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38.17回目の誕生日
しおりを挟むノーガスに着いたのは、夕暮れ時だった。
とても大きな町で、人や馬車も多い。
道幅は荷馬車や幌馬車が通りやすいようにかなり整備されている。
この町は貿易港なので外国の船も昼夜を問わず来るらしい。
とても大きな灯台は観光名所にもなっているとナインが教えてくれた。
倉庫へ積み荷を預け、護衛達とはそこで別れる。
彼らは倉庫の近くの宿屋に泊まり、交代で見張りをするそうだ。
ジルコとは結構親しくなったようで、握手を交わしていた。
エリアーナたちもその場でヴェイント氏に挨拶をして離れようする。
「命を救っていただいたお礼が何もできていないので、ぜひ私の定宿へ招待させてください!」
そう、ヴェイント氏に引き留められてしまう。
ジルコに聞くと、特に宿の当てはないそうなので、お言葉に甘えた。
馬車でたどり着いた先は、坂の上にある白い壁が美しい上品な高級宿だった。
案内された客室からは海が一望できる。
街の灯りや灯台がよく見えた。
とてもきれいな夜景なのに、感動がいまいちなのは隣に誰もいないから。
気を使ってくれたのか、ジルコと部屋を別々に取ってくれたのだ。
(夜景、一緒に見たかったな……)
肘をつき、ボーッと海を眺めた。
ヴェイント氏から宿のレストランへジルコと二人招待されているので、支度をしなくてはいけない。
でも、なかなかやる気がでなかった。
「……アンタ、その恰好でいいのか?」
求めていた声が聞こえ、そちらを向く。
隣の部屋のバルコニーにジルコがいた。
「な、なんと!?」
正装姿だ。
そこまでかしこまったものではないが、軽装しか見たことがないので破壊力は抜群だった。
さすが商人ともいうべきか、ヴェイント氏が用意してくれた装いは測ったかのようにジルコにぴったりだ。
はっきり言って直視すると変な声が出そうになる。
エリアーナ用の着替え一式もクローゼットにあった。
今のジルコの隣に立つには、武装が必要だ。
「い、急いで着替えてきます!」
脱兎のごとく、部屋の中に入る。
用意してあったのは水色のエンパイアドレスと靴だった。
これならコルセットなしで着られるので一人で問題なく用意できるだろう。
ドレスによく合いそうな髪飾りやアクセサリーまである。
「この世界って本当、便利だよね……。 化粧がシュッシュで済むんだもん」
ドレスと一緒に置いてあったのは、まるで香水の瓶のようにかわいらしい形の『化粧瓶』だ。
シュッと顔に吹きかかれば、うっすら化粧された自分が鏡に映る。
この化粧瓶は明るいブラウンのアイシャドーと優しい色合いのコーラルピンクのリップのようだ。
吹き付ける回数で化粧の濃さが変わる。
今日は夜のお呼ばれなのでもう少し色づいていていいだろう。
ベースや眉、アイライン、マスカラ、チークも完備のこの『化粧瓶』は感動を覚える。
前世でも化粧はほとんどしたことがないので、この魔導具は本当にありがたい。
しかも、ウォータープルーフなのだ。
落とすときはお湯で落とせばいいという、たぶんこの世界の女性なら誰しも使っている魔導具だろう。
―― コンコンッ
部屋の扉がノックされた。
おそらくジルコが迎えに来てくれたのだろう。
姿見で最終確認をする。
(髪、メイク、ドレス、アクセサリー、靴、問題なし!)
ゆっくりと扉を開けた。
そこには麗し過ぎる生き物がいた。
やはり直視すると、胸の奥がそわそわする。
落ち着かない。
それはジルコも同じのようだ。
こちらを見て少し驚いた顔をしている。
「ちゃんと着替えました。 この恰好なら、ジルコさんと一緒にいても変じゃないですよね」
照れ隠しに笑いながら見れば、彼は口元を手で隠して目を逸らされた。
初めての反応に、嬉しくなってしまう。
「もしかして、ちょっとかわいいとか思っちゃいました?」
「……うるせぇ。ほら、行くぞ」
からかったら眉間にしわが寄ってしまった。
でも頬がまだうっすら赤いので全然怖くない。
「ヘヘ、ごめんなさい。 エスコートよろしくお願いします」
ジルコの腕に手を添える。
今日はヒールを履いているので、ジルコとの身長差が少し縮まった。
それでもまだジルコの方が全然大きい。
レストランに着くと、すでにヴェイント氏とナインがいた。
ナインは従者服ではなく、濃いブラウンのドレスを着ている。
贈った相手はその隣の茶髪の青年だろう。
うっとりした顔をナインへ向けている。
たしかに、今日のナインはとても綺麗だ。
アップにした髪から見えるうなじが色っぽい。
「このたびはご招待に感謝いたします。 着るものまで用意して頂いて、ありがたい限りです」
「いえ、エリアーナ様には二度も命を救っていただいたのですから、当然のことですよ」
ヴェイント氏と挨拶を交わし、その後は4人で和やかに食事を楽しんだ。
ノーガスは魚介類だけでなく、異国の食材も取り入れた初めて食べる味の料理が多い。
どれもおいしかったのだが、ドレスアップしているということもあり、いつもより食べる量は少なかった。
「正式にお付き合いすることになったんですか! おめでとうございます」
食後のデザートを食べているとき、ヴェイント氏とナインから報告があった。
どうやらいつの間にか二人は付き合っていたようだ。
「ありがとうございます。 さきほど、ご当主からの飛紙で許可を頂けました」
旅の途中、ヴェイント氏とナインは飛紙で随所と連絡を取り合っていた。
飛紙は高価なので、一般人は使用しないが、彼らからしたら些細な出費なのだろう。
「父は昔からナインを気に入っていたからね。 許可なんていらないって言ったのに、ナインがちゃんとしたいって聞かなくて。 まぁ、そういう頑固なところも、かわいいけどね」
二人の間には甘い雰囲気が漂っている。
食事も終わったし、これ以上ここにいても邪魔になってしまうのでお暇することにした。
「エリアーナ様、このたびは本当に
ありがとうございました。
あなたに助けていただいたご恩は
絶対に忘れません。
もし今後何かお困りなことがあったら
ヴェイント商会は全力でお力になりますので
いつでもこの飛紙を飛ばしてください」
そう言って未記入の飛紙をくれた。
ヴェイント商会の紋が入っており、宛先には『ライアン・ヴェイント』と書いてある。
使う機会があるかはわからないが、受け取ることにした。
ジルコとともに部屋へ戻ろうとしたら、部屋の前にワゴンが置いてあった。
冷えたワインとクローシュがしてある軽食が載っているようだ。
『お誕生日おめでとうございます。 ささやかではございますが、私からの贈り物です。 どうぞお二人でお召し上がりください』
添えられたナインからの手紙を読んで、今日が自分の誕生日だと思い出す。
本当にすっかり忘れていた。
ナインには以前鑑定魔法を使われたので、その時誕生日も知られたのだろう。
「え、アンタ今日誕生日なのか」
「はい、そうでした!今日で17歳みたいです。 せっかくですし、私の部屋で一緒に頂きましょう」
部屋の扉を開けワゴンを入れる。
何やら小声でぶつぶつ言っているジルコは、ついてくる気配がない。
「え、もしかして私警戒されてます? 別に何もしないですよ! 第一、いつも一緒の部屋で寝泊まりしてるじゃないですか。 取って食べたりしませんて」
ヒールを脱いで髪飾りやアクセサリーも外す。
それだけで大分肩の力が抜けた。
本当はドレスも着替えたかったが、さすがにジルコの目の前で着替えるのはやめる。
「あのな、俺は……。 はぁ、意識したこっちがアホだった。 アンタはどんな格好でもアンタだな」
そう言って中に入ってきた。
上着を脱いだり、ボタンを外したりして楽な恰好をしている。
まくった袖から見える腕の筋肉が、とてもいい。
初めて飲むお酒の、いいつまみになりそうだ。
「せっかく夜景がきれいなお部屋なんだし、バルコニーで飲みましょう!」
広めのバルコニーへワゴンを持って行く。
クローシュを取ると、生ハムが載ったメロンや、ナッツ、チーズがあった。
グラスにワインを注ぐ。
シュワシュワと気泡が立っているので、スパークリングワインなのかもしれない。
グラスを一つジルコに渡した。
「では、初の護衛依頼の達成と、私の17回目の誕生日を祝って!」
グラス同士が小さな音を奏でた。
口にワインを含む。
さわやかな白ブドウの香りとほのかな甘み、シュワシュワとしたわずかな刺激、それと少しの苦み。
よく冷えているので、のどを通り過ぎるときもさらっとしている。
(これは……やばい!)
気づいたらグラスのワインを一気に飲んでいた。
とてもおいしかったからだ。
「たしかに口当たりもいいし飲みやすいけど、一気飲みはやめとけ。 あとから酔うぞ」
呆れ笑いをしながらワインを傾けるジルコは着崩したシャツのせいか、大人に見えた。
2歳しか変わらないのに、この余裕はどこからくるのか知りたくなる。
「はい!2杯目からはゆっくり飲みます。 こんな素敵な時間、早く終わったらもったいないですし」
生ハムメロンをつまむ。
なぜメロンにハムを載せるのか疑問だったが、食べると甘さとしょっぱさがとてもいい。
そして、ワインに合う。
気づいたら2杯目のワインも飲み干していた。
これは、危険だ。
ジルコはその様子をおかしそうに見ている。
「アンタ、言ってることとやってることが合ってないぞ」
そう言って笑うジルコに生ハムメロンを差し出す。
一目見て、素直にフォークを口に入れてくれた。
もぐもぐと味わったあと、すぐにワインを呷る。
「フッフッフッ……。私の気持ち、わかるでしょ?」
そう意地悪気に言ったのだが、ジルコはクスリと笑い二人のグラスにワインを注いだ。
夜景、ジルコ、ワイン。
最高の誕生日プレゼントをくれたナインに心から感謝した。
(高級な宿だけあって、やっぱ夜景最高にきれいだな)
夜も更け、空に星が輝いたからか、さっき一人で見た時よりも心が動く。
隣を見れば、同じように遠くを眺めるジルコが。
その顔は真剣だ。
「アンタは、食い意地張ってて、アホで、お人好しで、筋肉筋肉ウルセー中身おっさんだし、ビビりなんだか度胸あるんだかわからんポンコツだ」
そんな真面目な顔でボロクソ言われると普通にへこむ。
しょげそうになるのをワインを飲んでごまかした。
「だけど、嘘はつかねーし、人に頼ろうとせず自分で立とうと全力で頑張ってる」
遠くを見ていた目がこちらを向いた。
温かな外灯の光を映す深緑の瞳は、少し揺れている。
「俺を……奴隷になっちまって何の価値もない俺を『仲間』だと、本気で言うような奇特なやつだ」
ジルコの声は小さく掠れていた。
でも、自分のことをちゃんと伝えようとしてくれている。
迷いながら、考えながら、言う言葉を選んでいるのがわかった。
「俺は、アンタに、いや……エリアーナに、聞いてほしいことがある」
ジルコの目を見て、ゆっくり頷く。
彼は大きく息を吐き、自分の過去を話し始めた。
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