言っていない。
というか、これが何なのか分からないため、聞いた方がいいのか迷っている。
その物体は、上部に椀のような、何かを受ける部分がついており、その下は太めの棒がついている。
椀には革でできた紐がくっついており、その革紐を使って吊るすか、何かに固定するような作りなのだが、何にどう使うのかさっぱり分からない。
というわけで、何も正体が分からない棒をツヅラに居座らせるしかないのだ。
このツヅラは、今はしののものになっているが、なぜか化け物を呼び出すこともできる。
現れた化け物のお陰で、しのは絶体絶命から助かっているが、たまたま助かっただけであって、同じことは起こらないかもしれない。
幸い、しのの物入れとして活躍するようになってから化け物を出すことはないが、これからも化け物をださない保証がない。
なので、しのはツヅラを開ける際はドキドキしながらそーっと開けている。
今日もそーっと開けたが、何も異変は起こらなかった。
変な道具のようなものが増えていたり、蛇の抜け殻がなくなっているということもない。
「やれやれ、自分の持ち物なのにこんなにビクビクしているなんざ、お笑いだな」
こんなふうに朝、過ごしてから吉三の所へ向かっている。
あの吉三の兄貴が来た次の日も、その次の日も鍋を届けたが、吉三の姿を見ることはできていない。
ただ、空の鍋が小屋の前に置かれているので、きちんと食べてはいるようだ。
父と姉は姿を見せない吉三を心配して、小屋まで来て声を掛けることもあるが、しのはそこまで心配していなかった。
いや、心配していないと言うより、適度に距離を置いたほうがいいと思ったからだ。
この前、兄貴との確執を見てしまったこともあり、吉三が自分の心を落ち着かせるのに時間がかかるはず。
そのせいで少し他人と距離を置きたくなり、空の鍋を小屋の前においても姿を見せないのでは、と考えているのだ。
その考えが当たっているかはわからないが、その日、しの一人で鍋を持ってきたときは、いつものように川の近くに吉三がいた。
そういえば、吉三と会うときはほとんど川の側だ。
なんで吉三は川の側にいるのだろう?
吉三がしのに気づき振り返る。
「おはよう、いつもすまないね」
「別にもう慣れたよ。それより、外に出ても平気なのか?」
「ああ、何度も来てもらったのに、顔も出さず悪かったね」
小屋に招かれたので鍋を置き、空の鍋を受け取る。
中身の入った鍋を囲炉裏に掛け、温まるのを待つ間、しのはあることを聞く。
「なあ、なかさんって誰なんだ?」
吉三が目を丸くしてこちらを見て、ジト目になった。
「・・・それを聞くかい?」
気まずいような顔でそっぽを向く吉三に、さらに追撃する。
「いいじゃん、この前のはアタイしか聞いてないんだし。で、どんな人なんだ?」
一つため息を吐き、吉三が話す。
「もう察しているかもしれないけど、親が決めた見合い相手だよ。結婚できていれば、今頃ここに住んでたかもしれないんだ」
「この小屋に?」
「違うよ。この土地に家を建てて、なかさんと暮らすように決まってたんだ」
三男坊というのは、家を出て町に働きに出るか、婿入りするのがほとんどだ。
けれど吉三の場合、親が開墾した土地を一族で運用したかった事情があり、頭の良い吉三が嫁を取って分家になり田畑を管理する、という話になるはずだった。
それが戦が始まり、村の有力者でもある吉三の実家も男手を出さなければならなくなったので、すでに嫁がいた長男ではなく、吉三に白羽の矢が立ったという。
もちろん、なかさんは非常に悲しんだし、吉三が帰るまで待つと言ってくれたそうだ。
「でも、俺は結局、戦じゃなく人買いに連れ去られて、何年もとある武士の家で働くことになった。逃げようとも考えたけど、自分がどこにいるのかも分からず、生きていることを知らせる方法も分からなかったから、村の皆からは死んだものと思われてた」
ある日、家の主人が珍しい刀を手に入れたことで、試し斬りをすることになった。
だが、主人は大根や丸太を斬って満足するような性質ではなかった。
あろうことか、奴隷として働いている男たちを何人か連れ出し、試し斬りの材料にしたのだ。
その材料の一人が、吉三だった。
「俺はなぜか片足だけで済んだけど、他の人は全員一太刀で斬られた。皆、なにかの仕事で連れ出されたと思ってたから、何が起きた全く分からなかった」
斬られた男たちはそのまま放り出され、カラスや野犬に突かれていたという。
吉三は死んだ男たちの衣服を剥ぎ取り、斬られた足の止血をしてなんとかその場から逃げたそうだ。
そして、町の中で力尽きて倒れていた時、たまたま行商に出ていた村人に発見され、村に帰って来れたという。
大まかなところを話して聞かせてくれたが、なんとも寒気のする体験だった。
「だからさ、せめてなかさんにはおめでとう、くらい言いたかったんだよ。なのに・・・」
ようやく鍋が温まってフツフツと音が聞こえてきたが、その程度の温かさを吹き飛ばすくらい、壮絶な内容だ。
特に、人買いに連れ去られたというのは、つい最近、姉が同じ目にあっているので、人ごとではなかった。
「人買いなんて、戦する所にもいるのか?てっきり村を襲ってさらっていくくらいだと思ってた」
温まった雑炊を椀によそい、吉三はフウフウ冷ましながら食べる。
「俺も戦に行く前はそう思ってたけどさ、戦に出ると、ケガして動けなくなることがあるだろう?そういうやつの中には、命に関わらない程度のケガをしていて、時間をかければ治るやつもいるんだ。戦場に倒れているやつの中から、そういうのを選んでさらって、売っているんだ」
「へえ、そんな調達方法があるのか」
「戦に出られるくらいだから、体は丈夫だ。ケガさえ治ればいくらでも働ける。最近、戦続きでこの村と同じくらい、あっちこっち人手不足だからな」
「え?この村って人手が足りないのか?そんなふうに見えないけど」
ズズズッと一杯目の雑炊をすすり終わった吉三は、二杯目をよそいながら答える。
「畑や田んぼの間に、草が生えて手入れされていない所があるだろ?そういう所は戦が始まる前、どこかの家が耕していた田んぼや畑だったんだよ」
そういえば、しのの家の側にも背丈よりも高い草に覆われている土地がある。
姉は家から離れた所で作物を作っているので、この土地を使えばわざわざ遠くの畑に行かなくて済むのに、と思ったことがある。
ということは、その土地は主を失い、田んぼや畑としての役割がなくなったのか。
そんな土地が、この村のあちこちにあると、吉三はいう。
「俺が今住んでいるこの土地も、似たようなもんさ。こんな体だから耕せないし、兄貴は他の土地の世話で手一杯。お陰で、俺の身長より高い草が生えてきた」
「勿体ねぇな、せっかく開墾して畑ができるようにしたのにいつまで経っても耕せないなんて。庄屋やアンタの兄貴みたいな金持ち連中がまとめて買い取って、人を雇ってでも耕せばいいものを」
「兄貴はとっくの昔にやってるよ。庄屋様も、ときちゃんに土地を貸しているはずだ」
「へ?ねえちゃんの畑って、庄屋のものなの?」
「元は、源助の家のものだったはずだ。それが、源助が奴隷として売られていると分かった時、おばさん、しのちゃんのお祖母さんに当たる人が、庄屋様に頭を下げて買い取ってもらって、源助を買い戻すためのお金にしたんだよ」
「とうちゃん、そんなこと聞いてない・・・」
「源助は運良く買い戻せてもらって、村に早く帰れたけど、たびたび戦のことを思い出してまともに働けなかったらしい。聞いた話だけど、しのちゃんのお母さんは相当苦労して君たち二人を育てたみたいだ。それが祟って早く亡くなってしまったのかもしれないな」
父や姉から母の話を聞いたことはない。
しのが幼いから、という理由で話さないのかもしれないし、今の家に母がいないことは当たり前と思っていたから、しの自身、母のことを聞かないままだった。
なんの違和感も感じていなかったが、ようやく母親の話を聞いたことで、姉がなぜ一生懸命働いているのかが分かった。
だが、しのは母親というものにいい印象を持っていないので、いないことにホッとしているのも事実だ。
「ねえちゃん、あの土地の借り賃とか払ってるのかな・・・」
姉は稲刈りの合間に冬の野菜を植えたり、秋野菜の収穫をしたりと大忙し。
それを源助が、町に売りに行く。
その売ったお金を姉が受け取り、袋に入れて保管しているのを見たことがあるが、あれが庄屋に渡す土地代なのだろうか。
「それは分からないな。だが、庄屋様のことだ、ときちゃんの負担にならない程度にもらっているかもしれない」
でも、これは姉だけの話ではないだろう。
村のあちこちの家が似たような事情を抱えているなら、庄屋はとんでもなく大変だ。
田畑は人手をかけなければちゃんとした収穫ができない。
人手不足のこの村で、年貢として納められるだけの米をとれるというのは、指導者である庄屋の腕がいいのかもしれない。
そうでなければ、この村はもっと飢えているはずだ。
「アンタ、よくそんな細かい事情を知っているな?兄貴が教えてくれたのか?」
「いや、源助から聞いたんだ。働けない時、ここに来てダラダラしゃべって帰っていく、なんてことしててな。そういうことがあっから、今は働けているのかもしれない」
父が吉三に話したなら納得するが、結構おしゃべりなんだな。
いや、幼馴染だから話せたのかもしれない。
吉三は三杯目の雑炊をすすり終わり、椀を置いた。
「今日も美味かったよ、やっぱりときちゃんの飯はうまい」
「そうかい、ねえちゃんも喜ぶよ。じゃあアタイはこれで」
しのが小屋から去ろうとした時、吉三が声をかけてきた。
「毎日のおつかいついでに頼みたいことがあるんだけど、いいかい?」
頼み事だと?
アタイはすでに父と姉から毎日の頼み事を受けてるから、これ以上面倒な事は受け付けられないぞ。
「悪いけど、これ以上は無理だな。他の人に頼んでくれ」
「そうかなぁ、なかさんのことだけじゃなく、村の事情やら、源助のことまで話したんだ。お釣りが来るくらいだと思うけど」
あの柔らかい微笑みをたたえて、しのに笑いかける。
吉三から見ればただの世間話だったかもしれないが、しのにとってはとてつもなく興味深い内容だった。
庄屋との交渉次第では、姉の畑を増やして作物をもっと増やせるかもしれない。
そういう、しのの心の内を見透かされているように見えてしまい、嫌嫌、承諾することにした。
「ただし!簡単なものに限るぜ。子どものアタイでもできそうなやつがいい」
「それなら大丈夫だ、栗の木の枝を探してきてほしいんだ」
吉三は、土間の片隅に放り投げられている棒のようなものを見つつ、
「いつも使っていた杖が折れてしまってね。その材料になるような材木がほしい」
という。
しのは少し考え事をし、答えた。
「それならいいけどさ、栗の木の枝なんてそうそう見つかるもんかね?」
「村の大人に聞けば、すぐにもらえそうな材木を譲ってくれることもあるよ。源助に聞くといい」
こうして、吉三からのおつかいを賜ったしのは、昨日と同じ道を歩きながらふと、あることを思いついた。
「そういえば、ツヅラに入っていた木でできた何かを、吉三に見てもらえないだろうか?」
吉三は頭もいいし、色んな事を知っている。
彼に見せれば、あの道具らしきものの正体がわかるかもしれない。
いつまでも、あんな不気味なものをツヅラの中にしまっておくなんざ、ゴメンだね。
そうと決まれば、早速明日、吉三にあの道具をみせて、気持ちをスッキリさせよう!
珍しく、しのは駆け足で帰っていった。
びっしりとついているウロコ模様はまさしくヘビだが、半透明なのでかつて蛇だったものではなく、不思議な紙にしか見えない。
ただ、これを眺めるのはたいてい金に関する下心満載のお願い事をしているときなので、子供らしい純粋な心で見ているわけではない。
今日も眺めようとツヅラを開けると、蛇の抜け殻だけではなく、もう一つ、不思議な物体もある。
それは、蛇の抜け殻をもらった当日、ツヅラを開けたら入っていたものだ。
しのはこんなものを入れた記憶はないし、もらった記憶もない。
突然、ツヅラの中に現れ、鎮座している。
そんなこと、周りに言えば変なやつ扱いされるのは確かなので、誰にも言っていない。
というか、これが何なのか分からないため、聞いた方がいいのか迷っている。
その物体は、上部に椀のような、何かを受ける部分がついており、その下は太めの棒がついている。
椀には革でできた紐がくっついており、その革紐を使って吊るすか、何かに固定するような作りなのだが、何にどう使うのかさっぱり分からない。
というわけで、何も正体が分からない棒をツヅラに居座らせるしかないのだ。
このツヅラは、今はしののものになっているが、なぜか化け物を呼び出すこともできる。
現れた化け物のお陰で、しのは絶体絶命から助かっているが、たまたま助かっただけであって、同じことは起こらないかもしれない。
幸い、しのの物入れとして活躍するようになってから化け物を出すことはないが、これからも化け物をださない保証がない。
なので、しのはツヅラを開ける際はドキドキしながらそーっと開けている。
今日もそーっと開けたが、何も異変は起こらなかった。
変な道具のようなものが増えていたり、蛇の抜け殻がなくなっているということもない。
「やれやれ、自分の持ち物なのにこんなにビクビクしているなんざ、お笑いだな」
こんなふうに朝、過ごしてから吉三の所へ向かっている。
あの吉三の兄貴が来た次の日も、その次の日も鍋を届けたが、吉三の姿を見ることはできていない。
ただ、空の鍋が小屋の前に置かれているので、きちんと食べてはいるようだ。
父と姉は姿を見せない吉三を心配して、小屋まで来て声を掛けることもあるが、しのはそこまで心配していなかった。
いや、心配していないと言うより、適度に距離を置いたほうがいいと思ったからだ。
この前、兄貴との確執を見てしまったこともあり、吉三が自分の心を落ち着かせるのに時間がかかるはず。
そのせいで少し他人と距離を置きたくなり、空の鍋を小屋の前においても姿を見せないのでは、と考えているのだ。
その考えが当たっているかはわからないが、その日、しの一人で鍋を持ってきたときは、いつものように川の近くに吉三がいた。
そういえば、吉三と会うときはほとんど川の側だ。
なんで吉三は川の側にいるのだろう?
吉三がしのに気づき振り返る。
「おはよう、いつもすまないね」
「別にもう慣れたよ。それより、外に出ても平気なのか?」
「ああ、何度も来てもらったのに、顔も出さず悪かったね」
小屋に招かれたので鍋を置き、空の鍋を受け取る。
中身の入った鍋を囲炉裏に掛け、温まるのを待つ間、しのはあることを聞く。
「なあ、なかさんって誰なんだ?」
吉三が目を丸くしてこちらを見て、ジト目になった。
「・・・それを聞くかい?」
気まずいような顔でそっぽを向く吉三に、さらに追撃する。
「いいじゃん、この前のはアタイしか聞いてないんだし。で、どんな人なんだ?」
一つため息を吐き、吉三が話す。
「もう察しているかもしれないけど、親が決めた見合い相手だよ。結婚できていれば、今頃ここに住んでたかもしれないんだ」
「この小屋に?」
「違うよ。この土地に家を建てて、なかさんと暮らすように決まってたんだ」
三男坊というのは、家を出て町に働きに出るか、婿入りするのがほとんどだ。
けれど吉三の場合、親が開墾した土地を一族で運用したかった事情があり、頭の良い吉三が嫁を取って分家になり田畑を管理する、という話になるはずだった。
それが戦が始まり、村の有力者でもある吉三の実家も男手を出さなければならなくなったので、すでに嫁がいた長男ではなく、吉三に白羽の矢が立ったという。
もちろん、なかさんは非常に悲しんだし、吉三が帰るまで待つと言ってくれたそうだ。
「でも、俺は結局、戦じゃなく人買いに連れ去られて、何年もとある武士の家で働くことになった。逃げようとも考えたけど、自分がどこにいるのかも分からず、生きていることを知らせる方法も分からなかったから、村の皆からは死んだものと思われてた」
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だが、主人は大根や丸太を斬って満足するような性質ではなかった。
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「俺はなぜか片足だけで済んだけど、他の人は全員一太刀で斬られた。皆、なにかの仕事で連れ出されたと思ってたから、何が起きた全く分からなかった」
斬られた男たちはそのまま放り出され、カラスや野犬に突かれていたという。
吉三は死んだ男たちの衣服を剥ぎ取り、斬られた足の止血をしてなんとかその場から逃げたそうだ。
そして、町の中で力尽きて倒れていた時、たまたま行商に出ていた村人に発見され、村に帰って来れたという。
大まかなところを話して聞かせてくれたが、なんとも寒気のする体験だった。
「だからさ、せめてなかさんにはおめでとう、くらい言いたかったんだよ。なのに・・・」
ようやく鍋が温まってフツフツと音が聞こえてきたが、その程度の温かさを吹き飛ばすくらい、壮絶な内容だ。
特に、人買いに連れ去られたというのは、つい最近、姉が同じ目にあっているので、人ごとではなかった。
「人買いなんて、戦する所にもいるのか?てっきり村を襲ってさらっていくくらいだと思ってた」
温まった雑炊を椀によそい、吉三はフウフウ冷ましながら食べる。
「俺も戦に行く前はそう思ってたけどさ、戦に出ると、ケガして動けなくなることがあるだろう?そういうやつの中には、命に関わらない程度のケガをしていて、時間をかければ治るやつもいるんだ。戦場に倒れているやつの中から、そういうのを選んでさらって、売っているんだ」
「へえ、そんな調達方法があるのか」
「戦に出られるくらいだから、体は丈夫だ。ケガさえ治ればいくらでも働ける。最近、戦続きでこの村と同じくらい、あっちこっち人手不足だからな」
「え?この村って人手が足りないのか?そんなふうに見えないけど」
ズズズッと一杯目の雑炊をすすり終わった吉三は、二杯目をよそいながら答える。
「畑や田んぼの間に、草が生えて手入れされていない所があるだろ?そういう所は戦が始まる前、どこかの家が耕していた田んぼや畑だったんだよ」
そういえば、しのの家の側にも背丈よりも高い草に覆われている土地がある。
姉は家から離れた所で作物を作っているので、この土地を使えばわざわざ遠くの畑に行かなくて済むのに、と思ったことがある。
ということは、その土地は主を失い、田んぼや畑としての役割がなくなったのか。
そんな土地が、この村のあちこちにあると、吉三はいう。
「俺が今住んでいるこの土地も、似たようなもんさ。こんな体だから耕せないし、兄貴は他の土地の世話で手一杯。お陰で、俺の身長より高い草が生えてきた」
「勿体ねぇな、せっかく開墾して畑ができるようにしたのにいつまで経っても耕せないなんて。庄屋やアンタの兄貴みたいな金持ち連中がまとめて買い取って、人を雇ってでも耕せばいいものを」
「兄貴はとっくの昔にやってるよ。庄屋様も、ときちゃんに土地を貸しているはずだ」
「へ?ねえちゃんの畑って、庄屋のものなの?」
「元は、源助の家のものだったはずだ。それが、源助が奴隷として売られていると分かった時、おばさん、しのちゃんのお祖母さんに当たる人が、庄屋様に頭を下げて買い取ってもらって、源助を買い戻すためのお金にしたんだよ」
「とうちゃん、そんなこと聞いてない・・・」
「源助は運良く買い戻せてもらって、村に早く帰れたけど、たびたび戦のことを思い出してまともに働けなかったらしい。聞いた話だけど、しのちゃんのお母さんは相当苦労して君たち二人を育てたみたいだ。それが祟って早く亡くなってしまったのかもしれないな」
父や姉から母の話を聞いたことはない。
しのが幼いから、という理由で話さないのかもしれないし、今の家に母がいないことは当たり前と思っていたから、しの自身、母のことを聞かないままだった。
なんの違和感も感じていなかったが、ようやく母親の話を聞いたことで、姉がなぜ一生懸命働いているのかが分かった。
だが、しのは母親というものにいい印象を持っていないので、いないことにホッとしているのも事実だ。
「ねえちゃん、あの土地の借り賃とか払ってるのかな・・・」
姉は稲刈りの合間に冬の野菜を植えたり、秋野菜の収穫をしたりと大忙し。
それを源助が、町に売りに行く。
その売ったお金を姉が受け取り、袋に入れて保管しているのを見たことがあるが、あれが庄屋に渡す土地代なのだろうか。
「それは分からないな。だが、庄屋様のことだ、ときちゃんの負担にならない程度にもらっているかもしれない」
でも、これは姉だけの話ではないだろう。
村のあちこちの家が似たような事情を抱えているなら、庄屋はとんでもなく大変だ。
田畑は人手をかけなければちゃんとした収穫ができない。
人手不足のこの村で、年貢として納められるだけの米をとれるというのは、指導者である庄屋の腕がいいのかもしれない。
そうでなければ、この村はもっと飢えているはずだ。
「アンタ、よくそんな細かい事情を知っているな?兄貴が教えてくれたのか?」
「いや、源助から聞いたんだ。働けない時、ここに来てダラダラしゃべって帰っていく、なんてことしててな。そういうことがあっから、今は働けているのかもしれない」
父が吉三に話したなら納得するが、結構おしゃべりなんだな。
いや、幼馴染だから話せたのかもしれない。
吉三は三杯目の雑炊をすすり終わり、椀を置いた。
「今日も美味かったよ、やっぱりときちゃんの飯はうまい」
「そうかい、ねえちゃんも喜ぶよ。じゃあアタイはこれで」
しのが小屋から去ろうとした時、吉三が声をかけてきた。
「毎日のおつかいついでに頼みたいことがあるんだけど、いいかい?」
頼み事だと?
アタイはすでに父と姉から毎日の頼み事を受けてるから、これ以上面倒な事は受け付けられないぞ。
「悪いけど、これ以上は無理だな。他の人に頼んでくれ」
「そうかなぁ、なかさんのことだけじゃなく、村の事情やら、源助のことまで話したんだ。お釣りが来るくらいだと思うけど」
あの柔らかい微笑みをたたえて、しのに笑いかける。
吉三から見ればただの世間話だったかもしれないが、しのにとってはとてつもなく興味深い内容だった。
庄屋との交渉次第では、姉の畑を増やして作物をもっと増やせるかもしれない。
そういう、しのの心の内を見透かされているように見えてしまい、嫌嫌、承諾することにした。
「ただし!簡単なものに限るぜ。子どものアタイでもできそうなやつがいい」
「それなら大丈夫だ、栗の木の枝を探してきてほしいんだ」
吉三は、土間の片隅に放り投げられている棒のようなものを見つつ、
「いつも使っていた杖が折れてしまってね。その材料になるような材木がほしい」
という。
しのは少し考え事をし、答えた。
「それならいいけどさ、栗の木の枝なんてそうそう見つかるもんかね?」
「村の大人に聞けば、すぐにもらえそうな材木を譲ってくれることもあるよ。源助に聞くといい」
こうして、吉三からのおつかいを賜ったしのは、昨日と同じ道を歩きながらふと、あることを思いついた。
「そういえば、ツヅラに入っていた木でできた何かを、吉三に見てもらえないだろうか?」
吉三は頭もいいし、色んな事を知っている。
彼に見せれば、あの道具らしきものの正体がわかるかもしれない。
いつまでも、あんな不気味なものをツヅラの中にしまっておくなんざ、ゴメンだね。
そうと決まれば、早速明日、吉三にあの道具をみせて、気持ちをスッキリさせよう!
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