推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~

ことのはおり

文字の大きさ
上 下
164 / 175
六章 入学旅行六日目

6-05b ランチデートとプレゼント 2

しおりを挟む
 包み紙を開けて、中身を目にした霧は、驚きのあまり息を止めた。

(……これっ……、ルル姫の、魔法の杖マジカルロッド……!!)

 それは霧が子供のころ、ずっと欲しかった、オモチャの魔法の杖だった。
 全長30㎝ほどの杖の先には王冠の飾りが付いていて、あちこちにキラキラした宝石や、花や星やリボンが散りばめられている。
 当時はやっていた子供向けアニメの、「フェアリープリンセス・ルル」。
 同年代の女の子たちは、みんなこのアニメに夢中で、親にせがんで様々なグッズを買ってもらっていた。中でもこの魔法の杖マジカルロッドは、女の子たちの羨望の的だった。
 それを持ってプリンセスルルごっこをしている子供たちを、霧はいつも、遠くからこっそり見つめていた。当然、霧は仲間には入れてもらえない。何一つグッズを持っていない上に、ボロボロの汚れた服を着た、オドオドした目の奇妙な子供だった霧は、みんなに避けられていた。
 振り回せば音が鳴り、光が色鮮やかに輝く、魔法の杖マジカルロッド
 可愛くて、綺麗で、素敵だった。
 欲しかった。とても欲しかった。
 あれが手に入れば、どこか遠くの世界へ連れて行ってもらえるような気がした。
 恐ろしい父親の元から、救い出してもらえるような気がした。
 別の自分になれるような、気がした。
 その、希望と憧れの詰まった魔法の杖マジカルロッドが、手に入らなかった夢が、今、目の前にある。
 霧は震える手でパッケージごと手に取り、食い入るように見つめていた。

「あ……あ……これ……」

「あのね、『市場迷宮』でさ、僕、『霧が子供の頃、欲しかったものを探したい』って念じたんだよ。そしたら、何だか不思議なおもちゃ屋さんに辿り着いてね……あの……これ、どうかなって……」

「あ……」

 霧の目に、ドッと涙があふれ出した。

「キ、キリ、そそそそ、そんなに?! ……泣くほど?! え……それ、嬉し涙、だよね……? あ……もしかして、欲しくなかった? 自力で手に入れたかった?」

 霧は慌てて首を振ると、涙を拭いながら、掠れる声を紡いだ。

「リューエスト、ありがと……ありがと、ありがと……これ、すごく欲しかった、嬉しい、すごく、嬉しい! ……でも……」

 涙を止めようとしたが、できそうになかった。色んな思いが交錯して、涙と共にあふれ出してゆく。霧はリューエストからの贈り物をギュッと抱きしめ、嗚咽と共に声を絞り出した。

「リューエスト、あたし、ごめんね、本物の、妹じゃなくて、あたし、ごめんね……こんなに、してもらって、あたし、申し訳なくて……。そんな資格、あたしには……」

 うつむいて泣きじゃくる霧には、リューエストがどんな表情をしているか、わからなかった。怖くて、それを知ることもできなかった。
 ただ、何となく、リューエストが怒っている気配が伝わってくる。

「何、言ってるの……」

 静かなリューエストの声が、霧の耳に届く。彼の声は、震えていた。

「何言ってるの、キリ。君が、申し訳ないなんて思う必要は、1ミリも無い」

「でも、でもっ……あたしはっ……りゅ、竜が、連れてきてくれた……日本の……」

 続きを遮るように、リューエストが小さく叫ぶ。

「僕の記憶はね、まぎれもなく僕自身の感情で編み上げられた、本物なんだよ。君は僕の、奇跡そのもの。妹なんてありふれた存在ですら、遥かに超えた、大切な大切な、僕の、キリ・ダリアリーデレ」

 リューエストの声には力がこもり、そこには確かに、深い愛情が息づいていた。
 彼は涙を拭う霧の右手を取ると、ギュッと自分の両手の中に握りしめ、囁いた。

「ありがとう、霧。僕の妹になってくれてありがとう。目覚めてくれてありがとう。――この世界に来てくれて、ありがとう」

 思わず顔を上げた霧は、潤んだ瞳のリューエストと、目を見交わした。彼は泣き笑いのような表情で微笑むと、言葉を続けた。

「君が古城学園から降り立ったあの日。僕はね、竜が『世界事典』を上書きする以前の記憶を、少し思い出したんだ。そこにはね、別の僕がいた。冷めた目で世界を見て、人間より言獣げんじゅうを愛してる、クールな僕がね。あの自分に戻りたいと、僕はまるで思わないんだ。だって、全然違うんだよ。今の方が、すごく幸せなんだ、キリ。君が僕の妹として生まれ、共に育ち、今、こんなに傍にいる。僕は以前よりずっとずっと、この世界を愛してるんだ。君のいる、この世界を」

 話しているうちに感情がたかぶってきたらしく、リューエストの瞳から涙がこぼれた。彼はそれを拭いもせず、一言一言に力を込め、言葉を続けた。

「だからお願いだ、二度と、本物じゃないなんて、言わないでくれ。共に育った小さなキリ・ダリアリーデレも、今、目の前にいる君も、僕にとっては紛れもなく本物の君。僕は生涯、君を守る権利を持つ。僕はそれを、決して手放さない――永遠にね」

 リューエストの声が、じんわりと、霧の心に沁み込んでいく。
 不思議だった。
 男性恐怖症ともいえる自分が、男性に手を取られて嫌悪感を覚えない、なんて。今までの霧なら、とっくに手を払っていただろう。

(そういえば、リューエストに触れられてゾッとしたこと、一度もない……。当たり前っちゃ当たり前……かな? だって、彼はかつて、アデルの次にあたしの推しだった。ううん、推しだったから、じゃない。だってここに来てすぐ、リューエストはなんか違う、って思ってた。『クク・アキ』に出てきた彼じゃないって……)

 ――きっと。

 霧は思った。
 きっと、リューエストの愛情に、一切の濁りがないからだろう、と。
 
 彼からは性的な下心や嫌らしさを、まるで感じない。彼の美貌は性別を超えているし、双子という設定のせいなのか、リューエストから醸し出される愛情には、あらゆる性的な嫌悪感が含まれていない。だからこそ、天眼・慧眼を宿したリューエストに「妖精柄のパンツ」を見られた時も、さほどショックを受けなかったのだ。

 霧はそれに気付き、改めて驚いた。

 男性に手を取られて平気どころか、嬉しい、心地よい、照れる、と感じる日が来ようとは。そんな日は、生涯来ないと、そう思っていたのに。最悪の父親を持ち、そのトラウマに苦しむ霧にとって、人類の半分は、ほぼ敵、だったのだから。だからこそ、アニメや漫画の、二次元の中にしか、愛する対象を見いだせなかったのだから。

 初めて味わう感覚は新鮮で、底知れぬ感動を秘めていた。
 そうして固まっている霧の手を、リューエストが誤解して、パッと放す。

「あ、ごめん、キリ。触れられるの、嫌いだったね。ごめんね……。き、気持ち悪いとか、言わないで、お願い、お兄ちゃんはさ、キリの嫌がること、絶対しない。絶対だよ、だから信じて」

 あきらかに意気消沈し、震える声でそう言ったリューエストの手を、霧はもう一度自分から握った。驚いたリューエストが、パッと顔を上げて霧を見つめる。リューエストの目に映る霧は、泣きながら笑っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

貞操逆転世界って天国だったんだなぁ・・・

marks
恋愛
娘の話です。

美咲の初体験

廣瀬純一
ファンタジー
男女の体が入れ替わってしまった美咲と拓也のお話です。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

黒白の魔法少女初等生(プリメール) - sorcier noir et blanc -

shio
ファンタジー
 神話の時代。魔女ニュクスと女神アテネは覇権をかけて争い、ついにアテネがニュクスを倒した。力を使い果たしたアテネは娘同然に育てた七人の娘、七聖女に世の平和を託し眠りにつく。だが、戦いは終わっていなかった。  魔女ニュクスの娘たちは時の狭間に隠れ、魔女の使徒を現出し世の覇権を狙おうと暗躍していた。七聖女は自らの子供たち、魔法少女と共に平和のため、魔女の使徒が率いる従僕と戦っていく。  漆黒の聖女が魔女の使徒エリスを倒し、戦いを終結させた『エリスの災い』――それから十年後。  アルカンシエル魔法少女学園に入学したシェオル・ハデスは魔法は使えても魔法少女に成ることはできなかった。異端の少女に周りは戸惑いつつ学園の生活は始まっていく。  だが、平和な日常はシェオルの入学から変化していく。魔法少女の敵である魔女の従僕が増え始めたのだ。

処理中です...