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6話
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雑炊で暖まった体が冷えないうちに、眠ることになった。
ムシロを被り目を閉じると、思ったより疲れていたのかすぐ眠りにつく。
今日は色々あった。
仏様みたいな格好をした変なやつに突き落とされるし、そしたらなぜか子供になってるし。
そこそこ裕福な村だったので前より楽な暮らしができると思ったら、姉のお人好しのせいで食うもんが少なくなる。
おまけになぜかあのツヅラが現れて・・・
そう、ツヅラだ。
あれは、前世のアタイが持っていたもの。
それがなぜ、アタイの前に再び現れたのか?
アタイが化け物共に襲われた後、誰かが拾って売ったのだろうか。
不要になった中古の生活用品を売るのは珍しくない。
なら、死んだアタイも誰かが見つけただろうか?
それとも、まだあの山の中に放おって置かれたままか?
そもそも、死んでからどのくらいの日が経ったのか・・・
これらのことを、確かめる方法はあるのか?
あとは、この村がもともと住んでいた所とどのくらい離れているかとか・・・
考えることが山ほど出て来る。
ふと、じいさんの後ろ姿が頭に浮かんだ。
じいさんはどうしてるだろう。
アタイが帰らなくなって、あちこち探し回っているかもしれない。
・・・そんなわけないか。
スズメを追い出してから、夫婦仲は急に悪くなった。
アタイはずっとイライラしていたし、じいさんはふさぎこむことが多くなったし。
だったら、アタイがいなくなってせいせいしたかも。
もしかしたら、後妻をもらって、のんびり暮らしてるのかもしれない。
じいさんが、若い女と囲炉裏を囲んでいる所を想像してしまい、何だか喉の奥がキュッと痛くなる。
これは夢だ、アタイが想像しているだけなんだから、本当に起こっていることじゃない。
なのに、この気持ちは何だろう。
ああ、なんて嫌な夢だ。
そこで、意識がはっきりした。
最悪な気分で目を覚ますと、囲炉裏の熾火が見える。
灰の上に小さい赤い炎が見えているので、そんなに眠ったわけではない。
寝床の中で一息、大きく息を吐いてから囲炉裏を見渡す。
アタイは頭を部屋の奥、足を土間に向けて眠っていた。
部屋の奥に目を向けると、「父」がムシロを被り寝息を立てている。
部屋にいるのは、二人だけで、「とき」がいない。
そういえば、アタイが寝る前にどこかに行ったような・・・
体を起こしてくるりと部屋を見渡すと、どこからかトントン、という音が聞こえてきた。
寝ている「父」の背中側にある引き戸の向こう、家の奥から聞こえてくる。
なんだろう?
ムシロから抜け出て、引き戸の前へ進む。
床はひんやりと冷たく、せっかく温まった足先が冷えてくる。
引き戸に手をかけて開けると、さっき聞いたトントンという音がより大きく聞こえた。
トントン、カラカラ、トントン、カラカラ
奥の部屋は囲炉裏がなく、代わりに機織りが置かれている。
その機織りが動いていた。
カラカラという音は、この機織りから出ていたのだ。
そして、機織りを動かしているのは「とき」。
機織りの右手には家の外に面した引き戸があり、それを開けているので月明かりに照らされている。
「とき」は、その月明かりだけで機を織っていた。
ふと「とき」手を止め、肩を回してため息をつく。
手元から目を離した「とき」は顔を上げて、ようやくアタイに気づいた。
「しの、起きてたの?」
こちらを見て、微笑む。
隣で寝ている「父」を起こさないよう、声を落としながら話す。
「寝てないのか?何してるんだよ」
ゆっくり「とき」に近づく。
「こっちに座りなさい、寒いでしょ」
「とき」が、腰掛けている長椅子をポンポンとたたき、座るよう促す。
「いいよ、すぐ戻るから」
床に座ったら体が余計冷えるから、立ったまま「とき」の動きを見ることにした。
アタイが立ったままなのを確認した「とき」は、また機織りを始める。
規則正しい音が響き、ゆっくりと布が編み上がっていく。
「少しでも多く布ができれば、売って、冬支度の炭や食べ物を多めに買えるでしょ」
「もっと早くやれば良かったのに」
「昼間はどうしても野良仕事があるからね、どうしてもこの時間にしかできないわ」
話している間も手を休めることなく、布を織る。
細かい織り目を次々作っていくその手は、相変わらずボロボロだ。
「なんで、そんなになってまで、頑張るんだよ」
「そんなにって?」
「手なんかササクレとあかぎれだらけ、寝る時間を削ってまで布を織って・・・なんのためにそこまでするんだよ?」
「うーん、機織りも、野良仕事も好きでやってるし・・・そこまでしているって思ってないのよね」
「顔はまっくろに日焼けして、トゲだらけになって、爪は欠けて、土まみれの着物を着てるのに?」
「そうねぇ、そんなこと気にしたことないわ」
クスクスと笑う「とき」を見て呆れる。
年頃の娘なら、自分の姿がどう見えるか気になるものだ。
なのに、こいつは笑い飛ばしてしまえるくらい、気にしていないという。
こんな人間がいるのか?
アタイがあ然としていると、「とき」の腹が鳴った。
誰が聞いても、腹が減った時のあの音だ。
「あんまり食ってねぇんじゃねぇか」
「ねぇ」
またクスクスと笑う。
「でも美味しかったでしょう?」
なんでこんなに笑っていられるんだ、自分の大事なものを他人に渡しておいて。
なぜかその笑顔が怖くなり、声が荒っぽくなる。
「そうだけどさ、自分で作ったものだろ?ちゃんと食べろよ」
「食べたわよ、美味しかったわ」
「嘘つけ、どこまでお人好しなんだよ」
ああ、よく知っているやつに似ている。
あいつも、「とき」と似たようなことを言って、自分のものをあっさり他人に明け渡していた。
「とき」がじいさんと同じ人間だと悟り、得体のしれない恐怖に背筋がゾクリとする。
体を登ったその恐怖に我慢できず、思わず声を荒げてしまう。
なんでこんなふうに笑っていられるんだ、なんで?
「なんで怒鳴らないんだ、自分のもの取られて、腹空かせて、結婚はまだなんて言って」
「結婚できそうにないのは当然でしょう?おっとうと、しのだけじゃ、家は回らないわよ」
「それだけじゃねぇだろ!そんな理由だけで、人間、そんなふうになれない」
アタイは、こいつみたいにはできない。
できないのに、なんで眩しいと思うんだ?なんで?
「そりゃ、しのがいるから」
「とき」は、アタイを真っ直ぐ見て言う。
「他の家は妹や弟がいるのに、私にはいなかったから、しのが生まれた時、本当に嬉しくて嬉しくて」
アタイが生まれた時のことを思い出しているのか、笑っている。
「それだけかな、私が働けるのは」
言い終わると、機織りに向き直る。
それだけ。
アタイが生まれたから。
「それだけって・・・」
何も言えなかった。
こんな風に、自分が生まれたことを家族に喜んでもらった覚えがない。
だから、何を言ったらいいか、分からなかった。
同時に、喉の奥から熱いものが込み上げてくる。
やだ、こんなもの出したくない。
その何かを喉へ押し込もうと、唾を飲み込むと、急にグルグルグル・・・と、お腹が鳴った。
あれだけ夕飯を食べたのに、もう腹が減ったのか?!
これは子供の体だから、腹が減るのも大人より早いのか?!
お腹が鳴るなんて思っていなかったので、ビックリしてお腹を押さえてしまう。
「とき」にもそれが聞こえたのだろう、こちらを見て同じようにビックリしている。
思わず、二人とも顔を合わせて吹き出す。
「しのもっ・・・お腹空いてるんじゃない・・・っ」
夜中なので、二人揃って笑い声を抑えようとするが、どうしても漏れてしまう。
「よくわかんねぇよっ・・・たまたま起きただけなのに・・・っ」
お互い肩を震わせ、笑いを逃がす。
姉が目元を拭いながら、
「はぁ・・・今日はよく笑ったわ、こんなにいい日は滅多いないわね」
と言い、またニッコリと笑う。
アタイもつられて、姉に笑い返す。
・・・いいもんだな、誰かに笑い返すのは。
笑い終えると、姉は機織りを再開。
アタイは何だか名残惜しくなり、
「なぁ、見ててもいい?」
と、姉の袖を引っ張ってお願いする。
姉は頷き、自分が座っている長椅子の片方を空ける。
長椅子の空いた所に座り、機織りを覗く。
トントン、カラカラ、トントン、カラカラ
機織りの中は、経糸を何本も組み合わせてピンとなるように張っており、まるで糸の森のよう。
その森の中を、緯糸を巻き付けた「杼(ひ)」を通して糸同士を引っ掛け、布の一部にしていく。
そして、引っ掛けた糸が緩くならないよう、トントンと布になっている部分へ、通したばかりの糸を「筬(おさ)」という櫛のようなもので押し付ける。
それを、何百回、何千回と繰り返す・・・
なので、慣れた人がすると「杼(ひ)」は目にもとまらぬ速さで右へ、左へ行ったり来たりするのだ。
姉もこの作業に慣れているので、「杼(ひ)」がとんでもなく早い動きをしており、どんどん布ができていく。
「すげぇ、アタイは無理だ・・・」
「大丈夫よ、慣れれば簡単だもの、ほら、やってみる?」
「えー、できるかな」
助けを借りながら、ゆっくりゆっくり、緯糸を通していく。
実は、前世では機織りをしたことがないので、本当に初めてなんだ。
何度か緯糸を通しただけで、緊張して手に汗をかいてしまいベトベトに。
汗まみれの手で触ると、新品の布にシミができてしまうように感じてしまい、「杼(ひ)」を姉に返す。
「なんか緊張するから、返す」
「そういえば、しのにも機織りを教えなきゃね」
「やだよ、アタイは見てるだけでいいって」
「二人でやれば、もっと早く布が出来上がるわ、冬の間に練習しましょう」
「それなら雪かきしたほうが性に合ってる」
「雪で遊べるからでしょう?」
クスクスと笑いながら機織りをし、二人でこれからのことを話し合う。
緊張したけど、一定の動きで布が出来上がっていくのを見るのは面白い。
何より、姉とくっついているせいかあったかくて、いい気分だ。
これが「姉」なんだ、いいなぁ。
帰る時に言い合いになって気まずくなったことなんか、いつの間にかどこかに行ってしまった。
いきなり子供の体になって、知らない土地に放り出されてどうなることかと思っていたが、こんな姉がいるなら悪くない。
それに、この姉がいるなら儲けもんだ。
アタイをいい気分にさせた音を聞きながら機織りを見ていると、まぶたが下がってくる。
それが何だか心地よくて、自分の寝床に行くのが面倒になってしまった。
まぶたが完全に閉じた時、
「しの、寝ちゃったの?」
姉の声が聞こえたので、体を完全に預ける。
「もう、しょうがないわね」
ため息をつくと、姉はアタイの体を抱え、寝床まで運んで冷えないようにムシロを掛ける。
ああ、心地いい時間が終わってしまった。
でも、明日も同じようにすれば、また運んでくれるかもしれない。
そう悪巧みをしながら、アタイは再び眠りに落ちた。
ムシロを被り目を閉じると、思ったより疲れていたのかすぐ眠りにつく。
今日は色々あった。
仏様みたいな格好をした変なやつに突き落とされるし、そしたらなぜか子供になってるし。
そこそこ裕福な村だったので前より楽な暮らしができると思ったら、姉のお人好しのせいで食うもんが少なくなる。
おまけになぜかあのツヅラが現れて・・・
そう、ツヅラだ。
あれは、前世のアタイが持っていたもの。
それがなぜ、アタイの前に再び現れたのか?
アタイが化け物共に襲われた後、誰かが拾って売ったのだろうか。
不要になった中古の生活用品を売るのは珍しくない。
なら、死んだアタイも誰かが見つけただろうか?
それとも、まだあの山の中に放おって置かれたままか?
そもそも、死んでからどのくらいの日が経ったのか・・・
これらのことを、確かめる方法はあるのか?
あとは、この村がもともと住んでいた所とどのくらい離れているかとか・・・
考えることが山ほど出て来る。
ふと、じいさんの後ろ姿が頭に浮かんだ。
じいさんはどうしてるだろう。
アタイが帰らなくなって、あちこち探し回っているかもしれない。
・・・そんなわけないか。
スズメを追い出してから、夫婦仲は急に悪くなった。
アタイはずっとイライラしていたし、じいさんはふさぎこむことが多くなったし。
だったら、アタイがいなくなってせいせいしたかも。
もしかしたら、後妻をもらって、のんびり暮らしてるのかもしれない。
じいさんが、若い女と囲炉裏を囲んでいる所を想像してしまい、何だか喉の奥がキュッと痛くなる。
これは夢だ、アタイが想像しているだけなんだから、本当に起こっていることじゃない。
なのに、この気持ちは何だろう。
ああ、なんて嫌な夢だ。
そこで、意識がはっきりした。
最悪な気分で目を覚ますと、囲炉裏の熾火が見える。
灰の上に小さい赤い炎が見えているので、そんなに眠ったわけではない。
寝床の中で一息、大きく息を吐いてから囲炉裏を見渡す。
アタイは頭を部屋の奥、足を土間に向けて眠っていた。
部屋の奥に目を向けると、「父」がムシロを被り寝息を立てている。
部屋にいるのは、二人だけで、「とき」がいない。
そういえば、アタイが寝る前にどこかに行ったような・・・
体を起こしてくるりと部屋を見渡すと、どこからかトントン、という音が聞こえてきた。
寝ている「父」の背中側にある引き戸の向こう、家の奥から聞こえてくる。
なんだろう?
ムシロから抜け出て、引き戸の前へ進む。
床はひんやりと冷たく、せっかく温まった足先が冷えてくる。
引き戸に手をかけて開けると、さっき聞いたトントンという音がより大きく聞こえた。
トントン、カラカラ、トントン、カラカラ
奥の部屋は囲炉裏がなく、代わりに機織りが置かれている。
その機織りが動いていた。
カラカラという音は、この機織りから出ていたのだ。
そして、機織りを動かしているのは「とき」。
機織りの右手には家の外に面した引き戸があり、それを開けているので月明かりに照らされている。
「とき」は、その月明かりだけで機を織っていた。
ふと「とき」手を止め、肩を回してため息をつく。
手元から目を離した「とき」は顔を上げて、ようやくアタイに気づいた。
「しの、起きてたの?」
こちらを見て、微笑む。
隣で寝ている「父」を起こさないよう、声を落としながら話す。
「寝てないのか?何してるんだよ」
ゆっくり「とき」に近づく。
「こっちに座りなさい、寒いでしょ」
「とき」が、腰掛けている長椅子をポンポンとたたき、座るよう促す。
「いいよ、すぐ戻るから」
床に座ったら体が余計冷えるから、立ったまま「とき」の動きを見ることにした。
アタイが立ったままなのを確認した「とき」は、また機織りを始める。
規則正しい音が響き、ゆっくりと布が編み上がっていく。
「少しでも多く布ができれば、売って、冬支度の炭や食べ物を多めに買えるでしょ」
「もっと早くやれば良かったのに」
「昼間はどうしても野良仕事があるからね、どうしてもこの時間にしかできないわ」
話している間も手を休めることなく、布を織る。
細かい織り目を次々作っていくその手は、相変わらずボロボロだ。
「なんで、そんなになってまで、頑張るんだよ」
「そんなにって?」
「手なんかササクレとあかぎれだらけ、寝る時間を削ってまで布を織って・・・なんのためにそこまでするんだよ?」
「うーん、機織りも、野良仕事も好きでやってるし・・・そこまでしているって思ってないのよね」
「顔はまっくろに日焼けして、トゲだらけになって、爪は欠けて、土まみれの着物を着てるのに?」
「そうねぇ、そんなこと気にしたことないわ」
クスクスと笑う「とき」を見て呆れる。
年頃の娘なら、自分の姿がどう見えるか気になるものだ。
なのに、こいつは笑い飛ばしてしまえるくらい、気にしていないという。
こんな人間がいるのか?
アタイがあ然としていると、「とき」の腹が鳴った。
誰が聞いても、腹が減った時のあの音だ。
「あんまり食ってねぇんじゃねぇか」
「ねぇ」
またクスクスと笑う。
「でも美味しかったでしょう?」
なんでこんなに笑っていられるんだ、自分の大事なものを他人に渡しておいて。
なぜかその笑顔が怖くなり、声が荒っぽくなる。
「そうだけどさ、自分で作ったものだろ?ちゃんと食べろよ」
「食べたわよ、美味しかったわ」
「嘘つけ、どこまでお人好しなんだよ」
ああ、よく知っているやつに似ている。
あいつも、「とき」と似たようなことを言って、自分のものをあっさり他人に明け渡していた。
「とき」がじいさんと同じ人間だと悟り、得体のしれない恐怖に背筋がゾクリとする。
体を登ったその恐怖に我慢できず、思わず声を荒げてしまう。
なんでこんなふうに笑っていられるんだ、なんで?
「なんで怒鳴らないんだ、自分のもの取られて、腹空かせて、結婚はまだなんて言って」
「結婚できそうにないのは当然でしょう?おっとうと、しのだけじゃ、家は回らないわよ」
「それだけじゃねぇだろ!そんな理由だけで、人間、そんなふうになれない」
アタイは、こいつみたいにはできない。
できないのに、なんで眩しいと思うんだ?なんで?
「そりゃ、しのがいるから」
「とき」は、アタイを真っ直ぐ見て言う。
「他の家は妹や弟がいるのに、私にはいなかったから、しのが生まれた時、本当に嬉しくて嬉しくて」
アタイが生まれた時のことを思い出しているのか、笑っている。
「それだけかな、私が働けるのは」
言い終わると、機織りに向き直る。
それだけ。
アタイが生まれたから。
「それだけって・・・」
何も言えなかった。
こんな風に、自分が生まれたことを家族に喜んでもらった覚えがない。
だから、何を言ったらいいか、分からなかった。
同時に、喉の奥から熱いものが込み上げてくる。
やだ、こんなもの出したくない。
その何かを喉へ押し込もうと、唾を飲み込むと、急にグルグルグル・・・と、お腹が鳴った。
あれだけ夕飯を食べたのに、もう腹が減ったのか?!
これは子供の体だから、腹が減るのも大人より早いのか?!
お腹が鳴るなんて思っていなかったので、ビックリしてお腹を押さえてしまう。
「とき」にもそれが聞こえたのだろう、こちらを見て同じようにビックリしている。
思わず、二人とも顔を合わせて吹き出す。
「しのもっ・・・お腹空いてるんじゃない・・・っ」
夜中なので、二人揃って笑い声を抑えようとするが、どうしても漏れてしまう。
「よくわかんねぇよっ・・・たまたま起きただけなのに・・・っ」
お互い肩を震わせ、笑いを逃がす。
姉が目元を拭いながら、
「はぁ・・・今日はよく笑ったわ、こんなにいい日は滅多いないわね」
と言い、またニッコリと笑う。
アタイもつられて、姉に笑い返す。
・・・いいもんだな、誰かに笑い返すのは。
笑い終えると、姉は機織りを再開。
アタイは何だか名残惜しくなり、
「なぁ、見ててもいい?」
と、姉の袖を引っ張ってお願いする。
姉は頷き、自分が座っている長椅子の片方を空ける。
長椅子の空いた所に座り、機織りを覗く。
トントン、カラカラ、トントン、カラカラ
機織りの中は、経糸を何本も組み合わせてピンとなるように張っており、まるで糸の森のよう。
その森の中を、緯糸を巻き付けた「杼(ひ)」を通して糸同士を引っ掛け、布の一部にしていく。
そして、引っ掛けた糸が緩くならないよう、トントンと布になっている部分へ、通したばかりの糸を「筬(おさ)」という櫛のようなもので押し付ける。
それを、何百回、何千回と繰り返す・・・
なので、慣れた人がすると「杼(ひ)」は目にもとまらぬ速さで右へ、左へ行ったり来たりするのだ。
姉もこの作業に慣れているので、「杼(ひ)」がとんでもなく早い動きをしており、どんどん布ができていく。
「すげぇ、アタイは無理だ・・・」
「大丈夫よ、慣れれば簡単だもの、ほら、やってみる?」
「えー、できるかな」
助けを借りながら、ゆっくりゆっくり、緯糸を通していく。
実は、前世では機織りをしたことがないので、本当に初めてなんだ。
何度か緯糸を通しただけで、緊張して手に汗をかいてしまいベトベトに。
汗まみれの手で触ると、新品の布にシミができてしまうように感じてしまい、「杼(ひ)」を姉に返す。
「なんか緊張するから、返す」
「そういえば、しのにも機織りを教えなきゃね」
「やだよ、アタイは見てるだけでいいって」
「二人でやれば、もっと早く布が出来上がるわ、冬の間に練習しましょう」
「それなら雪かきしたほうが性に合ってる」
「雪で遊べるからでしょう?」
クスクスと笑いながら機織りをし、二人でこれからのことを話し合う。
緊張したけど、一定の動きで布が出来上がっていくのを見るのは面白い。
何より、姉とくっついているせいかあったかくて、いい気分だ。
これが「姉」なんだ、いいなぁ。
帰る時に言い合いになって気まずくなったことなんか、いつの間にかどこかに行ってしまった。
いきなり子供の体になって、知らない土地に放り出されてどうなることかと思っていたが、こんな姉がいるなら悪くない。
それに、この姉がいるなら儲けもんだ。
アタイをいい気分にさせた音を聞きながら機織りを見ていると、まぶたが下がってくる。
それが何だか心地よくて、自分の寝床に行くのが面倒になってしまった。
まぶたが完全に閉じた時、
「しの、寝ちゃったの?」
姉の声が聞こえたので、体を完全に預ける。
「もう、しょうがないわね」
ため息をつくと、姉はアタイの体を抱え、寝床まで運んで冷えないようにムシロを掛ける。
ああ、心地いい時間が終わってしまった。
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