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五章 入学旅行五日目
5-10 竜の顕現
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透き通ったうろこに覆われた、長い肢体。いくつもの優美なひれをたなびかせ、神々しい光をまとった竜は、部屋中を飛び回っている。
竜の顕現に、霧は驚いて沈黙した。
そんな中、光の自然現象系言獣に包まれたシルヴィアが、癒しを拒絶するように手を振り回し、悲鳴を上げる。目には見えない霧の癒術の手が、優しいぬくもりを伴って触れてくるのを感じ、シルヴィアのその美しい薄桃色の瞳から、涙が飛び散る。
「やめて、やめて、やめて!! わたくしを、放っておいて!! みんな、滅びればいいのよ!! 嫌あああぁぁっ!!」
その悲鳴と共に、24班の面々が部屋になだれ込んできた。
「いけない!」
リューエストがそう叫んだ直後、シルヴィアが赤い球を、握りつぶす。それは図書塔の、自爆装置。
(しまった!!)
そう思うと同時に、霧が叫ぶ。
「だめーーーっ!! 今の無し!!」
その瞬間、奇妙なことが起きた。
しなやかな長い尾びれをなびかせ、虹を纏った竜が一際 輝きを放ち、その力を示す。脳が焼き尽くされるのではと思うほどの、激しい光があふれ、誰もがその眩しさに目を閉じ、体を硬直させた――その瞬間。
――時間が、巻き戻った。
ほんの、数秒。
霧だけが、はっきりとそれを認識していた。
竜は現れた時と同様に瞬く間に去り、『辞典』から飛び出してきたソイフラージュが、《今よ、霧! シルヴィアから光球を奪って!》と叫ぶ。その声はまるでステレオのように、そっくり同じ言葉を放つレイの声と、かぶっていた。
双子の声を聞いた霧は、即座にシルヴィアに走り寄り、目を閉じて悲鳴を上げている彼女の手から、弾ける前の赤い球を奪った。それと同時に24班の面々が部屋になだれ込む。我に返ったシルヴィアは光球を取り戻そうと霧に辞典魔法による攻撃を放ったが、それをリューエストが阻んだ。彼が即座に霧を抱えて後方に下がると、入れ替わるようにアルビレオがシルヴィアの前に立ちはだかる。
シルヴィアは諦めなかった。複数の『辞典』を操るシルヴィアから、無数の攻撃が繰り出される。アルビレオはその攻撃を無効化したり、そらしたりしながら、彼女に対峙した。アデルとリリエンヌも辞典を開けると、アルビレオの加勢に回り、その場に辞典魔法による熾烈な戦いが展開された。
一方、トリフォンは部屋の隅へ向かうと、一つの木の前で何かを操作し、叫んだ。
「図書塔司書長の権限において、シルヴィア・レーヴに繋がる辞典をすべて凍結する!」
木々から眩い光が放たれ、吸い込まれるようにシルヴィアに集まる。
「…………っ!!」
シルヴィアは息を呑み、力の喪失を感じて床にへたり込んだ。
あっという間の、出来事だった。
霧はポカンと口を開け、辺りを見回す。
24班の全員が、揃っていた。
「え……みんな、来て……くれたの? もしかっ……あたしを、助けに?!」
「もちろん。ああ、キリ、無事で良かった」
リューエストの震える声と、ギュッと抱擁してくる腕。その温かさを感じながら、霧は未だ茫然とシルヴィアの方を見つめていた。彼女は床にへたり込んで、すっかり抵抗する意思を失くしているようだ。イサナはシルヴィアの動きを警戒して、自分の体で檻を形作るように、シルヴィアの周りをぐるぐる回っている。
そのイサナの姿を、ソイフラージュは不思議そうな表情で見つめていた。レイは、そんなソイフラージュを静かに見つめている。その小さな少女の姿をした双子の姿は、誰にも見えていなかった――霧と、天眼・慧眼を宿したリューエスト以外には。
霧はリューエストの腕を振りほどくと、シルヴィアの方へと近づこうとした。
その前に、トリフォンが立ちはだかる。
「キリ、その赤い球をわしに。お手柄であったの、よくぞシルヴィアから取り戻してくれた」
「ああ、……これ……。本当に、自爆装置なの?」
「いかにも。握りつぶせばスイッチが入る。実際の作動までには時間差があるゆえ、その間にわしの権限で止めることも可能じゃったが、非常に複雑な、煩わしい作業での。正直、失敗する可能性もあったんじゃ。キリがこれをシルヴィアから取り戻してくれたおかげで、事なきを得たというわけじゃ。どれ、わしは『木算』にて処理に向かうとする」
トリフォンは、『木算』と呼んだ木の一つに向かい、その赤いボールを木の幹の部分にそっと押し当てた。柔らかい光を帯びながら球は幹に吸い込まれてゆき、やがて見えなくなる。
その『木算』は、霧がこの部屋に入った来たとき、シルヴィアが向かい合って何かの操作をしていた木だ。木の枝のあちこちには、シルヴィアが出したと見られる様々な大きさの光の球が浮かんでいる。球の中には何かの情報が表示されていて、霧にとってそれは、球状のモニター画面といったところだった。
トリフォンはその光球の一つ一つを確認をすると、古代語を唱えながらそれを全部幹にしまいこんでゆく。
トリフォンがその作業をしている間、霧はフラフラとシルヴィアの方へと近づいて行った。リューエストが心配して、ずっと霧の手を放そうとしないため、霧は半ばリューエストを引きずるように移動していく。
霧は相変わらずシルヴィアの周りを回っているイサナに、声をかけた。
「おいで、イサナ。どうもありがとう。もう、いいよ……」
《うん……。危ないとこだったね、霧。僕はね、いよいよ危険になったらこの人を食べてしまおうと機会を窺っていたいたんだけど、出番が無かったよ。あっ、ソイフラージュだ! 僕が、わかる?! 霧が、僕を救い出してくれたんだよ!》
《驚いた……。誰もあなたの自我を、戻せなかったのに……。そう……霧が……助けてくれたのね……。日本のオタクはすごい力を持ってるってチェカが言ってたけど、その通りね》
イサナは姿を見せたソイフラージュのそばに飛んで行き、二人は再会を喜び合っている。レイはその様子を、じっと見ていた。
一方、霧はシルヴィアに掛ける言葉もなく、うなだれていた。
(失敗した……。この人を救いたいなんて、あたしの驕りで、余計なお世話だった、本当に。信頼を得ずに相手に踏み込むなんて、やっちゃいけないことだった)
そう思った霧のそばで、レイが呟く。
《霧、シルヴィアの雨雲、とても小さくなったね。雨は、しとしと程度。霧の癒しの施術は、ちゃんとシルヴィアに届いてる》
「えっ……。あ……」
レイの言う通り、あれほど大きかった雨雲は、小さくしぼんでいた。
霧は少しホッとしたが、シルヴィアはもう二度と癒しを受け入れないだろうと思うと、気が塞いだ。
「できることなら、本当に……友達に、なりたかった」
霧のその呟きを聞いたシルヴィアが、涙に濡れた顔を上げる。
「よくてよ。友達に、なってあげる。その代わり、竜を……。竜を、貸して下さらない? ねえ、キリ。もし、時を越えられるなら……」
竜、という言葉に、みんなが眉根を寄せてシルヴィアに注目する。誰かが疑問を口に出す前に、厳しい表情をしたリューエストが割って入った。
「竜は、品格を落とす行為を嫌う。至高の存在だ。シルヴィア、君には扱えないだろう。竜は君には従わない。更に言うなら、竜は貸借できる存在ではない」
シルヴィアはゆっくりと顔を上げ、天眼・慧眼を宿したリューエストの目を見た途端、悲鳴を上げた。
「きゃああああぁぁ!! やめて!! わたくしを、見ないで!!」
泣き叫ぶシルヴィアのそばに、リリエンヌが駆け寄る。彼女はリューエストから隠すようにシルヴィアを抱きしめると、優しい声で言った。
「先生、大丈夫ですわ、大丈夫……」
リリエンヌはシルヴィアをなだめるために背中をさすると、そっと囁いた。
「シルヴィア先生、わたくし、リリエンヌ・ラエラです。覚えていらっしゃる? 一度お会いしましたわ。アデルとチェカ先生と一緒にいる時に」
「……ああ……」
シルヴィアは震えながら、リリエンヌの声に顔を上げた。
「リリエンヌ……ラエラ……ええ……覚えていてよ。忘れることなど……」
シルヴィアは虚ろな声でそう呟くと、苦痛を感じたように顔をしかめた。
リリエンヌは労わるようにシルヴィアの肩をなでると、彼女の涙に濡れた目を覗き込み、話しかける。
「ああ、可哀相に……先生。いったい誰が、先生を脅しているんですの? あんなひどい命令を……。先生、どうか、わたくしたちに手助けをさせてください。先生を、救い出したいのです」
「いいえ……。もう、遅い。遅いのよ……」
シルヴィアは涙に濡れた顔を上げ、24班の面々を見回した。リューエストは今は、目を伏せて彼女を見ないようにしている。彼から視線を移し、アデル、トリフォンを眺め、アルビレオと目が合ったシルヴィアは、自嘲気味な笑みを浮かべた。先程の取り乱した表情はなりを潜め、いつもの微笑みが、彼女の美しい面を更に輝かせる。
「フフッ……本当に、仲が良いのね、あなたたち。キリを追ってみんなでここまで来るなんて。それに……極めて優秀ね。正規の辞典魔法士ですら危険な地下階を、よく抜けてこれたわ……褒めてあげる」
「シルヴィア先生……」
リリエンヌの震える声が、悲し気に響く。シルヴィアはやるせない溜息を零して言った。
「残念だわ……あなたたちを教える機会を、失くしてしまうなんて。辞典魔法の系統学と、それに伴う華麗な歴史を、あなたたちと楽しみたかった」
「ほんに残念じゃ、シルヴィア。では、行くとするかの。おまえさんを『保安の塔』に引き渡さねばならん。今、脱出繭を用意――」
霧はトリフォンの言葉を、最後まで聞くことはできなかった。霧の『辞典』から飛び出してきた辞典妖精のミミが、霧に向かって叫んだのだ。
【霧、『妖精の里』から、たくさんの『辞典妖精』が救いを求めてる! 里が燃えている、と!】
「えっ?! 里が、燃えてる?! どういうこと?!」
唐突な霧の叫びに、みんなが驚く。
竜の顕現に、霧は驚いて沈黙した。
そんな中、光の自然現象系言獣に包まれたシルヴィアが、癒しを拒絶するように手を振り回し、悲鳴を上げる。目には見えない霧の癒術の手が、優しいぬくもりを伴って触れてくるのを感じ、シルヴィアのその美しい薄桃色の瞳から、涙が飛び散る。
「やめて、やめて、やめて!! わたくしを、放っておいて!! みんな、滅びればいいのよ!! 嫌あああぁぁっ!!」
その悲鳴と共に、24班の面々が部屋になだれ込んできた。
「いけない!」
リューエストがそう叫んだ直後、シルヴィアが赤い球を、握りつぶす。それは図書塔の、自爆装置。
(しまった!!)
そう思うと同時に、霧が叫ぶ。
「だめーーーっ!! 今の無し!!」
その瞬間、奇妙なことが起きた。
しなやかな長い尾びれをなびかせ、虹を纏った竜が一際 輝きを放ち、その力を示す。脳が焼き尽くされるのではと思うほどの、激しい光があふれ、誰もがその眩しさに目を閉じ、体を硬直させた――その瞬間。
――時間が、巻き戻った。
ほんの、数秒。
霧だけが、はっきりとそれを認識していた。
竜は現れた時と同様に瞬く間に去り、『辞典』から飛び出してきたソイフラージュが、《今よ、霧! シルヴィアから光球を奪って!》と叫ぶ。その声はまるでステレオのように、そっくり同じ言葉を放つレイの声と、かぶっていた。
双子の声を聞いた霧は、即座にシルヴィアに走り寄り、目を閉じて悲鳴を上げている彼女の手から、弾ける前の赤い球を奪った。それと同時に24班の面々が部屋になだれ込む。我に返ったシルヴィアは光球を取り戻そうと霧に辞典魔法による攻撃を放ったが、それをリューエストが阻んだ。彼が即座に霧を抱えて後方に下がると、入れ替わるようにアルビレオがシルヴィアの前に立ちはだかる。
シルヴィアは諦めなかった。複数の『辞典』を操るシルヴィアから、無数の攻撃が繰り出される。アルビレオはその攻撃を無効化したり、そらしたりしながら、彼女に対峙した。アデルとリリエンヌも辞典を開けると、アルビレオの加勢に回り、その場に辞典魔法による熾烈な戦いが展開された。
一方、トリフォンは部屋の隅へ向かうと、一つの木の前で何かを操作し、叫んだ。
「図書塔司書長の権限において、シルヴィア・レーヴに繋がる辞典をすべて凍結する!」
木々から眩い光が放たれ、吸い込まれるようにシルヴィアに集まる。
「…………っ!!」
シルヴィアは息を呑み、力の喪失を感じて床にへたり込んだ。
あっという間の、出来事だった。
霧はポカンと口を開け、辺りを見回す。
24班の全員が、揃っていた。
「え……みんな、来て……くれたの? もしかっ……あたしを、助けに?!」
「もちろん。ああ、キリ、無事で良かった」
リューエストの震える声と、ギュッと抱擁してくる腕。その温かさを感じながら、霧は未だ茫然とシルヴィアの方を見つめていた。彼女は床にへたり込んで、すっかり抵抗する意思を失くしているようだ。イサナはシルヴィアの動きを警戒して、自分の体で檻を形作るように、シルヴィアの周りをぐるぐる回っている。
そのイサナの姿を、ソイフラージュは不思議そうな表情で見つめていた。レイは、そんなソイフラージュを静かに見つめている。その小さな少女の姿をした双子の姿は、誰にも見えていなかった――霧と、天眼・慧眼を宿したリューエスト以外には。
霧はリューエストの腕を振りほどくと、シルヴィアの方へと近づこうとした。
その前に、トリフォンが立ちはだかる。
「キリ、その赤い球をわしに。お手柄であったの、よくぞシルヴィアから取り戻してくれた」
「ああ、……これ……。本当に、自爆装置なの?」
「いかにも。握りつぶせばスイッチが入る。実際の作動までには時間差があるゆえ、その間にわしの権限で止めることも可能じゃったが、非常に複雑な、煩わしい作業での。正直、失敗する可能性もあったんじゃ。キリがこれをシルヴィアから取り戻してくれたおかげで、事なきを得たというわけじゃ。どれ、わしは『木算』にて処理に向かうとする」
トリフォンは、『木算』と呼んだ木の一つに向かい、その赤いボールを木の幹の部分にそっと押し当てた。柔らかい光を帯びながら球は幹に吸い込まれてゆき、やがて見えなくなる。
その『木算』は、霧がこの部屋に入った来たとき、シルヴィアが向かい合って何かの操作をしていた木だ。木の枝のあちこちには、シルヴィアが出したと見られる様々な大きさの光の球が浮かんでいる。球の中には何かの情報が表示されていて、霧にとってそれは、球状のモニター画面といったところだった。
トリフォンはその光球の一つ一つを確認をすると、古代語を唱えながらそれを全部幹にしまいこんでゆく。
トリフォンがその作業をしている間、霧はフラフラとシルヴィアの方へと近づいて行った。リューエストが心配して、ずっと霧の手を放そうとしないため、霧は半ばリューエストを引きずるように移動していく。
霧は相変わらずシルヴィアの周りを回っているイサナに、声をかけた。
「おいで、イサナ。どうもありがとう。もう、いいよ……」
《うん……。危ないとこだったね、霧。僕はね、いよいよ危険になったらこの人を食べてしまおうと機会を窺っていたいたんだけど、出番が無かったよ。あっ、ソイフラージュだ! 僕が、わかる?! 霧が、僕を救い出してくれたんだよ!》
《驚いた……。誰もあなたの自我を、戻せなかったのに……。そう……霧が……助けてくれたのね……。日本のオタクはすごい力を持ってるってチェカが言ってたけど、その通りね》
イサナは姿を見せたソイフラージュのそばに飛んで行き、二人は再会を喜び合っている。レイはその様子を、じっと見ていた。
一方、霧はシルヴィアに掛ける言葉もなく、うなだれていた。
(失敗した……。この人を救いたいなんて、あたしの驕りで、余計なお世話だった、本当に。信頼を得ずに相手に踏み込むなんて、やっちゃいけないことだった)
そう思った霧のそばで、レイが呟く。
《霧、シルヴィアの雨雲、とても小さくなったね。雨は、しとしと程度。霧の癒しの施術は、ちゃんとシルヴィアに届いてる》
「えっ……。あ……」
レイの言う通り、あれほど大きかった雨雲は、小さくしぼんでいた。
霧は少しホッとしたが、シルヴィアはもう二度と癒しを受け入れないだろうと思うと、気が塞いだ。
「できることなら、本当に……友達に、なりたかった」
霧のその呟きを聞いたシルヴィアが、涙に濡れた顔を上げる。
「よくてよ。友達に、なってあげる。その代わり、竜を……。竜を、貸して下さらない? ねえ、キリ。もし、時を越えられるなら……」
竜、という言葉に、みんなが眉根を寄せてシルヴィアに注目する。誰かが疑問を口に出す前に、厳しい表情をしたリューエストが割って入った。
「竜は、品格を落とす行為を嫌う。至高の存在だ。シルヴィア、君には扱えないだろう。竜は君には従わない。更に言うなら、竜は貸借できる存在ではない」
シルヴィアはゆっくりと顔を上げ、天眼・慧眼を宿したリューエストの目を見た途端、悲鳴を上げた。
「きゃああああぁぁ!! やめて!! わたくしを、見ないで!!」
泣き叫ぶシルヴィアのそばに、リリエンヌが駆け寄る。彼女はリューエストから隠すようにシルヴィアを抱きしめると、優しい声で言った。
「先生、大丈夫ですわ、大丈夫……」
リリエンヌはシルヴィアをなだめるために背中をさすると、そっと囁いた。
「シルヴィア先生、わたくし、リリエンヌ・ラエラです。覚えていらっしゃる? 一度お会いしましたわ。アデルとチェカ先生と一緒にいる時に」
「……ああ……」
シルヴィアは震えながら、リリエンヌの声に顔を上げた。
「リリエンヌ……ラエラ……ええ……覚えていてよ。忘れることなど……」
シルヴィアは虚ろな声でそう呟くと、苦痛を感じたように顔をしかめた。
リリエンヌは労わるようにシルヴィアの肩をなでると、彼女の涙に濡れた目を覗き込み、話しかける。
「ああ、可哀相に……先生。いったい誰が、先生を脅しているんですの? あんなひどい命令を……。先生、どうか、わたくしたちに手助けをさせてください。先生を、救い出したいのです」
「いいえ……。もう、遅い。遅いのよ……」
シルヴィアは涙に濡れた顔を上げ、24班の面々を見回した。リューエストは今は、目を伏せて彼女を見ないようにしている。彼から視線を移し、アデル、トリフォンを眺め、アルビレオと目が合ったシルヴィアは、自嘲気味な笑みを浮かべた。先程の取り乱した表情はなりを潜め、いつもの微笑みが、彼女の美しい面を更に輝かせる。
「フフッ……本当に、仲が良いのね、あなたたち。キリを追ってみんなでここまで来るなんて。それに……極めて優秀ね。正規の辞典魔法士ですら危険な地下階を、よく抜けてこれたわ……褒めてあげる」
「シルヴィア先生……」
リリエンヌの震える声が、悲し気に響く。シルヴィアはやるせない溜息を零して言った。
「残念だわ……あなたたちを教える機会を、失くしてしまうなんて。辞典魔法の系統学と、それに伴う華麗な歴史を、あなたたちと楽しみたかった」
「ほんに残念じゃ、シルヴィア。では、行くとするかの。おまえさんを『保安の塔』に引き渡さねばならん。今、脱出繭を用意――」
霧はトリフォンの言葉を、最後まで聞くことはできなかった。霧の『辞典』から飛び出してきた辞典妖精のミミが、霧に向かって叫んだのだ。
【霧、『妖精の里』から、たくさんの『辞典妖精』が救いを求めてる! 里が燃えている、と!】
「えっ?! 里が、燃えてる?! どういうこと?!」
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