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六章 入学旅行六日目
6-04 新しい朝
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《礼を言うのは我の方だ。ありがとう、霧。おまえの働きで、我らは間もなく、全き姿を取り戻すだろう。もがれていた片翼が、戻ってくる》
「え……? 何のこと? さっぱり意味わかんない」
《いずれわかる。案ずるな。あの数奇な合いの子が、おまえを助けてくれるだろう》
「……?? 合いの子……って? ハーフのこと、だよね……? あっ! もしかして、イサナのこと?!」
肯定の気配を漂わせながら、クルカントゥスは身をひるがえした。
《人の時間は慌ただしい。おまえの意識が浅瀬に向かって浮上する。そろそろおまえを返そう》
「クルカントゥス……また、会える?」
《おまえが強く願うなら》
霧はホッとして、涙を拭って微笑んだ。竜もまた、霧に向かって笑いかける。その独特な笑い声は波のようにさざめきながら、心地よいエコーを響かせて遠去かっていった。優しい余韻を残し、神々しい光と虹をまといながら。
霧は、ゆっくりと目を開けた。
目に入ったのは、妖精の飛び交う絵柄の、可愛い天井。
遮光カーテンを引き忘れた窓から、中庭の光がぼんやりと室内を照らしている。
「ああ……」
霧は心底ホッとして、大きく息を吐き出した。
「おはよう、ククリコ・アーキペラゴ」
幸福感が、胸いっぱいに広がる。
霧はしばらくの間、満ち足りた気持ちで横たわっていた。今日の課題はお休みのため、時間を気にする必要は無い。昨日はみんな遅くまで妖精の里の回復作業をしていたので、今日は各自、休息に充てることになっているのだ。
「はあ……入学旅行も、もう6日目かぁ……。来たばっかりって感じなのに、早いなぁ……」
霧は怒涛の5日間を振り返りながら、ベッドの上で寝返りを打つ。適度な弾力で体を支えてくれるマットレスが気持ちよくて、「二度寝しちゃおうかな」と霧が思っていると、部屋の扉がノックされた。
「ん……?」
霧がベッドの上に座り込むと、部屋の外から控えめな音量のリューエストの声が、聞こえてくる。
「キリ~~~~、お兄ちゃん、寂しくて泣きそうだよぉ~、起きてるなら一緒にお昼ごはん食べに行こうよ~」
「えっ、もう昼なわけ?!」
霧はそう独り言を呟きながら、時間を確認した。確かにもう昼過ぎだった。
「マジか……」
霧は慌てて、「ちょっと待って、今、支度するから!」と叫んでベッドから下りた。
急いで身支度を整えると、霧は扉を開ける前、ほんの少し、躊躇した。
リューエストに、どんな顔をして会えばいいのだろう? ――そう、思って。
答えは、すぐに出た。
彼は双子の兄、リューエスト・ダリアリーデレ。
(うん……。彼は、ずっとあたしを見守ってくれた、あたしの、大切な兄)
リューエストから何かを訊き出す必要は、ない。
彼は何もかもわかっていて、ずっと兄として渡会霧を愛してきてくれたのだから。入学旅行一日目から――本当の意味で出会ってから、ずっと。
竜が見せてくれた過去の映像の中には、その答えが詰まっていた。
今更霧が「いや、他人なんで、以降、そう扱ってください」と言っても、彼は引き下がらないだろう。引き下がらないどころか、号泣して足にすがりついてくるかもしれない。「お兄ちゃんを捨てないで!」などと嘆き悲しみながら。その様を想像した霧は、思わず吹き出した。
(やりかねん……。……うん、……いいよ、リューエスト、受け取ることにする。こんなあたしを、妹として受け入れてくれた、あなたの気持ちを)
迷いの吹っ切れた霧は、扉を開けた。
「え……? 何のこと? さっぱり意味わかんない」
《いずれわかる。案ずるな。あの数奇な合いの子が、おまえを助けてくれるだろう》
「……?? 合いの子……って? ハーフのこと、だよね……? あっ! もしかして、イサナのこと?!」
肯定の気配を漂わせながら、クルカントゥスは身をひるがえした。
《人の時間は慌ただしい。おまえの意識が浅瀬に向かって浮上する。そろそろおまえを返そう》
「クルカントゥス……また、会える?」
《おまえが強く願うなら》
霧はホッとして、涙を拭って微笑んだ。竜もまた、霧に向かって笑いかける。その独特な笑い声は波のようにさざめきながら、心地よいエコーを響かせて遠去かっていった。優しい余韻を残し、神々しい光と虹をまといながら。
霧は、ゆっくりと目を開けた。
目に入ったのは、妖精の飛び交う絵柄の、可愛い天井。
遮光カーテンを引き忘れた窓から、中庭の光がぼんやりと室内を照らしている。
「ああ……」
霧は心底ホッとして、大きく息を吐き出した。
「おはよう、ククリコ・アーキペラゴ」
幸福感が、胸いっぱいに広がる。
霧はしばらくの間、満ち足りた気持ちで横たわっていた。今日の課題はお休みのため、時間を気にする必要は無い。昨日はみんな遅くまで妖精の里の回復作業をしていたので、今日は各自、休息に充てることになっているのだ。
「はあ……入学旅行も、もう6日目かぁ……。来たばっかりって感じなのに、早いなぁ……」
霧は怒涛の5日間を振り返りながら、ベッドの上で寝返りを打つ。適度な弾力で体を支えてくれるマットレスが気持ちよくて、「二度寝しちゃおうかな」と霧が思っていると、部屋の扉がノックされた。
「ん……?」
霧がベッドの上に座り込むと、部屋の外から控えめな音量のリューエストの声が、聞こえてくる。
「キリ~~~~、お兄ちゃん、寂しくて泣きそうだよぉ~、起きてるなら一緒にお昼ごはん食べに行こうよ~」
「えっ、もう昼なわけ?!」
霧はそう独り言を呟きながら、時間を確認した。確かにもう昼過ぎだった。
「マジか……」
霧は慌てて、「ちょっと待って、今、支度するから!」と叫んでベッドから下りた。
急いで身支度を整えると、霧は扉を開ける前、ほんの少し、躊躇した。
リューエストに、どんな顔をして会えばいいのだろう? ――そう、思って。
答えは、すぐに出た。
彼は双子の兄、リューエスト・ダリアリーデレ。
(うん……。彼は、ずっとあたしを見守ってくれた、あたしの、大切な兄)
リューエストから何かを訊き出す必要は、ない。
彼は何もかもわかっていて、ずっと兄として渡会霧を愛してきてくれたのだから。入学旅行一日目から――本当の意味で出会ってから、ずっと。
竜が見せてくれた過去の映像の中には、その答えが詰まっていた。
今更霧が「いや、他人なんで、以降、そう扱ってください」と言っても、彼は引き下がらないだろう。引き下がらないどころか、号泣して足にすがりついてくるかもしれない。「お兄ちゃんを捨てないで!」などと嘆き悲しみながら。その様を想像した霧は、思わず吹き出した。
(やりかねん……。……うん、……いいよ、リューエスト、受け取ることにする。こんなあたしを、妹として受け入れてくれた、あなたの気持ちを)
迷いの吹っ切れた霧は、扉を開けた。
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