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20.朝のグラメンツを歩きます

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 エリアーナは今感動していた。
 風呂上り、夜空を眺めながら、腰に手を当ててよく冷えた牛乳を飲んでいる。
 もちろん、浴衣姿だ。

「プハーッ!たまらん!」

 この町に来てからまだ1日も経っていない。
 しかし、すでにエリアーナはこの町グラメンツがかなり気に入っているのだった。
 
 
 ジルコがとってくれた宿は、温泉街ではなく冒険者街にあった。
 1階が食堂で、2階と3階が宿屋となっており、風呂なしだから安いそうだ。
 すぐ近くに共同浴場があり、そこを利用すればいいので特に問題はなかった。
 嬉しいことに、宿の女主人がユカタの収集が趣味らしく、一部を貸し出していたのだ。
 そして、共同浴場の入り口横には、何と瓶入り牛乳の自販機があった。
 正式には機械ではなく魔導具なのだが、どこからどう見ても前世でおなじみ『自動販売機』だ。
 建物や浴衣、それにこの自販機。
 この町を作り上げた転生者の気概を感じる。
 
 自販機に白銅貨を入れ、牛乳を一つ買った。
 普通の牛乳のほかに、イチゴ、コーヒー、フルーツまであったのだ。
 これはもう日替わりで飲むしかない。
 異世界の瓶入り牛乳はさらっとしていて、風呂上りにちょうどいい飲みやすさだった。

「アンタは一体、ここへ何しに来たんだ……。
 いくら何でも満喫しすぎだろ」

 自販機の隣にある長椅子へ座るジルコは、白けた目でこちらを見てくる。
 その手にはしっかり牛乳瓶が握られていた。

「ジルコさんだって、風呂上がりの牛乳
 堪能してるじゃないですか!」

「いや、風呂上りに牛乳売ってんの見かけて
 買わないやつなんていないだろ。
 だからこれは、いいんだ」
 
 屁理屈にごまかされた気がするが、それよりも今は重大なことがある。
 ジルコはいつもと変わらぬ見た目だったのだ。
 内心、美青年エルフの湯上り浴衣姿を期待していたので少し残念だった。

「……ジルコさんは浴衣借りなかったんですか?」

「借りるわけないだろ。
 俺は観光しにここグラメンツへ来たわけじゃないしな」

 そう言われてしまうと、自分がすごく悪いことをしているように感じる。
 決して遊び気分というわけではなく、ただ少し浮かれてしまったのだ。
 素直に反省した。

「面目ない……。
 でも、浴衣かわいくないですか?」

 ジルコに浴衣を見せるため、両手を広げ胸を張る。
 こちらを向いたと思ったら、すぐに視線を外された。

「……寝るときはそれで寝るなよ」

 そう言うとジルコは宿へ帰っていった。
 夜だからよく見えなかったが、彼のとがり耳が色付いていた気がする。
 どうしてだろうと思い、自分の浴衣を見た。
 適当に着すぎたからか、胸元が緩んで谷間が披露されているではないか。

「いや、痴女じゃん!何見せつけてんの、私!」

 すぐに浴衣を直し、ジルコのあとを追う。
 部屋に戻り謝罪をするが、何だか気恥ずかしい空間となってしまい、その晩はいつもより早く就寝したのだった。
 
 
 翌朝。
 ありがたいことに朝からやっている1階の食堂で朝食を食べる。
 冒険者の朝は早いため、それに合わせて朝から営業している店がこの辺り冒険者街は多いそうだ。

 食べ終え、外に出る。
 外の通りはすでに冒険者や坑夫のような恰好をした人々で賑わっていた。

 『シラディクスさん

 それはこの町のどこからでも見える、あの火山のことだ。
 冒険者街は町の中でも、より火山へ近い位置にある。
 彼らは昨日通った門ではなく、山側の門をこれから潜るのだろう。

「シラディクス山て、たしかダンジョン内で
 火属性の魔法石が採掘できるんですよね。
 武器や防具への加工もこの町でやっているんですか?」

 ジルコの持つ片手剣の柄頭にある緑の魔法石を見ながら聞いた。
 エメラルドのように透き通っていて綺麗だ。

「いや、あの山は魔法石は採れるが金属は採れない。
 だから武器や防具への加工はしていないはずだ。
 たしか、火魔法の補助や強化ができる
 装飾品アクセサリーは作っていたと思うぞ。
 ま、俺は風魔法しか使えないから
 売ってる店に行ったことはないがな」

 火魔法は魔力操作を間違うと、大惨事が起きやすい。
 なので、火魔法使いは精密な魔力操作が求められる。
 その補助をしてもらえるなら、火魔法使いにとってグラメンツのアクセサリーはとてもありがたいのかもしれない。

「火魔法使いの知り合いがいたら
 ぜひお土産に買いたいところですね!」

「……アンタ土産を買う相手がいたのか?」

 そんな分かり切ったことを聞かないで欲しい。
 天涯孤独の身なのを改めて思い知らされる。

「いませんけどね!えぇ!
 そんなお方、私には一人もおりませんけどね!
 ただの世間話ですよ。一般論です!」

 言っていて余計に悲しくなった。
 何だか朝からしょげそうだ。

「ま、俺にもいないけどな。
 ……ほら、行くぞ」

 頭にポンポンと温かいものが触れた。
 歩き出したジルコの背中が見える。

(今のは……ジルコさんの、手かな)

 そう気づくと、少し恥ずかしくて、でもとても嬉しかった。
 彼なりに気遣ってくれたのかもしれない。
 
「はい!はやく冒険者証作りに行きましょう!」

 少し走って、ジルコを追いかけた。
 それに気づき、こちらを振り向いてくれた。
 彼の後ろではなく、隣を歩く。
 足取りはとても軽かった。




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