154 / 175
五章 入学旅行五日目
5-10 竜の顕現
しおりを挟む
透き通ったうろこに覆われた、長い肢体。いくつもの優美なひれをたなびかせ、神々しい光をまとった竜は、部屋中を飛び回っている。
竜の顕現に、霧は驚いて沈黙した。
そんな中、光の自然現象系言獣に包まれたシルヴィアが、癒しを拒絶するように手を振り回し、悲鳴を上げる。目には見えない霧の癒術の手が、優しいぬくもりを伴って触れてくるのを感じ、シルヴィアのその美しい薄桃色の瞳から、涙が飛び散る。
「やめて、やめて、やめて!! わたくしを、放っておいて!! みんな、滅びればいいのよ!! 嫌あああぁぁっ!!」
その悲鳴と共に、24班の面々が部屋になだれ込んできた。
「いけない!」
リューエストがそう叫んだ直後、シルヴィアが赤い球を、握りつぶす。それは図書塔の、自爆装置。
(しまった!!)
そう思うと同時に、霧が叫ぶ。
「だめーーーっ!! 今の無し!!」
その瞬間、奇妙なことが起きた。
しなやかな長い尾びれをなびかせ、虹を纏った竜が一際 輝きを放ち、その力を示す。脳が焼き尽くされるのではと思うほどの、激しい光があふれ、誰もがその眩しさに目を閉じ、体を硬直させた――その瞬間。
――時間が、巻き戻った。
ほんの、数秒。
霧だけが、はっきりとそれを認識していた。
竜は現れた時と同様に瞬く間に去り、『辞典』から飛び出してきたソイフラージュが、《今よ、霧! シルヴィアから光球を奪って!》と叫ぶ。その声はまるでステレオのように、そっくり同じ言葉を放つレイの声と、かぶっていた。
双子の声を聞いた霧は、即座にシルヴィアに走り寄り、目を閉じて悲鳴を上げている彼女の手から、弾ける前の赤い球を奪った。それと同時に24班の面々が部屋になだれ込む。我に返ったシルヴィアは光球を取り戻そうと霧に辞典魔法による攻撃を放ったが、それをリューエストが阻んだ。彼が即座に霧を抱えて後方に下がると、入れ替わるようにアルビレオがシルヴィアの前に立ちはだかる。
シルヴィアは諦めなかった。複数の『辞典』を操るシルヴィアから、無数の攻撃が繰り出される。アルビレオはその攻撃を無効化したり、そらしたりしながら、彼女に対峙した。アデルとリリエンヌも辞典を開けると、アルビレオの加勢に回り、その場に辞典魔法による熾烈な戦いが展開された。
一方、トリフォンは部屋の隅へ向かうと、一つの木の前で何かを操作し、叫んだ。
「図書塔司書長の権限において、シルヴィア・レーヴに繋がる辞典をすべて凍結する!」
木々から眩い光が放たれ、吸い込まれるようにシルヴィアに集まる。
「…………っ!!」
シルヴィアは息を呑み、力の喪失を感じて床にへたり込んだ。
あっという間の、出来事だった。
霧はポカンと口を開け、辺りを見回す。
24班の全員が、揃っていた。
「え……みんな、来て……くれたの? もしかっ……あたしを、助けに?!」
「もちろん。ああ、キリ、無事で良かった」
リューエストの震える声と、ギュッと抱擁してくる腕。その温かさを感じながら、霧は未だ茫然とシルヴィアの方を見つめていた。彼女は床にへたり込んで、すっかり抵抗する意思を失くしているようだ。イサナはシルヴィアの動きを警戒して、自分の体で檻を形作るように、シルヴィアの周りをぐるぐる回っている。
そのイサナの姿を、ソイフラージュは不思議そうな表情で見つめていた。レイは、そんなソイフラージュを静かに見つめている。その小さな少女の姿をした双子の姿は、誰にも見えていなかった――霧と、天眼・慧眼を宿したリューエスト以外には。
霧はリューエストの腕を振りほどくと、シルヴィアの方へと近づこうとした。
その前に、トリフォンが立ちはだかる。
「キリ、その赤い球をわしに。お手柄であったの、よくぞシルヴィアから取り戻してくれた」
「ああ、……これ……。本当に、自爆装置なの?」
「いかにも。握りつぶせばスイッチが入る。実際の作動までには時間差があるゆえ、その間にわしの権限で止めることも可能じゃったが、非常に複雑な、煩わしい作業での。正直、失敗する可能性もあったんじゃ。キリがこれをシルヴィアから取り戻してくれたおかげで、事なきを得たというわけじゃ。どれ、わしは『木算』にて処理に向かうとする」
トリフォンは、『木算』と呼んだ木の一つに向かい、その赤いボールを木の幹の部分にそっと押し当てた。柔らかい光を帯びながら球は幹に吸い込まれてゆき、やがて見えなくなる。
その『木算』は、霧がこの部屋に入った来たとき、シルヴィアが向かい合って何かの操作をしていた木だ。木の枝のあちこちには、シルヴィアが出したと見られる様々な大きさの光の球が浮かんでいる。球の中には何かの情報が表示されていて、霧にとってそれは、球状のモニター画面といったところだった。
トリフォンはその光球の一つ一つを確認をすると、古代語を唱えながらそれを全部幹にしまいこんでゆく。
トリフォンがその作業をしている間、霧はフラフラとシルヴィアの方へと近づいて行った。リューエストが心配して、ずっと霧の手を放そうとしないため、霧は半ばリューエストを引きずるように移動していく。
霧は相変わらずシルヴィアの周りを回っているイサナに、声をかけた。
「おいで、イサナ。どうもありがとう。もう、いいよ……」
《うん……。危ないとこだったね、霧。僕はね、いよいよ危険になったらこの人を食べてしまおうと機会を窺っていたいたんだけど、出番が無かったよ。あっ、ソイフラージュだ! 僕が、わかる?! 霧が、僕を救い出してくれたんだよ!》
《驚いた……。誰もあなたの自我を、戻せなかったのに……。そう……霧が……助けてくれたのね……。日本のオタクはすごい力を持ってるってチェカが言ってたけど、その通りね》
イサナは姿を見せたソイフラージュのそばに飛んで行き、二人は再会を喜び合っている。レイはその様子を、じっと見ていた。
一方、霧はシルヴィアに掛ける言葉もなく、うなだれていた。
(失敗した……。この人を救いたいなんて、あたしの驕りで、余計なお世話だった、本当に。信頼を得ずに相手に踏み込むなんて、やっちゃいけないことだった)
そう思った霧のそばで、レイが呟く。
《霧、シルヴィアの雨雲、とても小さくなったね。雨は、しとしと程度。霧の癒しの施術は、ちゃんとシルヴィアに届いてる》
「えっ……。あ……」
レイの言う通り、あれほど大きかった雨雲は、小さくしぼんでいた。
霧は少しホッとしたが、シルヴィアはもう二度と癒しを受け入れないだろうと思うと、気が塞いだ。
「できることなら、本当に……友達に、なりたかった」
霧のその呟きを聞いたシルヴィアが、涙に濡れた顔を上げる。
「よくてよ。友達に、なってあげる。その代わり、竜を……。竜を、貸して下さらない? ねえ、キリ。もし、時を越えられるなら……」
竜、という言葉に、みんなが眉根を寄せてシルヴィアに注目する。誰かが疑問を口に出す前に、厳しい表情をしたリューエストが割って入った。
「竜は、品格を落とす行為を嫌う。至高の存在だ。シルヴィア、君には扱えないだろう。竜は君には従わない。更に言うなら、竜は貸借できる存在ではない」
シルヴィアはゆっくりと顔を上げ、天眼・慧眼を宿したリューエストの目を見た途端、悲鳴を上げた。
「きゃああああぁぁ!! やめて!! わたくしを、見ないで!!」
泣き叫ぶシルヴィアのそばに、リリエンヌが駆け寄る。彼女はリューエストから隠すようにシルヴィアを抱きしめると、優しい声で言った。
「先生、大丈夫ですわ、大丈夫……」
リリエンヌはシルヴィアをなだめるために背中をさすると、そっと囁いた。
「シルヴィア先生、わたくし、リリエンヌ・ラエラです。覚えていらっしゃる? 一度お会いしましたわ。アデルとチェカ先生と一緒にいる時に」
「……ああ……」
シルヴィアは震えながら、リリエンヌの声に顔を上げた。
「リリエンヌ……ラエラ……ええ……覚えていてよ。忘れることなど……」
シルヴィアは虚ろな声でそう呟くと、苦痛を感じたように顔をしかめた。
リリエンヌは労わるようにシルヴィアの肩をなでると、彼女の涙に濡れた目を覗き込み、話しかける。
「ああ、可哀相に……先生。いったい誰が、先生を脅しているんですの? あんなひどい命令を……。先生、どうか、わたくしたちに手助けをさせてください。先生を、救い出したいのです」
「いいえ……。もう、遅い。遅いのよ……」
シルヴィアは涙に濡れた顔を上げ、24班の面々を見回した。リューエストは今は、目を伏せて彼女を見ないようにしている。彼から視線を移し、アデル、トリフォンを眺め、アルビレオと目が合ったシルヴィアは、自嘲気味な笑みを浮かべた。先程の取り乱した表情はなりを潜め、いつもの微笑みが、彼女の美しい面を更に輝かせる。
「フフッ……本当に、仲が良いのね、あなたたち。キリを追ってみんなでここまで来るなんて。それに……極めて優秀ね。正規の辞典魔法士ですら危険な地下階を、よく抜けてこれたわ……褒めてあげる」
「シルヴィア先生……」
リリエンヌの震える声が、悲し気に響く。シルヴィアはやるせない溜息を零して言った。
「残念だわ……あなたたちを教える機会を、失くしてしまうなんて。辞典魔法の系統学と、それに伴う華麗な歴史を、あなたたちと楽しみたかった」
「ほんに残念じゃ、シルヴィア。では、行くとするかの。おまえさんを『保安の塔』に引き渡さねばならん。今、脱出繭を用意――」
霧はトリフォンの言葉を、最後まで聞くことはできなかった。霧の『辞典』から飛び出してきた辞典妖精のミミが、霧に向かって叫んだのだ。
【霧、『妖精の里』から、たくさんの『辞典妖精』が救いを求めてる! 里が燃えている、と!】
「えっ?! 里が、燃えてる?! どういうこと?!」
唐突な霧の叫びに、みんなが驚く。
竜の顕現に、霧は驚いて沈黙した。
そんな中、光の自然現象系言獣に包まれたシルヴィアが、癒しを拒絶するように手を振り回し、悲鳴を上げる。目には見えない霧の癒術の手が、優しいぬくもりを伴って触れてくるのを感じ、シルヴィアのその美しい薄桃色の瞳から、涙が飛び散る。
「やめて、やめて、やめて!! わたくしを、放っておいて!! みんな、滅びればいいのよ!! 嫌あああぁぁっ!!」
その悲鳴と共に、24班の面々が部屋になだれ込んできた。
「いけない!」
リューエストがそう叫んだ直後、シルヴィアが赤い球を、握りつぶす。それは図書塔の、自爆装置。
(しまった!!)
そう思うと同時に、霧が叫ぶ。
「だめーーーっ!! 今の無し!!」
その瞬間、奇妙なことが起きた。
しなやかな長い尾びれをなびかせ、虹を纏った竜が一際 輝きを放ち、その力を示す。脳が焼き尽くされるのではと思うほどの、激しい光があふれ、誰もがその眩しさに目を閉じ、体を硬直させた――その瞬間。
――時間が、巻き戻った。
ほんの、数秒。
霧だけが、はっきりとそれを認識していた。
竜は現れた時と同様に瞬く間に去り、『辞典』から飛び出してきたソイフラージュが、《今よ、霧! シルヴィアから光球を奪って!》と叫ぶ。その声はまるでステレオのように、そっくり同じ言葉を放つレイの声と、かぶっていた。
双子の声を聞いた霧は、即座にシルヴィアに走り寄り、目を閉じて悲鳴を上げている彼女の手から、弾ける前の赤い球を奪った。それと同時に24班の面々が部屋になだれ込む。我に返ったシルヴィアは光球を取り戻そうと霧に辞典魔法による攻撃を放ったが、それをリューエストが阻んだ。彼が即座に霧を抱えて後方に下がると、入れ替わるようにアルビレオがシルヴィアの前に立ちはだかる。
シルヴィアは諦めなかった。複数の『辞典』を操るシルヴィアから、無数の攻撃が繰り出される。アルビレオはその攻撃を無効化したり、そらしたりしながら、彼女に対峙した。アデルとリリエンヌも辞典を開けると、アルビレオの加勢に回り、その場に辞典魔法による熾烈な戦いが展開された。
一方、トリフォンは部屋の隅へ向かうと、一つの木の前で何かを操作し、叫んだ。
「図書塔司書長の権限において、シルヴィア・レーヴに繋がる辞典をすべて凍結する!」
木々から眩い光が放たれ、吸い込まれるようにシルヴィアに集まる。
「…………っ!!」
シルヴィアは息を呑み、力の喪失を感じて床にへたり込んだ。
あっという間の、出来事だった。
霧はポカンと口を開け、辺りを見回す。
24班の全員が、揃っていた。
「え……みんな、来て……くれたの? もしかっ……あたしを、助けに?!」
「もちろん。ああ、キリ、無事で良かった」
リューエストの震える声と、ギュッと抱擁してくる腕。その温かさを感じながら、霧は未だ茫然とシルヴィアの方を見つめていた。彼女は床にへたり込んで、すっかり抵抗する意思を失くしているようだ。イサナはシルヴィアの動きを警戒して、自分の体で檻を形作るように、シルヴィアの周りをぐるぐる回っている。
そのイサナの姿を、ソイフラージュは不思議そうな表情で見つめていた。レイは、そんなソイフラージュを静かに見つめている。その小さな少女の姿をした双子の姿は、誰にも見えていなかった――霧と、天眼・慧眼を宿したリューエスト以外には。
霧はリューエストの腕を振りほどくと、シルヴィアの方へと近づこうとした。
その前に、トリフォンが立ちはだかる。
「キリ、その赤い球をわしに。お手柄であったの、よくぞシルヴィアから取り戻してくれた」
「ああ、……これ……。本当に、自爆装置なの?」
「いかにも。握りつぶせばスイッチが入る。実際の作動までには時間差があるゆえ、その間にわしの権限で止めることも可能じゃったが、非常に複雑な、煩わしい作業での。正直、失敗する可能性もあったんじゃ。キリがこれをシルヴィアから取り戻してくれたおかげで、事なきを得たというわけじゃ。どれ、わしは『木算』にて処理に向かうとする」
トリフォンは、『木算』と呼んだ木の一つに向かい、その赤いボールを木の幹の部分にそっと押し当てた。柔らかい光を帯びながら球は幹に吸い込まれてゆき、やがて見えなくなる。
その『木算』は、霧がこの部屋に入った来たとき、シルヴィアが向かい合って何かの操作をしていた木だ。木の枝のあちこちには、シルヴィアが出したと見られる様々な大きさの光の球が浮かんでいる。球の中には何かの情報が表示されていて、霧にとってそれは、球状のモニター画面といったところだった。
トリフォンはその光球の一つ一つを確認をすると、古代語を唱えながらそれを全部幹にしまいこんでゆく。
トリフォンがその作業をしている間、霧はフラフラとシルヴィアの方へと近づいて行った。リューエストが心配して、ずっと霧の手を放そうとしないため、霧は半ばリューエストを引きずるように移動していく。
霧は相変わらずシルヴィアの周りを回っているイサナに、声をかけた。
「おいで、イサナ。どうもありがとう。もう、いいよ……」
《うん……。危ないとこだったね、霧。僕はね、いよいよ危険になったらこの人を食べてしまおうと機会を窺っていたいたんだけど、出番が無かったよ。あっ、ソイフラージュだ! 僕が、わかる?! 霧が、僕を救い出してくれたんだよ!》
《驚いた……。誰もあなたの自我を、戻せなかったのに……。そう……霧が……助けてくれたのね……。日本のオタクはすごい力を持ってるってチェカが言ってたけど、その通りね》
イサナは姿を見せたソイフラージュのそばに飛んで行き、二人は再会を喜び合っている。レイはその様子を、じっと見ていた。
一方、霧はシルヴィアに掛ける言葉もなく、うなだれていた。
(失敗した……。この人を救いたいなんて、あたしの驕りで、余計なお世話だった、本当に。信頼を得ずに相手に踏み込むなんて、やっちゃいけないことだった)
そう思った霧のそばで、レイが呟く。
《霧、シルヴィアの雨雲、とても小さくなったね。雨は、しとしと程度。霧の癒しの施術は、ちゃんとシルヴィアに届いてる》
「えっ……。あ……」
レイの言う通り、あれほど大きかった雨雲は、小さくしぼんでいた。
霧は少しホッとしたが、シルヴィアはもう二度と癒しを受け入れないだろうと思うと、気が塞いだ。
「できることなら、本当に……友達に、なりたかった」
霧のその呟きを聞いたシルヴィアが、涙に濡れた顔を上げる。
「よくてよ。友達に、なってあげる。その代わり、竜を……。竜を、貸して下さらない? ねえ、キリ。もし、時を越えられるなら……」
竜、という言葉に、みんなが眉根を寄せてシルヴィアに注目する。誰かが疑問を口に出す前に、厳しい表情をしたリューエストが割って入った。
「竜は、品格を落とす行為を嫌う。至高の存在だ。シルヴィア、君には扱えないだろう。竜は君には従わない。更に言うなら、竜は貸借できる存在ではない」
シルヴィアはゆっくりと顔を上げ、天眼・慧眼を宿したリューエストの目を見た途端、悲鳴を上げた。
「きゃああああぁぁ!! やめて!! わたくしを、見ないで!!」
泣き叫ぶシルヴィアのそばに、リリエンヌが駆け寄る。彼女はリューエストから隠すようにシルヴィアを抱きしめると、優しい声で言った。
「先生、大丈夫ですわ、大丈夫……」
リリエンヌはシルヴィアをなだめるために背中をさすると、そっと囁いた。
「シルヴィア先生、わたくし、リリエンヌ・ラエラです。覚えていらっしゃる? 一度お会いしましたわ。アデルとチェカ先生と一緒にいる時に」
「……ああ……」
シルヴィアは震えながら、リリエンヌの声に顔を上げた。
「リリエンヌ……ラエラ……ええ……覚えていてよ。忘れることなど……」
シルヴィアは虚ろな声でそう呟くと、苦痛を感じたように顔をしかめた。
リリエンヌは労わるようにシルヴィアの肩をなでると、彼女の涙に濡れた目を覗き込み、話しかける。
「ああ、可哀相に……先生。いったい誰が、先生を脅しているんですの? あんなひどい命令を……。先生、どうか、わたくしたちに手助けをさせてください。先生を、救い出したいのです」
「いいえ……。もう、遅い。遅いのよ……」
シルヴィアは涙に濡れた顔を上げ、24班の面々を見回した。リューエストは今は、目を伏せて彼女を見ないようにしている。彼から視線を移し、アデル、トリフォンを眺め、アルビレオと目が合ったシルヴィアは、自嘲気味な笑みを浮かべた。先程の取り乱した表情はなりを潜め、いつもの微笑みが、彼女の美しい面を更に輝かせる。
「フフッ……本当に、仲が良いのね、あなたたち。キリを追ってみんなでここまで来るなんて。それに……極めて優秀ね。正規の辞典魔法士ですら危険な地下階を、よく抜けてこれたわ……褒めてあげる」
「シルヴィア先生……」
リリエンヌの震える声が、悲し気に響く。シルヴィアはやるせない溜息を零して言った。
「残念だわ……あなたたちを教える機会を、失くしてしまうなんて。辞典魔法の系統学と、それに伴う華麗な歴史を、あなたたちと楽しみたかった」
「ほんに残念じゃ、シルヴィア。では、行くとするかの。おまえさんを『保安の塔』に引き渡さねばならん。今、脱出繭を用意――」
霧はトリフォンの言葉を、最後まで聞くことはできなかった。霧の『辞典』から飛び出してきた辞典妖精のミミが、霧に向かって叫んだのだ。
【霧、『妖精の里』から、たくさんの『辞典妖精』が救いを求めてる! 里が燃えている、と!】
「えっ?! 里が、燃えてる?! どういうこと?!」
唐突な霧の叫びに、みんなが驚く。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

異世界で泣いていた僕は、戻って来てヒーロー活動始めます。
まったりー
ファンタジー
8歳の頃、勇者召喚で異世界に飛んだ主人公、神楽啓斗(かぐらけいと)は、1年間を毎日泣いて過ごしていました。
そんな彼を可哀そうと思ったのは、その世界で女神と呼ばれている女性で、使い魔を通して色々力添えをして行き、段々と元気になった神楽啓斗(かぐらけいと)は、異世界で生きる訓練を始めます。
ですが、子供は親元に戻るべきと女神様は力を使い、現代に戻してくれたのです。
戻って来た現代では、女神様の使い魔も助けも行われ続け、神楽啓斗(かぐらけいと)は異世界の力を使い、困ってる人を助けるヒーロー活動を始めます。
普通の平和な世界だと思っていた神楽啓斗(かぐらけいと)でしたが、世界には裏の顔が存在し、戦いの中に身を置く事になって行く、そんなお話です。

黒白の魔法少女初等生(プリメール) - sorcier noir et blanc -
shio
ファンタジー
神話の時代。魔女ニュクスと女神アテネは覇権をかけて争い、ついにアテネがニュクスを倒した。力を使い果たしたアテネは娘同然に育てた七人の娘、七聖女に世の平和を託し眠りにつく。だが、戦いは終わっていなかった。
魔女ニュクスの娘たちは時の狭間に隠れ、魔女の使徒を現出し世の覇権を狙おうと暗躍していた。七聖女は自らの子供たち、魔法少女と共に平和のため、魔女の使徒が率いる従僕と戦っていく。
漆黒の聖女が魔女の使徒エリスを倒し、戦いを終結させた『エリスの災い』――それから十年後。
アルカンシエル魔法少女学園に入学したシェオル・ハデスは魔法は使えても魔法少女に成ることはできなかった。異端の少女に周りは戸惑いつつ学園の生活は始まっていく。
だが、平和な日常はシェオルの入学から変化していく。魔法少女の敵である魔女の従僕が増え始めたのだ。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる