強欲ババァから美少女になったけど、煩悩なんて消せません

豊倉麻南美

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21話

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その日もしのは不機嫌だった。
姉に起こされた時、まだ日は昇っていなかったので外が暗い。
夜中に雨でも降ったのか、道はぬかるんでいて空気は冷たく、思わずブルッと体を震わせる。
外に出たくないほど寒い、という訳ではないが、太陽の暖かさがないと出歩きたくなくなる、そんな朝。

「暖かいムシロの中で、もっとぬくぬくとしていたかった・・・」

一方、姉のときはいつもより早く起きたのに元気だ。
昨日の稲刈りの帰り道、村の片隅に生えている柿と栗を、しのと一緒にもいだ。
それを沢山持って、吉三へ礼をしに行くのだ。
しのは昨日の疲れを残していないが、眠くて姉ほどシャキシャキ歩けない。

「ねえちゃん、速いよぉ・・・」
「何言ってんの、私はいつも通り歩いているだけよ。ほら、ちゃんと歩きなさい」

姉と手を繋いでいるのだが、眠気と寒さで引きずられるような格好になっている。
しのとときが住んでいるのは、村の南側。
吉三が住んでいるのは、川を渡って村の東の端だという。
今、二人は橋を渡り、川の反対側へ向かっている。
父、源助が言うには、吉三が住んでいる所は吉三の実家が開拓した土地らしい。

「昔は、吉三がその土地をもらうはずだったんだよ」

だが、今その土地は別の人間が耕しており、吉三は何も仕事をしていないという。
この村は農業で成り立っているので、子供でも貴重な労働力だ。
なのに、大人の男が何もしていないというのは、不可解極まりない。
そんなことを考えていたら、川のそばに小屋のようなものが見えて来た。
小屋の近くには、早朝にもかかわらず一人の男が立っている。

「おはようございます、あの、吉三さんですか?」

ときが男に声を掛ける。
振り向いた男は、父と同じくらいの年で、無精ひげを生やしている。
男は声に気付き、こちらを見て柔らかく笑う。

「ええそうです。もしかして、ときちゃんとしのちゃん?」
「はい、先日の集まりで吉三さんが村の皆を説得してくれたと聞き、そのお礼をしに伺いました」
「そんな大層なことしてないのにな、ここじゃ冷えるだろ、入りなさい」

吉三はギクシャクとした動きで回れ右をし、二人を小屋へ促す。
しのは、吉三に近づいて初めて気付いた。
彼は右手に杖を持ち、それをつきながら動いていた。
それだけではなく、左足がないから上手く歩けないので、杖を使っているのだ。

「これじゃあ、そもそも野良仕事なんてとてもできやしないじゃねぇか」

思わず、吉三から目を逸らしてしまう。
隣のときを見ると、しのと同じように気付いたのか、目を真ん丸にして吉三を見ていた。
だが、今日は礼を言いに来たのであって、見世物を見に来たのではない。
二人は意を決して、吉三の後についていった。

「適当に座ってくれ」

小屋の中に入ると、最初に土間、そこから上がると板の間になっており、真ん中に囲炉裏がある。
大きさにして六畳程度だが、物が少ないのでそれほど狭く感じない。
けれど、囲炉裏の火は点いておらず、薪も見当たらない。
朝晩は冷えて来たのに薪すらないなんて、何か変だ。
しのはそう疑問に思ったが、吉三が右側に座ったので思考は一時中断し、自分達は囲炉裏を挟んで反対側に座る。
ときは持っていた風呂敷を広げ、中身を吉三に差し出した。

「先日は本当にありがとうございました。こんなものしかないですが、受け取ってください」
「ああ、柿と栗なんて何年ぶりだろう。しかもこんなに沢山、嬉しいよ」
「それは良かったです」

吉三は柿を一つ手に取り、嬉しそうに撫でる。
その足では、食べ頃の柿や栗を取るなんてできないだろう。
しのの心の声が聞こえたのか、不意に吉三と目が合ってしまう。

「ん、これのことか?」
「え、いや、その・・・」

吉三が途切れた左足をさする。
膝はあるようだがそこから下がないので、違和感のある胡坐になっている。

「すみません、そんなつもりで見ていたわけでは・・・」

ときが罪悪感からか、吉三に謝る。
しかし、吉三は柔らかく微笑んで返答した。

「いや、こういうのは慣れてるよ。俺くらいのケガをしたやつはだいたい死んでしまうから、村に帰ってくることはない。こういうのは、見慣れなくて当たり前だよ」

途切れた左足を撫でて話しているが、なんだかバツが悪い。
吉三の言葉を聞いたときは、なおも謝る。

「そのケガ、戦が原因ですよね。すみません、気が利かなくて」

ときが頭を下げると、吉三は頭を上げるように言った。

「俺のは粗相したせいだよ、そんなに謝ってもらっちゃ逆に困るな。二人とも無事に帰って来たんだし、いつも通りの生活ができているなら、こんなに喜ばしいことはない」
「はあ・・・」
「なにより、数年ぶりの柿と栗ももらった。礼ならこれで十分だ」

右手に持っていた柿をシャクリとかじり、美味そうに頬を膨らませる。

「ああ美味い、二人ともどうもありがとう」

二人は吉三にお暇を述べ、小屋を後にした。
知らない人の家を訪ねたという緊張もあったが、何より、変な目で吉三を見ていなかったか、という反省の方が強い。
おかげで、二人には妙な疲れが覆いかぶさっていた。

「父さんったら、何にも話さないんだから。私、吉三さんのこと変にじっと見てたりしてなかったかしら?」

ときは両手で頬を抑えながら、しのに問う。
しかし、しのも同じ気持ちだったので、

「それを言うならアタイもだよ。仕方ないだろ、あんな事情があるなんて知らなかったんだから・・・」

と、ときの動揺を肯定した。

「ああどうしよう、このままで今日一日仕事できるかしら」
「行くしかないだろ、じゃあ、アタイは今日も脱穀を頼まれてるからこっち行くわ」

しのは川とは反対側、庄屋の屋敷に向かって方向転換した。
いつもならいってらっしゃい、などの声が聞こえるのだが、ときはまだ動揺しているらしく、いつまで経っても聞こえてこない。
ときの気持ちは分かるが、いつまでも引っ張られてはいけない。
ということで、しのは昨日と同じく、自分の中にあるモヤモヤを脱穀に叩きつけることにしたのだ。
その日夕飯時、ときは珍しく父に恨み節をぶつけた。

「父さんたら、吉三さんのことをあらかじめ言ってもいいじゃない。おかげで私達が変な目で見てたって思われちゃったわ」

お椀の雑炊をすすっていた父は、ときの言葉に首を傾げる。

「変な目?何を見たんだ、お前たちは?」

とんと思い当たらない、という表情の父に、ときは呆れ果てる。

「もう!吉三さん、左足がなくて不便してるじゃない。幼馴染なんでしょ、そのことくらい娘たちに言って聞かせてもいいでしょうに」

ときの気持ちがしののお椀に注がれ、雑炊の汁がしのの頬っぺたにくっつく。

「あっつ!」
「それに、吉三さんって一人であんなところに住んでいるの?あの体で身の回りのことできっこないと思うんだけど」
「それなら、実家のお兄さんが時々見に来ているそうだ。その時、色々食べ物とかも置いて行ってるみたいだ」
「それ、本当に?」
「ああ、俺はそう聞いているが」

雑炊の汁を手のひらでゴシゴシ拭きながら、しのは父に話しかける。

「アタイらが行ったとき、囲炉裏には火がなかったし薪になるような物は見当たらなかったな。鍋にはフタがしてあったから食べているのかは分からないけど、本当は、食べるものがないんじゃないのか?」

しのの言葉に父は驚く。

「そんなはずはない。吉三の実家はこの村ではかなり大きな家で、人を雇って畑を耕しているくらいなんだ。そういう余裕のある家だから、吉三の面倒くらい簡単だろう」
「でも、あんな体の人を一人で小屋に住まわせているのはおかしいわ。面倒を見るなら、同じ家に住んでいた方がお世話しやすいじゃない」
「それはそうだが・・・」

ときの言う通りだ。
農作業はできなくても何らかの働きをするなら、体が不自由でも誰かに世話をしてもらえる。
世話をするなら、同じ屋根の下で暮らした方がお互い楽だ。
それなのに、吉三は粗末な小屋で生活させられ、食べ物は時々届く。
実家の人間にとって、吉三は邪魔ではあるが、積極的に見放すこともできない、ということだろうか?
それがあの囲炉裏に表れているような気がして、しのは少し寒気がした。
ときの疑問をぶつけられた父は答えることができず、下を向いて黙り込む。
それを見たときは膝を叩き、あることを宣言した。

「よし、なら我が家から吉三さんにおすそ分けをしましょう!」

おすそ分け?って言うことは。

「ねえちゃん!アタイらの飯がもっと少なくなるって言うことか?!」

ときが言うおすそ分けは、主に作物なのだが、それは我が家の畑からとれたもの。
すなわち、我が家がいつか食べる分をおすそ分けしているということなので、今、鍋にたっぷり入っている雑炊が少なくなることを意味している。
これが少なくなる、ということは、これから何回もおかわりができなくなるということ。

「反対反対!絶対反対!稲刈りと脱穀で疲れ切った体を癒すには、ねえちゃんの雑炊がいる!それが減ると働けなくなる!」

しのは立ち上がって大声で姉に反対するが、姉は澄ました顔で雑炊をすする。

「もう決めました。父さんのその様子だと、吉三さんがどれだけ困っているか知らなかったということでしょ?このまま見過ごすわけにはいきません。しの、明日から雑炊を持って行ってね」
「絶対ヤダ!アタイの背が伸びなくなる!」
「私達は柿でも栗でもアケビでも採って食べることができるでしょ?でも、吉三さんは誰かから助けてもらわなきゃいけないんだから、お互い様です」
「とき、すまんな」
「父さんも吉三さんの様子ちゃんと見てね、あんな寒い所にいるなんて酷すぎる」
「絶対ヤダーーーーーーー!!」

こうして、明日もしのの機嫌が悪くなることが確定した。
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