推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~

ことのはおり

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六章 入学旅行六日目

6-02   煌竜クルカントゥス

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「あ……あ……あ……」

 涙に濡れた顔を上げ、霧は茫然と辺りを見回した。
 光の降り注ぐ美しい空間に佇む霧の元に、白く光り輝く竜が現れる。
 鮮やかな虹と共に優雅に飛び回る竜は、霧のそばに下りてくると話しかけてきた。

渡会わたらい霧。教えてやろう。おまえはさっきまで、心の奥底に宿る不安と恐怖が見せる、悪夢の中にいた。絶望する必要は微塵もないと、教えてやろう》

 その声は霧の頭の中に直接響き、キラキラと輝く竜の瞳は、慈愛と共に霧に注がれていた。

「あ……ああ……」

 霧はへなへなと、崩れ落ちる。
 絶望の涙は、歓喜の涙へと様変わりしていった。

「悪夢……あれは、夢、だったの。じゃあ、あたし、日本に戻されたわけじゃ、ないんだね?」

《そうだ。おまえはあの『可愛い』ホテルで眠っている。肉体の疲労が強すぎて、目覚めることもできず悪夢にうなされておったが、我の介入でこの通り、悪夢は絶たれた。安心するといいい》

「ああ、良かった、良かった、良かったぁ……。ありがとう、ありがとう」

 霧はしばらく呆けていたが、ハッとして竜を見上げた。

「あの、竜さん……ええと、名前、何だっけ?」

《我は煌竜こうりゅう、クルカントゥス。遠い昔、最初のあるじが付けた名だ》

「あの、クルカントゥスさん、訊いても、いい?」

は要らぬ。おまえは辞典主。我のことはクルカントゥスと呼ぶがいい。それで、何を訊きたいというのだ?」

「あの……あの、どうやってあたしを『キリ・ダリアリーデレ』にしたの? いったい、何がどうなってるの?」

《世界の根源、人には決して辿り着けない場所に、『世界事典』というものがある。世界の全てを記憶してゆく、唯一無二の記録だ。我は『竜辞典』の新たな主となったおまえを迎え入れるため、キリ・ダリアリーデレという存在を『世界事典』に書き加えた。『世界事典』への干渉は、竜の我をもってしても大仕事だ。滅多なことでは実行しない。竜の品格を落とすのを回避するため、我はこの先200世紀は、『世界事典』にアクセスできないだろう》

「え……え……よくわかんないけど、この状態って、一時的なものじゃなくて、ずっと続くの? あたしは、もう……日本に、帰らなくても、大丈夫、なの? ずっと、ここにいていいの?」

 それこそが、霧の一番訊きたかった質問だった。

 竜は穏やかな瞳で霧を見つめ、答える。

《いてもらわねば、困る。今の『竜辞典』の主は、おまえだ》

「あ……ああ……良かった、良かったぁ……ありがとう、ありがとう、ありがとう、クルカントゥス」

《礼には及ばぬ。この先、一働き、二働き、千働きしてもらわねばならんゆえ》

「いいよ、いいよ、何だってするよ。この世界にあたしの居場所を作ってくれたんだもん。でも、あたしにできることなんて、あるかなぁ……。クルカントゥスがいれば、あたしは用無しじゃない?」

 霧がそう言った途端、竜は大笑いした。それは今まで聴いたことも無い不思議な音色と振動で、霧の心を気持ちよく揺さぶる。

「え、え、なななな、何っ?! あたし、何か変なこと言った?!」

《おまえは自分の価値に気付いていない。その無自覚なところが、我にはひどく愉快に思えるのだ。人間とは滑稽なものよ。卑劣極まりないあの男が自分を偉大な存在だと勘違いをする一方で、おまえのように自らを卑屈なまでに過小評価する者もいる》

 霧はハッとして、うつむいた。
 取るに足らない、不必要な存在という、自分への低評価。
 それは両親が植え付け、社会が大きく育てた、霧への呪いの一つだ。呪いは霧の心の奥に巣食い、どんなに煩わしくても、今もなお消えてくれない。霧には、どうしようもなかった。

 竜は美しい光を霧に注ぎながら、優しく言った。

《本来、我は人間の世に干渉しない。自ら何かを正したりしない。だが、もちろん例外もある。此度こたびのように、住処すみかである『竜辞典』がおびやかされるようなときだ。ソイフラージュとレイフラージュによってもたらされたこの居場所が、我にはとても心地よい。よって面倒ではあるが、重い腰をあげたのだ。変革は感情を交えず淡々と、慎重に行うつもりであった。――だが、気が変わった》

 竜の笑う気配が言葉と共に届き、霧はそのくすぐったさに身をよじった。

《時々無性に、介入したくなるのだ。気まぐれだ。滅多にないが、気まぐれを起こす。渡会霧、我は『世界事典』に干渉したとき、おまえに贈り物をしたくなった。だからこそ、滅多に振るわない力を大盤振る舞いし、最高の席を用意した。『キリ・ダリアリーデレ』という特等席を》

 クルカントゥスが、そのしなやかな体を舞うようにひるがえすと、霧の足元に、ある景色が映し出された。
 優しいパステルカラーの部屋の中、一つのベッドに、二人の赤子が寝かされている景色が。
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