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六章 入学旅行六日目

6-05c ランチデートとプレゼント 3

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 驚いたリューエストが、パッと顔を上げて霧を見つめる。霧は泣きながら、笑っていた。

「うん、リューエスト。多分あたしぐらいだよ、リューに手を握られて気絶しないなんてさ。他の子だったら、速攻気絶するから。だってお兄ちゃん、綺麗すぎるんだもんね。ま、あたしは見慣れてるけど。なんたって、ずっと、妹やってるんだもんね」

 霧のその言葉と笑顔を見たリューエストは、花が咲くように微笑んだ。
 そして嬉しくてたまらないと言うように、肩を震わせ、うずうずと体を揺らす。遂にリューエストはもう黙っていられないと、打ち明けた。

「実はさぁ、今日の僕のパンツ、妖精柄なんだぁ!! キリとお揃いだよ、グフフ……!!」

「え、気持ちわる……」

 スン、っと表情を変えた霧を見て、リューエストの顔が真っ青になる。彼の分かりやすい反応に大笑いした霧は、もう一度リューエストの手をギュッと握り、言った。

「ウソウソ、からかっただけ。お揃いパンツぐらい許してあげるよ、リュー。こんなにいいもの、貰ったんだもん。ありがとう、リューエスト。ずっと欲しかったんだ、妖精魔女ルル姫の、魔法のロッド。こんな風に、プレゼントしてもらえるなんて、最高だよ。よく見つかったね、30年ぐらい前のアニメの商品なんて。さっすが、市場迷宮だ」

「うん、さすが市場迷宮だよね。すごく面白かったよ、キリへのプレゼント探し。不思議なおもちゃ屋さんがずらりと並んでいてね、見たことない物ばかりだった。……それで、実はさぁ……他にもあるんだ。キリの反応見てから、続けて渡そうと思ってさぁ……」

 二人はもうすっかり、元の調子を取り戻していた。仲の良い、双子。妹を溺愛する兄と、ちょっと兄に対して辛辣な、風変わりな妹。
 泣いていたことも忘れ、リューエストはウキウキした様子で小さな包みを二つ取り出した。
 霧がそれを受け取り包み紙を開けると、中身は妖精姫のおもちゃのアクセサリーセット、そして、妖精姫の忠実なしもべ、フェアリードッグ・ワンダホーの小さなぬいぐるみだった。霧はそれらを手に取って歓声を上げた。

「うわきゃあっーーーーっ!!!! 嘘だぁっ、これも欲しかったやつぅ!!!! ぎょはぁっ!! なにこの『ワンダホー』の驚異の可愛さ、子供向けオモチャとは思えない精巧さ!! メーカー天才かよ!! ハッ、もしかしてアレだ、このアニメ、一部の大人層にも人気があったそうだから、それ意識した?! ぐはぁッ、もう一生大事にする!! ありがとぉっ、リューエスト!!」

 喜ぶ霧の顔をニコニコしながら、リューエストはまたもや何かを取り出した。

「実はまだあるんだぁ……うふふ……」

「えっ、まだあるの?!」

 喜びながらも、霧は何やらデジャブ……と思った。

(ハッ!! そうだ、チェカだ!! チェカのアデルに対するプレゼント攻撃、あれを彷彿ほうふつとさせる!!)

「リューエスト、チェカと同一遺伝子持ってるね、間違いない……」

「ん? そりゃ、チェカは僕の叔父さんだからね? ……あ、もう時間だぁ……キリ、残念だけど、もうレストランを出なきゃ。この遊覧個室は特に人気だからね、時間制限あるんだ。キリ、そのドリンク、飲んじゃえる?」

「うん。はあ~、すごく美味しくて、綺麗で、楽しかったぁ!! 連れてきてくれて、ありがとう、リューエスト」

「僕の方こそ、デートしてくれて、ありがとう、キリ! 僕もすごく楽しかったよ! また機会があったら一緒に来ようね! 夜も、すごく綺麗なんだよ、ここ。夜の予約は昼より激戦らしい」

 これデートだったのか?と霧は首を傾げながら、部屋の隅にある何かの装置に、『辞典』を掲げて清算をしているリューエストを眺めた。すべてがオートマチックで、とてもスムーズだ。ワリカンを申し出ようと思ったが、入学旅行中の費用は学園持ちとなることを思い出し、霧は精算の手間に対してお礼を言うにとどめた。

(はあ……学園も、太っ腹だなぁ。……まあ、それだけ、生徒たちの将来を期待されてるってことだよね。辞典魔法士となって、世界に貢献することを)

 頑張るぞ、と霧は気持ちも新たに決意した。

(こんな無力なあたしに、何ができるかわからないけど……。今のあたしには、『竜辞典』がある。ソイとレイ、それに、竜……。あたしを、この世界につれてきてくれた恩にも、報いたい。そのためなら、何でもする)

 そう思った霧は、ソイとレイに思いを馳せた。
 特に、悲し気な風情の、レイに。

――もう、終わらせたいの……存在……することを。

 そう言っていたレイの、悲しい表情を思い出し、霧の胸にズキッと痛みが走る。

(同じ『辞典』に宿っているのに、かつて同じ『辞典』を共有していたのに、なぜ、レイは独りぼっちなんだろう。なぜ、ソイからもミミからも、見えないんだろう。いったい、1500年以上も昔に、何があったんだろう……)

 知らなければいけない、という焦燥感が、霧の胸に募る。
 なぜか分断されている、『竜辞典』のかつての主、ソイとレイの双子。英雄として伝承の残るソイフラージュに対して、歴史書にはほとんど登場しない、レイフラージュ。
 何があったのか、レイやソイに尋ねることもできるだろう、霧はそう思ったが、どうしても、直接訊き出すことをしたくなかった。
 二人のあの様子を見れば、間違いなく、過去には悲しい出来事が、生々しい傷跡を晒して横たわっているのだと、そう、確信したから。

(訊けば、答えてくれるだろう。でも、答えるには、苦痛を伴う)

 その確信が、霧にはあった。
 自分自身にも、経験があるからだ。
 過去に起こった理不尽な出来事は、思い出すだけで痛みが走る。
 それを言葉にして誰かに伝えるとき、更なる苦悶が襲ってくるだろう。

(とても、訊けない……。訊くのは、嫌だ)

 でも、知らなければいけない。
 知らなければ、彼女たちの悲しみに、寄り添うことすら許されない。

 物思いに沈む霧に、リューエストが声をかけてきた。

「はあ~、お腹いっぱいだね、キリ。腹ごなしに、言読町ことよみちょうを散策しない? 今日は一日自由行動だし、キリの行きたいとこ、どこでも付き合うよ、どこ行きたい?」

「うん……あのね、リューエスト、あたし、今日も図書塔に行こうと思うんだ。調べたいことがあって。ごめんね……せっかく、課題がお休みの日に」

 リューエストは微笑むと、元気よく言った。

「どこでも付き合うよ。キリ、君が行きたいところが、僕の行きたいところだ」
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