強欲ババァから美少女になったけど、煩悩なんて消せません

豊倉麻南美

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22話

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その日、ある事でしのの機嫌はちょっぴり治った。
父、源助がしのと一緒に吉三の所に行くことになったからだ。
昨日の夕飯の雑炊はいつもより2杯分お代わりできなかったので悔しい思いをしたが、今日は吉三を父に任せていいのだ、と気持ちが軽くなった。
そして、ここぞとばかりに、姉から託された雑炊入りの鍋を父に押し付ける。

「重いから父ちゃん持って」
「・・・おう」

父はすでに、姉から薪を託され片手に持っていたが、もう片方に鍋を持つ大荷物状態。
ただ、父の様子が昨日からおかしいのだが、鍋の重さから開放されたしのは、そんなことお構いなしに歩き始めた。
鍋を持って行くという大役はなくなったが、一応父と一緒に吉三の所へ向かうことにする。
この仕事を父に押し付けてサボればいいと一瞬考えたが、どうせ姉から吉三の様子はどうだっただの、どんな話をしただの、根掘り葉掘り聞かれることになる。

「そのとき答えられないと面倒になるから、行くだけ行ってみるか」

今日もいつもより早く起きたので、当然眠い。
が、太陽によって体が温められたせいで、歩いているうちに眠気がなくなってくる。
昨日と同じ道をたどっているが、天気が違うせいで景色も違って見えてきた。
昨日は曇っていたせいか、あちこちの茂みは夜露でぬれて白く靄がかかっていたが、今日は太陽の光が反射し、茂みやススキが雪のように白く光っている。

「へぇ、こんな景色もあるんだ」

前世でも見たことがない景色を見てしのの心は弾んだが、後ろを歩く父はとんと喋ろうとしない。
顔を下に向けて、力なくトボトボしのの後をついて来ている。

「なんか・・・父ちゃんをイヤイヤ散歩させているみたいだ」

父のあの様子は、昨日ときとしのが吉三のことを話してからだ。
いつもは陽気な父がほとんど喋らないなんて、ありえない。
何かあったのか、など聞ける雰囲気ではないので、答えやすそうな話から聞いてみる。

「そういえば、吉三ってなんで一人であんなところに住んでるんだ?なんか理由があるのか?」

後ろの父に質問してみたところ、一拍おいて返答があった。

「あいつの実家も色々あってな・・・戦働きもあったからのんびりさせようと思ってるんじゃないのか?」
「それにしたって、仕事もさせないのか?家の中は仕事になるような道具とかなんにもなかったぞ」
「まあ、実家の方針があるんじゃないのかな。足以外にも体のどこか悪いとか」
「体が悪いなら、実家で面倒見るんじゃないのか?あんな道端の石っころみたいな扱いなんてさ」
「うん・・・」
「もしかして、片足がないから厄介払いされたとか?」
「そんなこと言うもんじゃない!」

突然の父の怒声にビクッと飛び上がり、思わず立ち止まる。
恐る恐る父を見ると、何か怯えたような、怒っているような表情だった。
こんな父は、今まで見たことがない

「父ちゃん・・・?」
「吉三は・・・本当はすごいやつなんだ・・・。俺みたいにバカになったりしなかった」

何かを振り絞るように、父が語りだした。

「村中の田んぼや畑に水が行き渡るよう、用水路を考えたのも、開墾する土地はどこがいいか調べることができたのも、あいつのおかげなんだ」

その表情は、泣いているとも、懐かしんでいるともとれるような顔だった。

「あいつがいなければ、この村はもっと貧しかったかもしれない。なのに厄介払いなんて、そんなことあっちゃいけない」

一通り吐き出して気持ちが落ち着いた父は、再び歩き出した。
だが、その目はしのを見ておらず、もっと別のものを見ているようだった。

「そんなこと、あってはならないんだ・・・」

父の言葉に色々質問したかったしのだったが、おいていかれそうだったので急いで背中を追いかける。
特に、俺みたいにバカになったりしなかった、とは何なのか?
それ以降、二人は何も話すことなく、吉三の小屋近くまで来た。
昨日と同じく、吉三は小屋のそばにある川近くに立っている。

「吉三、早いな」

父、源助の姿をみた吉三は一瞬驚き、あの柔らかい表情で笑う。

「珍しいな、お前がここに来るなんて。なんの風の吹き回しだ?」
「娘が持っていけってさ、ほら。お前、最近ちゃんと食べているのか?」
「しのちゃん、おはよう。昨日しのちゃんたちから柿や栗をもらったよ」
「それじゃあ足りないだろう。雑炊がある、一緒に食べないか?」

吉三は一瞬考え込んだが、父としのを小屋へ招いた。

「しの、悪いが焚付に使えそうな枝を集めてくれないか?」
「わかった」

さっきのやり取りとは打って変わって、しのにお使いを頼む父はいつもと変わらない様子だ。
だが、しのの方を見ないので、まだしこりがあるのだろう。
しのも、緊張した雰囲気が嫌なので、助かった、とばかりに枝を集めだす。

「何があったか知らないが、娘に怒鳴るなんざどうしようもねぇよ」

事情があるのはわかったが、なんだか厄介事に巻き込まれそうな気がする。
なので、お使いを頼まれたのはある意味助かった。
なるべく時間を掛けて、両手に抱えるほどの枝を集め、吉三の小屋に戻る。
その間、二人は何らかの話をして重い空気になっているかもしれない。
そんな空気のまま戻るのは嫌なので、機会を伺うべく、戸口の隙間から聞き耳を立てる。

「で、本当はいつから食べてないんだ?」
「そんなこといいだろ。せっかくときちゃんが作ってくれた雑炊が不味くなる」
「だよな、で、いつからなんだ?」
「それは関係ないだろ」
「関係ないわけないだろ、ときが言った通り薪もないじゃないか。お兄さんは来てないのか?」
「稲刈りで忙しいんだろ。この時期はいつもこうだよ」
「そんなの言い訳になるか、実の弟をこんなほったらかしておいて。死んだおじさんやおばさんが泣くぞ」
「兄貴も忙しいんだよ。新しい小作人を雇ったり、甥っ子に家のことを教え込んでいるらしい。今が一番大事な時なんだよ」
「だからって・・・」
「お、もう煮えてきたんじゃないか?」

話が一時中断したのを合図に、しのは小屋に入る。

「これだけあれば足りるか?」
「ああ、しのちゃんありがとう。お前の娘たちは働き者のいい子だな」
「そんなに褒めたら、つけ上がって仕方なくなるよ」

何だと?!自分の娘が褒められたんだから礼の一つも言ったらどうなんだい!
とは思ったものの、父とは気まずい上、変なふうに話を振られては面倒なので、何も答えず土間に枝を積むことに集中する。
その後、しのと父は吉三と一緒に朝飯の雑炊をすすった。
父と吉三は昔話に花が咲き、しのは二人の関係性が少しずつ分かってきた。
二人は幼馴染と言うだけではなく、もともと吉三の実家の土地を、源助の家が耕していたという関係性らしい。
かといって、地主と小作人という上下関係は二人にはなく、同い年ということもあり、子どもの頃はしょっちゅう二人で遊んでいたようだ。
またそれだけではなく、子ども時代の二人は大人に混じって村の仕事を担うこともあり、その中でも用水路の話が一番盛り上がっていた。

「元服前の子どもの話なんて誰もまともに聞いてくれなくって、ものすごい腹が立って仕方なかったな」
「でも今の庄屋様のお父上が口添えしてくれて、試しに掘ってみたら上手く水が流れたもんだから、みんな驚いてたっけ」

そういえば、と源助が吉三に聞く。

「あの用水路はどうやって思いついたんだ?あんなの、隣村でもなかったぞ」
「ああ、あれは川を使った商人に聞いたんだ。その人、ここよりもっと大きな村を見たことがあるって言うから、用水路だけじゃなく色々聞いたんだ。その話と、この村の地形と考えて、上手く流れるところを探したんだ」

この村は川から堰を作り用水路を引いている。
その用水路は田んぼや畑に使うだけではなく、井戸が近くにない家のそばまで引かれている。
それを、15になる前の子どもが思いついたと言うんだから、大したもんだ。
なるほど、父が吉三のことをすごいやつだというのがわかった。
それなら、なおさら吉三の、今の境遇が解せない。
こういう奴ほど頭を使ってもらって、村のためになるようなことを考えてもらったほうがいいんじゃないのか?
などと思いながら雑炊をすすっていたら、朝飯の時間が終わった。
近くの川で箸と椀を洗い、中身が残った鍋はおいていき、吉三の小屋にあった空の鍋を持ち帰ることにした。
ということは、明日も雑炊を届けなければいけないんだな。

「源助、本当にありがとう。あんなうまい雑炊が食えて良かったよ」
「吉三、それはこっちが言うことだ」

父は、真剣な表情で吉三を見る。

「お前が村のみんなを説得してくれなかったら、俺や娘たちは安心して暮らせていない。だから・・・本当にありがとう」

頭を下げる源助を見て、吉三は笑う。

「俺も、今日お前に会えて良かったよ」

明日もまた来る、と言い、源助としのは帰路についた。
その途中で、顔を下げて歩いていた源助は、ポツリポツリと話し始めた。

「あいつは、村で一番頭が良かったし、末っ子だったから、おじさんやおばさんが可愛がってな」
「話で何となく分かった」
「あいつは本当にすごい奴なんだ。それがどうしてこんなことに・・・」

何かを決意したように、父が顔を上げる。

「俺は吉三に恩がある。あいつが困っているなら見過ごせない」

おぉっと、父ちゃんまで姉と同じようなことを言い出した。
あの娘にしてこの父親である。
だがしかし、

「アタイらが吉三に施しをしたら、吉三の実家の迷惑にならないか?」

しかも、自分の雑炊が減り続けるのを受け入れるなんて、まっぴらごめんだ。
だが、父はそんなこと気にしない。

「その時はその時だ。吉三をあのままにしてはおけない。という訳でしの、明日も雑炊を運んでくれよ」
「アタイが運ぶのかよ!」
「俺は明日も早くから稲刈りや畑仕事があるし、しのしか頼めないんだよ」
「アタイだって1日中脱穀してるんだぞ!」
「そこは俺が断りを入れておくから」

吉三と仲が良いのはアンタだろ!今日、アタイは吉三と何も話さなかった!
そんな人間をお使い係に任命するだと?
人を勝手に、厄介事に巻き込むんじゃない!
父にブーブー文句を言いながら嫌だと訴えるしのだったが、帰宅後の姉の一言で、しのの仕事だと決まった。
朝、ちょっぴり良かったしのの機嫌は、またドン底まで落ち込んだ。
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