強欲ババァから美少女になったけど、煩悩なんて消せません

豊倉麻南美

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20話

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庄屋への道は長い。
村は南北に長く周りは山に囲まれており、村の北東から南西に向かって斜めに分断するように大きな川が流れている。
しのが稲刈りを手伝っていたのは村の南側の端、庄屋の屋敷は川を挟んで東側にある。
川にかかっている橋は村の西側にあるので、南から西へ向かい、橋を渡って東に進まなければならない。

「なんで東側に橋がないんだよ・・・」

東側にも橋があれば楽なのに、と心の中で呟きつつ橋を渡る。
渡りきった先は刈り取ったばかりの田んぼと、これから何かを植える、あるいは育つ気配のある畑。
川向こうのこちら側でも、大勢のトンボが休める場所を探して飛び交っている。
その先に、何人かの男たちが田んぼを指さしながら話し合いをしていた。
その中のひとりが、しのに気付く。
庄屋だった。

「げ」

思わず会いたくなかった、という本音が口から漏れる。
その声に気づいたのか、庄屋がしのに声を掛けた。

「しのか、こんな所でどうした?」

しのとときに恩を売ったということを忘れているのか、気さくな雰囲気だったのでしのは答える。

「今から脱穀の手伝いに行くんだよ、遠すぎて足がくたびれた」

庄屋の後ろの村人たちもしのに気づいたのか、口々に声を掛ける。

「お前死んだんじゃなかったのか、良かったなぁ」
「オメェさんと姉ちゃん、両方とも鬼にさらわれて嫁にされたって聞いたけど、いつ帰ってきたんだ?」
「死んでねぇよ!しかも、アタイもねえちゃんも嫁になんて行ってねぇよ!!どこでそんな話になったんだ!」

村人たちのとんでもない勘違いに、庄屋は苦笑する。

「どうやらあの夜、鬼を見た者たちがあちこちで話を盛り上げたらしい。村の北側はずっとこんな感じだぞ」
「訂正しろよ、村のまとめ役だろうが」

怒りでギロリと庄屋を睨むが、娯楽の少ない村人にとってうわさ話ほど面白いものはない。
庄屋自身も抑え込むことができないようで、ヤレヤレと首を振っている。
しのは、脱穀の仕事をする前からドッと疲れてしまった。

「さて、うわさ話もここまでにしよう。皆、話を聞かせてくれてありがとう、各自戻ってくれ」

庄屋の号令で、村人たちは自分の田んぼや畑に戻る。
しのは庄屋と二人きりになった。
その時、しのは姉とのあるやり取りを思い出していた。
そのやり取りとは、

「いいこと、庄屋様に会ったらお礼を言いなさいね。いくら自分が無事だったとはいえ、心配して探してもらったことに代わりはないんだから、いいわね」

という内容だった。
なので、しのはここで礼を述べるべきか悩んだ。

「だって、こんなこと今までしたことないし・・・」

しのは、前世でも誰かに礼を言ったことはなかった。
その必要を感じることがなかったというのもあるが、自分は礼を言われて当たり前、とも考えていた。
どちらもとんでもない思い違いなのだが、ときとのやり取りで諭されて以来、初めて自分の今までを振り返ってみたのだ。

「アタイ等のことを勝手に探し始めたのはアイツ等で、自分の自己満足のためにやったことだろ?なんでこっちが礼を言わなきゃいけないんだよ」

なぜか、こういう面倒くさい話は苦手だ。
姉であっても、どうしても話している相手から顔をそらしてしまう。
そんなしのに、ときは諭す。

「確かに自己満足もあるかもしれない。でも、その誰かのことがほんの少し大事だから助けてもいいか、と思ってもらえたから助けてもらえたの。この村だって大勢人がいるわ。なのに、助けてもらった。自分って苦しいのに誰かを助けたいと思うのは、有るのが難しい。だからありがとうとお礼を言わなきゃいけないの」
「それはわかったけどさぁ・・・」
「村で生きていく上で、こういうお礼をするのは重要なことよ。でないと川から水を引いてもらえないとか、いい作物の種を分けてもらうとか、色んな事ができなくなっちゃう。言うだけならタダだし、言えば後々の面倒事が少なくなるし、そんなに気負うことなんてないわよ」

それを言うのが嫌でモジモジしているしのをみて、ときはニッコリ微笑む。
ときの説教を思い出し、勇気を振り絞って口をパクパクさせて庄屋に礼を言おうとするが、喉から声が出ない。
庄屋は何を見ているのか、遠くを見ている。
脱穀の作業もあるし、ここでは何も言わずに立ち去った方が気持ちは楽か?
でも、庄屋に会ったことは村人に見られているから、巡り巡って姉の耳に入れば礼を言ったか聞かれる。
もし礼を言わなかったことが姉にバレたら、また説教が始まるかもしれない。
そしたらまた面倒なことが増える・・・
面倒という荷物は何もしなければ、借金のようにドンドン増えていく。
トンボがツイっと動くくらいの時間、しのはこれらのことを考え、ついに行動に起こした。

「た、たたた助けてくれてありがと!ございます・・・」

庄屋がしのを見る。

「アタイもねえちゃんもこの通りピンピンしてるから、もう何もしなくていいから!今日はそれだけだから!」

言い慣れない言葉を口にしたせいか、心臓がバクバクし顔が赤くなる。
そんなしのを見た庄屋は、思わず吹き出す。

「なぜモジモジしているのかと思えば、そんなことか。なに、お前から礼を言われるほどではない、他にも色々あったからな」

再度、何でもないという様子で言われ、ポカンとするしの。
体全体に入っていた力が抜けて、ガックリ肩を落とす。

「そんなことって・・・こっちはそのことばかり考えてたのに・・・」
「ははは、すまんすまん。お前もそんなことを考えるほど大きくなったのかと思ってな」

人を子供扱いして、とちょっぴり腹が立ったが、気になることがあった。
他にも色々あった、と言っていた。
これは何を意味しているのか?

「何だよ、他にも色々って。アタイ等のこと以外にも何か騒動があったのか?」
「騒動ではないが、将来の面倒事、になるかもしれないことだな」

庄屋が何を言っているのかわからなかったので、首を傾げる。

「人さらいに村人を奪われたということは、他の村や町にも伝わる。それはわかるな?」
「うん」
「奪われたまま何もしないということが伝われば、他の人さらいや、他人のものを奪うのをよしとする者たちを呼び寄せる。それは他の村や町にも伝わり、あの村は自分たちより下だ、対等ではないと見られる」
「そうなったら、この村はますます奪われ貧乏になる・・・ってことか?」
「ああ、特にこの村は川がある」

庄屋は川を振り返り語る。

「この川は筏で米を運ぶのに重宝している。だから、多くの年貢を領主にいち早く届けることができるので、領主は自分の利益のためにもこの村を守りたい。だが」

川をみる庄屋の顔は険しい。

「筏で運べるのは米だけではない。人も運べるから、下流の村や町に行くのにも重宝する。だから、他の領主はこの川と、その恵みを受けているこの村を欲しがっている」

しのは、他の領主、という言葉を聞きドキリとする。

「領主の館からこの村までは距離がある。何者かに攻め込まれてはあっと言う間に奪われる。だから、この村は強くあらねばならないのだ、これ以上奪われないためにも」

庄屋が見ていたのは村や山ではなく、この村の将来だった。
しのは、自分が住んでいる場所がこれからどうなるのかなんて考えたことはない。
そんなこと考えずとも、誰かが上手いことなんとかしてくれるだろう、と思っていた。
でも、この村ではそんな考えでは生きていけない。

「もしかして、まだ人さらいを探しているのか?少しでも不安の種を潰すために」
「ああ、もし生きていたら報復に来る可能性がある。徳次のこともあるし、色々と考えなければならない」

そういえば、庄屋はいくつだろうか?
見た目は50代だが、歩き方や背筋をみるともっと若いのかもしれない。
その顔に刻まれたシワは、村の将来を案じた末に生まれたのかもしれず、庄屋の苦労がみてとれる。
しのは、散々米が食えないこと、姉をはじめとした村人が働き詰めなことに不満があった。
しかし、領主から守ってもらうために働いているのだとしたら、ずいぶんと考えが浅かったかもしれない。

「奪う方も必死なんだろうけど・・・」

なんだかしこりが残る話だ。

「このご時世、誰も彼もが必死だということだ。そうそう、礼を言うのは私ではなく、吉三に言いなさい」
「吉三?」

しのが初めて聞く名前だ。
もっとも、しのの行動範囲は狭いので、村人全員の名前を覚えている訳では無い。

「聞いていないのか?吉三はお前の父親の幼馴染だ。ときがさらわれた際、助け出すのは諦めるという意見が多かったが、吉三が同じような連中に村を奪われるぞ、と村人を説得したのだ。あいつの言葉がなければ、今頃、お前の姉は元気に働いていないだろう」

そんな事があったとは、しのは聞いていない。
びっくりした顔で庄屋を見ると、庄屋も驚いた様子。

「なんだ、お前たちの父親はそのことも話していないのか。全く、相変わらず抜けているが・・・まあ源助も色々あったしな」

源助とは、しのの父親の名前である。
ときとしのが帰ってきたと知った源助は顔をグチャグチャにして喜んだが、とき救出のくだりは聞いていない。
父親だけではなく、他の村人からも。

「その様子ではときも知らないかもしれん。お前たち二人で、柿か栗でも持って礼を言いに行きなさい」

そういうと、庄屋は西側へ向かって歩き始めた。
庄屋に礼を言うという大役を果たしたのも束の間、今度は全く知らない人間に礼をいう大役を仰せつかった。

「また礼を言わなきゃいけないのかよ・・・!」

せっかく大荷物を下ろすことができたのに、また別の荷物を背負うことになった。
その気持ちをどうやって発散させればいいのか分からず、しのは脱穀作業で人一倍頑張ってもみ殻をぶっ叩くことにした。
脱穀は、ムシロなどにもみ殻を広げ、竹の先につけた棒のようなもので叩く。
すると、もみ殻が外れ玄米が取れる仕組みになっている。

「思いっきり動けるやつで良かった」

とは思っていたが、いくらもみ殻をぶっ叩いても気持ちが晴れない。
全身運動なので、疲れるのは早い。
他の大人たちは時々休みながら作業しているのに、しのは休む気配がない。
モヤモヤした気持ちを晴らすためにぶっ叩いているおかげで、夕方前に玄米を俵に詰め終えることができた。

「しのは働き者で助かるよ、明日も同じ作業を任せたいんだが、いいか?」

迎えに来たときはしのの働きっぷりを聞き、嬉しくてたまらない。
しのの返答を聞かずに二つ返事で承諾した。
家への帰り道、しのはときに庄屋から聞いた話をした。

「吉三さんって、聞いたことがあるわ。父さん、時々その人のところに行っているみたい。私は会ったことないけど」
「なら、なんでアタイ等にそのことを話さないんだろ?」
「さあ・・・?ともかく、私もその話は初めて聞いたわ。明日、朝一番にお礼を言いに行かなきゃ」

ときが行くということは、しのは礼を言う必要がない。
だって姉が全部話してくれるんだから、しのが何かする必要はない。
これは楽ちんだ、と思っていたら。

「もちろん、しのも一緒に来るのよ。私だけに任せようと思ってるんでしょうけど、そうは行かないわ」
「え、いいじゃん!ねえちゃんが礼を言うならアタイはいらないだろ!」
「いいえ、いけません。きちんと顔を合わせてお礼を言うんです」
「しかも朝一番って、起きてすぐ行くのかよ!」
「それだと稲刈りに間に合わないから、夜が明ける前に行きましょう」

それって、今日より早起きしなきゃいけないじゃん。
もしかして、飯も食わずに出発するのか?
そして、そのまま稲刈りに参加?また今日みたいに1日中稲刈りするの?
とんでもない体力おばけだ。
おかげで、しのの不機嫌は明日まで延長されることになった。
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