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五章 入学旅行五日目
5-12b 火災のリリファンナス島 2
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「辞典重ねを、キリ!! 24班の辞典力を結集させ、すべての自然現象系言獣を操ってくれ! キリだけが、それを実行できる!」
霧はリューエストが同じ結論に至ったことに力強く頷き、即座に『辞典』を開きながら、みんなの元に走り戻った。霧の開いた『辞典』の上にリューエストが『辞典』を重ねると、アデル、トリフォン、リリエンヌ、アルビレオもまた、『辞典』を重ねてゆく。それと同時に辞典魔法のためのホログラムもまた、一つに重なり明るく輝き出した。霧はしかし、そのホログラムに言葉を乗せずに、朗々と声を張り上げ始める。
「我らの『辞典』に宿るすべての風のスピリッツよ、そして火のスピリッツよ、現れよ!」
途端に、合計12体のスピリッツが、姿を現した。
スピリッツは賢い。言葉による明確な指示をホログラムに入れ込まなくても、辞典主の思惑を汲んで動くことができる。しかしスピリッツは当然ながら、契約した辞典主以外の言葉には従わない。
(でもさっき、リューエストは、あたしにできると言った。なら、できるんだろう。だってこれは――)
――『竜辞典』だもの。
そう思った途端、力が沸いてくる。
『妖精の里』を、妖精たちを、妖精の繭を、森を、そこに暮らす生き物たちを、そして人々と、その暮らしを。それらを救えるなら、何でもしようと、霧は言葉に力を込めた。
「我らの『辞典』に宿るすべての風のスピリッツよ、森に吹く風を凪げ! 吹きすさぶな、留まらせろ!」
リューエストの言った通り、スピリッツは霧の言葉に即座に反応した。6体の風のスピリッツは瞬く間に業火に燃える森へと飛んで行き、風を制御し始める。
霧はホッとして、心の中でみんなに感謝した。スピリッツとは相性があるため、ここにいるツアーメイトすべてが、契約している確証はなかったのだ。もしかしたら6体分は現れないかもしれない、数が少なければ効力は下がる、そう危惧していたのだが、杞憂に終わった。風も火も、6体分のスピリッツが揃っている。これなら十分だろう、という直感が芽生え、霧に希望を届ける。
(よし、いける! 次だ!)
霧は気を引き締め、火のスピリッツに指示を与えた。
「我らの『辞典』に宿るすべての火のスピリッツよ、森を燃え上がらせる炎を掌握し、森から切り離せ! 一塊にして、海へと火を投げ入れろ!」
火のスピリッツが一斉に、業火に向かって飛んで行く。6人の『辞典』に宿っていた火のスピリッツは、協力して炎を取り囲み、森から切り離そうとした。
その時、何かの抵抗を感じて、霧は眉を寄せた。霧たちの魔法を、何かが邪魔している。霧のすぐ傍で辞典を重ねているリューエストもまた、何かに気付いて息を詰めた。いまだ天眼・慧眼を宿したままの彼の目には、何かが見えているらしい。リューエストはすぐに、「異物」の存在を突き止めた。
「一体の火のスピリッツが、僕たちの魔法を邪魔している。そいつはガスティオールのスピリッツだ。奴が操っている。放火魔は別にいるが、ここまで火災が広がったのは、ガスティ―オールの仕業だ」
それを聞き、アデルが叫ぶ。
「あいつ……!! 確かにあいつなら、やりかねない! 火を扱う魔法だけは、常人離れの強さだったもの! どこまで外道なの?! リューエスト、ガスがどこにいるか、見える?!」
「下だ。この『繋がりの塔』、中腹の、自力飛行者用発着エリア。そこから火を操っている」
霧のそばで、イサナが声をかけてきた。
《僕がそいつを食べてくるよ》
「頼む、イサナ」
霧が即座にそう言うと、イサナはフッと姿を消した。その直後、邪魔するものががいなくなったという確かな感覚を覚え、霧の操る6体の火のスピリッツは、遂に巨大な火の塊を森から切り離すのに成功した。
「いいぞ……、そのまま、海にドボンと落とせ!」
切り離された火の塊は、島から十分な距離を取ると海に落とされ、火のスピリッツの働きで徐々に小さくなっていった。島に燃え広がっていた炎は、すっかりなりをひそめ、煙だけがくすぶっている。
「やった!」
「うまくいきましたわ!」
「おおおっ!!」
24班の面々と、共に成り行きを見守っていた『繋がりの塔』の職員が、喜びの歓声を上げる。そんな中、霧はくすぶる森を見て、火の再燃を阻むにはどうすればいいか、考えていた。
(森には油がまかれているかもしれない……そうなれば、水は危ない。けど、現状放置でも、危ない。今はまだ、火を切り離しただけ。火種が残っているなら、また燃え上がるかも……。あそこにはまだ、ガスの仲間が潜んでいる可能性も大きいし)
霧はリューエストに視線を送った。彼の天眼・慧眼なら、何か対処法を見出しているかもしれない、と思って。霧の視線の意味を正確に把握したリューエストは、頷くと言った。
「キリ、水を使おう。森の世話人たちは、消火剤を用意してる。もし部分的に再燃しても、現状なら消し止められるだろう。僕たちもまだ、ここにいるしね」
霧は頷いた。リューエストの迷いのない様子を、頼もしく思いながら、再び辞典魔法のための言葉を紡ぐ。
「我らの『辞典』に宿るすべての水のスピリッツよ、森を湿らせ優しく包め。火種を凍らせ、火の再燃を、阻め」
6体の水のスピリッツが、光に透ける体をキラキラと輝かせながら、森に飛んで行く。森は瞬く間に、優しい湿り気に包まれた。
燻る森を凝視しながら、皆はまだ、緊張を解いていなかった。
森の北側は、壊滅的な姿を晒している。いったい、どれほどの妖精の繭が犠牲になったのだろうか。森で働く人にも、被害が出ているだろう。森を守るために、命を犠牲にした人もいるに違いない。それを思うと、霧の胸は激しく痛んだ。
やがて、リューエストが皆に静かに告げる。
「もういいだろう。みんな、お疲れ様。『辞典』を閉じよう」
詰めていた息を吐き、皆ホッとして、自分の手元に『辞典』を引き上げる。スピリッツたちはあっという間に森から帰ってきて、それぞれの『辞典』へと戻って行った。
職員たちは彼らに賛辞の拍手を贈った後、塔の中へと走り去ってゆく。事後処理のためだろう。トリフォンもまた、みんなに声をかけた。
「では、我らも妖精の里に入り、負傷者の手当てと森の復興の手助けをするとしよう。妖精の里へは直接入ることができぬゆえ、一旦塔内に入り下へ向かうぞ」
皆が頷く中、霧だけは塔内に向かわず、険しい表情で再び『辞典』を開いた。
「大地のスピリッツよ、あたしの両手両足を岩のごとく硬く強化してくれ!」
霧のその叫びを聞いて、塔内への扉に向かっていた皆が、足を止めて振り向く。リューエストだけは、霧のしようとしていることを正確に理解していたが、アデルは戸惑って「キリ、どうしたの、何してるのよ、早く救助に向かわなきゃ!」と叫ぶ。その声には答えず、霧はイサナに向かって「ガスティオールをここに吐き出してくれ」と頼む。
皆が、霧の思惑にハッと気付く。
イサナは即座に霧に応じた。途端に、顔面蒼白のガスティオールが、イサナの大きく開いた口から吐き出される。霧は怒りの形相でガスティオールの胸倉を掴んだ。
「この、史上最悪の害虫外道野郎がぁーっ!!」
霧はリューエストが同じ結論に至ったことに力強く頷き、即座に『辞典』を開きながら、みんなの元に走り戻った。霧の開いた『辞典』の上にリューエストが『辞典』を重ねると、アデル、トリフォン、リリエンヌ、アルビレオもまた、『辞典』を重ねてゆく。それと同時に辞典魔法のためのホログラムもまた、一つに重なり明るく輝き出した。霧はしかし、そのホログラムに言葉を乗せずに、朗々と声を張り上げ始める。
「我らの『辞典』に宿るすべての風のスピリッツよ、そして火のスピリッツよ、現れよ!」
途端に、合計12体のスピリッツが、姿を現した。
スピリッツは賢い。言葉による明確な指示をホログラムに入れ込まなくても、辞典主の思惑を汲んで動くことができる。しかしスピリッツは当然ながら、契約した辞典主以外の言葉には従わない。
(でもさっき、リューエストは、あたしにできると言った。なら、できるんだろう。だってこれは――)
――『竜辞典』だもの。
そう思った途端、力が沸いてくる。
『妖精の里』を、妖精たちを、妖精の繭を、森を、そこに暮らす生き物たちを、そして人々と、その暮らしを。それらを救えるなら、何でもしようと、霧は言葉に力を込めた。
「我らの『辞典』に宿るすべての風のスピリッツよ、森に吹く風を凪げ! 吹きすさぶな、留まらせろ!」
リューエストの言った通り、スピリッツは霧の言葉に即座に反応した。6体の風のスピリッツは瞬く間に業火に燃える森へと飛んで行き、風を制御し始める。
霧はホッとして、心の中でみんなに感謝した。スピリッツとは相性があるため、ここにいるツアーメイトすべてが、契約している確証はなかったのだ。もしかしたら6体分は現れないかもしれない、数が少なければ効力は下がる、そう危惧していたのだが、杞憂に終わった。風も火も、6体分のスピリッツが揃っている。これなら十分だろう、という直感が芽生え、霧に希望を届ける。
(よし、いける! 次だ!)
霧は気を引き締め、火のスピリッツに指示を与えた。
「我らの『辞典』に宿るすべての火のスピリッツよ、森を燃え上がらせる炎を掌握し、森から切り離せ! 一塊にして、海へと火を投げ入れろ!」
火のスピリッツが一斉に、業火に向かって飛んで行く。6人の『辞典』に宿っていた火のスピリッツは、協力して炎を取り囲み、森から切り離そうとした。
その時、何かの抵抗を感じて、霧は眉を寄せた。霧たちの魔法を、何かが邪魔している。霧のすぐ傍で辞典を重ねているリューエストもまた、何かに気付いて息を詰めた。いまだ天眼・慧眼を宿したままの彼の目には、何かが見えているらしい。リューエストはすぐに、「異物」の存在を突き止めた。
「一体の火のスピリッツが、僕たちの魔法を邪魔している。そいつはガスティオールのスピリッツだ。奴が操っている。放火魔は別にいるが、ここまで火災が広がったのは、ガスティ―オールの仕業だ」
それを聞き、アデルが叫ぶ。
「あいつ……!! 確かにあいつなら、やりかねない! 火を扱う魔法だけは、常人離れの強さだったもの! どこまで外道なの?! リューエスト、ガスがどこにいるか、見える?!」
「下だ。この『繋がりの塔』、中腹の、自力飛行者用発着エリア。そこから火を操っている」
霧のそばで、イサナが声をかけてきた。
《僕がそいつを食べてくるよ》
「頼む、イサナ」
霧が即座にそう言うと、イサナはフッと姿を消した。その直後、邪魔するものががいなくなったという確かな感覚を覚え、霧の操る6体の火のスピリッツは、遂に巨大な火の塊を森から切り離すのに成功した。
「いいぞ……、そのまま、海にドボンと落とせ!」
切り離された火の塊は、島から十分な距離を取ると海に落とされ、火のスピリッツの働きで徐々に小さくなっていった。島に燃え広がっていた炎は、すっかりなりをひそめ、煙だけがくすぶっている。
「やった!」
「うまくいきましたわ!」
「おおおっ!!」
24班の面々と、共に成り行きを見守っていた『繋がりの塔』の職員が、喜びの歓声を上げる。そんな中、霧はくすぶる森を見て、火の再燃を阻むにはどうすればいいか、考えていた。
(森には油がまかれているかもしれない……そうなれば、水は危ない。けど、現状放置でも、危ない。今はまだ、火を切り離しただけ。火種が残っているなら、また燃え上がるかも……。あそこにはまだ、ガスの仲間が潜んでいる可能性も大きいし)
霧はリューエストに視線を送った。彼の天眼・慧眼なら、何か対処法を見出しているかもしれない、と思って。霧の視線の意味を正確に把握したリューエストは、頷くと言った。
「キリ、水を使おう。森の世話人たちは、消火剤を用意してる。もし部分的に再燃しても、現状なら消し止められるだろう。僕たちもまだ、ここにいるしね」
霧は頷いた。リューエストの迷いのない様子を、頼もしく思いながら、再び辞典魔法のための言葉を紡ぐ。
「我らの『辞典』に宿るすべての水のスピリッツよ、森を湿らせ優しく包め。火種を凍らせ、火の再燃を、阻め」
6体の水のスピリッツが、光に透ける体をキラキラと輝かせながら、森に飛んで行く。森は瞬く間に、優しい湿り気に包まれた。
燻る森を凝視しながら、皆はまだ、緊張を解いていなかった。
森の北側は、壊滅的な姿を晒している。いったい、どれほどの妖精の繭が犠牲になったのだろうか。森で働く人にも、被害が出ているだろう。森を守るために、命を犠牲にした人もいるに違いない。それを思うと、霧の胸は激しく痛んだ。
やがて、リューエストが皆に静かに告げる。
「もういいだろう。みんな、お疲れ様。『辞典』を閉じよう」
詰めていた息を吐き、皆ホッとして、自分の手元に『辞典』を引き上げる。スピリッツたちはあっという間に森から帰ってきて、それぞれの『辞典』へと戻って行った。
職員たちは彼らに賛辞の拍手を贈った後、塔の中へと走り去ってゆく。事後処理のためだろう。トリフォンもまた、みんなに声をかけた。
「では、我らも妖精の里に入り、負傷者の手当てと森の復興の手助けをするとしよう。妖精の里へは直接入ることができぬゆえ、一旦塔内に入り下へ向かうぞ」
皆が頷く中、霧だけは塔内に向かわず、険しい表情で再び『辞典』を開いた。
「大地のスピリッツよ、あたしの両手両足を岩のごとく硬く強化してくれ!」
霧のその叫びを聞いて、塔内への扉に向かっていた皆が、足を止めて振り向く。リューエストだけは、霧のしようとしていることを正確に理解していたが、アデルは戸惑って「キリ、どうしたの、何してるのよ、早く救助に向かわなきゃ!」と叫ぶ。その声には答えず、霧はイサナに向かって「ガスティオールをここに吐き出してくれ」と頼む。
皆が、霧の思惑にハッと気付く。
イサナは即座に霧に応じた。途端に、顔面蒼白のガスティオールが、イサナの大きく開いた口から吐き出される。霧は怒りの形相でガスティオールの胸倉を掴んだ。
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