上 下
155 / 175
五章 入学旅行五日目

5-11   殲滅計画

しおりを挟む
「えっ?! 里が、燃えてる?! どういうこと?!」

 唐突な霧の叫びに、みんなが驚く。『辞典妖精』の声が聞こえるのは辞典主のみ。当然ながら、みんなにはミミの声は聞こえていないため、突然の霧の叫びに戸惑ったのだ。
 しかしその場で一人だけ、霧の言葉の意味を把握した人物がいる。シルヴィアだ。彼女は嫣然と微笑みながら、言った。

「無事にここに辿り着いた皆さんに『優』を授け、先生からご褒美をあげますわ。情報を、提供しましょう。今日、同時に計画されている破壊行動は、二つありますの。図書塔の崩壊、そして――『妖精の里』の、殲滅せんめつ

「 !! 」

「そんな……まさか」

 そう呟いたアルビレオの唇の動きが、俺には何も……と声にならない言葉を紡ぐ。アルビレオが苛烈な視線をシルヴィアに向けると、シルヴィアはその視線を受け止めながら、余裕すら感じさせる微笑みを浮かべて言った。

「組織内でも、この瞬間まで秘されておりましたの。この二つの破壊計画に関しては、組織上層部でも、ほとんど誰も知りませんわ。鼻の利く犬が、嗅ぎまわっているんですもの。その甲斐あって……うふふ……今頃、『妖精の里』は火の海……急いだ方が、よくてよ」

 いまだ天眼・慧眼の力を宿したままのリューエストは、トリフォンに向かって言った。

「計画は事実です。シルヴィアの嘘ではない。すぐに『妖精の里』に向かいましょう」

「うむ、では脱出繭を必要分用意しよう」

 トリフォンはそう言いながら『木算もくさん』に向かおうとしたが、霧がそれを止める。

「賢者イサナに運んでもらおう。あたし、この子に呑み込まれて、一瞬でここに来たんだよ。ねえイサナ、この人数、一度に頼める? 行けそう?」

《もちろん。何人でも同じ。行先は『妖精の里』だね? でも、どこに運ぶ?》

 その質問に答えたのは、他の『辞典妖精』からの情報を受け取った、ミミだった。

《里のはずれ、『繋がりの塔』、自力飛行者発着場に。そこはまだ無事なの。でも急いで。火の回りが、異常に速いみたい》

 イサナが頷く。

《わかった。『妖精の里』にある『繋がりの塔』、自力飛行者発着場。じゃあ、早く行こう》

 そう言ってイサナが口をあんぐり開ける。霧はリューエストを引っ張ってすぐさま中に飛び込んだ。
 そして中から、ためらっている24班の面々に声をかける。

「早く! イサナはもう、『白痴』じゃない! 大丈夫だから、来て!」

 その時。
 シルヴィアを立たせようと手を貸したリリエンヌが、「先生!」と声を上げた。
 シルヴィアはリリエンヌを後ろから羽交い絞めにしながら、後ずさった。手には刃物を持っている。その場に更なる緊張が走った。

「みなさん、そのまま。リリエンヌを一瞬で殺されたくなければ、封印の間に、入ってくださいな。わたくしがこの子を殺せないなどと、思わないでくださいませね。すでにこの手は血で汚されておりますの。少しでも『辞典』を開く動作をすれば、どうなるか、おわかりね?」

 それを聞いて、霧が掠れた声で叫んだ。

「や、や、やめて! だってリリーは……! うううう、あたしが、人質交代するから!!」

「うふふ、まさか。竜は人質には向きませんわ。ねえ皆さん、大人しく言う通りにしてくだされば、この子の命を奪ったりはしませんわ」

《キリ、僕が手を貸そうか? 今度こそ、食べてしまおう》
《シルヴィアを一瞬で気絶させてしまえばいい。簡単なこと》

 イサナとレイの提案に、霧は首を振った。

「いや、二人とも、何もしないで。万が一のリスクが大きすぎる。一旦封印の間まで下がろう。みんなも」

 24班の面々がおとなしく封印の間に入ると、扉が閉まって閉じ込められた。トリフォンはすぐさま壁の一部に向かい、ノックして取り出した操作盤に古代語で何かを指示する。ほどなくして、扉が開いた。

「わしとしたことが、油断したわい」

 一行が検索の間に戻る前に、そこから出てきたリリエンヌが走り寄ってきた。アデルが一番にリリエンヌの元に駆け寄ると、声を上げる。

「リリー!! 良かった、無事だったのね!」

「ごめんなさい、皆さん!! ごめんなさい!! 先生は、大きな繭を取り出して、逃げてしまいましたわ! わたくしのせいだわ、わたくしの……!!」

「違う。おまえのせいじゃない」

 いち早くそう言ったのは、アルビレオだった。

「すまなかった、リリエンヌ。シルヴィアが、君を人質にとるだろうということを予測していたが、俺は見て見ぬふりをした。すまなかった」

 アルビレオがそう言ったのち、リューエストも溜息をつきながら言った。

「……それを言うなら、僕も、同罪だ。ごめんね、リリエンヌ。シルヴィアが君を傷つけられないこと、わかっていて見逃した。何一つ、君のせいじゃないんだ」

「ええええ……どういうこと、リューエスト、えっ……、うわっ、何その人外の輝き!」

 その時初めて、霧はリューエストの目に気付いた。さっきまでシルヴィアのことばかり気にしていたので、彼のことは眼中になかったのだ。

「うひょおぅ、マジかっけー! あたしの厨二病魂ちゅうにびょうだましいが暴れるぜぇっ!! ん……? ……ちょっと待て、ああああっ!! もしか、それ、天眼・慧眼?!」

 霧がそう叫ぶと、リューエストはスッと視線をそらせた。霧を見ないように。その表情から肯定を感じ取った霧は、目まぐるしく考えを展開させた。

(やっぱ天眼・慧眼……!! これってこんな風に、使うの?! すべてを見通す力、なんだよね? てことは、今、何もかもがリューエストに晒されているはず……。ちょ、待て、あたしが日本から来たって、ばれてるんじゃ?! あ、いや、ソイフラージュが、リューエストは絶対信頼できるって言ってた、だから大丈夫……じゃねぇ!! あたしのオタク全開のあれやこれやが、晒されてしまう!! とても言葉にできないあれやこれやが!! つまりあたしは今すぐ)

「羞恥で死ぬっ!!!!」

 霧の思考の最後部分は、口をついて出てしまった。
 それを聞いたリューエストは焦りながら、泣きそうな顔で口走る。相変わらず、霧から目をそらして。

「ししし、死なないで!! お、お兄ちゃんはね、キリを助けたかっただけなんだ! だ、だ、だから、僕を嫌いにならないで!! キ、キ、キリのパンツが、昨日、絵本の国のホテルで買った妖精柄パンツだなんて、お兄ちゃんは知らないから!! 可愛くて似合ってる、なんて思ってないから!! お揃いで履きたいから僕の分も買おう、だなんて思ってないから!! だから恥ずかしいことなんて、何も無いんだよ!!」

 羞恥はそっちじゃない、と心の中で叫びながら、霧はリューエストの態度がいつも通りなことに、ホッとした。だから思わず、冗談じみた言葉が口から飛び出す――いつものように。

「変態か!! よくもあたしのパンツを見たな!! 拝観料よこせ!!」

 「ぷふぅっ!」と、リリエンヌが吹き出すそばで、アデルが苛立った声をあげた。

「ちょっとキリ、それどころじゃないでしょ!! 妖精の里、妖精の里よ!! 霧の大好きな妖精の、生まれ故郷が燃えてるのよ!! 早く、救助に向かわなきゃ!!」

「そうだった! ヘイ、イサナタクシー!! 目的地まで頼む!!」

 即座に応じたイサナが、口をあんぐりと開ける。一行は次々とイサナに乗り込み、彼らは一瞬にして、リリファンナス島の『繋がりの塔』へと辿り着いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒白の魔法少女初等生(プリメール) - sorcier noir et blanc -

shio
ファンタジー
 神話の時代。魔女ニュクスと女神アテネは覇権をかけて争い、ついにアテネがニュクスを倒した。力を使い果たしたアテネは娘同然に育てた七人の娘、七聖女に世の平和を託し眠りにつく。だが、戦いは終わっていなかった。  魔女ニュクスの娘たちは時の狭間に隠れ、魔女の使徒を現出し世の覇権を狙おうと暗躍していた。七聖女は自らの子供たち、魔法少女と共に平和のため、魔女の使徒が率いる従僕と戦っていく。  漆黒の聖女が魔女の使徒エリスを倒し、戦いを終結させた『エリスの災い』――それから十年後。  アルカンシエル魔法少女学園に入学したシェオル・ハデスは魔法は使えても魔法少女に成ることはできなかった。異端の少女に周りは戸惑いつつ学園の生活は始まっていく。  だが、平和な日常はシェオルの入学から変化していく。魔法少女の敵である魔女の従僕が増え始めたのだ。

陰キャラモブ(?)男子は異世界に行ったら最強でした

日向
ファンタジー
 これは現代社会に埋もれ、普通の高校生男子をしていた少年が、異世界に行って親友二人とゆかいな仲間たちと共に無双する話。  俺最強!と思っていたら、それよりも更に上がいた現実に打ちのめされるおバカで可哀想な勇者さん達の話もちょくちょく入れます。 ※初投稿なので拙い文章ではありますが温かい目で見守って下さい。面白いと思って頂いたら幸いです。  誤字や脱字などがありましたら、遠慮なく感想欄で指摘して下さい。  よろしくお願いします。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

RISING 〜夜明けの唄〜

Takaya
ファンタジー
戦争・紛争の収まらぬ戦乱の世で 平和への夜明けを導く者は誰だ? 其々の正義が織り成す長編ファンタジー。 〜本編あらすじ〜 広く豊かな海に囲まれ、大陸に属さず 島国として永きに渡り歴史を紡いできた 独立国家《プレジア》 此の国が、世界に其の名を馳せる事となった 背景には、世界で只一国のみ、そう此の プレジアのみが執り行った政策がある。 其れは《鎖国政策》 外界との繋がりを遮断し自国を守るべく 百年も昔に制定された国家政策である。 そんな国もかつて繋がりを育んで来た 近隣国《バルモア》との戦争は回避出来ず。 百年の間戦争によって生まれた傷跡は 近年の自国内紛争を呼ぶ事態へと発展。 その紛争の中心となったのは紛れも無く 新しく掲げられた双つの旗と王家守護の 象徴ともされる一つの旗であった。 鎖国政策を打ち破り外界との繋がりを 再度育み、此の国の衰退を止めるべく 立ち上がった《独立師団革命軍》 異国との戦争で生まれた傷跡を活力に 革命軍の考えを異と唱え、自国の文化や 歴史を護ると決めた《護国師団反乱軍》 三百年の歴史を誇るケーニッヒ王家に仕え 毅然と正義を掲げ、自国最高の防衛戦力と 評され此れを迎え討つ《国王直下帝国軍》 乱立した隊旗を起点に止まらぬ紛争。 今プレジアは変革の時を期せずして迎える。 此の歴史の中で起こる大きな戦いは後に 《日の出戦争》と呼ばれるが此の物語は 此のどれにも属さず、己の運命に翻弄され 巻き込まれて行く一人の流浪人の物語ーー。 

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

処理中です...