強欲ババァから美少女になったけど、煩悩なんて消せません

豊倉麻南美

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4話

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我が家はどうなっているのかと思っていたが、想像通り、一般的な農民が住む板張りの茅葺屋根。
その近くに小さな川もある。
家で使う水は、いつもここから汲んでいるのだろう。
入口は障子戸、きちんと障子紙が貼られているが、開け閉めすると隙間ができる。
ということは、冬は風が入って寒さが厳しくなるが、庶民の家ではよくあること。
このくらいはまぁ、許せる。
どれどれ、家の中はどうなってるかな?
障子戸を開けて入ると、目の前には土間、右手には竈。
左手にはクワやスキ、桶やカゴなどの農作業用具や日用品が置かれている。
土間から上がると、真ん中に囲炉裏のある一番大きい部屋。
床は板張りで、年月が経っているせいか、しっとりと黒光りしている。
その古びた板に囲まれた囲炉裏は、赤あかと炎をたたえ、出た煙は高い高い天井に消えていく。
畳なんて高級なものはない、せいぜい申し訳程度に囲炉裏の周りに稲わらで作ったムシロを敷き、床の冷たさ、固さから逃れるくらいだ。
そのムシロの上に、「とき」によく似た顔をした中年男がいた。
アタイ等の「父」だ。

「二人ともおかえり、お湯を沸かしておいたよ」
「ありがとう、おっとう、しの、さっそくこの芋を洗ってきて」

「とき」はカゴから残った親芋を取り出しアタイに託すと、囲炉裏にかけていた鍋を竈にかけ、囲炉裏の火を拝借し火を起こす。

「とき、これも買って来たからさっそく使うといい」
「わ、煮干しだ!大きくていい出汁がでそう!」

煮干しや昆布も出回って庶民が出汁を使うこともできるようになっては来たが、それでも貴重で、毎日使えるものではない。
この家も例外ではなく、煮干しに触れたのは久々のようだ。
「とき」はさっそく煮干しの頭と腹を取り除き、身を割って湯の中に入れる。
その間、ザルの上にある野菜を切り始める。
アタイは、カゴに入った親芋と対峙していた。
・・・ここは言うこと聞かずに、芋洗いを放り出して、サボっても良いんじゃないか?
さっきのやりとりのモヤモヤが残り、大人しく「とき」の言うことを聞く気にはなれない。
そうだ、なんでアタイが芋洗いなんてしなきゃならないんだ。
だが、ここで波風を立てるともっと面倒になるし・・・。
ああもう!仕方ない。
ここで「とき」の機嫌を損ねると、飯にありつけなくなるかも。
それなら、大人しくしていた方が身のためだ。
地べたにあった桶に、親芋と縄でできたタワシを投げ入れ、近くの川へ向かう。
川の水は秋に入ってそこそこ冷たくなっていたが、水を汲んだ桶の中で洗うと、そこまでかじかむことはない。
また、掘り出したばかりだからかもしれないが、芋に付いた土は手で擦るだけでトロトロと水に溶け、あっさり洗い終わる。
桶の水を捨ててきれいな水で泥を流し、最後の仕上げに芋を軽く川で洗い、作業は終了。
家に戻って、「とき」に桶ごと芋を渡す。

「冷たかっただろ、こっちにあたれ」

今「とき」と顔を合わせたくなかったので、「父」の言葉に甘えて囲炉裏に近寄る。
手を囲炉裏の火にかざすと、じんわりと温められて、体がゆるゆるとほぐれていく感覚になっていった。
手を握ったり閉じたりして温かさを堪能していると、隣に座った「父」が、串刺しにした魚の干物を囲炉裏に刺して炙る。
これが行商土産の干物か、ずいぶんみみっちいな。
魚は大きいが、炙っているのは1匹だけ、一人ひとつではない所を見ると、3人で分け合って食べるらしい。
近くに川はあるが、村人全員の腹を満たすだけの魚は獲れないだろう。
行商土産や、時折村を訪れる物売りから買うことはあるが、手に入ることの方が珍しく、魚はごちそう扱い。
なので、今日の我が家の夕飯は、豪華ということだ。
農民の暮らしとしては当たり前の光景だが、育ち盛りの娘たちにとっては物足りないだろう。
こんな食事だけで、畑仕事ができるかよ。
やっぱり親芋をあげたのは失敗だった。
「とき」が竈で作っているのは、庶民の定番、雑炊だろう。
米は年貢として納めなきゃいけないから、滅多に食べることはできない。
普段は、田んぼの脇に植えているヒエやアワ、麦などをたっぷりの水で炊き、そこに菜っ葉や大根、カブ、マメを入れて煮る。
普段はこれに漬物を添えるが、今日は干物の魚と親芋も出すようだ。
さっき渡した親芋は、「とき」が手早く皮を剥き、適当な大きさに切って茹でていた。
一度茹でないとゴリゴリと固く、食えたもんじゃない。
茹で汁を捨てて、今度は出汁と醤油、酒を入れて煮る。
熱した醤油の良い匂いが漂ってくると、思わずつばを飲み込んでしまうのは、腹が減っている証拠。
こんな粗末な食事でも、体が食べたがっているのは、子どもの体だからだ。
前の体は老婆のせいか、腹と背中がくっつくほどの空腹を感じることはなかった。
この体が、今か今かと、飯を待っているのがわかる。
思うように体を動かせるし、節々が痛むことはないが、腹の主張が激しいのが玉にキズだな。
そうこうしているうちに、「とき」が竈にかけていた鍋の一つを囲炉裏にかける。
こっちの鍋は雑炊、麦や雑穀、野菜が煮込まれてトロトロだ。
竈にあるもう一つの鍋は、中身を大きな椀によそい、人数分の木の椀と一緒に囲炉裏の側に持ってくる。

「こっちはできたよ、魚はどう?」
「こっちも良い具合だ、さあ、食べようか」

「とき」が鍋から木の椀に雑炊を移し、「父」、アタイの順に寄越す。
「父」がアツアツの干物を囲炉裏から外し、

「しの、椀をこっちに」

と言うので、木の椀を「父」に差し出す。
「父」が、アツアツの干物の身を指でほぐしていくと、雑炊の上に小さなかけらの山がこんもりとできた。

「このくらいでいいか、いっぱい食べろよ」

残った干物の身は半分ほど、逆に言えば、アタイの取り分は半分しかないってことだ。
これっぽっちでいっぱい食えとはどういうことか?
まあ、腹が減って仕方ないから、食ってやるけどよ。
湯気の立った雑炊へ箸を入れ、一口すくう。

・・・うまい。

塩味だけだが、入れた煮干しと野菜の旨味が汁に溶け出している。
保存させるため、塩をたくさん擦り込んだ干物はしょっぱい。
けれど、小さいかけらと雑炊を合わせて口に入れると、ちょうどいい塩梅だ。
干物の山をちょっとずつ崩しながら、ハフハフと雑炊をすする。

「しの、うまいか?」

「父」がニコニコと笑いながら問うてくるので、首を縦に振って頷く。
口いっぱいに入れた雑炊が、こぼれそうになる。

「しの、これもお食べ」

親芋を半月に切って煮たものを、椀ごと「とき」が差し出す。
自分の木の椀に一つ、二つ取りかじる。
芋独特のホックリした食感がおいしい。
噛むと粘りが出て口の中でとろけて、いいおかずだ。
雑炊、芋、雑炊、芋、の順で口の中に入れ、味わい尽くす。
それを見た「とき」と「父」がクスクスと笑う。

「そんなにいっぱい口に入れて、よっぽどお腹が空いてたのね」
「いんや、ときの飯が上手いんだろうよ、ほれ、もっといるか?」

「とき」が残り少ない椀に雑炊を足し、「父」が椀に干物の身を入れてくれる。
頭の裏の身も取り尽くし、魚はすっかり骨だけになったが、

「それも食べたい!」

アタイは箸で骨だけの魚を指す。
「父」はニッと笑い、

「そうかそうか、ほれ」

と、アタイの椀に骨を突き刺す。
身がなくなっても、魚は頭がある。
ここをしゃぶると旨いんだ。
これくらい身もしょっぱいなら、頭をしゃぶるだけでもいいダシがでるはず。
頭をしゃぶりつつ雑炊をすすると、思った通り、まだまだいい味がする。
魚の目ん玉もチュウチュウすすると、「とき」が椀を差し出してきた。

「しの、これも全部お食べ」

親芋の煮たのが、残り四切れ。
そういえば、「とき」は芋を食べていない。

「いいのかよ、せっかく自分で育てたのに食べないなんて」
「だって、しのが美味しそうに食べるんだもの、私はそれを見てるだけでお腹いっぱい」

ニコニコとこちらを見る目、手には芋の入った椀。
アタイは椀を受取り、芋をかじる。
ちょっと冷めてきたけど、ねっとり具合がやっぱりおいしい。
いや、それだけじゃない。

誰かから食べ物を分けて貰ったことなんて、あったか?
爺さんと一緒になってからは、二人で分けることはあったが、「しの」と同じくらの子供の頃は?
兄弟姉妹はいなかったけど、親はいた。
でも、アタイに飯を食わせることはなかった。
アタイが腹を鳴らしている横で、悠々と飯を掻き込んでいたっけ。
時々、見るなと言われて蹴られたりもしたなぁ。
いっつもひもじくてひもじくて、つい鍋の残りを食べたりしてたけど、アタイの分の椀や箸はないから、手づかみで食べてた。
それを見られて、また蹴りが飛んでくる。
椀や箸の持ち方を覚えたのも、ようやくまともに食べられたのも、自分で稼ぎだしてからだったから、底意地の悪い奴にいじめられたりもしたっけ。

こんな風に、誰かから作ってもらった飯を分けてもらったり、旨いか?なんて聞かれることなんてなかった。
むしろ、今この状況が異常すぎて、どうすればいいのか分からず、ただ食べている。
そして、食べた飯が旨くて、もっとどうすればいいか分からない。
これが当たり前なのだろうか?
家族で一緒に飯を食い、旨いと言い、分け合うことが。
だとしたら、何て居心地が悪いのだろう。
だって、こんなの知らない。
知らないことは、居心地が悪い。
あの殺伐とした家しか知らないアタイにとって、この家はとてつもなく奇妙で、離れたくない所になってしまった。
椀の雑炊と芋はまだ残っている。
なんだか名残惜しくて、それらをゆっくり、ゆっくり噛んで食べた。
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