推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~

ことのはおり

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六章 入学旅行六日目

6-01   絶望の先に

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 『白痴はくち』の出没と図書塔地下階の踏破、そしてシルヴィアの破壊工作の阻止、リリファンナス島の鎮火、負傷者の手当てと森の再生作業――立て続けに起こったそれらの対処に追われた24班の面々は、深夜になってようやくホテルへと戻った。

 突如始まった耐久レースのような一日を乗り切った霧は、煤まみれの体を洗うと、倒れ込むようにベッドに横たわる。

(ああ……なんか……一日で色んなことが起こり過ぎて……もう、頭の中がカオス……)

 断片的に浮かび上がる、まだ生々しい感触を具えた記憶。
 シルヴィアの悲し気な微笑、現れた神々しい竜、燃える妖精の里、ガスティオールの醜いうめき声――そして。

(リューエストの、天眼てんがん慧眼けいがん……)

 あの複雑な文様が刻まれたミステリアスな輝きを思い出し、霧の胸に様々な感情が去来する。
 妖精の里を救うことを最優先としいていたあの時、霧は思考を麻痺させていた。でも事態の収拾を終え、静かな部屋で一人きりになった今は、考えずにいられない。

(天眼・慧眼。すべてを見通す力。……リューエストはあたしが日本から来たことにも、気付いたはず。つまり……あたしが……)

 ――実の妹では、ないと。

(それなのに、リューエストの態度はいつもと変わらなかった)

 僕のお姫様、とリューエストが言っていたのを思い出し、霧は複雑な感情が次々と押し寄せてくるのを感じ、ギュッと目をつむった。

(……お姫様だって。……無いわぁ~……。このあたしには、姫要素は皆無。皆無どころか、マイナス1万点ぐらいだろ。リューエストの妹溺愛モード、謎過ぎる。しかもあたしが本物の妹じゃないって、気付いたはずなのに……。いったい、何がどうなってるんだ……)

 謎を究明したい、という好奇心もあったが同時に、霧は何も知りたくない、とも思った。知った途端がっかりして、すべてが崩れ去り、失うことを恐れた。
 霧は自分が思った以上に、リューエストという兄からの溺愛を心地よく思っていることに気付き、顔を赤らめた。枕に顔をうずめ、恥ずかしさをごまかすようにひとちる。

「ちゃうもんね、これ、不可抗力であって、あたしのせいと、ちゃうもんね。だってあたし、今まで少しも……」

 霧はその先の言葉を呑み込んだ。

 ――今まで少しも、家族に愛されたことが無い。
 
 その言葉を。

 霧の心に、冷たい過去がせり上がってくる。
 普通の子が普通に得られる親からの愛情を、霧は一度も体験したことが無い。

 ここに来て「家族リューエスト」から初めて示される愛情は、霧にとっては例えようも無く甘く、天上の音楽のように清らかで、心地よいものだった。

 それを――失うぐらいなら。

 その考えに、霧の目から涙があふれ出す。

「失うぐらいなら、最初から欲しくなかった。知らないままの方が、良かった」

 渇望していた愛情を手にした今、それを失う恐怖は閾値しきいちを越え、霧を震え上がらせる。
 もし、今すぐ――元の「渡会わたらい霧」へと戻されてしまったら。
 その考えがよぎるたび、霧の胸が冷たく凍り付く。

 その時――突然、異変を感じた霧は、飛び起きた。

「あっ……!!」

 霧の目に映ったのは「絵本の国のホテル」の可愛い一室ではなく――

 そこは、日本で暮らしていた貧しい霧の、狭く日当たりの悪い部屋だった。

「あっ! ……あ……ああ……」

 霧は絶望感に、身を震わせた。まるで足元が崩れ、奈落に突き落とされたかのようだ。

「嘘だ……嘘……。日本に、戻された? ……え、どうして? あたし、もう、用済み?」

 用済み。もう要らない。

 ――「霧」みたいに、ぱあっと消えてくれたらいいのに。女の子なんか、欲しくなかった。

 鋭い刃物のような、その言葉。
 母親から放たれた凶器のような言葉が耳に甦り、霧は凍り付いた。

 パタパタと、うつむいた霧の足元に、涙が落ちる。

「ああ……そうだ、どうして忘れていられたんだろう。あたしには、与えられない……」

 暗く急峻きゅうしゅんな谷底を覗き込むように、霧は陰鬱な世界を思い起こした。

 世の中には、二種類の人間がいる。
 持つ者と、持たない者。
 幸福な者と、不幸な者。
 愛される者と、愛されない者。
 尊敬される者と、軽蔑される者。
 実を結ぶ者と、空っぽの者。
 与えられる者と、奪われる者。

 ――あたしは後者。いつも後者。

 にいけるなんて、なぜ思ったんだろう。
いけるはずがない。

 ――幸せになんて、なれるはずがない。

 元々が、違うのだ。
 持たずに生まれた者には、日は当たらない。
 どんなにあがいても、暗闇から出られない。
 助けは来ない。
 奇跡は起こらない。
 打ち捨てられ、惨めな死を晒すだけ。

 ――なぜ期待なんかした?

「ああ、ああ、ああ、……あああぁっ、……っ!!」

 ひりつく喉が、悲鳴すら拒絶する。
 動かない手足が、冷たく痺れていく。
 鼓動の限界を迎えた心臓が、破裂の気配を漂わせる。

 何度味わっても、絶望感に慣れることは無い。
 それは霧をしたたかに打ちのめす。

「頼む、頼む、頼む……!! 日本に返すぐらいなら、もう、いっそのこと、殺してくれ!」

 体の奥底から絞り出した声で、霧がそう言い放った時。

 辺りは一変し、光と虹が、目の前に現れた。
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