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19話
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太陽の光が日増しに赤く照り輝く7月になり、仕事の都合でソフィアがパリに戻った。アンナはジャンダと孫たちの世話をするため、7月末までには日本でいるつもりだ。冬空と風馬は元気ですくすく成長している。
7月20日、日曜日、冬心は夏休みに入り、テオと祖母、知加子と東京に向かう。ジャンは大学院のセミナー参加のために、同行できない。ジャンと冬心は8月17日に日本の星空神社で結婚式を挙げる予約をしておいた。ジャンはセミナーを終わらせて、8月10日に来日する予定だ。8月に日本で簡潔に和装で結婚式を挙げて、12月にはパリで2日間の大規模の結婚式を挙げる予定だ。
春馬はスミレと仲良くなって、スミレが頻繁に家へ遊びに来るようになった。7月に入り、マスコミの騒ぎも落ち着いてきたので、春馬はスミレと一緒に毎夜、バーやクラブで遊びまっくた。スミレはベータ性で、7歳頃、父の赴任でアメリカのニューヨークに渡り、18歳に帰国した帰国子女だ。今は、19歳で、東京国際文化大学の芸術学部の演劇学科1年生だ。
村上スミレは18歳で、有名な雑誌のモデルオーディションに合格して芸能界に入り、まだ新人で、芸能界で生き残りたいという抱負もなく、興味半分の遊び心で入ったから、青臭いだ。
春馬は170センチ、50キロ、可愛い顔のスミレがモデル界では有りがちなガールだから、初めは大層心惹かれなかったけれど、セックスも上手いし、話も面白くて、恋愛観に於いても拘束しない自由奔放主義なので、気に入った。
二人は頻繁にセックスを楽しんで、チャラついた。春馬はセックス後はいつもジャンダ教授を思い出す。これまで、数多くの人々とセックスを楽しんできたが、ジャンダ教授を超える相手はいなかった。ジャンダ教授の影を消したくて、春馬は煙草を吸い始めた。
冬心がテオを抱いて、祖母、知加子と羽田空港についたら、大勢のファンと記者が待っていた。大騒ぎの中、テオが泣ぎ出したので、警備員たちのエスコートで慌てて望月編集長が待っている駐車場に行く。未だに、冬心を応援してくれるファンは多かった。
ユーチューブにて、出産を知らせた冬心に大勢のファンは祝福してくれた。灼熱する東京は眩しい太陽が元気よく、微笑んでいる。
冬心は8月17日の結婚式に向けて、招待状を友達や知人に送った。また、星空神社の専用ブライダルショップで白無垢を試着して、心を躍らせる。
ジャンは冬心とテオが東京に行って、とても寂しい日々をセミナーの勉強で専念しながら、堪えていた。毎日、冬心とのビデオ通話を楽しみながら、早く8月10日がきますようにと祈る。自分にそっくりなテオをみると不思議な思いが馳せられて、幸せいっぱいなジャンはセミナーで一生懸命に勉強する。
8月8日、金曜日の夜、ジャンはセミナー終了のお祝いに、仲間たちと一緒にマレ地区のナイトクラブに行った。若者で溢れ出すクラブで、ビールを飲みながら、ダンスを楽しんで夜12時過ぎにクラブを出る。仲間たちはまだクラブで残っていて、ジャンは一人で先に出た。
金曜日の夜から土曜日に移ったばかりだから、街は人々で賑わっている。サンポール駅に向かって、夜道をふらふらと歩くジャンンは明日は冬心とテオに会えるんだと思いながら、足取りが弾んでいた。
ずっと冬心とテオを思いながら、酒に酔って、ふらふらと歩くジャンは向うから複数の若者が近寄って来るのを、気づかなかった。若者たちとすれ違う時、やっと男たちに気づいて横に避けようとした途端、鋭いナイフが横腹を深く刺す。予期せぬ、突然のできことで、ジャンは悲鳴すら出せず、どっさりと倒れ込んだ。男たちは速足で直ぐにいなくなった。
8月9日、土曜日の未明、1時前に、ジャンの母、エリザベートは煩わしく鳴り響くスマホを取った途端、顔色が青白くなる。
パリマレ地区総合病院の救急センターについたエリザベート、クロード、リリは入り口の案内人にジャン・ロレンスを探すと訊き、1階の奥の緊急手術室に案内された。夜明けなのに、院内では人々で混んでいる。少し落ち着いているジャンの父、クロードが通り過ぎる看護師にジャンのことを訊く。すると、看護師が緊急装置担当の医師を連れて来てくれた。
ジャンの緊急装置を行った医師は深夜、12時15分頃、マレ地区のクラブ街で通報があり、右の横腹を深く刺されたジャンを救急車で運んできたと言う。出血性ショックを起こし意識がなく、臓器破裂があって緊急手術をしている状況だとも言いつける。医師は有名人のリリとクロードとエリザベートを見ては、とても気の毒でこれ以上、説明は出来ずお辞儀をして去って行った。
未明、3時をまわった時、緊急手術室の扉が開き、若い男性の医師が出てきて、クロードとリリとエリザベートの前に苦しい顔で立つ。嫌な予感がしたエリザベートは思わず、涙を零す。
「ロレンスさんのご家族ですね。大変申し訳ありませんが、ロレンスさんは脾動脈瘤破裂と胃破裂で臓器摘除の手術を受けましたが、出血が止まらず、再び、0型輸血を行いましたが、なかなか出血を止めませんでした。いろいろと手を回しましたが、大量出血による心不全のため、2時47分に死亡しました。中に入って、ご確認をお願いいたします」
リリとエリザベートは崩れ落ちて泣き出し、クロードは無言のまま緊急手術室に入る。ジャンが長くて鋭い刃物で刺された時は、意識があって現状を把握していた。何者かに刺されて、死ぬ間際に人生の走馬灯を見た。特に、冬心との短い人生は楽しかったと思いを巡らす瞬間に、意識を失った。22歳のジャン・ロレンスは無念のまま愛する冬心とテオを再び見ることなく、あの世に旅立った。
8月9日、朝10時頃、冬心はテオにおっぱいを飲ませながら、祖母、知加子と結婚式のことで話を弾んでいる。その時、スマホが鳴り、画面でジャンの父、クロードの名前が表示された。冬心は不穏な胸騒ぎを感じながら、電話をもらう。隣で見ていた祖母、知加子は冬心がフランス語で泣き喚きながら喋るのを見て、胸が苦しくなった。冬心は電話を切った後も、何も言えずに、ただただ哀哭する。
ジャンの死はフランスのニュースで大きく報道され、波紋を起こした。政府は安全だと認識してきたマレ地区の治安対策を改善することを決めた。警視庁は犯人の特定がまだ進んでいないから、全力を尽くすと言った。
11日、東京から急いで戻った冬心とテオと祖母、知加子と大勢の参列者が悲しむ中、ペール・ラシェーズ墓地で葬式を終えて、火葬されたジャンの遺灰はブルターニュの海に撒かれた。ジャンが生前、俺が死んだら、ブルターニュの海で眠りたいと言ったことをエリザベートは覚えていた。3年前、ジャンとエリザベートが死の真実という映画を一緒に見た時に、ジャンが言ったからだ。
この世が終わるような喪失感に苦しんでるリリ、エリザベート、エミリは冬心を気兼ねして、涙は見せず、平静を装った。冬心はよく泣き出してぐずるテオの世話で、もう涙は流せない。
ジャンダ教授は冬心からのラインメッセージでジャンの死を知った。あんなに元気で幸せで、将来有望なジャンが死んだなんて信じられなくて、悲痛に苦しんだ。
ジャンの葬式は日本のニュースでも報じられ、葬式に参加している冬心とテオがテレビに映った。京香とハワイから戻ってきた天命はテレビの中の冬心を見て、胸が痛む。もう、これからは幸せに生きると信じでいたのに、不運なできことが残酷過ぎると思う。
春馬は愛子からの連絡でジャンの死を知った。人生は予想できぬ出来事の連続だと切実に思われた春馬は冬心に電話をかける。でも、何回かけても貰わないから、労りのメッセージを残した。
愛子も樹里も春馬も17日の結婚式を楽しみにしていたのに、不遇過ぎる出来事で、気も狂わんばかりの悲しみを感じた。
この世でジャンがいなくなっても、世界は毎朝を迎えて動いている。悲しみ程、幸せが訪れてくると信じでいた冬心は耐えがたいほどの孤独感に藻掻いている。
ジャンの死は春馬に警鐘を鳴らす強烈な衝撃を与えた。これを機に、春馬は自分の人生をじっくり見直してみた。このままじゃダメだと、時間が勿体ないと悟った春馬は酒を、煙草を、夜遊びを止める。春馬はその夜、母、桂子に大学を退学すること、アイスホッケーを止めること、小児外科医を目指して、受験勉強をしたいことを話す。桂子はニュースでみた冬心の悲しい出来事が春馬には追い風になったと安堵し、受験をサポートすると言う。
春馬は小さい頃、母のボランティア活動に同行して、小児病棟のイベントによく参加した。その時、難病と闘う自分と同じ年齢くらいの子供たちが辛い境遇でも母が準備したプレゼントを貰って明るく笑う姿を見て、心を打たれた。自分が大きくなったら、その子供たちの笑顔を守ってあげる立派な大人になりたいと誓ったのだ。
悲しみに暮れた8月が静かに退いて、秋の色調を見せ始めるウルウルの9月になり、祖母、知加子は悲しみを抱えたまま、東京に帰った。お別れの時、祖母、知加子は冬心を優しく抱きついた。
「冬心、一人じゃないから、テオのためにも、頑張るんだよ。いつもお祈りするよ」
「おばあさん、ありがとう。頑張るから、心配しないでね。身体ばり、気をつけてください」
二人は暫く抱き付いたまま、お互いを励まし合った。
2学期の授業が始まり、テオを校内の保育所に預けて、冬心は大学を通う。
冬心とジャンの家族はそれぞれジャンを失った喪失感を押し込んで、日常生活を頑張っている。リリは大学の教壇に立って、クロードは新しい映画の音楽のプロデュースをして、エリザベートは絵画の創作をして、エミリは新聞社の文化部で走り回り、冬心は育児と学業で目が回るほど忙しい日々を送っている。
春馬は毎日、トレーニングルームで運動し、医学部入試専門の家庭教師と一緒に勉強を励んでいる。スミレは娯楽番組の出演で注目を浴び、レギュラー出演になった。その勢いにのって、テレビのCMも出て猛活躍だ。二人は前よりは減ったものの、月に3,4回は会って、セックスを楽しんでる。
齋藤教授(ジャンダ教授)は9月から大学の授業に出た。冬空と風馬を保育所に預けて、いつも綺麗に保っている研究室に入る。助教、きららが笑顔で挨拶してくれて、気持ちもいい。冬心のことは本当に気の毒で、いくら慰めても至らない悲しみで、重苦しい。齋藤教授は冬心に長文の手紙と山形県産のサクランボを国際特別郵便で送った。
時間は変哲もなく過ぎてゆき、11月になった。パリ警視庁は8月9日に起きたマレ地区のジャン・ロレンスの通り魔殺人事件の手がかりすら掴めなくて、捜査が難航していた。事件当日、マレ地区のクラブ街では多くの人々で賑わっていたにも拘わらず、主な目撃者が見つからないまま犯人が特定されない状況だ。ジャンが血を流して倒れているのを発見した人は多いものの、犯人を見たという人は一人もいなかった。
パリ警視庁はジャンが有名な作家、椿冬心のフィアンセだという着点でも捜査を進めている。二人の恋に嫉妬したファンの仕業の可能性も汲んで多方面で捜査を頑張っている。
11月25日、火曜日、冬心は生後6か月になったテオを連れて、ブルターニュの海を見に行った。今日は、ジャンの23回目の誕生日だからだ。 サンマロ海岸で遊覧船に乗って、クルージングを楽しみながらジャンを偲ぶ。広々とした深いエメラルド色の海でジャンを全身で嗅いで感じて、魂で話し合った。ジャンと同じの錆利休色の瞳と光悦茶色の髪のテオがニコニコしながら、母の顔を見つめる。
旧市街のサンマロホテルに戻った冬心はテオを連れて、ホテルのレストランに行き、ガレットとサーモンサラダを注文する。冬心のファンだと挨拶に来たシェフがテオには離乳食として、特別に白身魚と豆腐のリゾットを作ってくれた。世界で注目されたジャンの殺人事件で、人々は冬心を可哀そうだと思っている。
親切なウェイターとシェフのお陰で夕食を美味しく食べ終えて、部屋に戻った冬心はテオと風呂に入った後、テオを寝かせた。スヤスヤ寝てるテオを見ながら、冬心の頬にふと涙が伝う。ジャンの優しい笑顔が、低い落ち着いた声が冬心を優しく包み込む。
翌日、朝7時頃、テオが泣き出したので、起き上がった冬心はテオのオムツを交換して、おっぱいを飲ませる。その時、スマホが鳴り貰ったら、望月編集長だった。
「こんにちは。あらーあちらはおはようですかね。ブルターニュの海は堪能できましたか?いま、電話大丈夫ですか?」
「おはようございます。はい、大丈夫です。海は凄く美しかったです」
冬心の明るく澄んだ声を聞いて、安心した望月編集長は昨日、日本で発売された新作3冊に関して、話始める。”心の童謡”、”魂の夢心地”、”パラレル宇宙のシンパシー”が昨日出版された途端、飛ぶように売れていって、各々の書店が長蛇の列で混雑し、一日ですぐ完売されて、重版を決めたそうだ。
エネルギッシュな望月編集長はジャンダ教授に会うために、先週の日曜日、山形県の最上町に行ったことと、ジャンダ教授も、冬空も、風馬も皆、元気で楽しく過ごしていることと、12月1日にジャンダ教授の新作の児童書”猫のポールの冒険”が発売されることも伝えた。二人はテオがぐずり出すまでに、暫く話し合った。
パリ行きの高速列車に乗った冬心はテオと一緒に、大きな窓に映る静かな冬景色を見ている。テオがフワフワな手を冬心の頬に添えて、ハッキリと言い出す。
「ママママ。。。ママ。。。パパ。。。パパパパ。。。スキ」
笑顔で喋るテオは小さな手で冬心の顔を撫でながら、抱きついてくる。
「ママもテオ、愛してるよ。パパもテオ、愛してるよ。パパは天の国でいつも見ているからね」
冬心は胸いっぱい込み上げる切ない想いをグッと飲み下して、テオをギュッと抱きしめる。
7月20日、日曜日、冬心は夏休みに入り、テオと祖母、知加子と東京に向かう。ジャンは大学院のセミナー参加のために、同行できない。ジャンと冬心は8月17日に日本の星空神社で結婚式を挙げる予約をしておいた。ジャンはセミナーを終わらせて、8月10日に来日する予定だ。8月に日本で簡潔に和装で結婚式を挙げて、12月にはパリで2日間の大規模の結婚式を挙げる予定だ。
春馬はスミレと仲良くなって、スミレが頻繁に家へ遊びに来るようになった。7月に入り、マスコミの騒ぎも落ち着いてきたので、春馬はスミレと一緒に毎夜、バーやクラブで遊びまっくた。スミレはベータ性で、7歳頃、父の赴任でアメリカのニューヨークに渡り、18歳に帰国した帰国子女だ。今は、19歳で、東京国際文化大学の芸術学部の演劇学科1年生だ。
村上スミレは18歳で、有名な雑誌のモデルオーディションに合格して芸能界に入り、まだ新人で、芸能界で生き残りたいという抱負もなく、興味半分の遊び心で入ったから、青臭いだ。
春馬は170センチ、50キロ、可愛い顔のスミレがモデル界では有りがちなガールだから、初めは大層心惹かれなかったけれど、セックスも上手いし、話も面白くて、恋愛観に於いても拘束しない自由奔放主義なので、気に入った。
二人は頻繁にセックスを楽しんで、チャラついた。春馬はセックス後はいつもジャンダ教授を思い出す。これまで、数多くの人々とセックスを楽しんできたが、ジャンダ教授を超える相手はいなかった。ジャンダ教授の影を消したくて、春馬は煙草を吸い始めた。
冬心がテオを抱いて、祖母、知加子と羽田空港についたら、大勢のファンと記者が待っていた。大騒ぎの中、テオが泣ぎ出したので、警備員たちのエスコートで慌てて望月編集長が待っている駐車場に行く。未だに、冬心を応援してくれるファンは多かった。
ユーチューブにて、出産を知らせた冬心に大勢のファンは祝福してくれた。灼熱する東京は眩しい太陽が元気よく、微笑んでいる。
冬心は8月17日の結婚式に向けて、招待状を友達や知人に送った。また、星空神社の専用ブライダルショップで白無垢を試着して、心を躍らせる。
ジャンは冬心とテオが東京に行って、とても寂しい日々をセミナーの勉強で専念しながら、堪えていた。毎日、冬心とのビデオ通話を楽しみながら、早く8月10日がきますようにと祈る。自分にそっくりなテオをみると不思議な思いが馳せられて、幸せいっぱいなジャンはセミナーで一生懸命に勉強する。
8月8日、金曜日の夜、ジャンはセミナー終了のお祝いに、仲間たちと一緒にマレ地区のナイトクラブに行った。若者で溢れ出すクラブで、ビールを飲みながら、ダンスを楽しんで夜12時過ぎにクラブを出る。仲間たちはまだクラブで残っていて、ジャンは一人で先に出た。
金曜日の夜から土曜日に移ったばかりだから、街は人々で賑わっている。サンポール駅に向かって、夜道をふらふらと歩くジャンンは明日は冬心とテオに会えるんだと思いながら、足取りが弾んでいた。
ずっと冬心とテオを思いながら、酒に酔って、ふらふらと歩くジャンは向うから複数の若者が近寄って来るのを、気づかなかった。若者たちとすれ違う時、やっと男たちに気づいて横に避けようとした途端、鋭いナイフが横腹を深く刺す。予期せぬ、突然のできことで、ジャンは悲鳴すら出せず、どっさりと倒れ込んだ。男たちは速足で直ぐにいなくなった。
8月9日、土曜日の未明、1時前に、ジャンの母、エリザベートは煩わしく鳴り響くスマホを取った途端、顔色が青白くなる。
パリマレ地区総合病院の救急センターについたエリザベート、クロード、リリは入り口の案内人にジャン・ロレンスを探すと訊き、1階の奥の緊急手術室に案内された。夜明けなのに、院内では人々で混んでいる。少し落ち着いているジャンの父、クロードが通り過ぎる看護師にジャンのことを訊く。すると、看護師が緊急装置担当の医師を連れて来てくれた。
ジャンの緊急装置を行った医師は深夜、12時15分頃、マレ地区のクラブ街で通報があり、右の横腹を深く刺されたジャンを救急車で運んできたと言う。出血性ショックを起こし意識がなく、臓器破裂があって緊急手術をしている状況だとも言いつける。医師は有名人のリリとクロードとエリザベートを見ては、とても気の毒でこれ以上、説明は出来ずお辞儀をして去って行った。
未明、3時をまわった時、緊急手術室の扉が開き、若い男性の医師が出てきて、クロードとリリとエリザベートの前に苦しい顔で立つ。嫌な予感がしたエリザベートは思わず、涙を零す。
「ロレンスさんのご家族ですね。大変申し訳ありませんが、ロレンスさんは脾動脈瘤破裂と胃破裂で臓器摘除の手術を受けましたが、出血が止まらず、再び、0型輸血を行いましたが、なかなか出血を止めませんでした。いろいろと手を回しましたが、大量出血による心不全のため、2時47分に死亡しました。中に入って、ご確認をお願いいたします」
リリとエリザベートは崩れ落ちて泣き出し、クロードは無言のまま緊急手術室に入る。ジャンが長くて鋭い刃物で刺された時は、意識があって現状を把握していた。何者かに刺されて、死ぬ間際に人生の走馬灯を見た。特に、冬心との短い人生は楽しかったと思いを巡らす瞬間に、意識を失った。22歳のジャン・ロレンスは無念のまま愛する冬心とテオを再び見ることなく、あの世に旅立った。
8月9日、朝10時頃、冬心はテオにおっぱいを飲ませながら、祖母、知加子と結婚式のことで話を弾んでいる。その時、スマホが鳴り、画面でジャンの父、クロードの名前が表示された。冬心は不穏な胸騒ぎを感じながら、電話をもらう。隣で見ていた祖母、知加子は冬心がフランス語で泣き喚きながら喋るのを見て、胸が苦しくなった。冬心は電話を切った後も、何も言えずに、ただただ哀哭する。
ジャンの死はフランスのニュースで大きく報道され、波紋を起こした。政府は安全だと認識してきたマレ地区の治安対策を改善することを決めた。警視庁は犯人の特定がまだ進んでいないから、全力を尽くすと言った。
11日、東京から急いで戻った冬心とテオと祖母、知加子と大勢の参列者が悲しむ中、ペール・ラシェーズ墓地で葬式を終えて、火葬されたジャンの遺灰はブルターニュの海に撒かれた。ジャンが生前、俺が死んだら、ブルターニュの海で眠りたいと言ったことをエリザベートは覚えていた。3年前、ジャンとエリザベートが死の真実という映画を一緒に見た時に、ジャンが言ったからだ。
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ジャンの葬式は日本のニュースでも報じられ、葬式に参加している冬心とテオがテレビに映った。京香とハワイから戻ってきた天命はテレビの中の冬心を見て、胸が痛む。もう、これからは幸せに生きると信じでいたのに、不運なできことが残酷過ぎると思う。
春馬は愛子からの連絡でジャンの死を知った。人生は予想できぬ出来事の連続だと切実に思われた春馬は冬心に電話をかける。でも、何回かけても貰わないから、労りのメッセージを残した。
愛子も樹里も春馬も17日の結婚式を楽しみにしていたのに、不遇過ぎる出来事で、気も狂わんばかりの悲しみを感じた。
この世でジャンがいなくなっても、世界は毎朝を迎えて動いている。悲しみ程、幸せが訪れてくると信じでいた冬心は耐えがたいほどの孤独感に藻掻いている。
ジャンの死は春馬に警鐘を鳴らす強烈な衝撃を与えた。これを機に、春馬は自分の人生をじっくり見直してみた。このままじゃダメだと、時間が勿体ないと悟った春馬は酒を、煙草を、夜遊びを止める。春馬はその夜、母、桂子に大学を退学すること、アイスホッケーを止めること、小児外科医を目指して、受験勉強をしたいことを話す。桂子はニュースでみた冬心の悲しい出来事が春馬には追い風になったと安堵し、受験をサポートすると言う。
春馬は小さい頃、母のボランティア活動に同行して、小児病棟のイベントによく参加した。その時、難病と闘う自分と同じ年齢くらいの子供たちが辛い境遇でも母が準備したプレゼントを貰って明るく笑う姿を見て、心を打たれた。自分が大きくなったら、その子供たちの笑顔を守ってあげる立派な大人になりたいと誓ったのだ。
悲しみに暮れた8月が静かに退いて、秋の色調を見せ始めるウルウルの9月になり、祖母、知加子は悲しみを抱えたまま、東京に帰った。お別れの時、祖母、知加子は冬心を優しく抱きついた。
「冬心、一人じゃないから、テオのためにも、頑張るんだよ。いつもお祈りするよ」
「おばあさん、ありがとう。頑張るから、心配しないでね。身体ばり、気をつけてください」
二人は暫く抱き付いたまま、お互いを励まし合った。
2学期の授業が始まり、テオを校内の保育所に預けて、冬心は大学を通う。
冬心とジャンの家族はそれぞれジャンを失った喪失感を押し込んで、日常生活を頑張っている。リリは大学の教壇に立って、クロードは新しい映画の音楽のプロデュースをして、エリザベートは絵画の創作をして、エミリは新聞社の文化部で走り回り、冬心は育児と学業で目が回るほど忙しい日々を送っている。
春馬は毎日、トレーニングルームで運動し、医学部入試専門の家庭教師と一緒に勉強を励んでいる。スミレは娯楽番組の出演で注目を浴び、レギュラー出演になった。その勢いにのって、テレビのCMも出て猛活躍だ。二人は前よりは減ったものの、月に3,4回は会って、セックスを楽しんでる。
齋藤教授(ジャンダ教授)は9月から大学の授業に出た。冬空と風馬を保育所に預けて、いつも綺麗に保っている研究室に入る。助教、きららが笑顔で挨拶してくれて、気持ちもいい。冬心のことは本当に気の毒で、いくら慰めても至らない悲しみで、重苦しい。齋藤教授は冬心に長文の手紙と山形県産のサクランボを国際特別郵便で送った。
時間は変哲もなく過ぎてゆき、11月になった。パリ警視庁は8月9日に起きたマレ地区のジャン・ロレンスの通り魔殺人事件の手がかりすら掴めなくて、捜査が難航していた。事件当日、マレ地区のクラブ街では多くの人々で賑わっていたにも拘わらず、主な目撃者が見つからないまま犯人が特定されない状況だ。ジャンが血を流して倒れているのを発見した人は多いものの、犯人を見たという人は一人もいなかった。
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11月25日、火曜日、冬心は生後6か月になったテオを連れて、ブルターニュの海を見に行った。今日は、ジャンの23回目の誕生日だからだ。 サンマロ海岸で遊覧船に乗って、クルージングを楽しみながらジャンを偲ぶ。広々とした深いエメラルド色の海でジャンを全身で嗅いで感じて、魂で話し合った。ジャンと同じの錆利休色の瞳と光悦茶色の髪のテオがニコニコしながら、母の顔を見つめる。
旧市街のサンマロホテルに戻った冬心はテオを連れて、ホテルのレストランに行き、ガレットとサーモンサラダを注文する。冬心のファンだと挨拶に来たシェフがテオには離乳食として、特別に白身魚と豆腐のリゾットを作ってくれた。世界で注目されたジャンの殺人事件で、人々は冬心を可哀そうだと思っている。
親切なウェイターとシェフのお陰で夕食を美味しく食べ終えて、部屋に戻った冬心はテオと風呂に入った後、テオを寝かせた。スヤスヤ寝てるテオを見ながら、冬心の頬にふと涙が伝う。ジャンの優しい笑顔が、低い落ち着いた声が冬心を優しく包み込む。
翌日、朝7時頃、テオが泣き出したので、起き上がった冬心はテオのオムツを交換して、おっぱいを飲ませる。その時、スマホが鳴り貰ったら、望月編集長だった。
「こんにちは。あらーあちらはおはようですかね。ブルターニュの海は堪能できましたか?いま、電話大丈夫ですか?」
「おはようございます。はい、大丈夫です。海は凄く美しかったです」
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エネルギッシュな望月編集長はジャンダ教授に会うために、先週の日曜日、山形県の最上町に行ったことと、ジャンダ教授も、冬空も、風馬も皆、元気で楽しく過ごしていることと、12月1日にジャンダ教授の新作の児童書”猫のポールの冒険”が発売されることも伝えた。二人はテオがぐずり出すまでに、暫く話し合った。
パリ行きの高速列車に乗った冬心はテオと一緒に、大きな窓に映る静かな冬景色を見ている。テオがフワフワな手を冬心の頬に添えて、ハッキリと言い出す。
「ママママ。。。ママ。。。パパ。。。パパパパ。。。スキ」
笑顔で喋るテオは小さな手で冬心の顔を撫でながら、抱きついてくる。
「ママもテオ、愛してるよ。パパもテオ、愛してるよ。パパは天の国でいつも見ているからね」
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