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四章 入学旅行四日目
4-06c アルビレオと日本談話 3
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365ページ広場に向かう道すがら、霧はアルビレオと日本の話をしていた。どうやらアルビレオは相当日本に興味があるらしく、熱心に霧に質問をしてくる。
「日本は神の平定した理想社会、という者もいるが、それについてはどう思う?」
霧は鼻で笑い、答えた。
「無い無い。理想社会? その逆。言うならば労働地獄社会、搾取社会、拝金主義社会だ。それに、あたし個人の見解では、神はいない。形骸化した『神を崇める場所や儀式、それにまつわる習慣』が、イベント化してるだけ。もし神がいるとしても、それは間違いなく、良いものじゃないね。本来の尊くありがたい存在からは程遠い、邪悪な何かだ」
「邪悪……。どうしてそう思う?」
「……なぜこんなにも、と思うほどに、苦痛で満ちているからだ。……あたしが特別、そう強く感じるだけかもしれないけど……。神がもし慈悲深い存在で、人間を愛しているなら、あれほどに苦痛に満ちた社会を放置するだろうか?」
「それほどひどい社会なのか?」
「ひどいね。年間2万人~3万人以上が、自ら死を選ぶ国だ。更にある調査によるデータでは、自殺未遂者は年間50万人以上いるとか」
「は……?! 3万人以上が、自ら死を……?! 年間で?!」
アルビレオはショックを受けて、固まっている。霧はそういえば……と、疑問を口にした。
「ククリコ・アーキペラゴって、自殺する人、いるの?」
茫然としているアルビレオに代わって、リューエストが答えた。
「……遠い親戚に、事故で恋人を失くして心を病み、後を追った人がいたけど……、僕が知っているのは、その人だけだ。自らの意思で死を選び取るケースは、社会全体でもほとんど聞かないね」
「自殺者数のカウントが、必要ないくらい極小……ということ?」
「そういうことだね。詳細な公的データを調べればあるかもしれないけど、一般的にはそんな項目見たことないな」
「そっか……いいね、ククリコ・アーキペラゴに生まれた人は」
小さく溜息をついた霧は、アルビレオを気の毒そうに見つめて言った。
「アルビレオ、気分、悪いんじゃない? 顔、青いよ、大丈夫? もうこの話、やめようか?」
「いや、……もしキリさえよければ、続けてくれ。年間50万人もの人が死にたいと思うほど……日本はそれほど、過酷な世界なのか?」
「まあ……人による、かもね。一部の『持って生まれた者』は、比較的楽しく自由に生きられるよ」
「持って、生まれた者……?」
「うん。日本には親ガチャ、って言葉があってね。どんな親の元で、どんな遺伝的特性を持って生まれるかで、人生が大きく左右される。ガチャって言うのは、抽選と同義でね、子供は親を選べない、って意味だよ」
霧は憂鬱そうに溜息をつくと、続けた。
「両親の性質と経済事情、遺伝的な要素とそれに伴う身体的及び精神的素養、生育環境。それらのうち、良質なものを持っている者は、比較的自由に生きることが出来る。人生に関する選択の幅が大きく広がるからね。
日本は基本、子供は親が養育するべし、とする社会で、十分な教育には莫大な金がかかる。金の無い両親のもとに生まれた子供は、学歴社会の日本で生きるには自分で金を用意するしかなく、社会に出る時に奨学金という借金を背負わざるを得ない。マイナスからの社会人スタートだ。その上就職先がブラック企業なら、地獄が待っている。持たざる者には生き辛い」
アルビレオはよく分からない、という顔をしているが、霧はかまわず続けた。
「これはあたし個人の見解だから、違う意見を持つ人もいるけど……日本は欺瞞に満ちた、下劣な社会だ。一見自由な社会に見えて、実際はそうじゃない。ほとんどの人間が資本主義社会の奴隷で、金という見えない鎖で縛られている。どれだけ稼げるかで、人間の価値が決定されるため、人は平等じゃないし、生まれつきの格差は激しい。一方、このククリコ・アーキペラゴでは、生まれてきただけで祝福され、よりよい人生を送れるよう、社会が暮らしを支えてくれる。それにより、生まれつきの格差は相殺される。日本とは、大違いだ」
「具体的には?」
「例えばククリコ・アーキペラゴでは、人付き合いの苦手な人が家に引きこもって、大好きなプラモづくりに生涯を費やしてもいいし、逆に人を助けることに生きがいを感じる人が、ひたすら無償で人助けをする生き方もできる。とても自由だ。金という制約がないからね。個人が何かを始めたければ、社会が援助してくれるでしょ、農業を始めたい人には土地をタダで提供してくれたりね。そんな風に生き方の選択肢は、かなり広い。辞典競技の大好きな人が、毎日競技場に足を運んで楽しく過ごし、全く働かずに生きることも容認されてる。そうでしょ?」
「ああ。それでその人の人生が豊かになるなら、他人に口を出す権利はないが?」
「無職は社会のクズ、とか思わないんだよね?」
「は? 思うわけがない。好きにすればいい」
「ところが日本じゃ、責められる。日本じゃ、労働は義務なんだ。無職は悪、というのが社会の共通認識で、働けるにもかかわらず無職の人間は、白い目で見られる。そして与えられるのが当たり前のククリコ・アーキペラゴとは違い、日本では生きているだけで奪われる。何種類もの税金と社会保障費という名の取り立てから、逃れられない。あたしにとっては……まるで、日々が」
――支払いに追われ、たとえ息切れを起こしても心臓が破れそうでも立ち止まることすら禁じられた、人生という名の過酷なマラソン。
霧はその言葉を呑み込んだ。発音することすら、厭わしい。
重く苦しい闇が過去から湧き出て、喉を締め上げているかのような錯覚に陥り、霧は顔をゆがめて沈黙した。
どう言えば、通じるのだろう? この自由なククリコ・アーキペラゴで生まれ育った人に、日本の底辺部で足掻いていた「持たずに生まれた者」の苦行のような人生を。理解することなど、到底できないだろう。そしてそれを、責めることなどできやしない。霧はそう思って、これまでの自分の人生に暗い目を向け、ポツリとこぼした。
「……生きているだけで……罰を……受けているみたいな……」
消え入りそうな掠れた声でそう呟いた霧に、アルビレオの目がわずかに見開かれ、リューエストがいつになく真剣な表情で言った。
「キリ、今はもう、ここにいる。世界が、みんなが、君を歓迎して、愛してるよ。とりわけ僕の愛は特別だから、覚えていて」
その優しい声に、霧はハッとして我に返った。口に出すべきではなかった重い発言を後悔しながら、慌てて取り繕う。
「あ……ごめん、二人とも。そうだね、もちろん、今は違う。あ、えと、つまりね、あたしの知っている日本……えっと、眠っている間に夢として見た日本……はね、ここに比べればそんなに良い国じゃないよって言いたかったんだ。ごめんねアルビレオ、せっかく日本に興味を持ってくれてるのに、夢をぶち壊す話ばっかりして」
アルビレオはゆっくり首を振ると、静かに口を開く。
「いや、気にしないでくれ。……俺の方こそ、悪かった。色々、訊いて……」
アルビレオはチラリと霧に視線を送り、何かを思い出しているかのように遠い目をした。そして戸惑うように目を伏せ、何かを言いかけてやめたのち、言葉を再開させる。
「日本であれ、過去の世界であれ、異文化はどんな話でも興味深い。俺はただ、想像を超えた先にどんな世界が広がっているのか、知りたいんだ。俺たちの思いもよらないような、新しい制度や仕組みがあり、それが世界をより良い方向に導くなら、積極的に取り入れるべきだと」
「……何も足す必要はない。ククリコ・アーキペラゴは、今の状態でもう十分完成されてる。奇跡の理想郷だと思うよ。この状態を維持することに、心血を注ぐべきだ。日本に関することは、反面教師として扱う以外に何も学ぶべきことはない」
いつになく強い口調できっぱりとそう言い切った霧に、アルビレオは少し間をおいた後、静かに応えた。
「……そうか。覚えておこう」
その時ちょうど365ページ広場に着いた面々は、オブジェから少し離れた片隅で立ち止まり、アデルたちを待つことにした。約束の19時まで、まだ15分ほどある。
広場は今日も賑わっていて、人々が思い思いに過ごしている。楽しそうにしている人を眺めているうち、霧も心が和んできた。そんな霧の様子を見て、アルビレオがためらいがちに、再び声をかけてくる。
「キリ、その、もう一つ、訊いてもいいか……君の見ていた、日本の夢のことなんだが」
「いいよ、何?」
「今でも見るのか、その日本の夢を」
「え、普通に夜、眠っている間?」
アルビレオが頷く。
「見てない。それよりあたし……今ここにいることの方が、夢だと思ってたしね……最初のうち」
霧はそう答えると、小さく笑った。
「今は楽しいし、幸せだ。このククリコ・アーキペラゴは、日本に比べたら最高に洗練された社会だ。ダリアの改革は、人々をあまねく幸福にするための、奇跡の成功例だと思う」
そう言った霧の言葉を聞いたあと、アルビレオは少し間をおいて次の質問をした。
「もし、ダリアの改革以前の王政が復活したとしたら、君は、この世界はどう変わると思う?」
「……権力者の登場は、多くの人の不幸を生むだろうね。人々は管理され、今みたいに自由に生きることはできなくなる。支配する側がほとんどの富を奪い、支配される側は、彼らに献上するために人生そのものを捧げることになる。……想像しただけで、ゾッとするな」
「今より、良くなる可能性は?」
「無い。権力者はより多くの富を求めて、対立するいくつかのグループに分裂し、やがて戦争が始まるだろう。罪のない人々が殺し合いに強制的に駆り出され、命を落とすだろうね」
霧はその目に暗い陰りを宿し、続けた。
「もし王政復古派が昔のような権力を得ることになれば――人間という、欲望にまみれた穢れた存在の、最も忌むべき側面が露わになる。歴史上何度も繰り返されてきた――地獄の再現が、始まる」
霧のその声は、静かでいながら大音量で叫ばれた如く、徹底的な重さを持って響いた。
「ちょっと……何よそれ、キリ……どうしてそんな、絶望的な話をしているの?」
背後からかけられた声に、霧は振り向く。そこにはいつの間に到着していたのか、アデルとリリエンヌが立っていた。
「日本は神の平定した理想社会、という者もいるが、それについてはどう思う?」
霧は鼻で笑い、答えた。
「無い無い。理想社会? その逆。言うならば労働地獄社会、搾取社会、拝金主義社会だ。それに、あたし個人の見解では、神はいない。形骸化した『神を崇める場所や儀式、それにまつわる習慣』が、イベント化してるだけ。もし神がいるとしても、それは間違いなく、良いものじゃないね。本来の尊くありがたい存在からは程遠い、邪悪な何かだ」
「邪悪……。どうしてそう思う?」
「……なぜこんなにも、と思うほどに、苦痛で満ちているからだ。……あたしが特別、そう強く感じるだけかもしれないけど……。神がもし慈悲深い存在で、人間を愛しているなら、あれほどに苦痛に満ちた社会を放置するだろうか?」
「それほどひどい社会なのか?」
「ひどいね。年間2万人~3万人以上が、自ら死を選ぶ国だ。更にある調査によるデータでは、自殺未遂者は年間50万人以上いるとか」
「は……?! 3万人以上が、自ら死を……?! 年間で?!」
アルビレオはショックを受けて、固まっている。霧はそういえば……と、疑問を口にした。
「ククリコ・アーキペラゴって、自殺する人、いるの?」
茫然としているアルビレオに代わって、リューエストが答えた。
「……遠い親戚に、事故で恋人を失くして心を病み、後を追った人がいたけど……、僕が知っているのは、その人だけだ。自らの意思で死を選び取るケースは、社会全体でもほとんど聞かないね」
「自殺者数のカウントが、必要ないくらい極小……ということ?」
「そういうことだね。詳細な公的データを調べればあるかもしれないけど、一般的にはそんな項目見たことないな」
「そっか……いいね、ククリコ・アーキペラゴに生まれた人は」
小さく溜息をついた霧は、アルビレオを気の毒そうに見つめて言った。
「アルビレオ、気分、悪いんじゃない? 顔、青いよ、大丈夫? もうこの話、やめようか?」
「いや、……もしキリさえよければ、続けてくれ。年間50万人もの人が死にたいと思うほど……日本はそれほど、過酷な世界なのか?」
「まあ……人による、かもね。一部の『持って生まれた者』は、比較的楽しく自由に生きられるよ」
「持って、生まれた者……?」
「うん。日本には親ガチャ、って言葉があってね。どんな親の元で、どんな遺伝的特性を持って生まれるかで、人生が大きく左右される。ガチャって言うのは、抽選と同義でね、子供は親を選べない、って意味だよ」
霧は憂鬱そうに溜息をつくと、続けた。
「両親の性質と経済事情、遺伝的な要素とそれに伴う身体的及び精神的素養、生育環境。それらのうち、良質なものを持っている者は、比較的自由に生きることが出来る。人生に関する選択の幅が大きく広がるからね。
日本は基本、子供は親が養育するべし、とする社会で、十分な教育には莫大な金がかかる。金の無い両親のもとに生まれた子供は、学歴社会の日本で生きるには自分で金を用意するしかなく、社会に出る時に奨学金という借金を背負わざるを得ない。マイナスからの社会人スタートだ。その上就職先がブラック企業なら、地獄が待っている。持たざる者には生き辛い」
アルビレオはよく分からない、という顔をしているが、霧はかまわず続けた。
「これはあたし個人の見解だから、違う意見を持つ人もいるけど……日本は欺瞞に満ちた、下劣な社会だ。一見自由な社会に見えて、実際はそうじゃない。ほとんどの人間が資本主義社会の奴隷で、金という見えない鎖で縛られている。どれだけ稼げるかで、人間の価値が決定されるため、人は平等じゃないし、生まれつきの格差は激しい。一方、このククリコ・アーキペラゴでは、生まれてきただけで祝福され、よりよい人生を送れるよう、社会が暮らしを支えてくれる。それにより、生まれつきの格差は相殺される。日本とは、大違いだ」
「具体的には?」
「例えばククリコ・アーキペラゴでは、人付き合いの苦手な人が家に引きこもって、大好きなプラモづくりに生涯を費やしてもいいし、逆に人を助けることに生きがいを感じる人が、ひたすら無償で人助けをする生き方もできる。とても自由だ。金という制約がないからね。個人が何かを始めたければ、社会が援助してくれるでしょ、農業を始めたい人には土地をタダで提供してくれたりね。そんな風に生き方の選択肢は、かなり広い。辞典競技の大好きな人が、毎日競技場に足を運んで楽しく過ごし、全く働かずに生きることも容認されてる。そうでしょ?」
「ああ。それでその人の人生が豊かになるなら、他人に口を出す権利はないが?」
「無職は社会のクズ、とか思わないんだよね?」
「は? 思うわけがない。好きにすればいい」
「ところが日本じゃ、責められる。日本じゃ、労働は義務なんだ。無職は悪、というのが社会の共通認識で、働けるにもかかわらず無職の人間は、白い目で見られる。そして与えられるのが当たり前のククリコ・アーキペラゴとは違い、日本では生きているだけで奪われる。何種類もの税金と社会保障費という名の取り立てから、逃れられない。あたしにとっては……まるで、日々が」
――支払いに追われ、たとえ息切れを起こしても心臓が破れそうでも立ち止まることすら禁じられた、人生という名の過酷なマラソン。
霧はその言葉を呑み込んだ。発音することすら、厭わしい。
重く苦しい闇が過去から湧き出て、喉を締め上げているかのような錯覚に陥り、霧は顔をゆがめて沈黙した。
どう言えば、通じるのだろう? この自由なククリコ・アーキペラゴで生まれ育った人に、日本の底辺部で足掻いていた「持たずに生まれた者」の苦行のような人生を。理解することなど、到底できないだろう。そしてそれを、責めることなどできやしない。霧はそう思って、これまでの自分の人生に暗い目を向け、ポツリとこぼした。
「……生きているだけで……罰を……受けているみたいな……」
消え入りそうな掠れた声でそう呟いた霧に、アルビレオの目がわずかに見開かれ、リューエストがいつになく真剣な表情で言った。
「キリ、今はもう、ここにいる。世界が、みんなが、君を歓迎して、愛してるよ。とりわけ僕の愛は特別だから、覚えていて」
その優しい声に、霧はハッとして我に返った。口に出すべきではなかった重い発言を後悔しながら、慌てて取り繕う。
「あ……ごめん、二人とも。そうだね、もちろん、今は違う。あ、えと、つまりね、あたしの知っている日本……えっと、眠っている間に夢として見た日本……はね、ここに比べればそんなに良い国じゃないよって言いたかったんだ。ごめんねアルビレオ、せっかく日本に興味を持ってくれてるのに、夢をぶち壊す話ばっかりして」
アルビレオはゆっくり首を振ると、静かに口を開く。
「いや、気にしないでくれ。……俺の方こそ、悪かった。色々、訊いて……」
アルビレオはチラリと霧に視線を送り、何かを思い出しているかのように遠い目をした。そして戸惑うように目を伏せ、何かを言いかけてやめたのち、言葉を再開させる。
「日本であれ、過去の世界であれ、異文化はどんな話でも興味深い。俺はただ、想像を超えた先にどんな世界が広がっているのか、知りたいんだ。俺たちの思いもよらないような、新しい制度や仕組みがあり、それが世界をより良い方向に導くなら、積極的に取り入れるべきだと」
「……何も足す必要はない。ククリコ・アーキペラゴは、今の状態でもう十分完成されてる。奇跡の理想郷だと思うよ。この状態を維持することに、心血を注ぐべきだ。日本に関することは、反面教師として扱う以外に何も学ぶべきことはない」
いつになく強い口調できっぱりとそう言い切った霧に、アルビレオは少し間をおいた後、静かに応えた。
「……そうか。覚えておこう」
その時ちょうど365ページ広場に着いた面々は、オブジェから少し離れた片隅で立ち止まり、アデルたちを待つことにした。約束の19時まで、まだ15分ほどある。
広場は今日も賑わっていて、人々が思い思いに過ごしている。楽しそうにしている人を眺めているうち、霧も心が和んできた。そんな霧の様子を見て、アルビレオがためらいがちに、再び声をかけてくる。
「キリ、その、もう一つ、訊いてもいいか……君の見ていた、日本の夢のことなんだが」
「いいよ、何?」
「今でも見るのか、その日本の夢を」
「え、普通に夜、眠っている間?」
アルビレオが頷く。
「見てない。それよりあたし……今ここにいることの方が、夢だと思ってたしね……最初のうち」
霧はそう答えると、小さく笑った。
「今は楽しいし、幸せだ。このククリコ・アーキペラゴは、日本に比べたら最高に洗練された社会だ。ダリアの改革は、人々をあまねく幸福にするための、奇跡の成功例だと思う」
そう言った霧の言葉を聞いたあと、アルビレオは少し間をおいて次の質問をした。
「もし、ダリアの改革以前の王政が復活したとしたら、君は、この世界はどう変わると思う?」
「……権力者の登場は、多くの人の不幸を生むだろうね。人々は管理され、今みたいに自由に生きることはできなくなる。支配する側がほとんどの富を奪い、支配される側は、彼らに献上するために人生そのものを捧げることになる。……想像しただけで、ゾッとするな」
「今より、良くなる可能性は?」
「無い。権力者はより多くの富を求めて、対立するいくつかのグループに分裂し、やがて戦争が始まるだろう。罪のない人々が殺し合いに強制的に駆り出され、命を落とすだろうね」
霧はその目に暗い陰りを宿し、続けた。
「もし王政復古派が昔のような権力を得ることになれば――人間という、欲望にまみれた穢れた存在の、最も忌むべき側面が露わになる。歴史上何度も繰り返されてきた――地獄の再現が、始まる」
霧のその声は、静かでいながら大音量で叫ばれた如く、徹底的な重さを持って響いた。
「ちょっと……何よそれ、キリ……どうしてそんな、絶望的な話をしているの?」
背後からかけられた声に、霧は振り向く。そこにはいつの間に到着していたのか、アデルとリリエンヌが立っていた。
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