推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~

ことのはおり

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三章 入学旅行三日目

3-16   絵本の国のホテル

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 地下道直結の出入り口からホテル内に入った霧たちは、すぐさま居心地の良い応接室に通され、そこでホテルスタッフから説明を受けた。なんとこのホテルは辞典魔法で制御され、部屋の内装が客の好みに応じて即座に変更できるようになっているのだとか。霧たちはカタログを渡され、12種類もある内装からおのおの一つを選ぶことになった。それらの内装デザインは、いずれもククリコ・アーキペラゴで人気の絵本をテーマにしたものだそうで、ファンタスティックな魅力にあふれている。

「えっ……すご、え、どれにしよう、え、あ、お、これいい、あ、でも、こっちもえ……うわっ! え、何、妖精さん!妖精さん!妖精さん部屋がある!! あたしこれにする!!」

 喜びに顔を輝かせる霧の傍らで、アデルが笑う。

「プッ、予想的中! キリは絶対これにすると思った。私は……この内装にしようかな。『ミトと魔法使い』」

「え、それ、何? わ、なんか絵、可愛い! メルヘン!!」

「異世界から竜巻で飛ばされて来たミトと、獅子頭の王子様、魔界の木こり、華やかなかかしが、一緒に冒険する物語よ。この絵本、お父さんによく読んでもらったな……なつかしい」

 しんみりとそう言った後、アデルは霧に向かってニコッと笑ってみせた。霧は自分に向けられたその笑顔に、ドキッとする。
 父親チェカは生きてる――霧からそう聞かされ、それを信じたアデルの瞳には、力強い希望の明かりが灯っていた。霧はそれを見て取り、チェカに関する秘密をアデルと共有していることに、こそばゆい喜びを感じる。
 一方、アデルの隣に座ったリリエンヌは、「わたくしはこのオリゴ系言獣げんじゅう勢ぞろいの、ふわぽよ部屋にしますわ」と言った後、感激した表情でトリフォンに声をかけた。

「ここに泊まれるなんて、嬉しいですわぁ……。まさかトリフォンのお友達のホテルが、エヴァンジェリン・リナグ監修の『絵本の国のホテル』だったなんて! 予約を取るのが大変な、人気ホテルだと聞きますわ! 急なことでしたのに、よく6人分も部屋が取れましたわね、トリフォン。無理をさせてしまったのではないかと、心配ですわ」

「いやいや、心配せずともよい。このホテルを運営しているわしの昔馴染みは、律儀な御仁での。最初の理念に基づいて、常に友人のために空き室を確保してくれているんじゃよ」

 そこへスタッフと共に、一人の年配の女性が現れた。サラ・グレイシアと名乗ったその女性が、トリフォンの親しい友人だということがわかり、みんなは口々に彼女に礼を言った。彼女は24班の面々とあいさつを交わすと、愛想よく皆を歓迎してくれた。
 その後、軽い夕食をもてなしてもらった面々は、明日の予定をザッとたてたのち、用意の整ったそれぞれの部屋へと向かい、その日は解散となった。

 このホテルは変わった構造をしているそうで、客室が地下にもある。霧たちの部屋も地下3階にあったが、部屋の奥には大きなき出し窓があり、まったく地下らしくなかった。窓からは内庭が見え、その可愛らしさに、霧は思わず声を上げる。

「えっ、うそぉ……!! 何このお庭、え、え、可愛すぎ!!」

 内庭にはファンタジックな彩りの明かりが灯り、何かの物語と思われる飾り付けがあちこちに施してあった。どこからか美しい響きの音楽も聴こえ、映画のワンシーンにでも入り込んだような風情を醸し出している。
 そして驚いたことに、内庭の上空には、本物の夜空が覗いていた。つまりその庭は、建物内に作られた内庭ではなく、外の空間と繋がっている中庭だったのである。
 驚いた霧は、掃き出し窓から中庭に出て、辺りを見回した。
 元々そういう地形を利用したのか、地面を掘り下げて作ったのか、円形の中庭をぐるりと囲うように、曲線を描く建物がそびえている。霧が上を見上げると、客室のバルコニーが上へ上へと何階層も続いているのが見え、最上階には何かの施設が備え付けられていた。

「何だろう、あれ……屋上遊園地でもあるのかな? 行ってみたいなぁ……。それにしても、この中庭、豪華だ……」

 どうやらこのホテルでは、一番下の地下3階だけが、直接中庭に出られる特別な階のようだ。

「はぁ~……すごぉ……」

 いつの間にかすっかり日が落ちて、今、言読町ことよみちょうは静かな夜の気配に包まれている。
 霧が中庭を散策して感動していると、隣の部屋のリューエストも庭に出てきて、霧に向かって言った。

「素敵なホテルだね、キリ。僕は隣の部屋だから、何かあったらいつでも来てよ。あ、そうそう、ドアと窓は登録した『辞典』でのオートロック形式だから、常に『辞典』を携帯した状態で出入りするんだよ。あ、日用品の類はホテルスタッフさんに聞いた通りすべて揃っているけど、必要なものがあればお兄ちゃんが買ってきてあげるよ。それから」

 おんよろしく世話を焼き始めるリューエストのそばへ行くと、霧は自分でも驚いたことに――リューエストを自らハグした。

 なぜだかわからないが、そうしたくなったのだ。

 推しの一人に対する愛なのか、家族に対する愛なのか、『ツアーメイト』への親愛なのか、よくわからないが、とにかく霧の胸の中には、リューエストへの温かい気持ちが詰まっていた。ハグなどしたことがなかったが、今の気持ちを言葉では表現できそうになく、その思いが、霧をその行動へと駆り立てたのだ。

 霧はギュッとリューエストを抱きしめると、すぐにそっと離して、静かな声で言った。

「入学旅行、ついてきてくれて、ありがとね、リュー。あたし、幸せ過ぎて怖いくらいだよ」

「あ……あ……うん」

 驚きのあまり固まっているリューエストに、霧はニカッと笑うと「……んじゃ、また明日ね」と言って部屋の中に戻って行った。窓が閉まる直前に、中から「うきょおぉぉ、妖精さん部屋、最高ぉっ~!! エモすぎる!!」と霧の奇声が零れてくる。

 その声に耳を傾けながら、リューエストはまだ、固まっていた。

 霧の部屋の窓が完全に閉まり、カーテンが引かれた後も、リューエストは幻想的な中庭に一人、立ち尽くしていた。蛍のように揺らめく明かりが、彼の美しい瞳に光を映す。その潤んだ瞳から一筋、涙がこぼれ落ちた。

 リューエストは震える息を吐き出すと、そっと呟く。

「大丈夫だよ……霧。お兄ちゃんが、ずっと、守ってあげるからね。もう、辛い思いはさせないって、約束する」

 その声は、スッと辺りに溶けていった。中庭に流れるかそけき音楽の、一部のように。

 リューエストはしばらくの間、一人静かに、瞬く星を眺めていた。
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