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29.正体を知る人が現れました

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 もくもくと上がる湯気。
 大判なチャーシュー。
 味が染みていそうな卵。
 澄み渡る茶色いスープ。
 それに沈む中華麺。

(これぞ、ラーメン!!)

 目の前の光景に目を輝かせながら、箸をつけた。
 先週早食いしすぎてあまり味わえなかったラーメン屋へもう一度やってきたのだった。
 やはり、ここのラーメンはおいしい。
 あっさり系なのに、深みのあるスープが素晴らしい!
 それが絡んだ麺も程よいかたさで、縮れ具合もちょうどいい。
 チャーシューも柔らかく、卵は口に入れた瞬間黄身がとろりと広がった。

(おいしい……。ラーメン、愛してる!)

 無言で堪能した。
 カウンター席の隣から、視線を感じる。

「……ラーメンのびますよ。
 食べないならそのチャーシューください!」

 ジルコがおかしそうにこちらを見ていた。
 手元の丼にはまだラーメンが残っている。
 チャーシュー麺を頼んだようなので、エリアーナのラーメンよりチャーシューが多い。
 いらないなら、ぜひもらい受けよう。

「やるか。ほら、餃子やるから我慢しろ」

 そう言って、餃子の皿を真ん中に置いてくれた。
 遠慮なくいただく。

「うまい!うますぎる!
 肉汁じゅわっと、皮はぱりっ!
 店員さん!餃子をもう一皿ください!」
 
 追加の注文を済ませ、ふと周囲を見た。
 かねの日のラーメン屋は、食事しつつビールを楽しむ人々が多く見受けられた。
 ここのラーメン屋の餃子は人気らしく、皆つまみに頼んでいる。
 
「そういえば、ジルコさんはお酒飲まないんですか?」

 ジルコはよく食べるが、酒を飲んでいる姿を見たことはなかった。
 でも夜の回復師院の手伝いを酒場で待つこともあると言っていたので、全く飲めないというわけではないはずだ。

「別に飲めないわけじゃないが、俺は食べることの方が主だな。
 酒があると、よりうまく感じるメシもある。
 それに、アンタが飲まないのに俺一人で酒飲んでもな」

 この国の飲酒は特に年齢制限がない。
 12歳から冒険者ギルドに登録もできるし、結婚は15歳から可能だ。
 前世の日本と比べると『子ども』でいられるのが短い。
 自由もあるが責任も伴う世界なのだ。

「私、経験ないんですよね。
 家を出る前は忙しすぎてそんな時間なかったし……。
 ジルコさん、私初めてなので色々教えてくださいね!」

 ラーメン屋の店内が静まり返る。
 ジルコは隣でのどに餃子をつまらせたのかむせていた。
 急いで水を差し出すとすごい勢いで飲み干した。

「……アンタ、もう少し考えて物を言え」

「えっ、初めてお酒飲むのに付き合ってもらうときに言う
 決まった台詞があるんですか?
 勉強不足ですみません……」

 そんなものがあるとは、市井のマナーは深い。
 詫びつつ、ジルコの餃子をさらにもらうのだった。

「そうじゃねーよ。
 そうじゃないけどよ……
 いや、なに自然に俺の餃子食べ尽くしてんだよ」

「いいじゃないですか!おいしいんですもん。
 追加でくる餃子、1個あげますから。
 ピリピリしないで、ピリコさん」

「だれがピリコじゃ。半分よこせよ」
 
 そんな掛け合いをする二人。
 見た目が神々しいのに会話が残念なので、周囲は温かい目で見て見ぬふりをするのだった。
 

 翌々日、回復師院の手伝いの最後の日。
 今日でエリアーナがくるのは最終日と告知してあったので、回復師院は大混雑だった。
 ハーン先生と二人掛かりで患者をさばき、大幅に昼を過ぎたが何とか休憩を取る。

「ハーン先生、お昼食べたらすぐ戻ってきますね!」

「いや、気にせずゆっくりしておいで。
 本当は手伝いのお礼に何かごちそうしてあげたいんだけど
 いつ患者さんがくるかわからないからね。
 ……最後まで、何もしてあげられなくてごめんね」
 
 ハーン先生は眉を下げ、すまなそうにこちらを見ている。
 顔色は出会った時と比べたらマシだが、それでもまだ健康そうとは言えなかった。
 まえの刻、かなりの患者数をこなしたくれたのだ。
 自分の方こそ魔力回復薬を摂って少しでも休んでほしい。

「いいえ、本当にお気になさらずに!
 私が勝手に押しかけて
 勝手にお手伝いしただけです。
 おかげで貴重な経験ができました。
 ……短い間でしたが、お世話になりました。
 って、まだのちの刻も患者さん診るんですけどね!
 ハーン先生も、回復薬飲んで少しお休みください」
 
 回復師院から出て、おいしいお昼ごはんを求め歩き出した。
 グラメンツにいられるのももう少しなので、名物料理を食べてもいいかもしれない。
 シラディクス山では1年に渡り、おいしいキノコが採れるそうだ。
 そのキノコを使った料理を堪能できる食堂の場所をハーン先生に教えてもらったので、今日はそこへ行こう。

(黄金スマホの地図で店名検索すればでるかな……)

 道の端でギラめくスマホを操作した。
 ここなら人通りの邪魔にはならないだろう。

「すみません。もしや最近、ハーン回復師院で
 お伝いをされているリア様では?」

 声を掛けられ前を向くと、見知らぬ青年が立っていた。
 身なりがかなり整っていて、後ろには従者らしき者もいる。
 こんな庶民街を歩いているので貴族ではないかもしれないが、裕福な人なのだろう。

「はい。確かにそれは私だと思いますが……。
 院にいらした方ではないですよね?」

「えぇ。回復師院のお世話になったことはありません。
 でも、この町であなたに救っていただいたことがあるのです」

 こんな身なりの人が回復師院にくることは絶対にありえない。
 言い方は悪いが『回復師院=神殿に行く金もない』と見なされる。
 裕福な人間や貴族が行ったとしたら、周囲から嘲笑の対象になるのだ。
 それ以外この町で回復魔法を使った場所……。

(グラメンツにある神殿、ってこと?)

 確かに一度、この町の神殿に大やけどを負った人を治すため来たことがあった。
 その時のことだとしたら、目の前の人物はエリアーナの正体をわかっているのかもしれない。
 しかし、彼はエリアーナの顔を見たわけではない。
 寝るときと風呂以外、どこでもベールを被っていたのだ。
 認めなければ、逃れるのも難しくないだろう。

「私、ハーン回復師院以外ではこちらの町で
 回復魔法を使ったことはありません。
 ……おそらく、どなたかと
 勘違いされているのではないでしょうか。
 すみません。
 お昼を食べたらすぐ院へ戻らなければ
 なりませんので、これで失礼しますね」

 一歩踏み出すと、そこにはいつの間にか魔法陣が描かれていたようで青い光が昇った。
 身構えるが体に異変はない。
 攻撃や状態異常を起こす魔法陣ではないようだ。
 
「氏名、エリアーナ。夏の一月ひとつき生まれ、16歳。
 加護、水の女神。魔力量は約8000。
 使用可能魔法は――」

 青年の後ろにいた従者がエリアーナの情報を話し続ける。
 呆気に取られて動けない。
 よく考えれば、足元にあるのが鑑定の魔法陣だとわかるのだが、焦りにより冷静に考えられなかった。

「やはり、あなたは聖女エリアーナだったのですね……」

 青年に近づかれ、手を取られた。
 見かけよりも素早い。

「大神殿を離れたと聞き、ずっとお探ししておりました。
 私はライアン・ヴェイントと申します。
 父の代理で訪れたこの町で、大変優秀な若い女性が
 回復師院の手伝いをしていると聞いたときから
 きっとあなたに違いないと思ったのです!」

 ギュウギュウと握られた手が少し痛い。
 そして、距離が近い。
 気持ち体がのけ反ってしまう。

「大火事で全身見るに堪えない私を
 あなたは痕一つ残さず救ってくれた。
 あの時、あまりの痛みで眠ることもできず苦しむ私は
 あなたの清らかな青い魔力に包まれ
 痛みから解放されるのを感じました。
 あなたの姿は、まるで女神のようだった……」
 
 青年はキラキラした目でどこか遠くを見ている。
 エリアーナもこの現状をどうしたらいいかわからず、遠くを見た。
 
「この国はおかしい。
 あなたのような素晴らしい方を追い出すなんて……。
 ぜひ、私の国へいらしてください!
 私の家は、そこで商売を営んでおります。
 いくつもの国の王侯貴族と取引があり
 自国では貴族ですら、我が家に手を出すことはありません。
 ……どうか、あなたを私の手で
 お守りさせてはいただけませんか?」

 エリアーナを守りたいなら、まずは手を守ってほしい。
 握られすぎて指先がうっ血し始めた。

「ヴェイントさん、私は回復魔法が使えるだけの
 ただの人間です。
 神でも、その使いでもありません。
 あなたを治したのも、聖女としての務めであり
 何も特別なことはしていないのです。
 それに、私は神殿や家から放逐された身です。
 あなたの力をお借りていい身分ではありません。
 今は、仲間とともに冒険者をしております。
 といっても、まだ駆け出しですが……。
 もう間もなくこの町も去る予定です。
 私は自力で生きていけるよう、励んでおります。
 苦労もありますが、その日々がとても充実しているのです。
 なので、どうか私のことはお忘れください。
 もう『聖女エリアーナ』はどこにもおりません」
 
 軽めに身体強化をかけどうにか手を外すと、足早に立ち去った。
 何だか指先がピリピリする。
 あとで回復魔法をかけることにしよう。

(お昼ごはん食べる時間なくなっちゃうよー!もうパンでもお弁当でもいいから買って院に戻ろう)

 去っていく姿をライアン・ヴェイントがいつまでも見つめていた。
 何やら従者に命じている。
 エリアーナは昼食のことで頭がいっぱいで、その様子に気づくことはなかった……。





 
 
 
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