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始まり
旅立ち
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センターホーン大陸、ビストリア帝国にある世界最大の都市アラヴェスタ。
「ナポレオン様!お待ち下され、ナポレオン様!!」
「しつこいなー、アンタも!俺は軍に入らねぇって何度も言ってるだろ!」
「そこをなんとか考え直してはいただけないか?」
日も高く昇るお昼時、ある少年がビストリア帝国国王の使者に追いかけられていた。
この少年、武術に長けており、十八歳とは思えないほど豊富な知識を持ち、年齢より見た目は幼いが、その顔立ちは女たちの心を鷲掴みするほどに美しい。そして、何より人々の目を引くのは彼の深紅の髪と瞳。焔を思わせるその鮮やかな色は彼の美麗さを強調させる。
彼の名は、ナポレオン・ボナパルト。アラヴェスタに住む王族の四男坊であり、父は帝国の最高裁判長で国王の弟だ。それ故に国王じきじきに帝国軍に入団しないかと言われているのだ。しかし、ナポレオンはそれを断固として拒否している。それには彼相応の理由があった。
「嫌だ、俺は世界を見るために冒険して、勇者になるって決めてんだ!帰れ!」
それはナポレオンの幼い頃からの夢だった。
母が幼き日に買ってくれた絵本。勇者が魔物と戦い、色々な人と出会い、冒険する物語。その絵本の勇者を見て、彼は自分で世界を見て歩きたいと思うようになったのだ。
しかし、王家に生まれたために、礼儀作法のレッスンや勉学、武術・魔術・魔法の鍛錬など、王族として最低限身につけなければならないものに自分の時間をほとんど取られ、自由がなかった。だから、ナポレオンは成人となる十八歳になったら家を出ると決めていたのだ。それを国王に何度も伝えているはずなのだが、三日に一回はこうして使いを寄越す。恐らく国王が寄越しているのではないとナポレオンも勘づいている。今日も追いかけられているのだが、今日が出立の日なので、いつもと違って荷物を持って逃げているので捕まってしまった。
「ナポレオン様、それは何度もお聞きした。だが、勇者なんて王族がなるものではない。ましてや貴方のように優秀なお方が…」
「親父と同じこと言うんだな、アンタも」
ナポレオンは呆れた目で使いの者を見て言った。結局はこの人も王族はこうだと言うのか、とため息をついた。
ナポレオンと父・カルロは今は不仲だが、昔はとても仲が良かった。ナポレオンも勇者になるという夢を父に楽しそうに話し、カルロも幼い彼の夢を応援してくれていた。
しかし、ナポレオンが十歳を過ぎてからは彼に厳しく接し始めた。カルロはナポレオンにも兄たち同様、国王に仕える裁判官や軍隊の騎士になってほしいと考えていたのだ。そう父に言われ、ナポレオンは驚愕した。
『ち、父上……?どうして急にそんなことを言うんだ?俺が勇者になる夢を応援してくれてたんじゃ……』
『ナポレオン、親や兄弟であっても目上の人には敬語だと教えたはずだ。あと、勇者になるなんて夢は捨てろ。いい加減王子としての自覚を持て』
『で、でも父上……、俺は勇者に……』
『王族が勇者になれる訳がないだろう』
カルロにそう告げられた日、ナポレオンは呆然とした。大好きな父に裏切られた、そう思った。その日以来、ナポレオンはカルロに対して反抗的な態度をとっている。それも軍の入団を断っている理由の一つだ。
ナポレオンはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「まあ、いいや。俺の返事が変わる訳じゃねぇし。で、帰る気になった?」
「…………言いたくはないが、お父上から伝言を預かっている」
「やっぱりあのクソ親父の使者か。……聞きたくないけど、アンタはそれを伝えるのが仕事だもんな。聞いてやる」
ナポレオンは呆れながら、使者にどうぞと手を差し伸べた。いくらなんでも、使者に対してこんななめ腐った態度をとるところ、王族にはいない自由な性格は幼い頃からである。使者はため息を一つついてから口を開いた。
「『いい加減にしろ、この馬鹿息子!お前は王族であり、国王に使える騎士になるのが運命だ。勇者などという夢をさっさと捨てろ!私を困らせるな!!』だそうだ」
「あー、予想通りだな。じゃあ、使者くん、伝言頼める?」
「では、私がその伝言を預かろう」
ナポレオンが伝言の内容を使者に伝えようとした時、後ろから聞き覚えのある声が降ってきた。瞬間、前にいる使者が膝をついて頭を垂れた。まさかと思い、ぱっと後ろを振り向くと、そこには白い愛馬に跨り、赤と金をベースにした豪勢な身なりに王冠を付けた四十代前後の男性がいた。
「…………ルイ十四世国王陛下、何故貴方がここに?」
突然の国王の登場にナポレオンは動揺を隠せず、笑顔を引き攣らせている。そんな彼をよそにルイ十四世は朗らかに笑った。
「はっはっはっ!なーに、久しぶりに私自ら赴き、君を勧誘しようと思ってな!」
「は、はぁ……」
「だが!」と急に声を低くしてナポレオンをまっすぐ見つめて微笑んだ。
「無駄足だったようだ」
ナポレオンはルイの言葉に一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべ、膝をついた。
「感謝致します、陛下」
「よいのだ、顔を上げたまえ。さて、ナポレオン、我が弟への伝言とやらを聞こうではないか」
「いえ、陛下にそんなことさせる訳にはいきません」
「いいから言ってみろ。いつ聞いても君たち親子のやり取りは面白い!一度でいいから私がカルロに君の伝言を伝えてみたくてな!はっはっはっ!」
ルイはそう言うと、周りの従者たちはあわあわと慌てて彼を止めている。陛下本人は周りになんと言われようが全く気にせず話を進めるつもりでいるので、無意味なのだが。そんな陛下を前にして、ナポレオンはクスッと笑う。
「では、陛下。父に『晴れて成人になりましたので、夢を叶えるべく国を出ます。今までありがとうございました。追伸、絶対に勇者になって帰ってきてやるから、待ってろクソ親父!!』とお伝え下さい」
ルイは少し驚いた顔をして、ナポレオンに問う。
「もうアラヴェスタを出るのか?」
「はい、陛下も存じている通り、もう決めていましたから。母や兄、弟達にはもう伝えてあります」
「そうか。一人で行くのか?」
「いえ、一人、今日ここで待ち合わせしていて…。もうそろそろ来ると思うんですが……ん?」
その時、空で何かが光った気がした。と思った直後、ドカーンっとナポレオンたちの真横になにか落ちてきた。
「いっててててて。着地失敗したぁ」
そこには腰の辺りまで長く伸びた銀髪に、深緑色のロングコートに茶色のズボン、薄茶色の鞄を腰に巻いた細目の青年がいた。立ち上がって服に付いた砂やゴミを払った。ナポレオンは彼を見て、呼んだ。
「レオン?」
「あ、なっくん。やっほー」
「お前、その呼び方どうにかしてくれよ。恥ずかしいだろ。てか、何で空から降ってくるんだよ?」
「えー、だって、なっくんはなっくんだし。あー、それは転送か飛行かで迷ってたらいつの間にかグリフォン描いてて実体化してた、てへっ」
レオンと呼ばれたその青年は頭をコツンと自分で軽く叩いて笑った。ナポレオンは勿論、国王とその従者たちも呆れた顔で青年を見つめた。茫然としながらも国王がこの青年は誰かと尋ねるので、ナポレオンは答えた。
「彼は画家、レオナルド・ダ・ヴィンチですよ」
「れ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、だと!?本物なのか!?」
「え、ええ…」
何をそんなに驚くことがあるのかと言いたげなナポレオンにルイはすぐさま答える。
「『絵画の魔術師』レオナルド・ダ・ヴィンチは魔法の筆を持ち、高度な魔術を使うというではないか。しかも、描く絵は大変美麗で、依頼が殺到するものの、それを一切受けず、住んでいる夢幻の森からはほとんど出ないと聞いたぞ」
ナポレオンからしたら、叔父が言ったことに驚きだ。「いや、この人しょっちゅう俺の部屋に来てますけど」とは言えず、誤魔化すように笑った。
レオナルド・ダ・ヴィンチ、二十一歳。『絵画の魔術師』という異名を持つ、天才画家である。ビストリア帝国の端にある夢幻の森に住んでおり、彼の姿を見た者はほとんどいないという。ただ、男性であるということしか知らないという人が大半なのだから、ルイ十四世の反応に無理もない。
そして噂通り、世間知らずで引きこもりのレオンなので、ルイを見て、一言言った。
「おじさん、誰?」
国王陛下とその従者は唖然とし、ナポレオンは慌ててレオンの頭を掴んでぐっと下げ、自分も頭を下げて謝罪した。
「ば、馬鹿、レオン!ルイ十四世国王陛下だ!申し訳ございません陛下!ほら頭下げろ!」
すると、突然ルイは声をあげて笑った。
「ふっはっはっはっ!よい、気にするな。世間知らずなところは噂通りだな、ダ・ヴィンチよ」
「あー、陛下。依頼する気なら受けないよ」
「な!?陛下の御前でそのような言葉遣いとは無礼であるぞ!!」
レオンの発言に従者が慌てて注意するが、陛下がすぐに止める。
「よい、気にしていない。依頼する気はないぞ」
「そう、それならよかった。じゃあ、なっくん、行こうか」
「あ、ああ」
レオンすげぇ、と思いながら、ナポレオンは陛下に一礼した。
「では、陛下。行って参ります」
「ああ、気を付けて行くのだぞ」
ルイ十四世は少し悲しげな目でナポレオンの背中を見送った。それに気付いた従者の一人が彼に尋ねた。
「彼を行かせてよろしかったのですか?」
「ふっ、あやつのことは本当に小さな頃から知っている。止めても無駄だということもわかっているからな。さて、帰るぞ」
そう従者に伝えて、ルイはナポレオンと語った日を鮮明に思い出していた。
ナポレオンが三つの時だ。まだ礼儀作法や言葉遣いが分からずにいた頃、ナポレオンはよく彼の元に一人隠れて訪れていた。そして、ナポレオンは楽しそうに叔父に言うのだ。
『ルイおじさん!おれね、おおきくなったらゆーしゃになる!ぼうけんをいーっぱいするんだ!ちちうえもなれるっていってくれたんだ!』
『そうかそうか!じゃあ、私もそんな可愛い甥の夢を応援するぞ!』
『ほんと!?』
『ああ、本当だとも。誰もお前の夢を応援しなくても私は応援してやる』
『えへへー、じゃあ、りっぱなゆーしゃになるね!』
そして、十歳になったナポレオンは父に裏切られたと目に涙を浮かべて自分の元へやってきた。
『父上は結局、俺の夢なんて応援してなかったみたいなんだ…。勇者になるなんて、夢物語だって』
『カルロの考えは王家に忠実だ。それは確かに正しいかもしれない』
『叔父上も父上と同じことをおっしゃるのか?』
悲しげな顔で自分を見つめるナポレオンの頭を優しく撫でた。
『私は違う。前に言っただろう。誰もお前の夢を応援しなくても私は応援してやると。その言葉に嘘はない』
『叔父上………ありがとう』
『気にするな。ほら!しゃきっとしろ、お前は勇者になる男だろ?』
『…………はい!』
甥との日々はルイにとって幸せなものだった。だが、自分はナポレオンの夢を応援しているのだから、彼が帝国を出ていく日は必ず来ることは分かっていた。
嬉しさもあり、寂しさもある。しかし、それでもこれは、この思いだけは変わらない。
清々しいほど綺麗な青空に向かってルイ十四世は誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「頑張れよ、ナポレオン」
「ナポレオン様!お待ち下され、ナポレオン様!!」
「しつこいなー、アンタも!俺は軍に入らねぇって何度も言ってるだろ!」
「そこをなんとか考え直してはいただけないか?」
日も高く昇るお昼時、ある少年がビストリア帝国国王の使者に追いかけられていた。
この少年、武術に長けており、十八歳とは思えないほど豊富な知識を持ち、年齢より見た目は幼いが、その顔立ちは女たちの心を鷲掴みするほどに美しい。そして、何より人々の目を引くのは彼の深紅の髪と瞳。焔を思わせるその鮮やかな色は彼の美麗さを強調させる。
彼の名は、ナポレオン・ボナパルト。アラヴェスタに住む王族の四男坊であり、父は帝国の最高裁判長で国王の弟だ。それ故に国王じきじきに帝国軍に入団しないかと言われているのだ。しかし、ナポレオンはそれを断固として拒否している。それには彼相応の理由があった。
「嫌だ、俺は世界を見るために冒険して、勇者になるって決めてんだ!帰れ!」
それはナポレオンの幼い頃からの夢だった。
母が幼き日に買ってくれた絵本。勇者が魔物と戦い、色々な人と出会い、冒険する物語。その絵本の勇者を見て、彼は自分で世界を見て歩きたいと思うようになったのだ。
しかし、王家に生まれたために、礼儀作法のレッスンや勉学、武術・魔術・魔法の鍛錬など、王族として最低限身につけなければならないものに自分の時間をほとんど取られ、自由がなかった。だから、ナポレオンは成人となる十八歳になったら家を出ると決めていたのだ。それを国王に何度も伝えているはずなのだが、三日に一回はこうして使いを寄越す。恐らく国王が寄越しているのではないとナポレオンも勘づいている。今日も追いかけられているのだが、今日が出立の日なので、いつもと違って荷物を持って逃げているので捕まってしまった。
「ナポレオン様、それは何度もお聞きした。だが、勇者なんて王族がなるものではない。ましてや貴方のように優秀なお方が…」
「親父と同じこと言うんだな、アンタも」
ナポレオンは呆れた目で使いの者を見て言った。結局はこの人も王族はこうだと言うのか、とため息をついた。
ナポレオンと父・カルロは今は不仲だが、昔はとても仲が良かった。ナポレオンも勇者になるという夢を父に楽しそうに話し、カルロも幼い彼の夢を応援してくれていた。
しかし、ナポレオンが十歳を過ぎてからは彼に厳しく接し始めた。カルロはナポレオンにも兄たち同様、国王に仕える裁判官や軍隊の騎士になってほしいと考えていたのだ。そう父に言われ、ナポレオンは驚愕した。
『ち、父上……?どうして急にそんなことを言うんだ?俺が勇者になる夢を応援してくれてたんじゃ……』
『ナポレオン、親や兄弟であっても目上の人には敬語だと教えたはずだ。あと、勇者になるなんて夢は捨てろ。いい加減王子としての自覚を持て』
『で、でも父上……、俺は勇者に……』
『王族が勇者になれる訳がないだろう』
カルロにそう告げられた日、ナポレオンは呆然とした。大好きな父に裏切られた、そう思った。その日以来、ナポレオンはカルロに対して反抗的な態度をとっている。それも軍の入団を断っている理由の一つだ。
ナポレオンはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「まあ、いいや。俺の返事が変わる訳じゃねぇし。で、帰る気になった?」
「…………言いたくはないが、お父上から伝言を預かっている」
「やっぱりあのクソ親父の使者か。……聞きたくないけど、アンタはそれを伝えるのが仕事だもんな。聞いてやる」
ナポレオンは呆れながら、使者にどうぞと手を差し伸べた。いくらなんでも、使者に対してこんななめ腐った態度をとるところ、王族にはいない自由な性格は幼い頃からである。使者はため息を一つついてから口を開いた。
「『いい加減にしろ、この馬鹿息子!お前は王族であり、国王に使える騎士になるのが運命だ。勇者などという夢をさっさと捨てろ!私を困らせるな!!』だそうだ」
「あー、予想通りだな。じゃあ、使者くん、伝言頼める?」
「では、私がその伝言を預かろう」
ナポレオンが伝言の内容を使者に伝えようとした時、後ろから聞き覚えのある声が降ってきた。瞬間、前にいる使者が膝をついて頭を垂れた。まさかと思い、ぱっと後ろを振り向くと、そこには白い愛馬に跨り、赤と金をベースにした豪勢な身なりに王冠を付けた四十代前後の男性がいた。
「…………ルイ十四世国王陛下、何故貴方がここに?」
突然の国王の登場にナポレオンは動揺を隠せず、笑顔を引き攣らせている。そんな彼をよそにルイ十四世は朗らかに笑った。
「はっはっはっ!なーに、久しぶりに私自ら赴き、君を勧誘しようと思ってな!」
「は、はぁ……」
「だが!」と急に声を低くしてナポレオンをまっすぐ見つめて微笑んだ。
「無駄足だったようだ」
ナポレオンはルイの言葉に一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべ、膝をついた。
「感謝致します、陛下」
「よいのだ、顔を上げたまえ。さて、ナポレオン、我が弟への伝言とやらを聞こうではないか」
「いえ、陛下にそんなことさせる訳にはいきません」
「いいから言ってみろ。いつ聞いても君たち親子のやり取りは面白い!一度でいいから私がカルロに君の伝言を伝えてみたくてな!はっはっはっ!」
ルイはそう言うと、周りの従者たちはあわあわと慌てて彼を止めている。陛下本人は周りになんと言われようが全く気にせず話を進めるつもりでいるので、無意味なのだが。そんな陛下を前にして、ナポレオンはクスッと笑う。
「では、陛下。父に『晴れて成人になりましたので、夢を叶えるべく国を出ます。今までありがとうございました。追伸、絶対に勇者になって帰ってきてやるから、待ってろクソ親父!!』とお伝え下さい」
ルイは少し驚いた顔をして、ナポレオンに問う。
「もうアラヴェスタを出るのか?」
「はい、陛下も存じている通り、もう決めていましたから。母や兄、弟達にはもう伝えてあります」
「そうか。一人で行くのか?」
「いえ、一人、今日ここで待ち合わせしていて…。もうそろそろ来ると思うんですが……ん?」
その時、空で何かが光った気がした。と思った直後、ドカーンっとナポレオンたちの真横になにか落ちてきた。
「いっててててて。着地失敗したぁ」
そこには腰の辺りまで長く伸びた銀髪に、深緑色のロングコートに茶色のズボン、薄茶色の鞄を腰に巻いた細目の青年がいた。立ち上がって服に付いた砂やゴミを払った。ナポレオンは彼を見て、呼んだ。
「レオン?」
「あ、なっくん。やっほー」
「お前、その呼び方どうにかしてくれよ。恥ずかしいだろ。てか、何で空から降ってくるんだよ?」
「えー、だって、なっくんはなっくんだし。あー、それは転送か飛行かで迷ってたらいつの間にかグリフォン描いてて実体化してた、てへっ」
レオンと呼ばれたその青年は頭をコツンと自分で軽く叩いて笑った。ナポレオンは勿論、国王とその従者たちも呆れた顔で青年を見つめた。茫然としながらも国王がこの青年は誰かと尋ねるので、ナポレオンは答えた。
「彼は画家、レオナルド・ダ・ヴィンチですよ」
「れ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、だと!?本物なのか!?」
「え、ええ…」
何をそんなに驚くことがあるのかと言いたげなナポレオンにルイはすぐさま答える。
「『絵画の魔術師』レオナルド・ダ・ヴィンチは魔法の筆を持ち、高度な魔術を使うというではないか。しかも、描く絵は大変美麗で、依頼が殺到するものの、それを一切受けず、住んでいる夢幻の森からはほとんど出ないと聞いたぞ」
ナポレオンからしたら、叔父が言ったことに驚きだ。「いや、この人しょっちゅう俺の部屋に来てますけど」とは言えず、誤魔化すように笑った。
レオナルド・ダ・ヴィンチ、二十一歳。『絵画の魔術師』という異名を持つ、天才画家である。ビストリア帝国の端にある夢幻の森に住んでおり、彼の姿を見た者はほとんどいないという。ただ、男性であるということしか知らないという人が大半なのだから、ルイ十四世の反応に無理もない。
そして噂通り、世間知らずで引きこもりのレオンなので、ルイを見て、一言言った。
「おじさん、誰?」
国王陛下とその従者は唖然とし、ナポレオンは慌ててレオンの頭を掴んでぐっと下げ、自分も頭を下げて謝罪した。
「ば、馬鹿、レオン!ルイ十四世国王陛下だ!申し訳ございません陛下!ほら頭下げろ!」
すると、突然ルイは声をあげて笑った。
「ふっはっはっはっ!よい、気にするな。世間知らずなところは噂通りだな、ダ・ヴィンチよ」
「あー、陛下。依頼する気なら受けないよ」
「な!?陛下の御前でそのような言葉遣いとは無礼であるぞ!!」
レオンの発言に従者が慌てて注意するが、陛下がすぐに止める。
「よい、気にしていない。依頼する気はないぞ」
「そう、それならよかった。じゃあ、なっくん、行こうか」
「あ、ああ」
レオンすげぇ、と思いながら、ナポレオンは陛下に一礼した。
「では、陛下。行って参ります」
「ああ、気を付けて行くのだぞ」
ルイ十四世は少し悲しげな目でナポレオンの背中を見送った。それに気付いた従者の一人が彼に尋ねた。
「彼を行かせてよろしかったのですか?」
「ふっ、あやつのことは本当に小さな頃から知っている。止めても無駄だということもわかっているからな。さて、帰るぞ」
そう従者に伝えて、ルイはナポレオンと語った日を鮮明に思い出していた。
ナポレオンが三つの時だ。まだ礼儀作法や言葉遣いが分からずにいた頃、ナポレオンはよく彼の元に一人隠れて訪れていた。そして、ナポレオンは楽しそうに叔父に言うのだ。
『ルイおじさん!おれね、おおきくなったらゆーしゃになる!ぼうけんをいーっぱいするんだ!ちちうえもなれるっていってくれたんだ!』
『そうかそうか!じゃあ、私もそんな可愛い甥の夢を応援するぞ!』
『ほんと!?』
『ああ、本当だとも。誰もお前の夢を応援しなくても私は応援してやる』
『えへへー、じゃあ、りっぱなゆーしゃになるね!』
そして、十歳になったナポレオンは父に裏切られたと目に涙を浮かべて自分の元へやってきた。
『父上は結局、俺の夢なんて応援してなかったみたいなんだ…。勇者になるなんて、夢物語だって』
『カルロの考えは王家に忠実だ。それは確かに正しいかもしれない』
『叔父上も父上と同じことをおっしゃるのか?』
悲しげな顔で自分を見つめるナポレオンの頭を優しく撫でた。
『私は違う。前に言っただろう。誰もお前の夢を応援しなくても私は応援してやると。その言葉に嘘はない』
『叔父上………ありがとう』
『気にするな。ほら!しゃきっとしろ、お前は勇者になる男だろ?』
『…………はい!』
甥との日々はルイにとって幸せなものだった。だが、自分はナポレオンの夢を応援しているのだから、彼が帝国を出ていく日は必ず来ることは分かっていた。
嬉しさもあり、寂しさもある。しかし、それでもこれは、この思いだけは変わらない。
清々しいほど綺麗な青空に向かってルイ十四世は誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
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