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14話
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冬心は愛子からジャンダ教授の妊娠のことを知らされる。10月から11月に移り変わる頃、ピース大学で大騒ぎになったジャンダ教授の妊娠のゴシップは世間話好きな愛子にも届いて、ビックリした愛子は実際にジャンダ教授を見に、人文学部棟の3階にあるジャンダ教授の研究室に足を運んだ。
午後7時なので、5時限目の授業は既に終わったはずだ。運よく、6時限目の授業はないみたいで、ジャンダ教授は研究室におった。相変わらずに綺麗なジャンダ教授は穏やかな笑みを含んで愛子を迎えてくれた。妊婦にいいビタミンドリングを差し入れとして手渡した愛子にジャンダ教授はありがとうと言ってすごく喜んだ。
膨らんだお腹を手触りのいいウールのラベンダー色のワンピースが包んでいた。愛子は昨年、冬心と一緒に何回か、ジャンダ教授とランチを共にしたことがあって、気楽に話せる先生でもあったが、膨らんだお腹をみたら、どう話せばいいか戸惑ってしまった。でも、愛想のいい愛子は直ぐ、気を取り直して冬心の新しい恋話や本について楽しい時間を分かち合った。
30分くらい、ジャンダ教授と談笑した愛子は速足でひのき坂にある春馬の家に向かった。電車の中で春馬に重要な話があるので、直ぐ会いたいとラインをしておいたが、春馬から返信は来なかった。でも、意地張りの愛子は春馬の家まで行って、インターフォンを押した。
まだ、夜9時前だった。春馬の母親の桂子が優しく迎えてくれた。桂子は残念そうな形相で春馬は12月の全日本アイスホッケー選手権大会のために、学校の宿舎で寝泊まりしていると話した。愛子は平常心を装って礼儀正しくお辞儀をして、再び学校に向かった。
時間は既に夜9時30分になって、体育館のアイスリンクは灯りが消えていた。急ぎ足取りで宿舎についた愛子は管理人と見える大柄の男性に急な用事があるので、春馬・パンサー選手に会いたいと申し訳なさそうに頼んだ。強面の管理人は意外にあっさりといいよと言ってくれた。暫く待ったら、ラフな寝巻き姿の春馬が面倒くさそうに出てきた。
春馬は久しぶりに愛子を見ても全然嬉しくないみたいで、大きくあくびをした。愛子は管理人の目が気になり、春馬の腕を掴んで、ドアを開けて外に出た。目釣りを上げて睨んでいる愛子に春馬は早く寝たいから帰るとぶっきらぼうに言った。
イラっとした愛子は奮い立つモヤモヤ感をやっと堪えって震える口を開いた。
「春馬、ジャンダ教授の赤ちゃん、お前でしょ」
春馬は大きく欠伸をして、目を擦りながら、適当に言葉を吐いた。
「お前と何の関係や。。。俺、寝るから入る。じゃな」
嫌な表情で振り向こうとする春馬を愛子は両手で彼の腰を必死に掴んで全身で引き留めた。
「春馬、まさか、強引じゃないよね。ねー」
本当に面倒くさくなった春馬は億劫な話をはっきり纒てほしいから、語気を強めて荒く言葉を吐き出した。
「おーレイプした。じゃな」
「馬鹿馬鹿しい。春馬、キリストの教えを裏切ったの。どうかしてる。おばさんも知っているの」
ドクンと心臓が大きく跳ね上げてつい泣き出してしまった愛子は鼻水を啜りながら涙声で叫んでしまった。幼稚園児頃からの幼馴染だから、お互いのことは知り尽くしていた愛子に春馬はばつが悪そうに強い語感で言った。
「俺が責任とるから、構わないで。もう、家にも知らせた。寒いから早く帰って。じゃな」
悲痛なショックで震えている愛子を残して春馬は颯爽に歩き出した。冷たい夜風が愛子の凍り付いた心を容赦なく抉っていた。状況が上手く呑み込めない愛子は彼氏の佐藤先輩からのスマホの着信音ではっと我に返った。
佐藤先輩の落ち着いた声音を聞いた途端、愛子の大きな丸い目から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。嗚咽する愛子に佐藤先輩は驚いて心配そうに今、迎えに行くから待ってねと言い出し、電話越しに優しい言葉で愛子を慰めた。
このような寂しい夜の出来事があったのを愛子は冬心に伝えたのだ。
冬心はジャンダ教授とラインのやり取りはたまにしていたが、8月以後、ビデオ通話は全然していなかったので、どうすればいいか悩んでいた。愛子の話で妊娠の真相がわかったから、冬心はジャンダ教授が可哀そうでどう助けたらいいかなど、言い知れぬ気持ちで悶々としていた。春馬は自分に剛毅な性格で嘘はつかない。
祖母からも10月に入ってから、ジャンダ教授が電話は寄こすけれど、家には遊びに来ないから寂しいと言われた。冬心は9月から祖母の世話をしてくれるヘルパーと家事を任せるお手伝いさんを雇っていた。それで、祖母は時間の余裕ができ、水泳教室や歌教室に通っていて、日々を楽しんでいた。
けど、祖母は大変お世話になったジャンダ教授を凄く気に入っていて、ジャンダ教授とのお喋りが大好きだ。冬心はいくら包み隠さず腹を割って話す祖母でも、ジャンダ教授の妊娠の話は打ち明けることができなかった。
ジャンの11月の誕生日以後、冬心とジャンは毎週土曜日に会ったら、必ずセックスをするようになった。土曜日に出会って、ランチを楽しんで散歩をしてから、パリ7区にあるジャンの家に行ってセックスを楽しむ。ジャンの両親と祖母とエミリは不在の時が多くて、たまに、ジャンの祖母のリリに会ったりするけれど、リリは優しい笑顔で何も言わないで、美味しい夜ご飯を作ってくれて三人で楽しく話しながらディナーを堪能したりした。
エミリは来年3月に卒業したら、ルカスのアパートで同棲することになった。ジャンは大学院に入っても相変わらず祖母の家に居候する予定だ。
パリの時間は激しい北風のように飛んでいって12月の期末試験が終わり、冬心は長い冬休みを迎えた。ジャンは1月上旬にある大学院試験のために、忙しくて冬心と一緒に東京へ行けないから、先に冬心が東京へ立った。久しぶりの東京行きでファンたちや記者たちで大騒ぎになった羽田空港にはジャンダ教授の姿はいなかった。代わりに、光出版社の望月編集長が出迎えてくれた。
大勢の人集りで祖母の体調を心配した冬心は祖母に羽田空港には迎いに来ないで家で待つように事前に話し合った。久々の東京の空は青く澄んでいて日差しも暖かく冬心を優しく包んでくれる。新しいピース高層タワーマンションに入った冬心は祖母とひしと抱き締めて喜びを満悦する。元気そうな祖母を見て、ぐっと涙が零れ落ちる。
家はルネサンス様式に白を基調としてエレガントに飾られていた。冬心の嗜好に合わせて精巧に作り上げていた内装を見て、冬心はジャンダ教授に深い感謝の念を抱いた。明日は、とうとう24日、クリスマスイブで久々に祖母と一緒に楽しいクリスマスイブを過せるのだ。明日、昼にはジャンダ教授の家を訪れてみるつもりだ。
春馬のフェロモンシャワーで体調がよくなったジャンダ教授は毎日近所の公園まで散歩に出る。春馬も毎日ジャンダ教授の自宅に訪れて、散歩について行った。ジャンダ教授は相変わらず冷たい態度で何の言葉も交わさなかったけれど、春馬は傍についているだけでも嬉しかった。
ジャンダ教授の母、アンナと妹、ソフィアは毎日訪れてくる春馬を追い払うことができなかった。目に見えるほど、ジャンダの体調がよくなったので、赤ちゃんの父親のフェロモンの効果を実感したから、春馬がインターフォンを鳴らしたら、家に入れてあげた。
ジャンダ教授は春馬を嫌がってはいたが、赤ちゃんの安静のために、春馬が家に入ってきても、知らんぷりをして何も言わなかった。春馬はジャンダ教授の傍にいて、フェロモンを放出してお腹を撫でたりして赤ちゃんの安泰を促した。春馬は普通なら、レイプによって授かった子を中絶するけれど、ジャンダ教授は堕ろさないで産んでくれることにしたので、熱く感激した。
今日はクリスマスイブで町中は楽しさにワクワクして騒いていた。朝11時くらい、春馬は大きなプレゼントボックスを抱えて、足取り軽くジャンダ教授のマンションに入る。アンナとソフィアが穏やかな笑みを含んだ形相で迎えてくれる。
ジャンダ教授はソファに座ってクラシック音楽を聴きながらポールを優しく撫でていた。春馬は赤ちゃんのおもちゃのプレゼントをアンナに渡した。アンナはありがとうと言って受け取る。
アンナもソフィアも口数が少なくて物静かな性格なので、よく喋らないけれど、特有の優しい雰囲気を醸し出していて静寂の中でも居心地は良かった。
春馬はジャンダ教授の傍に座ってフェロモンを出し始める。ジャンダ教授はうっとりした表情で潮風の香りをしみじみに吸い込んでいた。約30分位経った時だった、ポールが鋭い鳴ぎ声でそわそわし動き出した。
春馬は緊張しているポールを見て、違和感を感じ、隣のジャンダ教授に近寄った。でも、ジャンダ教授はフェロモンによって微睡んでいる。じっとジャンダ教授を見つめたら、ソファの下に敷かれたレースの白いクッションが真赤に染められているのを見つけ、はっと息を殺した。
春馬はジャンダ教授のお尻から出血しているのを確認して、急いて救急車を呼んだ。非常に心配になった春馬と違って落ち着いていたアンナはオムツを持って来てジャンダ教授にオムツを穿かせてワンピースも手際よく着かえた。
すると、直ぐに救急隊員4人がきて、ジャンダ教授をストレッチャーに乗せて搬送した。春馬のフェロモンが有効なので、春馬のみ、救急車に乗れる許可が下りた。アンナとソフィアはピース大学付属病院まで、個別に来るように言われた。
救急車がピーポーピーポーとサイレンを高く鳴らして疾走する。病院の形質者産婦人科の緊急室に入られたジャンダ教授は意識が切れていて、顔色も蒼白で温かさがなかった。医師たちが寄ってきて、ジャンダ教授の口に酸素マスクをつけて、ワンピースの前ボタンを開けていろんな管を胸と腕に繋がれる。色んなモニターで洶洶と騒いている機械音が春馬の鼓膜を震えさせていた。
春馬は医師の指示通り、フェロモンを出していたが、もう出て行ってもいいと言われた。春馬は傍にいたいと切実に頼んだ。でも、医師たちと看護師たちは頑な早く出てくださいというばかりだ。
緊急室を出たら、アンナとソフィアが静かに待っていた。時間はもう、午後2時を過ぎていた。アンナは急いてパリの主人に電話を入れた。ジャンダも赤ちゃんも無事でいられますように祈るしかできなかった。
時間は苦しい息を弾んで進み、もう午後5時をまわった。春馬から連絡を貰った春馬の両親と祖母も駆けつけてきて、心配な表情で緊急室の前で息を殺している。白い壁の丸い時計の分針が数字の3を指すところ突然、緊急室の扉が開き、背の高い中年の医師が現れた。医師は無表情でジャンダ教授の家族を探す。
アンナが出て母親だと言い出したら、医師は帝王切開を試みたが、赤ちゃんの頭が胸部まで圧迫していて産母も赤ちゃんも危ない状態ですので、帝王切開は諦めざるを得ないことで、自然分娩しか方法がないと言った。でも、高齢で身体が弱っているし、早産なので、自然分娩に運よく成功しても産母の安全は保証できないから承知してほしいと淡々と話した。
医師の話が終わるや否や春馬が激しい口調で赤ちゃんはどうでもいいから、産母だけ助けてくださいと痛切に叫んだ。ふいと春馬の方に視線を投げた医師は無表情に1か月前、産母、本人が手術同意書で何がありましたら、自分より赤ちゃんを優先にしてくださいというオプションにサインしたので、オメガ医療安全法律にもとついて産母の意思が優先されるから、その提案はお受けできかねますと堅く言う。
「てめっー。ふざけんな!」
春馬が急に医師の胸倉を掴んで力強く医師をぶっ飛ばす。医師がバタット倒れ落ちたら、複数の警備員たちが走ってきて、春馬を掴んで制圧しようとした。でも、春馬は激しく暴れて警備員たちをぶっ飛ばして殴りまくっる。
一瞬にして修羅場になった廊下で緊急警報音が煩わしく鳴り始め、人々が集まってきて、緊張が走った。結局、警察官もきて、春馬を逮捕しようとしたら、先、春馬にぶっ飛ばされた医師が近寄って、産母の命が掛かっているので、春馬のフェロモンが必要な時を備えて春馬を逮捕しないでほしいと言った。警察たちは有名な春馬選手が病院で暴れていると通報を受けて驚いたが、事情を察知して春馬の傍で待機することにした。
再び静まった廊下では不穏な空気が流れ、春馬は生まれて初めて自責の念に駆られていた。自分が目先の欲情を優先してジャンダ教授を危険に晒したのだ。妊娠と出産が男性のオメガにとってどんなに危ない冒険かは学校の授業でも教わった。
昔は性欲の吐け口としてオメガを奪取した。そのため、多数の無垢なオメガが犠牲になった。特に、デリケートな男性のオメガの出産は命懸けの大事で、昔はたくさんの男性のオメガが出産で命を亡くしてきたが、現在は医療が発展して死亡率は減ってきた。でも、危険であることは変わらない事実である。
日本を含む世界中の国々が特に男性オメガの出産は手厚く支援して手術費、入院費、育児費用など、経済的にも無償で援助している。男性のオメガは形質者を産める確率が99%だという統計があるからだ。極度のストレスや重い病気などの特集なケースのみ、稀にベータ性の子を産む傾向があるという研究結果があった。
時間は情けなく早く進んで夜8時になった。緊急室の扉はまだ開かない。たまに、医師と看護師が交代して出入りしたりはしたが、誰も状況を教えてくれなくて、心配で焦りながら見守るしかできなかった。
ジャンダ教授の家族と春馬の家族は静かにお辞儀だけして、一言も交わさないでいた。アンナとソフィアはひたすら切実に両手を合わせて祈祷を捧げている。春馬の母の桂子も熱心に祈祷をしていた。
夜9時になって、先の大柄の医師が再び現れた。集まった皆がぱっと目を開いて医師に注目する。医師は凄く疲れた形相で産母が予想外に大変頑張っていっらしゃるからまだ、諦めは早いだと言い出して、5人の医師と7人の看護師で自然分娩に向けて全力を尽くしているから、春馬のフェロモンが必要だとつけた。春馬は医師の言葉が終わらないうちに、急いで緊急室の扉を開く。
医師の希望染みの励ましい言葉に少し元気になった桂子は自動販売機で飲み物を買ってきて、アンナとソフィアに渡す。先も、飲み物をいただいたので、アンナは桂子が気配りのいい人だと感じた。警察官たちは落ち着いている春馬をみて、既に帰った。シンと静まり返った廊下には重い沈黙だけがのしかかっていた。
時間はとうとう12月25日の未明の1時を指していた。うとうとしていた桂子は隣で相変わらず痛切にお祈りを捧げているアンナをみて、恥ずかしくなった。命懸けて頑張っている息子のために、悲痛な母親の切ない思いが偉大で尊いだとじわっと感じだ。
ぴーぴーぴーとモニターの機械音が大きく耳に障る緊急室でジャンダ教授は陣痛と闘いながら精一杯、頑張っていた。医師たちの声掛けで全身で力を絞っているジャンダ教授を見て、春馬は思わず、胸が痛み、大粒の涙を零す。早く出してくださいと言われて、春馬ははっとして大量のフェロモンを出し始める。
いくら親のフェロモンですらずっと受けていたら、身体が小さくてまだフェロモンの性質も特定できない赤ちゃんにはフェロモンショックを起こす危険がある。故に、5時間以上間隔をあけるようにして、フェロモンシャワーの処置をしていた。
ジャンダ教授は意識をはっきり持っていた。身体が裂け砕けるような激痛に耐えながら、赤ちゃんが早く出るようにお腹とお尻に力を注いでいた。ふと潮風の香りが漂って、疲れ切った身体を癒す。何かあっても赤ちゃんは守りたい一念で涙と汗に浸って、華奢な身体で精力を尽くしている。
ジャンダ教授は何度か失神しても医師の手当てで再び目覚めて頑張っていた。未明の3時頃、医師は春馬にもう出て行ってと指示した。一瞬躊躇った春馬は全力を尽くしている医師たちと看護師たちに感銘を受けたので、お辞儀をして出る。
春馬が緊急室の扉を開けて出たら、長身で権威感がある重厚な感じの気品がある年寄りの男性が寄ってきた。春馬はジャンダ教授の父親だと不意に察知した。ジャンダ教授の父親のルイは春馬の顔に勢いよくばしっと平手打ちを食わす。その勢いで春馬の頭が横に回った。不意打ちだったからか、急に春馬の目頭が熱くなる。
ルイは軽蔑するような眼差しでシンとしている春馬を睨んだら、もう一度、春馬に激しくビンタを食わすなり、アンナが駆け寄って、ルイの大きな手を両手で制し、もういいですよと静かに言って宥める。春馬の両親も祖母も申し訳なさそうに頭を下げていた。
ルイはジャンダに中絶手術を受けるように説得したが、息子は頑な断った。自分に訪れてきた尊い命なので、守りたいと切実に言ったのだ。もう、50歳の高齢での出産は命の危険が高い。赤ちゃんより息子の安全が優先なのだ。息子を心配するルイは年末のパーティーなど、重要な約束を破って専用の飛行機で東京に駆けつけてきた。
春馬の祖母、イザベルは著名な企業家で社会党国会議員のルイが病院に現れた時には、ビックリして息を呑んだ。ジャンダ教授の父親だと知り、申し訳ない気持ちで頭を下げて謝罪し続けたが、ルイは無表情で何の言葉も発さなかった。
暫くして春馬が緊急室から現れた時、ルイが春馬の顔を勢いよく打つのを切ない気持ちで堪えるしかできなかった。春馬がやったことは許せないことだからだ。ジャンダ教授の命が危ないのは春馬のせいだからだ。
朝9時になって、冬心と愛子が病院に現れた。誰かがSNSでピース大学付属病院で春馬選手が暴れて警備員たちをぶっ飛ばす動画を掲載してバズっていた。それを偶然目にした愛子が冬心に連絡して、二人はジャンダ教授のことだと察知して病院にきたのだ。冬心はやつれているソフィアさんを見て、労りの言葉を優しくかける。
春馬を含んだ春馬の家族とジャンダ教授の家族が心配そうな形相で集まっているのを見て、冬心はジャンダ教授のことをソフィアさんから聞いた。冬心と愛子は心が重くなり、切実にジャンダ教授の安全を祈った。
朝10時に向かってちかちかと走る時針がゆっくり回っている時、急に緊急室の扉が開き、先の大柄の医師が現れて家族全員入ってもいいよと言った。皆、はっとした様子で立ち上がり緊急室に入ったら、ジャンダ教授が汗と涙でびしょっ濡れて息を激しく吐きながら頑張っている。
医師たちが大きな声で頭が見えましたからもう少し頑張ってくださいと声をかけていた。すると、ジャンダ教授が苦しいそうに大声を上げて絶叫したら、するんと赤ちゃんが出てきた。素早く赤ちゃんを抱いた医師が「ジャンダ・ローゼ、フランス国籍、50歳、男性の劣性オメガ、○○年12月25日朝9時58分、2000グラム、男の子出産、母子とも生きた」と言って、赤ちゃんの背中をトントン叩いたら、赤ちゃんがウワーンと泣き出す。
医師は皆に赤ちゃんの顔を見せて、もう出てくださいと言った。でも、皆は感慨無量のあまりその場に立ち尽くしている。春馬は赤ちゃんのことは気にもせず、ジャンダ教授の手を握て、密かに泣いていた。その時、中年女性の医師が春馬に駆け寄って、「今、気力を尽くしてしまって一時的に気絶していますが、生体情報モニタによれば、命は助かったのでご安心ください。彼女、凄く頑張りましたよ。私たちも彼女に勇気つけられて、母子とも生かせることを諦めなかったです。起きましたら、たくさん褒めてあげてくださいね」と優しく言ってくれた。春馬は顔を上げて、「本当にありがとうございました」と感謝の念を押して深くお辞儀する。
産婦人科医師は男性オメガも子を産むので、彼じゃなくて、彼女と通称で呼んでいるのだ。
冬心と愛子も疲れ果てたジャンダ教授の姿に悲しみが込み上げて泣いてしまった。赤ちゃんは余りも小さくて触たらすぐ消えそうな雲みたいに掴めない架空の存在に見えた。
アンナもソフィアも桂子もイザベルも声を殺して泣いていた。ただ、渋い形相のルイだけが、窓辺に立って、日差しが差し伸べている外を眺めている。
冬心と愛子は午後1時になってもジャンダ教授が目覚めないので、心配になってそわそわしていた。その時、アンナが近寄って、昼飯でも食べてきてねと穏やかに言い出して、1万円札を渡す。でも、冬心と愛子は慌ててお金はいらないといい、断ったが、アンナは貴方達は学生だから、年寄りが渡すお金を頂くのが年寄りの顔が立つから遠慮しないでねと優しく言う。
愛子は73歳のアンナが歳の割に若くて綺麗で優しいし、ジャンダ教授が出産するまで、何のブレもなく、静かに祈っている芯の強い人だと恰好いいなぁと感心した。
特別室に移動されたジャンダ教授をアンナが汗で濡らした体を丁寧に拭いてあげて服も着替えしておいた。一晩でげっそりと痩せてしまったジャンダ教授は青白くて磁器人形みたいに静かに眠っている。
午後5時になってもジャンダ教授が目覚めないから、心配になった医師たちがきて、再び、形質者緊急装置室に運ばれた。春馬は一睡も寝なくて、何も食べていなかった。アンナが何回かご飯でも食べてきなさいと宥めたが、春馬は大丈夫ですと言い張った。
愛子は彼氏の佐藤先輩との約束のため、午後6時に帰って行った。冬心は祖母が心配そうに3回も電話をしてきたので、素直にジャンダ教授の出産のことを打ち明けた。驚いた祖母、知加子は直ぐに支度をしてピース大学付属病院まで足を運んだ。
冬心の祖母はジャンダ教授の母といろいろと話してすぐ仲良くなった。アンナは20歳頃に今の主人、ルイに出会って、直ぐに妊娠して結婚したことや早めの育児のために、中退した大学を40歳になって編入したことや末子のソフィアが19歳頃、車事故でホルモン線異常でオメガからベータになったことや主人のルイが一人子だったアンナのために、婿養子になってローゼグループを引き継いだこと等々、二人は腹を割って真摯に話していた。
夜9時になってもジャンダ教授の意識は戻ってこなかった。緊急装置をして心臓と肺は動いていた。アンナが冬心の祖母知加子さんの体調を心配して、もう夜遅いなので、帰って休んでくださいと何回か頼んできたから、冬心と祖母、知加子は腰を上げてしぶしぶと家に向かう。アンナはソフィアと交代して夕食を取りに席を立つ。
春馬は医師の指示の通り、3時間間隔でフェロモンを出していた。何も口にしない息子が心配になって桂子が父ちゃんとご飯でも食べてきてねと誘った。でも、春馬は全然応じなかった。
桂子もイザベルも交代してご飯は食べていたが、春馬が何も食べていないから心配になった。其の一方、SNSで大騒ぎになった春馬が産婦人科で暴れる動画はマスコミを動き出して、記者たちが病院まで嗅ぎついてきた。でも、ルイがどんな手を使ったか、記者たちは来なくなり、その動画は削除されて、マスコミの書き込みも削除された。
動画をアップロードした張本人は一生働かなくでも食べていけるほどの巨額を貰って、自分が勝手に映像を合成したディープフェイクだったと謝罪のコメントを出した。それで、一時的には春馬の騒動は収まった。
でも、訝しい目で見てる人々は多かった。春馬が木槿丘の某公園で優美な妊婦と一緒に散歩する姿を見たとか、某マンションに毎日通って、綺麗な妊婦と散歩したのを目撃したとの話がSNSで流れて、やっぱり誰かを妊娠させて産婦人科で暴れたんじゃないかというゴシップが膨らんでいった。
ルイはピースグループの会長、宇宙太陽と仲良しだったため、彼に協力してもらって、春馬とジャンダについて挙がってくるSNSの記事を削除してもらっていた。病院の職員たちは頑な秘密保持契約書を守っていたので、誰も春馬とジャンダ教授の関係について口を開かなかった。
翌朝8時頃、アンナが濡らしたホットタオルでジャンダ教授の身体を拭いていたら、ジャンダ教授が手を上げてアンナの手を触った。びっくりしたアンナはジャンダと声を出して切ないその名前を3回も呼んでみる。ジャンダ教授が薄っすらと笑みを見せて頷いた。
はっとしたアンナはナースコールを押す。トイレから帰ってきた春馬が大きな目をしっかりと開いているジャンダ教授の傍ですすり泣いているアンナを見て、安堵の息をつき、ジャンダ教授の細い手をぎゅっと包み込む。ジャンダ教授は手に力が全然入らなくて、そのまま、手を春馬の大きな手に委ねていた。
急ぎ足音で扉が開き、3人の医師が入ってきた。彼らはいろいろと質問したり、測ったりして手際よく動いた。暫くして、異常なしと言い出して、おっぱいを揉んで母乳が出るかどうか見ようと言い出す。咄嗟に春馬が近寄って、自分が揉んでもいいですかと訊く。
ぽっかんとしていた医師の中、一番年上の医師が軽やかに微笑んで頷いた。春馬はぷっくりと張っているジャンダ教授の乳房に手を慎重に当てて優しくマッサージする。
すると、半透明な母乳がぽつんとでたので、春馬は不意に唇で舐めて呑み込んだ。隣で見ていた若い医師がちょっと気まずそうにもういいですと言い、赤ちゃんの健康状態も落ち着いたので、連れてくるから授乳してくださいと言う。
医師たちが出ていく中、先の年上のぼっちゃりした医師が春馬の耳元で「できれば、おっぱいをたくさん吸ってください。精力にいいから、って早くセックスもしてお互いのフェロモンリズムも調整してください。出産後のオメガの体はセックスにやんばいですよ!」と言ってくすっと笑って出た。
春馬はジャンダ教授のおっぱいを吸ったら、ペニスが反応してしまって困ってしまった。アンナはアルファの性質をよく承知しているので、ちょっとトイレに行くと言い残して出て行った。
春馬は誰もいない病室でジャンダ教授の乳房を気持ちよく舐めながら呑んでいた。甘いバニラ味がする母乳は美味しい。ちゅるちゅると飲んでるうちにジャンダ教授の鈴蘭香りのフェロモンが出始める。ジャンダ教授は出産してフェロモンやホルモンが再調整されている最中なので、感じやすい身体になった。
春馬は我を忘れて両手でおっぱいを絞りながらよく出てくる母乳を呑んでいた。ジャンダ教授の乳房は出産後なので、普段より、大きく膨らんで柔らかくて触感が良かった。ジャンダ教授も気持ち良くて嫌だと言えなかった。段々体が熱く火照ってきたところで、ノックがして看護師が赤ちゃんを抱いてきた。
ジャンダ教授は昨日の出産後は意識が朦朧としていて、赤ちゃんの顔がぼやっとしてはっきり見えなかった。今、初めてはっきり見据える赤ちゃんはとっても小さくて可愛い。
看護師から赤ちゃんを受け取り、おっぱいを食わせたら、赤ちゃんが元気よく吸って飲んでる。春馬とは違う方法で飲んでる赤ちゃんが可愛くて可愛くて堪らずに涙を零してしまった。
母、アンナが入ってきて、嬉しいそうな笑顔で、息子と孫を見つめる。孫は春馬よりジャンダに似てて、凄く綺麗だ。ジャンダ教授は少しずつ回復されて翌々日からは普通の病室に移動され、普通のご飯も食べられるようになった。
冬心と祖母、知加子と愛子と樹里も毎日にお見舞いに来て、赤ちゃんがおっぱいを飲むのを可愛いと言いながら楽しく見守ていた。樹里は冬休みを過すためにアメリカから帰国していて、ジャンダ教授に会いたくて直ぐに病院に駆けつけてきた。
春馬はジャンダ教授が目を覚ました時から、ご飯を食べるようになった。少し、痩せた春馬だが、1月10日からは冬キャンプが始まるので、フィンランドに出国の予定だ。ルイは息子が元気になり、急いでパリに戻った。ルイは春馬と春馬の家族とは一言も交わさなかった。
ジャンダの回復のために、医師から相方のフェロモンが必要だと言われたから、春馬がジャンダの傍にくっついていても、何も言うことができなかった。ルイは後ろめたい気持ちを宥めて飛行機に乗るしかできなかった。
12月31日は年末年始のバイブで気持ちが弾んで浮かれている雰囲気の中、そっと淡雪がひらひらと舞い落ちって幻想的な情景を作り出していた。
ジャンダ教授は赤ちゃんを抱いておっぱいを飲ませながら、ポールと愛情深く呼んでいる。愛おしいポールを胸に刻みたくて赤ちゃんの名前もポールと名付けた。ジャンダ教授はなかなかポールの想いの余韻から抜け出せないらしい。
フェロモンとホルモンの調整のため、春馬がおっぱいを呑んだり、愛撫したり、フェロモンシャワーをしたりしても、オメガの体として本能的に反応はするけれど、心では春馬が入る隙間もいない。ポールしか受け入れない心なのだ。
でも、春馬はベットの隣でジャンダ教授と赤ちゃんを温かい瞳で見据えて、ふんわりと幸福感に溺れていた。
「愛してる。先生。生まれてくれて、ありがとう。ポール」
午後7時なので、5時限目の授業は既に終わったはずだ。運よく、6時限目の授業はないみたいで、ジャンダ教授は研究室におった。相変わらずに綺麗なジャンダ教授は穏やかな笑みを含んで愛子を迎えてくれた。妊婦にいいビタミンドリングを差し入れとして手渡した愛子にジャンダ教授はありがとうと言ってすごく喜んだ。
膨らんだお腹を手触りのいいウールのラベンダー色のワンピースが包んでいた。愛子は昨年、冬心と一緒に何回か、ジャンダ教授とランチを共にしたことがあって、気楽に話せる先生でもあったが、膨らんだお腹をみたら、どう話せばいいか戸惑ってしまった。でも、愛想のいい愛子は直ぐ、気を取り直して冬心の新しい恋話や本について楽しい時間を分かち合った。
30分くらい、ジャンダ教授と談笑した愛子は速足でひのき坂にある春馬の家に向かった。電車の中で春馬に重要な話があるので、直ぐ会いたいとラインをしておいたが、春馬から返信は来なかった。でも、意地張りの愛子は春馬の家まで行って、インターフォンを押した。
まだ、夜9時前だった。春馬の母親の桂子が優しく迎えてくれた。桂子は残念そうな形相で春馬は12月の全日本アイスホッケー選手権大会のために、学校の宿舎で寝泊まりしていると話した。愛子は平常心を装って礼儀正しくお辞儀をして、再び学校に向かった。
時間は既に夜9時30分になって、体育館のアイスリンクは灯りが消えていた。急ぎ足取りで宿舎についた愛子は管理人と見える大柄の男性に急な用事があるので、春馬・パンサー選手に会いたいと申し訳なさそうに頼んだ。強面の管理人は意外にあっさりといいよと言ってくれた。暫く待ったら、ラフな寝巻き姿の春馬が面倒くさそうに出てきた。
春馬は久しぶりに愛子を見ても全然嬉しくないみたいで、大きくあくびをした。愛子は管理人の目が気になり、春馬の腕を掴んで、ドアを開けて外に出た。目釣りを上げて睨んでいる愛子に春馬は早く寝たいから帰るとぶっきらぼうに言った。
イラっとした愛子は奮い立つモヤモヤ感をやっと堪えって震える口を開いた。
「春馬、ジャンダ教授の赤ちゃん、お前でしょ」
春馬は大きく欠伸をして、目を擦りながら、適当に言葉を吐いた。
「お前と何の関係や。。。俺、寝るから入る。じゃな」
嫌な表情で振り向こうとする春馬を愛子は両手で彼の腰を必死に掴んで全身で引き留めた。
「春馬、まさか、強引じゃないよね。ねー」
本当に面倒くさくなった春馬は億劫な話をはっきり纒てほしいから、語気を強めて荒く言葉を吐き出した。
「おーレイプした。じゃな」
「馬鹿馬鹿しい。春馬、キリストの教えを裏切ったの。どうかしてる。おばさんも知っているの」
ドクンと心臓が大きく跳ね上げてつい泣き出してしまった愛子は鼻水を啜りながら涙声で叫んでしまった。幼稚園児頃からの幼馴染だから、お互いのことは知り尽くしていた愛子に春馬はばつが悪そうに強い語感で言った。
「俺が責任とるから、構わないで。もう、家にも知らせた。寒いから早く帰って。じゃな」
悲痛なショックで震えている愛子を残して春馬は颯爽に歩き出した。冷たい夜風が愛子の凍り付いた心を容赦なく抉っていた。状況が上手く呑み込めない愛子は彼氏の佐藤先輩からのスマホの着信音ではっと我に返った。
佐藤先輩の落ち着いた声音を聞いた途端、愛子の大きな丸い目から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。嗚咽する愛子に佐藤先輩は驚いて心配そうに今、迎えに行くから待ってねと言い出し、電話越しに優しい言葉で愛子を慰めた。
このような寂しい夜の出来事があったのを愛子は冬心に伝えたのだ。
冬心はジャンダ教授とラインのやり取りはたまにしていたが、8月以後、ビデオ通話は全然していなかったので、どうすればいいか悩んでいた。愛子の話で妊娠の真相がわかったから、冬心はジャンダ教授が可哀そうでどう助けたらいいかなど、言い知れぬ気持ちで悶々としていた。春馬は自分に剛毅な性格で嘘はつかない。
祖母からも10月に入ってから、ジャンダ教授が電話は寄こすけれど、家には遊びに来ないから寂しいと言われた。冬心は9月から祖母の世話をしてくれるヘルパーと家事を任せるお手伝いさんを雇っていた。それで、祖母は時間の余裕ができ、水泳教室や歌教室に通っていて、日々を楽しんでいた。
けど、祖母は大変お世話になったジャンダ教授を凄く気に入っていて、ジャンダ教授とのお喋りが大好きだ。冬心はいくら包み隠さず腹を割って話す祖母でも、ジャンダ教授の妊娠の話は打ち明けることができなかった。
ジャンの11月の誕生日以後、冬心とジャンは毎週土曜日に会ったら、必ずセックスをするようになった。土曜日に出会って、ランチを楽しんで散歩をしてから、パリ7区にあるジャンの家に行ってセックスを楽しむ。ジャンの両親と祖母とエミリは不在の時が多くて、たまに、ジャンの祖母のリリに会ったりするけれど、リリは優しい笑顔で何も言わないで、美味しい夜ご飯を作ってくれて三人で楽しく話しながらディナーを堪能したりした。
エミリは来年3月に卒業したら、ルカスのアパートで同棲することになった。ジャンは大学院に入っても相変わらず祖母の家に居候する予定だ。
パリの時間は激しい北風のように飛んでいって12月の期末試験が終わり、冬心は長い冬休みを迎えた。ジャンは1月上旬にある大学院試験のために、忙しくて冬心と一緒に東京へ行けないから、先に冬心が東京へ立った。久しぶりの東京行きでファンたちや記者たちで大騒ぎになった羽田空港にはジャンダ教授の姿はいなかった。代わりに、光出版社の望月編集長が出迎えてくれた。
大勢の人集りで祖母の体調を心配した冬心は祖母に羽田空港には迎いに来ないで家で待つように事前に話し合った。久々の東京の空は青く澄んでいて日差しも暖かく冬心を優しく包んでくれる。新しいピース高層タワーマンションに入った冬心は祖母とひしと抱き締めて喜びを満悦する。元気そうな祖母を見て、ぐっと涙が零れ落ちる。
家はルネサンス様式に白を基調としてエレガントに飾られていた。冬心の嗜好に合わせて精巧に作り上げていた内装を見て、冬心はジャンダ教授に深い感謝の念を抱いた。明日は、とうとう24日、クリスマスイブで久々に祖母と一緒に楽しいクリスマスイブを過せるのだ。明日、昼にはジャンダ教授の家を訪れてみるつもりだ。
春馬のフェロモンシャワーで体調がよくなったジャンダ教授は毎日近所の公園まで散歩に出る。春馬も毎日ジャンダ教授の自宅に訪れて、散歩について行った。ジャンダ教授は相変わらず冷たい態度で何の言葉も交わさなかったけれど、春馬は傍についているだけでも嬉しかった。
ジャンダ教授の母、アンナと妹、ソフィアは毎日訪れてくる春馬を追い払うことができなかった。目に見えるほど、ジャンダの体調がよくなったので、赤ちゃんの父親のフェロモンの効果を実感したから、春馬がインターフォンを鳴らしたら、家に入れてあげた。
ジャンダ教授は春馬を嫌がってはいたが、赤ちゃんの安静のために、春馬が家に入ってきても、知らんぷりをして何も言わなかった。春馬はジャンダ教授の傍にいて、フェロモンを放出してお腹を撫でたりして赤ちゃんの安泰を促した。春馬は普通なら、レイプによって授かった子を中絶するけれど、ジャンダ教授は堕ろさないで産んでくれることにしたので、熱く感激した。
今日はクリスマスイブで町中は楽しさにワクワクして騒いていた。朝11時くらい、春馬は大きなプレゼントボックスを抱えて、足取り軽くジャンダ教授のマンションに入る。アンナとソフィアが穏やかな笑みを含んだ形相で迎えてくれる。
ジャンダ教授はソファに座ってクラシック音楽を聴きながらポールを優しく撫でていた。春馬は赤ちゃんのおもちゃのプレゼントをアンナに渡した。アンナはありがとうと言って受け取る。
アンナもソフィアも口数が少なくて物静かな性格なので、よく喋らないけれど、特有の優しい雰囲気を醸し出していて静寂の中でも居心地は良かった。
春馬はジャンダ教授の傍に座ってフェロモンを出し始める。ジャンダ教授はうっとりした表情で潮風の香りをしみじみに吸い込んでいた。約30分位経った時だった、ポールが鋭い鳴ぎ声でそわそわし動き出した。
春馬は緊張しているポールを見て、違和感を感じ、隣のジャンダ教授に近寄った。でも、ジャンダ教授はフェロモンによって微睡んでいる。じっとジャンダ教授を見つめたら、ソファの下に敷かれたレースの白いクッションが真赤に染められているのを見つけ、はっと息を殺した。
春馬はジャンダ教授のお尻から出血しているのを確認して、急いて救急車を呼んだ。非常に心配になった春馬と違って落ち着いていたアンナはオムツを持って来てジャンダ教授にオムツを穿かせてワンピースも手際よく着かえた。
すると、直ぐに救急隊員4人がきて、ジャンダ教授をストレッチャーに乗せて搬送した。春馬のフェロモンが有効なので、春馬のみ、救急車に乗れる許可が下りた。アンナとソフィアはピース大学付属病院まで、個別に来るように言われた。
救急車がピーポーピーポーとサイレンを高く鳴らして疾走する。病院の形質者産婦人科の緊急室に入られたジャンダ教授は意識が切れていて、顔色も蒼白で温かさがなかった。医師たちが寄ってきて、ジャンダ教授の口に酸素マスクをつけて、ワンピースの前ボタンを開けていろんな管を胸と腕に繋がれる。色んなモニターで洶洶と騒いている機械音が春馬の鼓膜を震えさせていた。
春馬は医師の指示通り、フェロモンを出していたが、もう出て行ってもいいと言われた。春馬は傍にいたいと切実に頼んだ。でも、医師たちと看護師たちは頑な早く出てくださいというばかりだ。
緊急室を出たら、アンナとソフィアが静かに待っていた。時間はもう、午後2時を過ぎていた。アンナは急いてパリの主人に電話を入れた。ジャンダも赤ちゃんも無事でいられますように祈るしかできなかった。
時間は苦しい息を弾んで進み、もう午後5時をまわった。春馬から連絡を貰った春馬の両親と祖母も駆けつけてきて、心配な表情で緊急室の前で息を殺している。白い壁の丸い時計の分針が数字の3を指すところ突然、緊急室の扉が開き、背の高い中年の医師が現れた。医師は無表情でジャンダ教授の家族を探す。
アンナが出て母親だと言い出したら、医師は帝王切開を試みたが、赤ちゃんの頭が胸部まで圧迫していて産母も赤ちゃんも危ない状態ですので、帝王切開は諦めざるを得ないことで、自然分娩しか方法がないと言った。でも、高齢で身体が弱っているし、早産なので、自然分娩に運よく成功しても産母の安全は保証できないから承知してほしいと淡々と話した。
医師の話が終わるや否や春馬が激しい口調で赤ちゃんはどうでもいいから、産母だけ助けてくださいと痛切に叫んだ。ふいと春馬の方に視線を投げた医師は無表情に1か月前、産母、本人が手術同意書で何がありましたら、自分より赤ちゃんを優先にしてくださいというオプションにサインしたので、オメガ医療安全法律にもとついて産母の意思が優先されるから、その提案はお受けできかねますと堅く言う。
「てめっー。ふざけんな!」
春馬が急に医師の胸倉を掴んで力強く医師をぶっ飛ばす。医師がバタット倒れ落ちたら、複数の警備員たちが走ってきて、春馬を掴んで制圧しようとした。でも、春馬は激しく暴れて警備員たちをぶっ飛ばして殴りまくっる。
一瞬にして修羅場になった廊下で緊急警報音が煩わしく鳴り始め、人々が集まってきて、緊張が走った。結局、警察官もきて、春馬を逮捕しようとしたら、先、春馬にぶっ飛ばされた医師が近寄って、産母の命が掛かっているので、春馬のフェロモンが必要な時を備えて春馬を逮捕しないでほしいと言った。警察たちは有名な春馬選手が病院で暴れていると通報を受けて驚いたが、事情を察知して春馬の傍で待機することにした。
再び静まった廊下では不穏な空気が流れ、春馬は生まれて初めて自責の念に駆られていた。自分が目先の欲情を優先してジャンダ教授を危険に晒したのだ。妊娠と出産が男性のオメガにとってどんなに危ない冒険かは学校の授業でも教わった。
昔は性欲の吐け口としてオメガを奪取した。そのため、多数の無垢なオメガが犠牲になった。特に、デリケートな男性のオメガの出産は命懸けの大事で、昔はたくさんの男性のオメガが出産で命を亡くしてきたが、現在は医療が発展して死亡率は減ってきた。でも、危険であることは変わらない事実である。
日本を含む世界中の国々が特に男性オメガの出産は手厚く支援して手術費、入院費、育児費用など、経済的にも無償で援助している。男性のオメガは形質者を産める確率が99%だという統計があるからだ。極度のストレスや重い病気などの特集なケースのみ、稀にベータ性の子を産む傾向があるという研究結果があった。
時間は情けなく早く進んで夜8時になった。緊急室の扉はまだ開かない。たまに、医師と看護師が交代して出入りしたりはしたが、誰も状況を教えてくれなくて、心配で焦りながら見守るしかできなかった。
ジャンダ教授の家族と春馬の家族は静かにお辞儀だけして、一言も交わさないでいた。アンナとソフィアはひたすら切実に両手を合わせて祈祷を捧げている。春馬の母の桂子も熱心に祈祷をしていた。
夜9時になって、先の大柄の医師が再び現れた。集まった皆がぱっと目を開いて医師に注目する。医師は凄く疲れた形相で産母が予想外に大変頑張っていっらしゃるからまだ、諦めは早いだと言い出して、5人の医師と7人の看護師で自然分娩に向けて全力を尽くしているから、春馬のフェロモンが必要だとつけた。春馬は医師の言葉が終わらないうちに、急いで緊急室の扉を開く。
医師の希望染みの励ましい言葉に少し元気になった桂子は自動販売機で飲み物を買ってきて、アンナとソフィアに渡す。先も、飲み物をいただいたので、アンナは桂子が気配りのいい人だと感じた。警察官たちは落ち着いている春馬をみて、既に帰った。シンと静まり返った廊下には重い沈黙だけがのしかかっていた。
時間はとうとう12月25日の未明の1時を指していた。うとうとしていた桂子は隣で相変わらず痛切にお祈りを捧げているアンナをみて、恥ずかしくなった。命懸けて頑張っている息子のために、悲痛な母親の切ない思いが偉大で尊いだとじわっと感じだ。
ぴーぴーぴーとモニターの機械音が大きく耳に障る緊急室でジャンダ教授は陣痛と闘いながら精一杯、頑張っていた。医師たちの声掛けで全身で力を絞っているジャンダ教授を見て、春馬は思わず、胸が痛み、大粒の涙を零す。早く出してくださいと言われて、春馬ははっとして大量のフェロモンを出し始める。
いくら親のフェロモンですらずっと受けていたら、身体が小さくてまだフェロモンの性質も特定できない赤ちゃんにはフェロモンショックを起こす危険がある。故に、5時間以上間隔をあけるようにして、フェロモンシャワーの処置をしていた。
ジャンダ教授は意識をはっきり持っていた。身体が裂け砕けるような激痛に耐えながら、赤ちゃんが早く出るようにお腹とお尻に力を注いでいた。ふと潮風の香りが漂って、疲れ切った身体を癒す。何かあっても赤ちゃんは守りたい一念で涙と汗に浸って、華奢な身体で精力を尽くしている。
ジャンダ教授は何度か失神しても医師の手当てで再び目覚めて頑張っていた。未明の3時頃、医師は春馬にもう出て行ってと指示した。一瞬躊躇った春馬は全力を尽くしている医師たちと看護師たちに感銘を受けたので、お辞儀をして出る。
春馬が緊急室の扉を開けて出たら、長身で権威感がある重厚な感じの気品がある年寄りの男性が寄ってきた。春馬はジャンダ教授の父親だと不意に察知した。ジャンダ教授の父親のルイは春馬の顔に勢いよくばしっと平手打ちを食わす。その勢いで春馬の頭が横に回った。不意打ちだったからか、急に春馬の目頭が熱くなる。
ルイは軽蔑するような眼差しでシンとしている春馬を睨んだら、もう一度、春馬に激しくビンタを食わすなり、アンナが駆け寄って、ルイの大きな手を両手で制し、もういいですよと静かに言って宥める。春馬の両親も祖母も申し訳なさそうに頭を下げていた。
ルイはジャンダに中絶手術を受けるように説得したが、息子は頑な断った。自分に訪れてきた尊い命なので、守りたいと切実に言ったのだ。もう、50歳の高齢での出産は命の危険が高い。赤ちゃんより息子の安全が優先なのだ。息子を心配するルイは年末のパーティーなど、重要な約束を破って専用の飛行機で東京に駆けつけてきた。
春馬の祖母、イザベルは著名な企業家で社会党国会議員のルイが病院に現れた時には、ビックリして息を呑んだ。ジャンダ教授の父親だと知り、申し訳ない気持ちで頭を下げて謝罪し続けたが、ルイは無表情で何の言葉も発さなかった。
暫くして春馬が緊急室から現れた時、ルイが春馬の顔を勢いよく打つのを切ない気持ちで堪えるしかできなかった。春馬がやったことは許せないことだからだ。ジャンダ教授の命が危ないのは春馬のせいだからだ。
朝9時になって、冬心と愛子が病院に現れた。誰かがSNSでピース大学付属病院で春馬選手が暴れて警備員たちをぶっ飛ばす動画を掲載してバズっていた。それを偶然目にした愛子が冬心に連絡して、二人はジャンダ教授のことだと察知して病院にきたのだ。冬心はやつれているソフィアさんを見て、労りの言葉を優しくかける。
春馬を含んだ春馬の家族とジャンダ教授の家族が心配そうな形相で集まっているのを見て、冬心はジャンダ教授のことをソフィアさんから聞いた。冬心と愛子は心が重くなり、切実にジャンダ教授の安全を祈った。
朝10時に向かってちかちかと走る時針がゆっくり回っている時、急に緊急室の扉が開き、先の大柄の医師が現れて家族全員入ってもいいよと言った。皆、はっとした様子で立ち上がり緊急室に入ったら、ジャンダ教授が汗と涙でびしょっ濡れて息を激しく吐きながら頑張っている。
医師たちが大きな声で頭が見えましたからもう少し頑張ってくださいと声をかけていた。すると、ジャンダ教授が苦しいそうに大声を上げて絶叫したら、するんと赤ちゃんが出てきた。素早く赤ちゃんを抱いた医師が「ジャンダ・ローゼ、フランス国籍、50歳、男性の劣性オメガ、○○年12月25日朝9時58分、2000グラム、男の子出産、母子とも生きた」と言って、赤ちゃんの背中をトントン叩いたら、赤ちゃんがウワーンと泣き出す。
医師は皆に赤ちゃんの顔を見せて、もう出てくださいと言った。でも、皆は感慨無量のあまりその場に立ち尽くしている。春馬は赤ちゃんのことは気にもせず、ジャンダ教授の手を握て、密かに泣いていた。その時、中年女性の医師が春馬に駆け寄って、「今、気力を尽くしてしまって一時的に気絶していますが、生体情報モニタによれば、命は助かったのでご安心ください。彼女、凄く頑張りましたよ。私たちも彼女に勇気つけられて、母子とも生かせることを諦めなかったです。起きましたら、たくさん褒めてあげてくださいね」と優しく言ってくれた。春馬は顔を上げて、「本当にありがとうございました」と感謝の念を押して深くお辞儀する。
産婦人科医師は男性オメガも子を産むので、彼じゃなくて、彼女と通称で呼んでいるのだ。
冬心と愛子も疲れ果てたジャンダ教授の姿に悲しみが込み上げて泣いてしまった。赤ちゃんは余りも小さくて触たらすぐ消えそうな雲みたいに掴めない架空の存在に見えた。
アンナもソフィアも桂子もイザベルも声を殺して泣いていた。ただ、渋い形相のルイだけが、窓辺に立って、日差しが差し伸べている外を眺めている。
冬心と愛子は午後1時になってもジャンダ教授が目覚めないので、心配になってそわそわしていた。その時、アンナが近寄って、昼飯でも食べてきてねと穏やかに言い出して、1万円札を渡す。でも、冬心と愛子は慌ててお金はいらないといい、断ったが、アンナは貴方達は学生だから、年寄りが渡すお金を頂くのが年寄りの顔が立つから遠慮しないでねと優しく言う。
愛子は73歳のアンナが歳の割に若くて綺麗で優しいし、ジャンダ教授が出産するまで、何のブレもなく、静かに祈っている芯の強い人だと恰好いいなぁと感心した。
特別室に移動されたジャンダ教授をアンナが汗で濡らした体を丁寧に拭いてあげて服も着替えしておいた。一晩でげっそりと痩せてしまったジャンダ教授は青白くて磁器人形みたいに静かに眠っている。
午後5時になってもジャンダ教授が目覚めないから、心配になった医師たちがきて、再び、形質者緊急装置室に運ばれた。春馬は一睡も寝なくて、何も食べていなかった。アンナが何回かご飯でも食べてきなさいと宥めたが、春馬は大丈夫ですと言い張った。
愛子は彼氏の佐藤先輩との約束のため、午後6時に帰って行った。冬心は祖母が心配そうに3回も電話をしてきたので、素直にジャンダ教授の出産のことを打ち明けた。驚いた祖母、知加子は直ぐに支度をしてピース大学付属病院まで足を運んだ。
冬心の祖母はジャンダ教授の母といろいろと話してすぐ仲良くなった。アンナは20歳頃に今の主人、ルイに出会って、直ぐに妊娠して結婚したことや早めの育児のために、中退した大学を40歳になって編入したことや末子のソフィアが19歳頃、車事故でホルモン線異常でオメガからベータになったことや主人のルイが一人子だったアンナのために、婿養子になってローゼグループを引き継いだこと等々、二人は腹を割って真摯に話していた。
夜9時になってもジャンダ教授の意識は戻ってこなかった。緊急装置をして心臓と肺は動いていた。アンナが冬心の祖母知加子さんの体調を心配して、もう夜遅いなので、帰って休んでくださいと何回か頼んできたから、冬心と祖母、知加子は腰を上げてしぶしぶと家に向かう。アンナはソフィアと交代して夕食を取りに席を立つ。
春馬は医師の指示の通り、3時間間隔でフェロモンを出していた。何も口にしない息子が心配になって桂子が父ちゃんとご飯でも食べてきてねと誘った。でも、春馬は全然応じなかった。
桂子もイザベルも交代してご飯は食べていたが、春馬が何も食べていないから心配になった。其の一方、SNSで大騒ぎになった春馬が産婦人科で暴れる動画はマスコミを動き出して、記者たちが病院まで嗅ぎついてきた。でも、ルイがどんな手を使ったか、記者たちは来なくなり、その動画は削除されて、マスコミの書き込みも削除された。
動画をアップロードした張本人は一生働かなくでも食べていけるほどの巨額を貰って、自分が勝手に映像を合成したディープフェイクだったと謝罪のコメントを出した。それで、一時的には春馬の騒動は収まった。
でも、訝しい目で見てる人々は多かった。春馬が木槿丘の某公園で優美な妊婦と一緒に散歩する姿を見たとか、某マンションに毎日通って、綺麗な妊婦と散歩したのを目撃したとの話がSNSで流れて、やっぱり誰かを妊娠させて産婦人科で暴れたんじゃないかというゴシップが膨らんでいった。
ルイはピースグループの会長、宇宙太陽と仲良しだったため、彼に協力してもらって、春馬とジャンダについて挙がってくるSNSの記事を削除してもらっていた。病院の職員たちは頑な秘密保持契約書を守っていたので、誰も春馬とジャンダ教授の関係について口を開かなかった。
翌朝8時頃、アンナが濡らしたホットタオルでジャンダ教授の身体を拭いていたら、ジャンダ教授が手を上げてアンナの手を触った。びっくりしたアンナはジャンダと声を出して切ないその名前を3回も呼んでみる。ジャンダ教授が薄っすらと笑みを見せて頷いた。
はっとしたアンナはナースコールを押す。トイレから帰ってきた春馬が大きな目をしっかりと開いているジャンダ教授の傍ですすり泣いているアンナを見て、安堵の息をつき、ジャンダ教授の細い手をぎゅっと包み込む。ジャンダ教授は手に力が全然入らなくて、そのまま、手を春馬の大きな手に委ねていた。
急ぎ足音で扉が開き、3人の医師が入ってきた。彼らはいろいろと質問したり、測ったりして手際よく動いた。暫くして、異常なしと言い出して、おっぱいを揉んで母乳が出るかどうか見ようと言い出す。咄嗟に春馬が近寄って、自分が揉んでもいいですかと訊く。
ぽっかんとしていた医師の中、一番年上の医師が軽やかに微笑んで頷いた。春馬はぷっくりと張っているジャンダ教授の乳房に手を慎重に当てて優しくマッサージする。
すると、半透明な母乳がぽつんとでたので、春馬は不意に唇で舐めて呑み込んだ。隣で見ていた若い医師がちょっと気まずそうにもういいですと言い、赤ちゃんの健康状態も落ち着いたので、連れてくるから授乳してくださいと言う。
医師たちが出ていく中、先の年上のぼっちゃりした医師が春馬の耳元で「できれば、おっぱいをたくさん吸ってください。精力にいいから、って早くセックスもしてお互いのフェロモンリズムも調整してください。出産後のオメガの体はセックスにやんばいですよ!」と言ってくすっと笑って出た。
春馬はジャンダ教授のおっぱいを吸ったら、ペニスが反応してしまって困ってしまった。アンナはアルファの性質をよく承知しているので、ちょっとトイレに行くと言い残して出て行った。
春馬は誰もいない病室でジャンダ教授の乳房を気持ちよく舐めながら呑んでいた。甘いバニラ味がする母乳は美味しい。ちゅるちゅると飲んでるうちにジャンダ教授の鈴蘭香りのフェロモンが出始める。ジャンダ教授は出産してフェロモンやホルモンが再調整されている最中なので、感じやすい身体になった。
春馬は我を忘れて両手でおっぱいを絞りながらよく出てくる母乳を呑んでいた。ジャンダ教授の乳房は出産後なので、普段より、大きく膨らんで柔らかくて触感が良かった。ジャンダ教授も気持ち良くて嫌だと言えなかった。段々体が熱く火照ってきたところで、ノックがして看護師が赤ちゃんを抱いてきた。
ジャンダ教授は昨日の出産後は意識が朦朧としていて、赤ちゃんの顔がぼやっとしてはっきり見えなかった。今、初めてはっきり見据える赤ちゃんはとっても小さくて可愛い。
看護師から赤ちゃんを受け取り、おっぱいを食わせたら、赤ちゃんが元気よく吸って飲んでる。春馬とは違う方法で飲んでる赤ちゃんが可愛くて可愛くて堪らずに涙を零してしまった。
母、アンナが入ってきて、嬉しいそうな笑顔で、息子と孫を見つめる。孫は春馬よりジャンダに似てて、凄く綺麗だ。ジャンダ教授は少しずつ回復されて翌々日からは普通の病室に移動され、普通のご飯も食べられるようになった。
冬心と祖母、知加子と愛子と樹里も毎日にお見舞いに来て、赤ちゃんがおっぱいを飲むのを可愛いと言いながら楽しく見守ていた。樹里は冬休みを過すためにアメリカから帰国していて、ジャンダ教授に会いたくて直ぐに病院に駆けつけてきた。
春馬はジャンダ教授が目を覚ました時から、ご飯を食べるようになった。少し、痩せた春馬だが、1月10日からは冬キャンプが始まるので、フィンランドに出国の予定だ。ルイは息子が元気になり、急いでパリに戻った。ルイは春馬と春馬の家族とは一言も交わさなかった。
ジャンダの回復のために、医師から相方のフェロモンが必要だと言われたから、春馬がジャンダの傍にくっついていても、何も言うことができなかった。ルイは後ろめたい気持ちを宥めて飛行機に乗るしかできなかった。
12月31日は年末年始のバイブで気持ちが弾んで浮かれている雰囲気の中、そっと淡雪がひらひらと舞い落ちって幻想的な情景を作り出していた。
ジャンダ教授は赤ちゃんを抱いておっぱいを飲ませながら、ポールと愛情深く呼んでいる。愛おしいポールを胸に刻みたくて赤ちゃんの名前もポールと名付けた。ジャンダ教授はなかなかポールの想いの余韻から抜け出せないらしい。
フェロモンとホルモンの調整のため、春馬がおっぱいを呑んだり、愛撫したり、フェロモンシャワーをしたりしても、オメガの体として本能的に反応はするけれど、心では春馬が入る隙間もいない。ポールしか受け入れない心なのだ。
でも、春馬はベットの隣でジャンダ教授と赤ちゃんを温かい瞳で見据えて、ふんわりと幸福感に溺れていた。
「愛してる。先生。生まれてくれて、ありがとう。ポール」
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