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五章 入学旅行五日目
5-08 合流する24班
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霧とシルヴィアが対面している、ちょうどその頃。
トリフォン率いる24班一行は、水没階のすべてを踏破し、いくつものゲートを抜けたあと、遂に最下層へと辿り着いた。みな疲れた様子を見せているものの、いずれも気力は漲り、萎えてはいない。
アデルは息を整えると、リューエストを仰ぎ見た。彼は先程からずっと、険しい顔で唇を引き結んでいる。天眼・慧眼を宿し、異様な光に彩られた彼の両目は、何か厳しい現状を映し出しているらしい。その視線の先に何があるのか知りたくて、アデルは不安な気持ちでリューエストに声をかけた。
「ねえリューエスト、キリはどこにいるの?」
その言葉を言い終わる前に、リューエストが遮る。彼は静かな声で囁くように言った。
「しっ……。この先の一室に、二人がいる。キリは無事だ」
それを聞き、みんなひとまずホッと胸をなでおろす。リューエストは続けて、天眼・慧眼を宿した目で知り得た現状を、説明した。
「キリはどうやら『白痴』を友にしたらしい。『白痴』はキリを守ろうとしている。キリが向き合っている現在の脅威は、魔法士学園師範、シルヴィアだ」
「えっ……?! え、えっ?!」
「どういうことですの?!」
アデルとリリエンヌが小さな声を上げる。しかしアルビレオは無表情を崩さず、同様にトリフォンもまた、落ち着いていた。
リューエストは考えをまとめるために少し沈黙したあと、真剣な表情で言った。
「僕の最優先はキリの保護。他には意識を裂かないから、戦力外だと思ってくれ。シルヴィアへの対応は、みんなに任せる。二人は検索の間にいる。様子を見て介入するが、慎重に」
リューエストはアデル、リリエンヌを見ながらそう言い、アルビレオの目をじっと覗きこんだ。アルビレオはリューエストの意図を汲み、その視線を真っ向から受け止めると、
「俺の最優先もキリの保護だ。シルヴィアへの加勢はしないから安心してくれ」
と、静かながらも決意のこもった強い口調で言った。アデルとリリエンヌはその言葉の意味を図りかね首を傾げたが、リューエストはすっかり理解している様子で、アルビレオに頷く。
そしてリューエストは最後に、トリフォンに視線を向けながら、言った。
「老師、シルヴィアの目的の一つは、図書塔の爆破。処理をお任せします」
「うむ、あいわかった」
爆破、と聞いて、アデルとリリエンヌは息を呑んだが、トリフォンが「心配いらぬ」と穏やかな微笑みを浮かべたため、何も言わずに頷いた。
「よし、行こう」
リューエストの合図で、一行は円形フロアを静かに移動し始めた。不思議な文様で彩られた、半ば開いたままの戸口へそっと近づいてゆく。中から零れ出てきたのは、霧の声だった。
「あたしの何を、黙っているって?」
続けて、シルヴィアの艶やかな声が響く。
「わたくしの先程のセリフは、チェカにしか、言ったことがないの。ねえ、キリ、あなたはチェカを知っている。失踪後のチェカを。そうでしょ?」
それを聞いて、アデルがハッと身じろぎする。
24班の一行は、息をひそめて二人の会話に耳をそばだてた。
「うん、チェカはあたしの叔父さんだからね、当然知ってるよ。夢の中で、何度も会ってるしね。あたし、ずっと眠っててさ、その間に、チェカとシルヴィア先生の会話も見たんだよねぇ」
「彼、あちらで元気にしてた? あの時は油断しちゃったわ。チェカがわたくしを攻撃するはずないからって、のんびりしてたら、逃がしちゃって。まさか、『竜辞典』と一緒に消えちゃうなんて、ね……思わなかったの。うふふ、さすがわたくしの幼なじみ。彼、昔からかくれんぼがうまかったのよ」
「へえ? シルヴィア先生がいつも鬼役? そりゃ怖い。だから帰ってこないのかな? チェカ叔父さんには早く帰ってきて欲しいよ。アデルが可哀相だしね」
「――この赤い球、何かわかって?」
アデルは半開きの扉から室内を覗き見ようとしたが、リューエストに止められた。どうやら扉はシルヴィアの視界内にあるらしい。アデルは諦めて、緊張しながら耳をそばだてた。室内からは、再びシルヴィアの声が漏れ聞こえてくる。
「キリ、どうか、そこから動かないで。少しでも動いたら、これを握りつぶすわ。そうしたら、スイッチが入るの。地上階の自爆システムを作動させるスイッチが、ね。そうなの。わたくし、この図書塔を崩壊させようとしているの、うふふ」
「恐ろしい人だね、シルヴィア先生。どうして……」
「どうして、そんな酷いことを? そうね、たくさんの人が死ぬわね、わかっていてよ。でも、命じられたことなの、仕方ないのよ。わたくし、脅されているんですもの」
「どうしてそんなに泣いてるの? 何が悲しいの?」
扉のそばで息を詰めながら室内の会話を聞くアデルたちは、霧の質問の不可解さに、眉根を寄せた。――現状を把握している、リューエスト以外は。
トリフォン率いる24班一行は、水没階のすべてを踏破し、いくつものゲートを抜けたあと、遂に最下層へと辿り着いた。みな疲れた様子を見せているものの、いずれも気力は漲り、萎えてはいない。
アデルは息を整えると、リューエストを仰ぎ見た。彼は先程からずっと、険しい顔で唇を引き結んでいる。天眼・慧眼を宿し、異様な光に彩られた彼の両目は、何か厳しい現状を映し出しているらしい。その視線の先に何があるのか知りたくて、アデルは不安な気持ちでリューエストに声をかけた。
「ねえリューエスト、キリはどこにいるの?」
その言葉を言い終わる前に、リューエストが遮る。彼は静かな声で囁くように言った。
「しっ……。この先の一室に、二人がいる。キリは無事だ」
それを聞き、みんなひとまずホッと胸をなでおろす。リューエストは続けて、天眼・慧眼を宿した目で知り得た現状を、説明した。
「キリはどうやら『白痴』を友にしたらしい。『白痴』はキリを守ろうとしている。キリが向き合っている現在の脅威は、魔法士学園師範、シルヴィアだ」
「えっ……?! え、えっ?!」
「どういうことですの?!」
アデルとリリエンヌが小さな声を上げる。しかしアルビレオは無表情を崩さず、同様にトリフォンもまた、落ち着いていた。
リューエストは考えをまとめるために少し沈黙したあと、真剣な表情で言った。
「僕の最優先はキリの保護。他には意識を裂かないから、戦力外だと思ってくれ。シルヴィアへの対応は、みんなに任せる。二人は検索の間にいる。様子を見て介入するが、慎重に」
リューエストはアデル、リリエンヌを見ながらそう言い、アルビレオの目をじっと覗きこんだ。アルビレオはリューエストの意図を汲み、その視線を真っ向から受け止めると、
「俺の最優先もキリの保護だ。シルヴィアへの加勢はしないから安心してくれ」
と、静かながらも決意のこもった強い口調で言った。アデルとリリエンヌはその言葉の意味を図りかね首を傾げたが、リューエストはすっかり理解している様子で、アルビレオに頷く。
そしてリューエストは最後に、トリフォンに視線を向けながら、言った。
「老師、シルヴィアの目的の一つは、図書塔の爆破。処理をお任せします」
「うむ、あいわかった」
爆破、と聞いて、アデルとリリエンヌは息を呑んだが、トリフォンが「心配いらぬ」と穏やかな微笑みを浮かべたため、何も言わずに頷いた。
「よし、行こう」
リューエストの合図で、一行は円形フロアを静かに移動し始めた。不思議な文様で彩られた、半ば開いたままの戸口へそっと近づいてゆく。中から零れ出てきたのは、霧の声だった。
「あたしの何を、黙っているって?」
続けて、シルヴィアの艶やかな声が響く。
「わたくしの先程のセリフは、チェカにしか、言ったことがないの。ねえ、キリ、あなたはチェカを知っている。失踪後のチェカを。そうでしょ?」
それを聞いて、アデルがハッと身じろぎする。
24班の一行は、息をひそめて二人の会話に耳をそばだてた。
「うん、チェカはあたしの叔父さんだからね、当然知ってるよ。夢の中で、何度も会ってるしね。あたし、ずっと眠っててさ、その間に、チェカとシルヴィア先生の会話も見たんだよねぇ」
「彼、あちらで元気にしてた? あの時は油断しちゃったわ。チェカがわたくしを攻撃するはずないからって、のんびりしてたら、逃がしちゃって。まさか、『竜辞典』と一緒に消えちゃうなんて、ね……思わなかったの。うふふ、さすがわたくしの幼なじみ。彼、昔からかくれんぼがうまかったのよ」
「へえ? シルヴィア先生がいつも鬼役? そりゃ怖い。だから帰ってこないのかな? チェカ叔父さんには早く帰ってきて欲しいよ。アデルが可哀相だしね」
「――この赤い球、何かわかって?」
アデルは半開きの扉から室内を覗き見ようとしたが、リューエストに止められた。どうやら扉はシルヴィアの視界内にあるらしい。アデルは諦めて、緊張しながら耳をそばだてた。室内からは、再びシルヴィアの声が漏れ聞こえてくる。
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「恐ろしい人だね、シルヴィア先生。どうして……」
「どうして、そんな酷いことを? そうね、たくさんの人が死ぬわね、わかっていてよ。でも、命じられたことなの、仕方ないのよ。わたくし、脅されているんですもの」
「どうしてそんなに泣いてるの? 何が悲しいの?」
扉のそばで息を詰めながら室内の会話を聞くアデルたちは、霧の質問の不可解さに、眉根を寄せた。――現状を把握している、リューエスト以外は。
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