強欲ババァから美少女になったけど、煩悩なんて消せません

豊倉麻南美

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8話

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姉が切ってきた竹をひたすら割っていたら、アタイの身長を超えるくらいの小山ができた。
ナタを振るったせいでじっとりと汗をかき、手にはマメができたが、嫌ではなかった。
むしろ、

「竹って面白いな、力加減さえよければきれいに割れるんだ」

鼻の下にかいた汗を着物の袖で拭いつつ、まだ割った時の面白さの余韻が残っている。
隣にいる姉も、額の汗を手ぬぐいで拭っている。

「でしょう。沢山竹を割ってくれたから、薪には余裕ができたわ。これからは、普通の薪割りも、しのにお願いしようかな?」

横目でこちらをチラリと見る姉。

「もちろん!いくらでもやってやるよ!」

まだ汗の残る顔を向けると、姉は目を細めて笑う。
その笑顔が嬉しくて、これを見るためなら何でもできそうな気がした。

「やあ、しのちゃん頑張ったな」

徳次が近寄ってきて、小山を見渡す。
ふふん、アタイだってこれくらいできるんだぜ。
なんとなく威張りたくなって、腰に手を当てちょっと胸をそらす。

「ときちゃん、これでどうだい?」

手に持っていた真新しいザルを姉に渡す徳次。
ザルの目は同じ大きさでしっかりと整っていて、なんとも美しい。
大きさも野菜を入れておくには手頃で、使いやすそうだ。

「ありがとうございます、こんなに立派なものを作ってくれて」
「お安い御用だよ、それにときちゃんの頼みだから張り切っちゃった」

よくもまぁ、女が喜びそうな言葉をポンポン言えたもんだ。
ねぇちゃんもなぜか赤くなってるし。
さて、この小山をこのままにしておくわけにはいかない、どこかに積んで置かなければ。
そして、まだ仕事が残っているのに、二人をこのままにしておくわけにはいかない。

「ねぇちゃん、割った竹はどこに積んでおく?」

わざと大声で姉に問いかけ、いい雰囲気になりそうな二人を分断する。
はた、と気付いた姉がこちらを振り向き、

「そ、そうね。雨が降っても濡れないように、家のそっちの軒下に積んでおいてくれる?」

と、姉が家の左側を指さした。
小山から抱えられる分の竹を持ち、指定された所へ運んで、ガラガラと放る。
姉はもらったザルを家の中に置いてきたようだが、お椀を持って徳次に近づく。
・・・何を持ってきたんだ?

「徳次さん、今日はありがとうございました。これ、ザルのお代です。それと、昨日作った芋の煮物です、よかったら食べてください」

徳次にいくらかの銭を渡すと、姉は昨日から残しておいたらしい芋の煮物を見せる。
一日置いた芋には味が染み込み、さぞかし美味くなっていることだろう。
はーん、あれを煮たのは徳次に渡すつもりだったのか。
もしかして、自分の分は食わないでわざと残し、徳次に食わすつもりだったのか?

「うん美味い!ときちゃん、これすごく美味いよ」

ワシワシとお椀の中身を頬張る徳次と、顔を赤らめながらそれを見守る姉。
その表情からは、好いた男に向ける乙女心しか見えない。
そして、二人だけの世界になり、さっきより声をかけづらい雰囲気に。
全く、姉も意外と抜け目がない。
芋を食べ終えた徳次は、

「ああ美味かった、こんなに美味かった芋は食べたことがない。ザル一つでこんなに美味いもん食べたなんて、バチが当たるな」

と言いつつ、姉に椀を返す。

「そんなことありませんよ、あんなにいいザルを作ってもらったんですから」
「そうだ、さっき余った竹で作ったんだ。しのちゃんが喜ぶと思って」

そう言うと、徳次は懐から竹を十字に組み合わせた細長いものを取り出した。

「なんですか?これ?」

姉はその竹細工をまじまじと見つめる。

「これはね、こうすると・・・」

十字の縦棒部分を両手で挟み、合わせた手のひらを前後に擦ると、竹細工はクルクルと回った。
それを何度か繰り返し、勢いよく宙に放つと、クルクルと回ったまま空を飛んだ。

「え?!飛んだ?!」

驚く姉と、思わず口を開けたままポカンと見つめるアタイ。
竹細工はしばらくクルクル回ったまま飛んでいたが、勢いがなくなると、地面にぽとりと落ちた。
こんな竹細工は見たことがない。

「徳次さん、これどうなってるんですか?!」
「ははは、両手を擦り合わせて回して、勢いが付いたら放り投げるだけなんだが、こんなに飛ぶんだもんな。俺にもどうなっているか分からん。竹が軽いからこうなるのかもしれんが」

それにしても、宙を飛ぶことができるものがあるなんて、面白い。
しかも、それをアタイにくれるだって?
今日はなんていい日だ!
あ!でも・・・

「・・・いくらだ?」
「え?」
「こんな面白いもの、タダなんてことないだろ?いくらなんだい?」

そう、これだって徳次が作ったものなんだから手間賃がかかっている。
アタイにくれるとはいえ、タダじゃないなんてことは、あり得ない。
この世に、タダほど怖いものはないからだ。
徳次はアタイの方を見ると、ケラケラと笑った。

「ああ、これは俺が昔から遊びで作ってるものだよ。だから、ザルのおまけかな?ほとんど手間がかかってないから、手間賃はいらないよ、はい」

アタイの目の前に、あの竹細工が差し出される。
・・・本当に?タダで?
徳次を見ると、こっくり頷く。
今日は本当にいい日だ!
これは早速飛ばしてみないといかん!
嬉しさのあまり、徳次から奪うように竹細工をもらう。

「もう、しの、お礼くらい言いなさい」
「ありがと!」

徳次への礼もそこそこに、二人から離れ、手を擦り合わせて竹細工を飛ばしてみる。
だが、勢いがないのか、あまり飛ばなかった。

「ごめんなさい、せっかくもらったのにろくに礼もせず・・・」
「いいよいいよ、それより喜んでもらえて良かった」

二人の会話を後ろで聞きながら飛ばそうとするが、何度やっても上手くいかない。

徳次は一回やっただけで、飛んだ。
回った時の勢いと、飛ばす時の勢いが上手く噛み合わなければ、飛ばないのかも。
おそらく徳次は、何度も自分で作って何度も飛ばしているから、コツが分かっているのだ。
このコツは、アタイも何度も飛ばしてみて覚えるしかない。
なぁに、初めて竹を割ったときも何度かやってコツを掴んだんだ。
この竹細工のコツが掴めないはずがない!
アタイは竹細工を飛ばすので忙しくなってしまい、この時、姉と徳次がどんな会話をしていたかわからない。


「しのちゃん、全然飛ばないのにめげないなぁ」
「もう、まだ竹を積み終わってないのに」

笑いながら見学する徳次と、呆れる姉。
しのが竹細工に夢中になっているのを確認した徳次の目が、鈍く光る。

「そういえばときちゃん、竹をさ、少し分けてくれないかな?」
「竹をですか?」
「うん、ちょっと大きめの竹細工の依頼が入ったんだけど、なるべく良い竹で作りたいんだよね。だから、そこの竹林にあるもので、良いのがあれば欲しいんだけど」
「それなら、どうぞいくらでも持っていってください。あの竹林、思ったより広がってしまって、そろそろ竹を切って処分しようかって、村の皆が話してたんです。今なら、良い竹を持っていけると思いますよ」
「それならありがたい!ちょっと一人だと大変だから、一緒に手伝ってくれるかい?」
「もちろんです!」

交渉が成立すると、二人は連れ立って竹林に向かう。

「しの!ちょっと出かけてくるから、竹をちゃんと積んでおいてね!」
「分かったー!」

姉の言葉を聞いているのかいないのか、竹細工に夢中のしのは、生返事。
ため息を一つついて、ときは徳次の隣を歩く。

「もう、あの子ったら仕事を放ったまま遊びに夢中になって・・・」
「いいじゃないか、子どもの仕事は遊んで大きくなることだ。子供の少ないこの村では、子どもは何よりの宝だろう。それに、ときちゃんも、しのちゃんを気にしながら畑仕事するのは大変だろうし、ああして遊んでくれてたら楽だろう」
「私は別に良いんですけど、今から色々教えておかないと、後でしのが苦労するから家の仕事を覚えてほしいんですよ。おっかあがいないんだから、私があの子を一人前にしないと・・・」

赤の他人である徳次だからか、ときは自分の心情を吐き出す。

「ときちゃん、そんなに気負う必要はないよ。この村は良い村だ、他の村人に頼めばいくらでも助けてくれるだろう。少しは、肩の荷を下ろしても良いんじゃないか?」
「そんな風に思えたら良いんですけど、生まれつきなんですかね?自分でなんとかしなきゃって思っちゃうんですよ」
「そういうときちゃんも、かわいいと思うよ」

徳次は目を細めて、眩しそうにときを見る。
見られたときは顔を赤らめ、目をそらす。

「やだ、からかわないでください」
「からかっていないよ、本当のことだ。それに、肩の荷を下ろしても良いんじゃないかって言うのもね」
「どういうことですか?」
「君くらいの器量なら、いくらでも稼ぐ方法はある。若いうちに沢山稼げば、後は楽して生きていけるよ」

手入れができず、鬱蒼と茂った竹林。
二人はその近くで立ち止まり見つめ合うが、先程とは打って変わって、何やら怪しい空気が漂う。

「徳次さん、何を言っているんですか?」

ときが問いかけると同時に、竹林から人影が現れた。
一人、二人ではない。
武装した五人の男が、ときを囲んだ。
そして、ときの目の前に立ったのは太刀を担いだ男。
昨日、ときが帰り道で見かけた、人さらいの男である。
ならば、男の目的というのは・・・

「どうです?この村にはもったいないくらいの美人でしょう」

徳次が太刀の男に問いかける。

「ああ、まだまだガキ臭さは残るが、いい女じゃねぇか。こりゃ高値で売れるぜ」

太刀の男は舌なめずりをしながら、舐め回すようにときを見つめる。

「徳次さん、この人は・・・」
「お頭さん、約束の代金、ここでいいですか?」
「おう、ご苦労さん」

お頭と呼ばれた太刀の男は、小さい布袋に入った銭を徳次に渡す。
何かの売買が成立したようだ。

「ここまで来てくれてありがとう、ときちゃん。じゃあ、元気でね」

ニッコリと微笑みかける顔は、いつもの人当たりのいい徳次だったが、その目は笑っていない。
ここでときは、自分の身に何が起きたか悟った。

「・・・私を売ったんですか?」

徳次は、ときを囲んだ男たちから離れていたが、ときの呼びかけが聞こえないわけではないだろう。
意図的にときには応えず、男たちの仕事が完了するか、見守る気だ。
ときは男たちと竹林との距離を図る。
・・・上手く竹林に入ることができれば、逃げ切れるだろうか?
そんなふうにときが思案した頃、しのはやっと竹細工を飛ばすことに成功した。

「やった!見て見てねえちゃん!やっと飛んだよ!」

しのはパッと顔を上げてあたりを見渡したが、誰もいない。

「あれ?ねえちゃんどこ行ったの?」

しばらくクルクルと宙を飛んでいた竹細工は、勢いを失いぽとりと落ちた。
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