強欲ババァから美少女になったけど、煩悩なんて消せません

豊倉麻南美

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17話

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その音が聞こえた時、庄屋は思わず身構えた。
村の会合でときを救出することは決まったものの、どこを探したらいいか見当がつかなかった。
だが、松明などの準備中にある村人から、しのが山の方へ向かったことを聞かされ、まずはそこを探すことに決めたのだ。
最後に見たしのの様子から、大人しく待つとこはないだろうとは思っていたが、正直、村で待っていて欲しかった。
そうすれば、ときだけ救出すればいいので、しのまで探す必要がなくなる。
現に今、自分たちはときとしの、両方を探しながら山を登っている。
今回、参加した村人は50人ほど。
5人一組に別れて様々な方向から山を登っているが、果たして見つかるだろうか?
もしかしたら、自分たちの松明を見つけて、すでに逃げてしまっているのかもしれない。
そう、心の中で焦りを感じ始めていた時、上から何かが転がり落ちてくる音が聞こえてくる。
地面に落ちた小枝や枯れ葉を、バキバキと押しつぶしながら斜面を転がるそれは、庄屋たちの近くに止まった。

「明かりを向けろ!正体がわかるまで近づくな!」

松明を持っている村人に向け、大声で命じる。
この場合、すぐに思い浮かぶのは動物である。
ただ、いかに勇敢な野生動物といえど、夜中に人間と積極的に敵対するものはいない。
もしいるとすれば、誤って斜面を落ちてしまった時くらいだが、野生動物が人間のように転がり落ちるだろうか?
一番恐ろしいのは、熊や狼といった、人間も食べてしまう動物なのだが、彼らにとって山は己の庭のようなものなので、転がり落ちるなんてドジを踏むとは考えられない。
では、なにが落ちて来たのか・・・
松明を持った村人は緊張した表情で、落ちて来たそれの場所まで、ゆっくり、ゆっくり進む。
何かの小山らしき影が松明によって照らされ、その一部が見えた。
人間の足、それも女の。

「え?!ときちゃん?!」

松明を持った村人が驚きの声を上げ、姿を確認するため前に進み出た。
ときの姿を見た庄屋も驚く。
気を失い、平らになった地面に横たわっているのは、自分たちが探していたときだった。

「ときちゃん、ときちゃん!」
「・・・う・・・うぅん・・・」

二人の村人がときに駆け寄り、抱きかかえる。
呼びかけられたときのうめき声を聞き、庄屋を含め、その場にいた全員が安堵のため息をついた。
良かった・・・すり傷や切り傷はあるものの、見た所、無事のようだ。
抱きかかえられたときの様子を見た庄屋は気を取り直し、村人に命じた。

「3人はときを連れて村へ戻り、私の屋敷で手当しなさい。私は人さらい達を探す」
「分かりました、庄屋様、お気をつけて」

松明を持った村人1人を自分の共に残し、残り3人の村人は下山し始めた。
一人はときを背負い、もう一人は松明を持って先導し、残る一人は、下山と同時に他の村人たちにときの事を知らせるという。
まずはときの無事が確認できてよかったが、油断はできない。
まだしのが見つからないし、人さらい達がときを捕まえようと降りてくるはずだ。

「よし、進もう」

庄屋は斜面の先、山の上を睨みつけて一歩踏み出す。
その時、今まで聞いたことがない叫び声が、山の上の方から聞こえた。
熊でも、狼でもない、もっと恐ろしい何かの叫び声。
声の持ち主の姿を見ていないのに、その叫び声だけで、足元から全身に震えが走り、冷や汗が噴き出す。
隣にいる松明を持った村人は、あまりの恐怖に腰を抜かした。

「ひいぃぃぃぃっ!なんなんだ、あれは・・・!!」

同じく、山を登っていた他の村人も、その声に気付き、何があった、と口々に叫ぶ。
向こうで何が起きている?
山の上の方、暗闇の向こうでは、何かが暴れ、木や枝を折っているような音が聞こえてきた。
その何かはこちらまで来ないようだが、皆、何が起こっているのか分からず、足が動かない。
・・・このまま進むべきだろうか。
庄屋が迷っていると、他の村人たちが集まって来た。

「庄屋様、一体何が起きたんだ?」
「分からない・・・」

頭上を見上げると、木々が作った暗闇しか見えない。
その暗闇の中を、何かが音を立てて向かってくるのが聞こえた。
庄屋はとっさに腰の刀を抜き、構えたが、その他の村人は手に持っている武器やクワ、松明にしがみつき、何者かに対して構えることができなかった。
いや、構えなくても対抗できなかっただろう。
庄屋の目の前に現れたそれは、背丈が木よりも大きい一つ目の鬼だった。
バサバサの黒髪の間から見える一つ目をギロリと動かし、獲物を探している。
赤黒い体に二本の角、口には、噛まれたらひとたまりもないような、鋭い牙。
鬼は村人たちを見つけると、右手を大きく振りかぶった。

「まずい!全員逃げろ!」

庄屋が叫ぶと村人たちはビクッと反応し、一斉に散り散りになって山を駆け下りる。
一拍遅れて、村人たちがいた場所を、鬼の右手が薙ぎ払う。
えぐれた地面と枯れ葉が舞い散り、村人と庄屋を襲った。

「逃げろ逃げろ!とにかく村に逃げるんだーーー!」

鬼から離れていた村人たちも、異変を感じ取ったのか、聞こえて来た警告に従い急いで山を下る。
どうしてあんな化け物がこんなところに?
庄屋たち村人は何代にも渡ってこの土地に住み、山や川の恩恵を受けて暮らしてきた。
その間、妖怪や化け物がいるなんて、一度も聞いたことがないし、見たこともない。
それがなぜ、こんな所にいるんだ?
だが、その思考は長くは続けられなかった。
鬼は追いかけてきたがそれほど速くはないので引き離すことはできる。
だが、周りの地面や木々を薙ぎ払って破壊しながら進んでいるので、木っ端や石が当たって痛い。
痛いが、こんな化け物と戦って勝ち目はない。
皆、鬼から精いっぱい逃げ続けている。


村人が、気を失っているときを見つけたと同時に、しのはツヅラに出会っていた。
・・・なんでこれがこんな所に?
仰向けに倒れている上、体中痛くて上手く動けない。
しかし、かろうじて手を動かすことはできたので、手首を動かし、手のひらでツヅラの感触を確かめる。
間違いない、あのツヅラだ。
ツヅラは家に置いたままになっているから、一人で動くことなんかない。
それに、しのはツヅラを持ってきていない。
ならば、誰がツヅラを持って来たんだ?
だが、深く考える時間はなかった。
足元から、男の足音が近づく音が聞こえる。
お頭が近づいて来た。
息を大きく吸って体を起こそうとするが、ほんの少し吸っただけで咳が出て来る。
ゲホゲホとせき込んだ反動で体を起こし、顔を地面に向けることはできたが、それだけ。
今度は、顔を上げる力すらない。

「さて、そろそろ観念しろや」

頭の上から、無情な男の声が聞こえた。
はっ、嫌だね、誰がてめぇらなんかに捕まるかっての。
と、口に出して言いたいものの、出てくるのは咳だけだ。

「お前さんくらいの器量よしなら、すぐにいい客がつく。その客におねだりしていい暮らしをさせてもらえばいいさ、お前さんだって、あんな泥にまみれた暮らしなんぞこりごりだろ?」

確かに、泥にまみれ、日焼けでまっくろになって、村の中で生きて行くなんざ性に合わない。
前世では町で暮らしていたことがあったから、畑や田んぼを耕して生きて行くのが、どうにも嫌だ。
どうせなら、どっかのお姫様みたいに綺麗な着物を着て、毎日白米を食べられるようになりたいと思う。
人間なんだ、それくらい欲があってもいいだろ。
でも。

「・・・そんな生き方・・・退屈だろうよ・・・」
「何だって?」
「・・・贅沢三昧、大いに結構・・・。でもよ・・・退屈で、退屈で・・・いつか死にたくなるぜ・・・」

ようやく上げた顔を精一杯歪めて、お頭に笑いかける。
お頭は、意外な顔をした。

「こんなちっぽけな村で一生を終える気か?お前なら、もっとでかいことできるんじゃないかと思ったんだがな」
「勝手に・・・人を決めつけんじゃねぇよ・・・バカにしてるのと一緒だぜ・・・。なにより・・・アタイが本当に欲しいもんは・・・そんな所じゃ手に入らねぇ・・・」
「お前さんが本当に欲しいもの?」

ああ、欲しくて欲しくてたまらないものさ。
それは、この村にしかない。
どっちを天秤にかけるかなんて、分かり切っている。
腕の力でズリズリと地面を這い、ツヅラまで手を伸ばす。

「だから・・・お前等には捕まらねぇ・・・捕まってたまるか・・・」
「そうかよ、なら、村の皆にお別れを言うんだな」
「あ、やっと捕まりました?」

お頭がしのの襟首をつかんだと同時に、徳次の声が聞こえた。
あいつ、どこかで高見の見物をしていたらしい。
徳次の後ろに、松明を持った手下もいる。
お頭は、冷たい目で徳次を見る。

「てめぇ、見てたんなら手伝いやがれ」
「嫌ですよ、さっきの代金だって十分にもらってないのに、ここで俺が動いたらタダ働きですよ。そんなのゴメンです」

チッとお頭が舌打ちし、しのの体を持ち上げようとするが、何か重い。
見ると、しのはツヅラにしがみついている。
・・・なんでこんな所にツヅラが?
それとも、最後の抵抗でしがみついているだけか?
予想外のものが山の中にあることに戸惑ったが、

「いい加減に降参しろ、こっちは急いでるんだ」

と、しのに声を掛ける。
しのはがっちりとツヅラを持っているので、少し引き上げただけでズズッとツヅラが開いた。
それを待っていたかのように、しのがお頭に問いかける。

「そういえば、あんたは自分のことは話さないな。何でだ?」
「それがどうした?」

意外な問いかけに、お頭の表情が曇る。

「ずいぶん手下思いみたいだからよ、悪い奴には見えなくてね。だからまぁ・・・残念だと思ってな」

しのがツヅラのフタを思いっきり引き上げた。
ツヅラの中は、暗かった。
いや、光が届いていないから暗いのではなく、暗闇が入っているのだ。

「おい、なんだそれは・・・?」

ツヅラの中身を見たお頭から困惑の声が漏れた時、その暗闇から、ヌルリと一本の赤黒い腕が現れた。

「?!」

驚いたお頭は掴んでいたしのを投げ捨て、ツヅラと距離を取る。

「お頭?」
「来るな!ここから離れろ!」

手下からの呼びかけに思わず叫ぶ。
背中を嫌な汗が流れ、震えが伝う。
見えた腕は、人間よりもはるかに大きく、太かった。
なら、あの腕の持ち主は、周りの木よりもはるかに大きいだろう。

「お頭さん・・・なんですか?あれは・・・」

どうやら徳次も気付いたらしい。
ツヅラのある茂みから、大きな頭と肩が見える。
その頭と肩が上に上がり、何者かが立ち上がった。
ツヅラに収まっていたとは到底思えない大きさ。
冗談じゃねぇ、あんなのから逃げなきゃならねぇのか。
顔を上げたそれは、人間ではなかった。
バサバサの髪の間から覗くのは、顔の真ん中に付いた大きな目がひとつ。
髪の間からは二本の角、赤黒い体は筋骨隆々としており、真正面で戦っても勝てるとは思えなかった。

「逃げろ!」

お頭の号令で、徳次と手下は一目散に駆け出す。
それを見た鬼は、大きく息を吸い、吠えた。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

その声のせいで体中ビリビリと振動が走り、耳がいかれそうになる。
逃げ出した3人にピタリと標的を定めると、鬼も動き出し追いかけ始めた。
途中、両腕を地面に突き立て、土をつぶてのように弾いて標的の足止めをする。
石や木っ端が降り注ぐ中、3人は必死に山の奥へ使う。
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