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五章 入学旅行五日目
5-05a 渡会霧を求めて 1
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トリフォンの後を一列に進みながら、一行は水没階を下へ下へと潜っていく。
その道中、リューエストは前方の仲間の様子に気を配りながらも、ひたすらに霧のことを考えていた。
過去の記憶をたどると、そこには常に、共に生まれて共に育った、目を閉じたままの双子の妹の姿があった。
(僕の……眠り姫)
同じ日に生まれた双子の妹、キリ。
同じベッドの上、すぐ傍でいつも眠っていた、キリ。
同じように成長してゆくのに、決して目を覚まさなかった、キリ。
幼いリューエストは、彼女の存在が不思議でたまらなかった。
なんとか目を開けて自分を見て欲しくて、キリをつねったり、揺り動かしたり、叩いたりするリューエストを、母は優しく叱ってこう言った。
――いつかきっと、目を覚ますから、それまで守ってあげて。この子はダリアの愛し子。不思議な縁で授かった、あなたの可愛い妹よ。
両親とも、自分とも、まったく似ていない双子の妹。
黒い髪と、閉じた瞼に包まれた黒い瞳。彼女の外見は『ダリアの愛し子』と呼ばれ、ダリアリーデレの一族にとっては遠い先祖の再来だった。
眠ったままのキリは、一族に大切にされ、その命をつなぎ留められていた。
やがて4歳になったリューエストは、天眼・慧眼という、強力な言獣と契約を交わす。その稀有な言獣はリューエストの目に宿り、周囲にあるすべてを、彼のもとに晒した。
幼いリューエストはその力をコントロールできず、方々で問題を起こし、やがて叔母のリールに預けられる。リール・ダリアリーデレは、当時すでに、優秀な辞典魔法士だった。そのため、リューエストの両親は彼の指導と教育をリールに任せることにしたのである。
しかし妹と引き離されることを知ったリューエストは、抵抗した。
――いやだよ、いや、いや! キリと一緒じゃなければ、僕はどこにも行かない! 守ってあげるって約束したから、僕はずっとキリと一緒にいる!
リューエストがそう駄々をこねたため、リールはキリも一緒に引き取った。
3人だけが暮らす小さな島で、リューエストは毎日キリに話しかけた。
そうしているうち、やがてキリの見ている夢を覗き込んでしまう。それは、天眼・慧眼の力で垣間見た、「渡会霧」の暮らしだった。
どこか別の、変てこりんな世界で、十分な世話も受けずに、毎日泣きながら暮らす、霧。
母親からひどい言葉を浴びせられ縮こまる、霧。
酒浸りの父親から暴力を振るわれ痣だらけになる、霧。
父親から逃げるために小さな図書館に入り浸る、霧。
震えながら、泣きながら、傷だらけの小さな体を抱え込み、一人で怯えている、霧。
毎日毎日、キリは、「渡会霧」として暮らす、ひどい夢を見ている。
いつも同じ、悪夢のような日々を。
リューエストはその悪夢を垣間見る度、涙で頬を濡らし、ひたすらにキリの名を呼び揺り動かし、目覚めさせようとした。
しかしキリの瞳は、固く閉じたまま、決して開かれない。
愛しい双子の妹は、眠ったまま、苦しい夢を見続けた。
やがて、リールから様々なことを学んだリューエストは、キリの夢の世界が日本という言語双生界であることを知る。
10歳になったある日、リューエストはリールに告げた。
『リール叔母さん、僕は日本に行く。キリの悪夢を倒しに行く。きっと誰か悪い奴が、キリの魂を盗んで日本の悪い奴に売っちゃったんだ。だからキリは目を覚ますことができないんだ。僕は日本に行って、キリの魂を連れ戻すことにする。リール叔母さん、教えて、どうやったら、日本に行ける?』
リールはリューエストの真剣な眼差しを見て、茶化したりせずに明確な答えを提示した。
『……そうね、確実に言語双生界の日本に行くには、竜の力を借りるしかないわ。言獣の中でも竜だけが、自在に界を超える力を持つと言われているの。竜を探して契約なさい、リューエスト』
そうして、リューエストの言獣ハンターの日々が始まったのである。
やがて天眼・慧眼の力を適切にコントロールできるようになったリューエストは、育った小さな島を出て、竜を求めて世界中を駆け回った。そうこうするうち様々な言獣と契約することとなり、彼の辞典力はたちまち辞典魔法士をも凌駕する強力なものへと成長してゆく。もちろん魔法士学園や各職種から山のようにスカウトが来たが、リューエストはそれらに見向きもしなかった。
リューエストの目的は、ただ一つ。
竜を見つけて契約し、キリを迎えに行く――それだけだった。
その道中、リューエストは前方の仲間の様子に気を配りながらも、ひたすらに霧のことを考えていた。
過去の記憶をたどると、そこには常に、共に生まれて共に育った、目を閉じたままの双子の妹の姿があった。
(僕の……眠り姫)
同じ日に生まれた双子の妹、キリ。
同じベッドの上、すぐ傍でいつも眠っていた、キリ。
同じように成長してゆくのに、決して目を覚まさなかった、キリ。
幼いリューエストは、彼女の存在が不思議でたまらなかった。
なんとか目を開けて自分を見て欲しくて、キリをつねったり、揺り動かしたり、叩いたりするリューエストを、母は優しく叱ってこう言った。
――いつかきっと、目を覚ますから、それまで守ってあげて。この子はダリアの愛し子。不思議な縁で授かった、あなたの可愛い妹よ。
両親とも、自分とも、まったく似ていない双子の妹。
黒い髪と、閉じた瞼に包まれた黒い瞳。彼女の外見は『ダリアの愛し子』と呼ばれ、ダリアリーデレの一族にとっては遠い先祖の再来だった。
眠ったままのキリは、一族に大切にされ、その命をつなぎ留められていた。
やがて4歳になったリューエストは、天眼・慧眼という、強力な言獣と契約を交わす。その稀有な言獣はリューエストの目に宿り、周囲にあるすべてを、彼のもとに晒した。
幼いリューエストはその力をコントロールできず、方々で問題を起こし、やがて叔母のリールに預けられる。リール・ダリアリーデレは、当時すでに、優秀な辞典魔法士だった。そのため、リューエストの両親は彼の指導と教育をリールに任せることにしたのである。
しかし妹と引き離されることを知ったリューエストは、抵抗した。
――いやだよ、いや、いや! キリと一緒じゃなければ、僕はどこにも行かない! 守ってあげるって約束したから、僕はずっとキリと一緒にいる!
リューエストがそう駄々をこねたため、リールはキリも一緒に引き取った。
3人だけが暮らす小さな島で、リューエストは毎日キリに話しかけた。
そうしているうち、やがてキリの見ている夢を覗き込んでしまう。それは、天眼・慧眼の力で垣間見た、「渡会霧」の暮らしだった。
どこか別の、変てこりんな世界で、十分な世話も受けずに、毎日泣きながら暮らす、霧。
母親からひどい言葉を浴びせられ縮こまる、霧。
酒浸りの父親から暴力を振るわれ痣だらけになる、霧。
父親から逃げるために小さな図書館に入り浸る、霧。
震えながら、泣きながら、傷だらけの小さな体を抱え込み、一人で怯えている、霧。
毎日毎日、キリは、「渡会霧」として暮らす、ひどい夢を見ている。
いつも同じ、悪夢のような日々を。
リューエストはその悪夢を垣間見る度、涙で頬を濡らし、ひたすらにキリの名を呼び揺り動かし、目覚めさせようとした。
しかしキリの瞳は、固く閉じたまま、決して開かれない。
愛しい双子の妹は、眠ったまま、苦しい夢を見続けた。
やがて、リールから様々なことを学んだリューエストは、キリの夢の世界が日本という言語双生界であることを知る。
10歳になったある日、リューエストはリールに告げた。
『リール叔母さん、僕は日本に行く。キリの悪夢を倒しに行く。きっと誰か悪い奴が、キリの魂を盗んで日本の悪い奴に売っちゃったんだ。だからキリは目を覚ますことができないんだ。僕は日本に行って、キリの魂を連れ戻すことにする。リール叔母さん、教えて、どうやったら、日本に行ける?』
リールはリューエストの真剣な眼差しを見て、茶化したりせずに明確な答えを提示した。
『……そうね、確実に言語双生界の日本に行くには、竜の力を借りるしかないわ。言獣の中でも竜だけが、自在に界を超える力を持つと言われているの。竜を探して契約なさい、リューエスト』
そうして、リューエストの言獣ハンターの日々が始まったのである。
やがて天眼・慧眼の力を適切にコントロールできるようになったリューエストは、育った小さな島を出て、竜を求めて世界中を駆け回った。そうこうするうち様々な言獣と契約することとなり、彼の辞典力はたちまち辞典魔法士をも凌駕する強力なものへと成長してゆく。もちろん魔法士学園や各職種から山のようにスカウトが来たが、リューエストはそれらに見向きもしなかった。
リューエストの目的は、ただ一つ。
竜を見つけて契約し、キリを迎えに行く――それだけだった。
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