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六章 入学旅行六日目
6-07 図書塔の長、トリフォン
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ミアは「何かお役に立てることがあれば、お気軽にお申し付けください」と、連絡先の書かれたメモを霧の手に握らせ、やがて名残惜し気に手を振ると、帰って行った。
思いがけないミアとの再会を終え、やっと図書塔内に入った霧とリューエストは、さっそく膨大な書物の海へと、探索をはじめる。
霧はリューエストに手伝ってもらい、目当ての本を探し回ったが、「光と虹の竜辞典」に触れた伝記には、いずれもソイフラージュに関することしか載っていなかった。やっとレイフラージュにも触れている文献を見つけても、そういう人物がいたという記述のみで、チラリと一行のみ、というものしかない。
一通り探し終えた霧は、溜息をついて言った。
「ここには無いみたい。……そうだよね、1500年以上前の、真実が記された書物なんて、簡単には見つからない……」
「何を、お探しかな?」
後ろからかけられた声に、霧は振り返った。
「トリフォン!」
小さく叫んだ霧の顔に、希望の光が輝く。彼なら、目的の書物がどこにあるか知っているだろう。なにしろ彼は昨日、自分が図書塔司書長という立場であることを自ら明かしたのだから。
聞くところによると図書塔司書長とは、塔の長を務める名誉ある職位で、図書塔の全てを把握し、数多くの権限を有しているらしい。
霧はトリフォンに、目的の書物の内容を説明した。彼は少しの間、考えるように目を閉じていたが、やがて目を開け、優しい眼差しで霧を見つめながら言った。
「ふむ、いいじゃろう。特別に案内いたそうぞ」
「え、てことは、どっかにそういう本、あるんだね? やった!! 大好き、トリフォン! ありがとう!!」
「ほっほっほっ、照れるのぉ。さあ、二人ともついておいで。少ぉしばかり、複雑な道行くとなる。わしの後を遅れずついてくるんじゃぞ」
霧とリューエストは頷くと、トリフォンの先導で歩き出した。
彼はフロアの隅に回り込み、一本の狭い通路に二人を誘う。
(ん? このフロア、結構隅々まで見たけど、こんな廊下、あったっけ? あれれ?)
霧が不思議に思っていると、通路の先に重厚な扉が現れた。トリフォンが自分の『辞典』を扉の前にかざし、何かを口ずさむと、扉がスッと音もなく開く。中は直径2メートルぐらいの円形スペースになっていて、どうやらそれは移動チューブらしい。三人が中に入ると、トリフォンはまた自身の『辞典』をかざし、何かを呟く。それは古代語らしく、霧には何を言っているのかさっぱりわからなかったが、トリフォンの言葉が放たれた途端、一瞬だけ微かな浮遊感が訪れ、自分たちがどこかに運ばれてゆくのがわかった。
霧は年代物の趣を醸し出しているその空間を、物珍し気にキョロキョロ見回す。そうしながら、沈黙を通すべきか、それとも尋ねてみるべきか、判断がつかずもじもじしていた。それを察したトリフォンが、穏やかに笑いながら霧に声をかけてくる。
「構わんぞ、キリ嬢や。何が訊きたいのかな?」
「わ、ありがとう! これって、あれ? VIP専用エレベーターみたいな感じ? 目的地まで、直通?! 図書塔って、もしかして不思議アトラクションなの?!」
「ほっほっほっ、図書塔は新暦以降に建てられた中では、最も歴史ある古い塔での、様々な仕掛けが施されてあるんじゃ。この移動チューブが一般立入禁止なのは、少々不安定なエリアと繋がっておるためじゃ。容易く迷子になり、危険じゃからの」
「ほほう……。これ、上、行ってるの? それとも下?」
「今は上じゃ。まあ、部分的に上下の隔ての無い場所もあるがの」
「ほほう……? よくわかんないけど、ここって『市場迷宮』に並ぶミステリースポットだね。それにしても、まさかトリフォンがこの図書塔の司書長さんだったなんて、びっくり。このミラクルアメイジング・ザ・不思議発見な、ブックキャッスルの長になって、長いんですか?」
「ほっほっほっ、まあ、30年ぐらいかの。といっても、最近はずっと、実質的な業務のほとんどすべてを、副司書長が取り仕切ってくれとるんじゃ。わしが古城学園にいる間、彼女の適性を司書たちに証明するいい機会じゃ。立派にわしの後を継いでくれることを、な。わしはそろそろ引退の頃合いじゃて」
それを聞いて、リューエストが口を挟む。
「いやいや老師、あと100年は軽いでしょ?」
「ほっほっほっ、100年は無理じゃわい。近頃めっきり足腰も弱ってのぉ」
「いやいや老師、僕、知ってますよ。老師の得意技は強力な後ろ回し蹴りじゃないですか。その杖、カモフラ――」
リューエストの言葉が言い終わらないうちに、トリフォンが「ゴホン」と咳払いをした。リューエストは慌てて続きを言うのをやめ、「あ、何でもないです」と口ごもりながら微妙な笑みを浮かばせる。
トリフォンは穏やかな口調で、リューエストに向かって言った。
「リューエストや、老師、ではなく、トリフォンと呼んでおくれ」
「あ、すみません、つい。リール叔母さんと同じように、尊敬の念で。その……色々見てしまって、許してください」
「よいよい、許しを乞う必要なぞ、どこにもありはせん。わしとおぬしは1540年度、同期入学生ではないか。まあ、わしは2回目なんで、リューエストとは違ってフレッシュとは言えんがの」
「えっ、2回目?」
思わずそう口走ってしまった霧に、トリフォンが応じる。
「そうなんじゃよ。若い頃、一度入学したんじゃが、やんちゃをして退学になってのぉ……。辞典魔法士の資格なんぞなくても困らんから、2度と戻ってくるつもりはなかったんじゃが、この年になると、色々と昔のことが思い出されての。学生時代が懐かしゅうなって、青春をやり直しに来たんじゃわい!」
それを聞いてリューエストが何か言おうとしたが、彼は思い直した様子でパッと口を閉じた。どうやら彼は天眼・慧眼を宿していた昨日、色々知ってしまったらしい。
「おかげさんで、とてつもなく楽しい日々じゃ。これほど有意義な体験ができるなど、誰が思ったじゃろう……ほんに、わしは幸せ者じゃ」
そう言いながら、トリフォンは霧を見つめた。穏やかなその瞳には様々な感情が宿っている。慈しみや、優しさ、尊敬、良い意味での驚愕、近い未来に起こり得る善きものに対する期待……そんなものが。
そのとき、移動チューブが微かに揺れて、扉が開いた。
「さあ、着いたぞ。天上階の一つじゃ。寄り道せずわしの後を付いてくるんじゃぞ。地下階ほどではないが、やはり迷子になりやすいからの」
「あっ……。え、ええ?! あれっ、なんで?!」
霧は移動チューブから出てフロアに足を踏み入れるなり、驚きに目を見開いた。
思いがけないミアとの再会を終え、やっと図書塔内に入った霧とリューエストは、さっそく膨大な書物の海へと、探索をはじめる。
霧はリューエストに手伝ってもらい、目当ての本を探し回ったが、「光と虹の竜辞典」に触れた伝記には、いずれもソイフラージュに関することしか載っていなかった。やっとレイフラージュにも触れている文献を見つけても、そういう人物がいたという記述のみで、チラリと一行のみ、というものしかない。
一通り探し終えた霧は、溜息をついて言った。
「ここには無いみたい。……そうだよね、1500年以上前の、真実が記された書物なんて、簡単には見つからない……」
「何を、お探しかな?」
後ろからかけられた声に、霧は振り返った。
「トリフォン!」
小さく叫んだ霧の顔に、希望の光が輝く。彼なら、目的の書物がどこにあるか知っているだろう。なにしろ彼は昨日、自分が図書塔司書長という立場であることを自ら明かしたのだから。
聞くところによると図書塔司書長とは、塔の長を務める名誉ある職位で、図書塔の全てを把握し、数多くの権限を有しているらしい。
霧はトリフォンに、目的の書物の内容を説明した。彼は少しの間、考えるように目を閉じていたが、やがて目を開け、優しい眼差しで霧を見つめながら言った。
「ふむ、いいじゃろう。特別に案内いたそうぞ」
「え、てことは、どっかにそういう本、あるんだね? やった!! 大好き、トリフォン! ありがとう!!」
「ほっほっほっ、照れるのぉ。さあ、二人ともついておいで。少ぉしばかり、複雑な道行くとなる。わしの後を遅れずついてくるんじゃぞ」
霧とリューエストは頷くと、トリフォンの先導で歩き出した。
彼はフロアの隅に回り込み、一本の狭い通路に二人を誘う。
(ん? このフロア、結構隅々まで見たけど、こんな廊下、あったっけ? あれれ?)
霧が不思議に思っていると、通路の先に重厚な扉が現れた。トリフォンが自分の『辞典』を扉の前にかざし、何かを口ずさむと、扉がスッと音もなく開く。中は直径2メートルぐらいの円形スペースになっていて、どうやらそれは移動チューブらしい。三人が中に入ると、トリフォンはまた自身の『辞典』をかざし、何かを呟く。それは古代語らしく、霧には何を言っているのかさっぱりわからなかったが、トリフォンの言葉が放たれた途端、一瞬だけ微かな浮遊感が訪れ、自分たちがどこかに運ばれてゆくのがわかった。
霧は年代物の趣を醸し出しているその空間を、物珍し気にキョロキョロ見回す。そうしながら、沈黙を通すべきか、それとも尋ねてみるべきか、判断がつかずもじもじしていた。それを察したトリフォンが、穏やかに笑いながら霧に声をかけてくる。
「構わんぞ、キリ嬢や。何が訊きたいのかな?」
「わ、ありがとう! これって、あれ? VIP専用エレベーターみたいな感じ? 目的地まで、直通?! 図書塔って、もしかして不思議アトラクションなの?!」
「ほっほっほっ、図書塔は新暦以降に建てられた中では、最も歴史ある古い塔での、様々な仕掛けが施されてあるんじゃ。この移動チューブが一般立入禁止なのは、少々不安定なエリアと繋がっておるためじゃ。容易く迷子になり、危険じゃからの」
「ほほう……。これ、上、行ってるの? それとも下?」
「今は上じゃ。まあ、部分的に上下の隔ての無い場所もあるがの」
「ほほう……? よくわかんないけど、ここって『市場迷宮』に並ぶミステリースポットだね。それにしても、まさかトリフォンがこの図書塔の司書長さんだったなんて、びっくり。このミラクルアメイジング・ザ・不思議発見な、ブックキャッスルの長になって、長いんですか?」
「ほっほっほっ、まあ、30年ぐらいかの。といっても、最近はずっと、実質的な業務のほとんどすべてを、副司書長が取り仕切ってくれとるんじゃ。わしが古城学園にいる間、彼女の適性を司書たちに証明するいい機会じゃ。立派にわしの後を継いでくれることを、な。わしはそろそろ引退の頃合いじゃて」
それを聞いて、リューエストが口を挟む。
「いやいや老師、あと100年は軽いでしょ?」
「ほっほっほっ、100年は無理じゃわい。近頃めっきり足腰も弱ってのぉ」
「いやいや老師、僕、知ってますよ。老師の得意技は強力な後ろ回し蹴りじゃないですか。その杖、カモフラ――」
リューエストの言葉が言い終わらないうちに、トリフォンが「ゴホン」と咳払いをした。リューエストは慌てて続きを言うのをやめ、「あ、何でもないです」と口ごもりながら微妙な笑みを浮かばせる。
トリフォンは穏やかな口調で、リューエストに向かって言った。
「リューエストや、老師、ではなく、トリフォンと呼んでおくれ」
「あ、すみません、つい。リール叔母さんと同じように、尊敬の念で。その……色々見てしまって、許してください」
「よいよい、許しを乞う必要なぞ、どこにもありはせん。わしとおぬしは1540年度、同期入学生ではないか。まあ、わしは2回目なんで、リューエストとは違ってフレッシュとは言えんがの」
「えっ、2回目?」
思わずそう口走ってしまった霧に、トリフォンが応じる。
「そうなんじゃよ。若い頃、一度入学したんじゃが、やんちゃをして退学になってのぉ……。辞典魔法士の資格なんぞなくても困らんから、2度と戻ってくるつもりはなかったんじゃが、この年になると、色々と昔のことが思い出されての。学生時代が懐かしゅうなって、青春をやり直しに来たんじゃわい!」
それを聞いてリューエストが何か言おうとしたが、彼は思い直した様子でパッと口を閉じた。どうやら彼は天眼・慧眼を宿していた昨日、色々知ってしまったらしい。
「おかげさんで、とてつもなく楽しい日々じゃ。これほど有意義な体験ができるなど、誰が思ったじゃろう……ほんに、わしは幸せ者じゃ」
そう言いながら、トリフォンは霧を見つめた。穏やかなその瞳には様々な感情が宿っている。慈しみや、優しさ、尊敬、良い意味での驚愕、近い未来に起こり得る善きものに対する期待……そんなものが。
そのとき、移動チューブが微かに揺れて、扉が開いた。
「さあ、着いたぞ。天上階の一つじゃ。寄り道せずわしの後を付いてくるんじゃぞ。地下階ほどではないが、やはり迷子になりやすいからの」
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