推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~

ことのはおり

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六章 入学旅行六日目

6-08a ダリアの手記 1

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 「天上階の一つ」とトリフォンが言ったそのフロアは、地下の水没階と同じように、神秘的な雰囲気を漂わせていた。
 明らかに一般立入禁止区域のそのフロアに足を踏み入れるなり、霧は驚きに目を見開く。ワンフロアの丸い壁には等間隔にいくつも窓が並んでいるのだが、窓の外の景色が、一つずつまるで違ったからだ。
 青空が見えている窓、星空が見えている窓、町が見えている窓、海が見えている窓、様々だった。霧は一瞬、絵が飾られているのかと思ったが、窓から見える景色には動きがあった。青空の風景では白い雲が流れてゆく様子が見えるし、町が見える窓では、人々が道を歩いて移動しているのがわかる。

「えええ……どうなってんの、これモニター? 動画?! じゃ、ないよねぇ……」

「ほれほれ、遅れずついてまいれ。こっちじゃ。……1段、2段、3段……」

 トリフォンはフロアの中央に設けられた螺旋階段を、注意深く数えながら下り始めた。その途中でピタリと止まると、自分の『辞典』を開き、何かを呟く。すると空中に、光で編まれた扉が現れた。
 扉の先にあったのは、まるで温室のような明るい部屋だった。天上は高く、ガラス張りの壁の向こう側には、青い空が広がっている。木と一体化したような本棚があちこちに見られ、中には木の幹の上の方に埋もれるように覗く書物もある。
 霧は言葉もなく、ただひたすら、美しい室内の様子に見惚れた。
 静謐せいひつで厳かな雰囲気が漂い、香りのよい花が咲き乱れ、どこからか小鳥の澄んだ声が聞こえてくる。

「………………」

 霧はうっとりと溜息をつき、木々の合間を縫うように、散策を始めた。求める書物は、きっとどこかにある――その確信が、霧の足を前へと運ぶ。
 やがて、何かに導かれるように、スイスイと、周りの景色が移り変わっていった。小鳥のさえずりは遠くへ消え、花の香りの代わりに、海の気配が鼻孔をくすぐる。
 ハッと気づけば、霧はこじんまりとした居心地の良い部屋に、一人で佇んでいた。
 開け放たれた窓から風が入り、白いカーテンを軽やかに揺らしている。窓の外では青い空と共に、茫洋とした海が広がっていた。
 ついさっきまで、部屋の主がここで休憩していたかのような、誰かの息遣いを感じる。それはきっと女性だろう。窓際に置かれた机の上には、一輪挿しに活けられた橙色の花が飾られ、花模様の背表紙を見せる筆記帳が、綺麗に整頓されて立ち並んでいる。
 どこか浮世離れしたその部屋は、まるで穏やかな時間を澱みなく再生し、悠久の時を超えて鮮やかに存在し続けているのような、不思議な雰囲気があった。

 どうぞ、と言われているような気がして、霧は机の前に置かれた椅子に座った。すると一冊の筆記帳が、目の前に現れる。ハードカバーのしっかりした表紙を持つその筆記帳は、美しく繊細な花の意匠で彩られていた。
 霧はその筆記帳を手に取り、そっとページをめくってみる。
 そこに綴られた肉筆の文字は日本語ではなかったが、不思議なことに、霧が文字を追うと、スルスルと、頭の中に意味がしみ込んでいった。

「えっ……、これ!」

 霧は驚いて息を詰めた。

「これ、日記だ……! しかも、書いたのは……」

 ――伝説の辞典魔法士、ダリア。
 革命を起こし、人々を安寧な暮らしに導いた、英雄ダリア。
 机に置かれていたそれは、ダリアの手記のうちの、一冊だった。24、という通し番号が振られていて、「新暦元年」と記入されたページから始まっている。

「え……よ、読んでいいのかな、これ?」

 霧がためらっていると、風に煽られるようにページがめくられ、霧の目に印象的な文章が飛び込んできた。

――――――――――――――
出生――それは運任せ。
人は与えられる「環境」に対して、拒否権を持たずに生まれてくる。
そこに選択の自由はない。
「自分」でいるのがどれほど苦痛でも、生きている限りそこから逃れるすべはない。
望まぬ体に閉じ込められ、酸素不足の心が悲鳴を上げても、
「自分」という名の檻から脱出するすべはない。

だから私は声高に叫ぶ。

闘うことを放棄しない。
選び取ることを諦めない。
哀れみではなく勇気を。
傍観ではなく介入を。

醜い檻を美しい色で染め上げ、
真の自由で満たし、
悲しみの岸から掬い上げる。

かえりみられず、
咲く前に散っていった者たち、
それは、
どこかの他人などではない。
それは私。
それはあなた。
かけがえのない、
この世界の、たった一人。
――――――――――――――

 まるで詩片のような、揺るぎない決意と宣言。
 それを読んだ霧の心に、深い共感が湧き出でる。
 心の底でずっと消えずにくすぶっていた叫びを、ダリアに代弁してもらったように思え、喉の奥でヒュッと溶けた声が、微かに零れた。

「……あぁ……」

 招かれてここに辿り着いた――霧の胸中に、その確信が広がる。
 1540年もの遠い昔から、今ここに、目の前に、ダリアの差し伸ばされた手が届いた――そんな気がした。

 霧はもう迷わず、ダリアの書き残した手記を読み進めた。
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