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四章 入学旅行四日目
4-06a アルビレオと日本談話 1
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霧の気配に気付いたアルビレオが、パッと顔を上げる。
「……やあ」
彼は無表情でそう言うと、霧の周囲を見渡し、続けて口を開いた。
「……珍しいな、一人か? あの妹への愛が過剰なお兄さまはどうした?」
「トイレ」
即答した霧は、しばらく頭が真っ白になったような気持ちで沈黙していたが、ややあって声を上げた。
「え?!」
「……え? なんだ?」
「いやだって、え、今、アルビレオからあたしに声かけたよね? え、気のせいじゃ、ないよね?!」
「ああ。声をかけた。迷惑だったか?」
「まさか、嬉しいよ。アルビレオしゃべんないし、あたしこんなだから、引かれてんのかもと思ってたのよ。だからこれ以上嫌われないよう、そっとしとこ、って思ってたんだけど、なんだ、違ったんならホッとした~!」
「よくわからないな。俺に嫌われるようなことは、何もしていないだろう?」
「なら良かったよ。あたし、こんなだしね。非常識で言動もおかしいから、知らないうちに不快に思わせていても、不思議はないし」
「気にし過ぎだ。何も問題ない。辞典魔法士になる輩には、変人がゴロゴロしているし、個性を自慢に思ってる者もいる。24班にも変わり種がいるだろう?」
「え、もしか、リューエストのことかな?」
「そうだ」
そう言いながら、アルビレオは皮肉気に唇の端を歪め、目を細めた。
いつになく気さくな態度のアルビレオに、霧はホッと胸をなでおろした。どうやら彼に対して、無意識に構えていたらしいことに気付く。何でも口に出すアデルと違って、アルビレオはほとんど口を開かないので、霧としてもどう扱ってよいのかわからなかったのだ。
緊張を解いた霧は、アルビレオが読書している本に目を留める。
「ねえ、何、読んでるの? それ面白い? あ、邪魔してごめん」
「別に構わない。これは……言語双生界に関して書かれた本だ」
アルビレオは本のタイトルを見せてくれた。そこには「謎多き世界、言語双生界 日本」とある。
「へえ……こんなのあるんだ。日本について書かれた本……かぁ……」
そう呟いた霧に向かって、アルビレオはすぐそばの棚を顎で指し示しながら、言った。
「この辺りの書架には、日本に関する考察本が収められている。堅実な研究書から、一切根拠のない低俗なエセ本まで様々だ。興味があるか?」
「うん……ある」
霧は正直に答えた。ないと言えば、嘘になる。もっとも、興味があるのは日本に対してじゃなく、このククリコ・アーキペラゴに住む人たちの日本に対する認識に対して、ではあるが。更に言えば、アルビレオ個人がどこまで日本に対しての正しい知識を持っているか、霧は気になった。
「日本に関する本、読んでみたいよ。アルビレオは、詳しい? お薦めとか、ある?」
「俺が読んだ中でお薦めは……」
アルビレオは椅子から立ち上がるといくつかの書棚を巡り、3冊の本を抜き出して霧に差し出した。
「他にもあるが、まずこの3冊だな。信憑性が高く、これらに関しては現在も多方面の学者が考察を続けている。学園の授業にも取り入れらているそうだ。読んでみるか?」
「うん、読む。リューエストが選んでくれた本に目を通したら、次にこの3冊を読むね。ありがとう、アルビレオ」
「ああ。……それで……もし、嫌で無ければ……その……」
アルビレオは目を伏せたのち、迷ったように言い淀んだ。
「ん? 何でも言ってよ、遠慮はいらない。同班のよしみだしね」
ニカッと笑いながら霧がそう言うと、アルビレオは決心したように、再び口を開いた。
「その3冊を読み終わったら、感想を、聞かせてほしい。その……キリが見たという、夢の中の日本と併せて……相違点など、教えて欲しい。嫌で、無ければ」
「オケオケ。全然嫌じゃないよ。アルビレオの見解も聞かせてね、日本談話といこうじゃないか」
日本のことについてどこまで話しても問題ないのか分からなかったし、若干不安もあったが、霧はとりあえず、愛想よくそう返事した。霧の知っている日本は夢の中の話ということになっているのだから、まあ多少エキセントリックな内容でも「あくまで夢の話だから!」と、ごまかせるだろう、と思いながら。
一方、霧の気安い返答にホッとしたらしく、アルビレオは感謝の気持ちを伝えるように、小さく会釈した。
「……やあ」
彼は無表情でそう言うと、霧の周囲を見渡し、続けて口を開いた。
「……珍しいな、一人か? あの妹への愛が過剰なお兄さまはどうした?」
「トイレ」
即答した霧は、しばらく頭が真っ白になったような気持ちで沈黙していたが、ややあって声を上げた。
「え?!」
「……え? なんだ?」
「いやだって、え、今、アルビレオからあたしに声かけたよね? え、気のせいじゃ、ないよね?!」
「ああ。声をかけた。迷惑だったか?」
「まさか、嬉しいよ。アルビレオしゃべんないし、あたしこんなだから、引かれてんのかもと思ってたのよ。だからこれ以上嫌われないよう、そっとしとこ、って思ってたんだけど、なんだ、違ったんならホッとした~!」
「よくわからないな。俺に嫌われるようなことは、何もしていないだろう?」
「なら良かったよ。あたし、こんなだしね。非常識で言動もおかしいから、知らないうちに不快に思わせていても、不思議はないし」
「気にし過ぎだ。何も問題ない。辞典魔法士になる輩には、変人がゴロゴロしているし、個性を自慢に思ってる者もいる。24班にも変わり種がいるだろう?」
「え、もしか、リューエストのことかな?」
「そうだ」
そう言いながら、アルビレオは皮肉気に唇の端を歪め、目を細めた。
いつになく気さくな態度のアルビレオに、霧はホッと胸をなでおろした。どうやら彼に対して、無意識に構えていたらしいことに気付く。何でも口に出すアデルと違って、アルビレオはほとんど口を開かないので、霧としてもどう扱ってよいのかわからなかったのだ。
緊張を解いた霧は、アルビレオが読書している本に目を留める。
「ねえ、何、読んでるの? それ面白い? あ、邪魔してごめん」
「別に構わない。これは……言語双生界に関して書かれた本だ」
アルビレオは本のタイトルを見せてくれた。そこには「謎多き世界、言語双生界 日本」とある。
「へえ……こんなのあるんだ。日本について書かれた本……かぁ……」
そう呟いた霧に向かって、アルビレオはすぐそばの棚を顎で指し示しながら、言った。
「この辺りの書架には、日本に関する考察本が収められている。堅実な研究書から、一切根拠のない低俗なエセ本まで様々だ。興味があるか?」
「うん……ある」
霧は正直に答えた。ないと言えば、嘘になる。もっとも、興味があるのは日本に対してじゃなく、このククリコ・アーキペラゴに住む人たちの日本に対する認識に対して、ではあるが。更に言えば、アルビレオ個人がどこまで日本に対しての正しい知識を持っているか、霧は気になった。
「日本に関する本、読んでみたいよ。アルビレオは、詳しい? お薦めとか、ある?」
「俺が読んだ中でお薦めは……」
アルビレオは椅子から立ち上がるといくつかの書棚を巡り、3冊の本を抜き出して霧に差し出した。
「他にもあるが、まずこの3冊だな。信憑性が高く、これらに関しては現在も多方面の学者が考察を続けている。学園の授業にも取り入れらているそうだ。読んでみるか?」
「うん、読む。リューエストが選んでくれた本に目を通したら、次にこの3冊を読むね。ありがとう、アルビレオ」
「ああ。……それで……もし、嫌で無ければ……その……」
アルビレオは目を伏せたのち、迷ったように言い淀んだ。
「ん? 何でも言ってよ、遠慮はいらない。同班のよしみだしね」
ニカッと笑いながら霧がそう言うと、アルビレオは決心したように、再び口を開いた。
「その3冊を読み終わったら、感想を、聞かせてほしい。その……キリが見たという、夢の中の日本と併せて……相違点など、教えて欲しい。嫌で、無ければ」
「オケオケ。全然嫌じゃないよ。アルビレオの見解も聞かせてね、日本談話といこうじゃないか」
日本のことについてどこまで話しても問題ないのか分からなかったし、若干不安もあったが、霧はとりあえず、愛想よくそう返事した。霧の知っている日本は夢の中の話ということになっているのだから、まあ多少エキセントリックな内容でも「あくまで夢の話だから!」と、ごまかせるだろう、と思いながら。
一方、霧の気安い返答にホッとしたらしく、アルビレオは感謝の気持ちを伝えるように、小さく会釈した。
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