推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~

ことのはおり

文字の大きさ
上 下
131 / 175
四章 入学旅行四日目

4-04   白痴の言獣

しおりを挟む
「キリ、お兄ちゃんのこと大好きだからって、そんなに見つめられたら僕、困っちゃうよ」

 困っちゃう、と言いながら、リューエストは明らかに嬉しそうだ。緩みきった笑顔でも美貌が損なわれていないところはさすが、といったところだが。
 彼はウキウキした口調で続けて言った。

「キリ、あのね、別にいいんだけどね、僕に見惚みとれても。でも、そんなに熱い視線を注がれたら、お兄ちゃん、照れてしまって読書が進まなくなるよ。まあ、それでこの課題が長引いても、僕としては何も困らないどころかずっとこうしてキリと一緒に居られて幸せだからいいんだけども。テヘへ……ウフフフ……」

 『クク・アキ』作中では見られない、リューエストのデレ顔。霧は『クク・アキ』に登場するリューエストのイメージと、今目の前にいる実物の違いを尚も不思議に思いながら、サッと視線をそらせて言った。

「ごめんね、リュー。あんまり綺麗だから、つい見ちゃった」

「えっ……ウフ、ウフフ、いいんだよ、うん、キリが僕を見ることで幸せなら、そんなに嬉しいことないし、いいんだよ、うん。……でも、照れちゃうなぁ……エヘヘヘヘ……。ねえ、僕もキリを、じっと見つめていい? キリの黒い瞳と見つめ合えるなんて、素敵だ。ねえ、しばらく見つめ合おう?」

「お断りします」

 ズバッと即切りし、霧は言獣げんじゅう本に視線を戻した。がっかりとした気配が伝わってくるのを感じながらも、霧は次々とページをめくってゆく。あと少しで読み終わるだろう。
 そして最後のページに来たとき、霧は思わずリューエストに話しかけてしまった。彼が読書に戻って集中し始めたことは知っているが、邪魔せずにいられなかったのだ。彼は言獣の、エキスパートなのだから。

「ねえ、これ、本当に言獣なの? 想像の産物じゃないの?」

 霧が指し示した本の中の絵を見て、リューエストがすぐに返答する。

「あ、それね、伝説の言獣で、見た人はいないと言われてるんだ。少なくとも、この1500年の間は」

「見た人いないってことは、やっぱりこれ創作? 言獣パロ?」

 描かれたその言獣は、不気味で奇妙な見た目をしている。色は真っ黒で、小型のクジラのような丸いボディに、人間の手のような形をした無数のひれが垂れさがり、背中には一対の小さな翼が付いている。色んな生き物を混ぜ合わせたような、荒唐無稽こうとうむけい姿形なりだ。
 霧が興味津々で食いついてくるのを見て、リューエストの目がキラキラ輝き、おなじみのハイテンション解説が始まった。

「いや、それは本当にいたとされる言獣なんだ。この本は多くの教育現場で教材として使われていてね、子供たちに言獣に親しみを持ってもらうために色々な種類を紹介しているんだけど、嘘は載せていない。掲載言獣は厳選されていて、実際に存在する言獣を基本としているんだ。まあ、この『白痴はくち』に関してはかなり微妙なんだけどね。実際見たことのある人はいないと言われているけれど、1500年前の文献のいくつかに登場するところから、本当にいたとされ、固有種に分類されている。しかも――」

 リューエストはそこで一旦言葉を区切ると、霧の方に身を乗り出した。

「しかも?!」

 早く続きを言えとばかりに霧がせかす。リューエストは楽しそうに、続けた。

「しかも、今でも、この図書塔の最下層に特殊な技で封じ込められていると言われている」

「えっ、ここに?! マジで?! 最下層に?! それって何階?!」

「わからない。一般人が立ち入りを許可されているのは、地上60階、地下20階まででね、聞くところによると地下40階より下は水没しているらしい。そんな謎いっぱいの最下層に閉じ込められているらしい言獣、『白痴』は、その名前の通り、とても頭が悪く、それを自覚して悲しく思っている可哀相な言獣なんだよ。普通の言獣とは違うよね。頭の悪さを嘆くなんて、まるで人間みたいだ。そもそも、言獣は言葉の化身なんだから、誰かと自分を比べたりしないはず。頭が悪いと思っている、ってことは、相対評価を理解してるってことだから、僕にとって、最大の謎は、そこだよ。この言獣が」

 ひたすら続くリューエストの言獣うんちくを聞き流しながら、霧は本に載っている説明文に奇妙なことが書かかれているのに気づいた。

「ねえリューエスト、この言獣、『別名/辞典らい』って書いてあるんだけど、どういうこと?」

「本来言獣は『辞典』に宿るものだけど、『白痴』は狂っていて、『辞典』を食べるらしい。しかも、『辞典』の持ち主ごと、全部丸呑み。蛇みたいに」

「えっ、ええええぇ……。こわ……。でも何で……?! 何で、食べちゃうの?!」

「一説によると、『白痴』は自分の頭の悪さを嘆いていて、何とか知識を蓄えたくて、そいう凶行に出るのだとか。とにかく食べて吸収したい、って感じなのかなぁ。謎だよね。『白痴』は言獣だから、物理攻撃も魔法攻撃も効かないし、出会ったら最後、人間は喰われる運命だと言われている。そんな風に危険だから、閉じ込められているらしいよ」

「言獣って、襲ってくるもんなの?! みんな友好的なんだとばかり……」

「この子は例外なんだ。こういうタイプの言獣は、他にいないね。食べられちゃうなんて、ほんと、怖いよね~。僕は初めてこの『白痴』を知ったとき、夜中に一人でトイレに行けなくなって、何度もリール叔母さんを起こしたなぁ」

「なるほど、怪談話の類……、いや、鬼とか妖怪? いい子にしてないと、こいつが来るぞ、って脅すやつ? 純粋な子供はガクブルになっておとなしくなるという……」

「まあね、しつけに使う親もいるだろうね。ほとんどの人はそんな風に都合よく使うだけで、『白痴』の存在を信じていないだろうけど、僕はこの子は本当にいると思うな。会ってみたい気がするけど、喰われるのは嫌だしねぇ、年寄りになってから探してみようと思うよ」

「え、マジで?! 図書塔、最下層チャレンジ、しちゃうの?! ヨボヨボのじじいになってから?! てか、リューエスト、年、取るの?! あたしと同い年の36歳とは思えない、ツヤツヤキラキラなんだけど……不老じゃないの?!」

「僕を何だと思ってるの、キリ? 僕が年齢より若々しいのは自覚してるけど、僕だって年ぐらい取るよ。まあ、体力のあるうちじゃないと、図書塔の最下層に行くのは難しいだろうから、チャレンジする時期が難しいなぁ。さっきも言ったけど、この図書塔で一般人が行けるのは地上60階、地下20階までだ。そこから先は許可が必要になる。特に地下40階から下は環境が厳しく、高度な辞典魔法無しには進めないと言われていて、そこは水の底に沈んでいるとか、異空間に繋がっているとか、噂されてる」

「ほへぇ~……何という……不思議な世界の更に不思議満載な……」

「わくわくするよねぇ、うんうん。どう、キリも言獣の魅力がわかってきた? お兄ちゃんと一緒に、言獣ハンターにならない? 二人でこの不思議な世界を大冒険しようよ!」

「それはおいといて。次の本、いこっと。おお……これ、伝記? あ、いいね……勉強になる。よし、知識をたくわえるぞ……」

 霧の興味が別の本に移ってしまったことに、リューエストはがっかりと肩を落とした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で泣いていた僕は、戻って来てヒーロー活動始めます。

まったりー
ファンタジー
8歳の頃、勇者召喚で異世界に飛んだ主人公、神楽啓斗(かぐらけいと)は、1年間を毎日泣いて過ごしていました。 そんな彼を可哀そうと思ったのは、その世界で女神と呼ばれている女性で、使い魔を通して色々力添えをして行き、段々と元気になった神楽啓斗(かぐらけいと)は、異世界で生きる訓練を始めます。 ですが、子供は親元に戻るべきと女神様は力を使い、現代に戻してくれたのです。 戻って来た現代では、女神様の使い魔も助けも行われ続け、神楽啓斗(かぐらけいと)は異世界の力を使い、困ってる人を助けるヒーロー活動を始めます。 普通の平和な世界だと思っていた神楽啓斗(かぐらけいと)でしたが、世界には裏の顔が存在し、戦いの中に身を置く事になって行く、そんなお話です。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜

夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。 不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。 その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。 彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。 異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!? *小説家になろうでも公開しております。

処理中です...