推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~

ことのはおり

文字の大きさ
上 下
167 / 175
六章 入学旅行六日目

6-07   図書塔の長、トリフォン

しおりを挟む
 ミアは「何かお役に立てることがあれば、お気軽にお申し付けください」と、連絡先の書かれたメモを霧の手に握らせ、やがて名残惜し気に手を振ると、帰って行った。
 思いがけないミアとの再会を終え、やっと図書塔内に入った霧とリューエストは、さっそく膨大な書物の海へと、探索をはじめる。
 霧はリューエストに手伝ってもらい、目当ての本を探し回ったが、「光と虹の竜辞典」に触れた伝記には、いずれもソイフラージュに関することしか載っていなかった。やっとレイフラージュにも触れている文献を見つけても、そういう人物がいたという記述のみで、チラリと一行のみ、というものしかない。
 一通り探し終えた霧は、溜息をついて言った。

「ここには無いみたい。……そうだよね、1500年以上前の、真実が記された書物なんて、簡単には見つからない……」

「何を、お探しかな?」

 後ろからかけられた声に、霧は振り返った。

「トリフォン!」

 小さく叫んだ霧の顔に、希望の光が輝く。彼なら、目的の書物がどこにあるか知っているだろう。なにしろ彼は昨日、自分が図書塔司書長という立場であることを自ら明かしたのだから。
 聞くところによると図書塔司書長とは、塔のおさを務める名誉ある職位で、図書塔の全てを把握し、数多くの権限を有しているらしい。
 霧はトリフォンに、目的の書物の内容を説明した。彼は少しの間、考えるように目を閉じていたが、やがて目を開け、優しい眼差しで霧を見つめながら言った。

「ふむ、いいじゃろう。特別に案内いたそうぞ」

「え、てことは、どっかにそういう本、あるんだね? やった!! 大好き、トリフォン! ありがとう!!」

「ほっほっほっ、照れるのぉ。さあ、二人ともついておいで。少ぉしばかり、複雑な道行くとなる。わしの後を遅れずついてくるんじゃぞ」

 霧とリューエストは頷くと、トリフォンの先導で歩き出した。
 彼はフロアの隅に回り込み、一本の狭い通路に二人をいざなう。

(ん? このフロア、結構隅々まで見たけど、こんな廊下、あったっけ? あれれ?)

 霧が不思議に思っていると、通路の先に重厚な扉が現れた。トリフォンが自分の『辞典』を扉の前にかざし、何かを口ずさむと、扉がスッと音もなく開く。中は直径2メートルぐらいの円形スペースになっていて、どうやらそれは移動チューブらしい。三人が中に入ると、トリフォンはまた自身の『辞典』をかざし、何かを呟く。それは古代語らしく、霧には何を言っているのかさっぱりわからなかったが、トリフォンの言葉が放たれた途端、一瞬だけ微かな浮遊感が訪れ、自分たちがどこかに運ばれてゆくのがわかった。
 霧は年代物の趣を醸し出しているその空間を、物珍し気にキョロキョロ見回す。そうしながら、沈黙を通すべきか、それとも尋ねてみるべきか、判断がつかずもじもじしていた。それを察したトリフォンが、穏やかに笑いながら霧に声をかけてくる。

「構わんぞ、キリ嬢や。何が訊きたいのかな?」

「わ、ありがとう! これって、あれ? VIP専用エレベーターみたいな感じ? 目的地まで、直通?! 図書塔って、もしかして不思議アトラクションなの?!」

「ほっほっほっ、図書塔は新暦以降に建てられた中では、最も歴史ある古い塔での、様々な仕掛けが施されてあるんじゃ。この移動チューブが一般立入禁止なのは、少々不安定なエリアと繋がっておるためじゃ。容易く迷子になり、危険じゃからの」

「ほほう……。これ、上、行ってるの? それとも下?」

「今は上じゃ。まあ、部分的に上下の隔ての無い場所もあるがの」

「ほほう……? よくわかんないけど、ここって『市場迷宮』に並ぶミステリースポットだね。それにしても、まさかトリフォンがこの図書塔の司書長さんだったなんて、びっくり。このミラクルアメイジング・ザ・不思議発見な、ブックキャッスルのおさになって、長いんですか?」

「ほっほっほっ、まあ、30年ぐらいかの。といっても、最近はずっと、実質的な業務のほとんどすべてを、副司書長が取り仕切ってくれとるんじゃ。わしが古城学園にいる間、彼女の適性を司書たちに証明するいい機会じゃ。立派にわしの後を継いでくれることを、な。わしはそろそろ引退の頃合いじゃて」

 それを聞いて、リューエストが口を挟む。

「いやいや老師、あと100年は軽いでしょ?」

「ほっほっほっ、100年は無理じゃわい。近頃めっきり足腰も弱ってのぉ」

「いやいや老師、僕、知ってますよ。老師の得意技は強力な後ろ回し蹴りじゃないですか。その杖、カモフラ――」

 リューエストの言葉が言い終わらないうちに、トリフォンが「ゴホン」と咳払いをした。リューエストは慌てて続きを言うのをやめ、「あ、何でもないです」と口ごもりながら微妙な笑みを浮かばせる。
 トリフォンは穏やかな口調で、リューエストに向かって言った。

「リューエストや、老師、ではなく、トリフォンと呼んでおくれ」

「あ、すみません、つい。リール叔母さんと同じように、尊敬の念で。その……色々見てしまって、許してください」

「よいよい、許しを乞う必要なぞ、どこにもありはせん。わしとおぬしは1540年度、同期入学生ではないか。まあ、わしは2回目なんで、リューエストとは違ってフレッシュとは言えんがの」

「えっ、2回目?」

 思わずそう口走ってしまった霧に、トリフォンが応じる。

「そうなんじゃよ。若い頃、一度入学したんじゃが、やんちゃをして退学になってのぉ……。辞典魔法士の資格なんぞなくても困らんから、2度と戻ってくるつもりはなかったんじゃが、この年になると、色々と昔のことが思い出されての。学生時代が懐かしゅうなって、青春をやり直しに来たんじゃわい!」

 それを聞いてリューエストが何か言おうとしたが、彼は思い直した様子でパッと口を閉じた。どうやら彼は天眼・慧眼を宿していた昨日、色々知ってしまったらしい。

「おかげさんで、とてつもなく楽しい日々じゃ。これほど有意義な体験ができるなど、誰が思ったじゃろう……ほんに、わしは幸せ者じゃ」

 そう言いながら、トリフォンは霧を見つめた。穏やかなその瞳には様々な感情が宿っている。慈しみや、優しさ、尊敬、良い意味での驚愕、近い未来に起こり得る善きものに対する期待……そんなものが。
 そのとき、移動チューブが微かに揺れて、扉が開いた。

「さあ、着いたぞ。天上階の一つじゃ。寄り道せずわしの後を付いてくるんじゃぞ。地下階ほどではないが、やはり迷子になりやすいからの」

「あっ……。え、ええ?! あれっ、なんで?!」

 霧は移動チューブから出てフロアに足を踏み入れるなり、驚きに目を見開いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で泣いていた僕は、戻って来てヒーロー活動始めます。

まったりー
ファンタジー
8歳の頃、勇者召喚で異世界に飛んだ主人公、神楽啓斗(かぐらけいと)は、1年間を毎日泣いて過ごしていました。 そんな彼を可哀そうと思ったのは、その世界で女神と呼ばれている女性で、使い魔を通して色々力添えをして行き、段々と元気になった神楽啓斗(かぐらけいと)は、異世界で生きる訓練を始めます。 ですが、子供は親元に戻るべきと女神様は力を使い、現代に戻してくれたのです。 戻って来た現代では、女神様の使い魔も助けも行われ続け、神楽啓斗(かぐらけいと)は異世界の力を使い、困ってる人を助けるヒーロー活動を始めます。 普通の平和な世界だと思っていた神楽啓斗(かぐらけいと)でしたが、世界には裏の顔が存在し、戦いの中に身を置く事になって行く、そんなお話です。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【後日談完結】10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~

ばいむ
ファンタジー
剣と魔法の世界であるライハンドリア・・・。魔獣と言われるモンスターがおり、剣と魔法でそれを倒す冒険者と言われる人達がいる世界。 高校の休み時間に突然その世界に行くことになってしまった。この世界での生活は10日間と言われ、混乱しながらも楽しむことにしたが、なぜか戻ることができなかった。 特殊な能力を授かるわけでもなく、生きるための力をつけるには自ら鍛錬しなければならなかった。魔獣を狩り、いろいろな遺跡を訪ね、いろいろな人と出会った。何度か死にそうになったこともあったが、多くの人に助けられながらも少しずつ成長していった。 冒険をともにするのは同じく異世界に転移してきた女性・ジェニファー。彼女と出会い、そして・・・。 初投稿というか、初作品というか、まともな初執筆品です。 今までこういうものをまともに書いたこともなかったのでいろいろと変なところがあるかもしれませんがご了承ください。 誤字脱字等あれば連絡をお願いします。 感想やレビューをいただけるととてもうれしいです。書くときの参考にさせていただきます。 おもしろかっただけでも励みになります。 2021/6/27 無事に完結しました。 2021/9/10 後日談の追加開始 2022/2/18 後日談完結

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

処理中です...