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三章 入学旅行三日目
3-14b 夕暮れ時の図書塔 2
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図書塔のゲートのそばで、霧たちはトリフォンとアルビレオが来るのを待っていた。その間チラホラと、魔法士学園の紺色のショートケープを身に着けた新入生が、塔から出て行くのが見られる。皆、課題6に取り組むために来ているのだろう。アデルとリリエンヌは彼らのうち何人かと挨拶を交わしていた。それを見て、霧が二人に話しかける。
「知り合い、多いね。手を振り合ってた子、みんな友達?」
「友達……というか、ほとんどは顔見知り程度かな。もちろんあの中には、私たちと仲の良い子もいるけど」
そう答えたアデルに引き続き、リリエンヌが霧に教えてくれた。
「わたくしとアデルは、同じファル地方の準備校に通っていたんですの。魔法士学園の試験は難関ですから、ほとんどの新入生は準備校で学んでから試験に挑みますのよ。先程挨拶した相手は、その準備校で知り合った人たちですわ」
「へえ、そっかぁ。準備校、楽しかった?」
霧の問いかけに、アデルが微妙な表情で答える。
「まあ……気晴らしにはなったかな。ガスティオールのクズもいたから、退屈はしなかったわね」
ああ、なるほど、と霧は納得した。アデルとガスティオールは、準備校で知り合ったのか、と。
アデルは溜息をつきながら、続けて言った。
「あのアホ、絶対試験に落ちると思ってたのにな……なんで入学旅行にいるんだろ。謎だわ」
「本当。彼の辞典魔法は準備校に入学できるレベルにすら、到達していませんでしたものね。ただ一つ、火に関する魔法だけは、かなり強力でしたけど」
「きっとあのアホに火の扱いを学ばされるために準備校に入学させたんでしょ。野放しにしとくと危険だから」
それを聞いて、霧が疑問を口にする。
「へえ? ずば抜けた一芸があれば魔法士学園に入学できるわけ?」
「まさか。それがおかしいところ。準備校はともかく、魔法士学園は一芸だけで入学できるほど簡単じゃない」
首を傾げながらそう答えたアデルと同じように、リリエンヌも不思議そうな表情で頷く。それを見て霧は言った。
「じゃ、残るはコネ、の可能性?」
「縁故入学は無理なはずですわ……。合格水準は厳格に決められているそうです。でも、このところ色んな方面で、何かがおかしい、と感じますの」
「それそれ。私も感じる。お父さんも言ってた。少しずつ、何かが歪んでるって」
アデルが父親のことを迷いなく口にしたことに、リリエンヌはほんの少し驚いた。その驚きは悪いものではなく、むしろ歓迎すべきもの。この3年間、ずっとアデルを悩ませていた心配事が軽くなったことを、リリエンヌは肌で感じとった。何があったのかは知らないが、アデルの変化は喜ばしいものだ。そう思ったリリエンヌは、美しい面に優しい微笑みを浮かべると、話を続ける。
「チェカ先生は何かに気付いていらしたのかもしれまんわ。……最近、わたくし、もう一つ感じていることがありますの。不思議な気配を」
みんなが、リリエンヌの言葉の続きを待つ。リリエンヌはしなやかな動きで手を空気中にかざすと、透き通った声で明るく言った。
「何だか、新しい風が吹き始めた……そんな気がしますの。もちろん、力強くて暖かい、とても素敵な風ですわ」
晴れやかに微笑んだリリエンヌの清らかな美貌に、霧は見惚れてしまった。その傍らで、リューエストが頷きながら呟く。
「うん、僕も感じるよ。素敵な、新しい風がやって来たって」
そう言いながらリューエストは、霧に向かってにっこり微笑んだ。リューエストの言う「風」の意味するところを正確につかんだアデルが、横やりを飛ばす。
「新しい風っていうか、面白くて変な風っていうか?」
一方、霧は何のことかさっぱり分からず、風って何かの比喩なのかな……と疑問に思いながらも、黙っていた。美しい茜色に染まる空の下に、みんなと一緒にいられることが、ただ幸せで、胸がいっぱいになってきたからだ。
(夕暮れ時って、どうしてこんなに感傷的な、切ない気分になるんかなぁ……)
昼と夜の狭間に揺れる、優しいひととき。霧は何も言わずに、みんなの会話に耳を傾けていた。
そうして10分もしないうちに、アルビレオがやってきて、ややあってトリフォンも手を振りながら近づいてくるのが見えた。
無事に合流を果たした24班一行は、茜色に染まる街並みを歩いて、揃ってホテルへと向かった。
「知り合い、多いね。手を振り合ってた子、みんな友達?」
「友達……というか、ほとんどは顔見知り程度かな。もちろんあの中には、私たちと仲の良い子もいるけど」
そう答えたアデルに引き続き、リリエンヌが霧に教えてくれた。
「わたくしとアデルは、同じファル地方の準備校に通っていたんですの。魔法士学園の試験は難関ですから、ほとんどの新入生は準備校で学んでから試験に挑みますのよ。先程挨拶した相手は、その準備校で知り合った人たちですわ」
「へえ、そっかぁ。準備校、楽しかった?」
霧の問いかけに、アデルが微妙な表情で答える。
「まあ……気晴らしにはなったかな。ガスティオールのクズもいたから、退屈はしなかったわね」
ああ、なるほど、と霧は納得した。アデルとガスティオールは、準備校で知り合ったのか、と。
アデルは溜息をつきながら、続けて言った。
「あのアホ、絶対試験に落ちると思ってたのにな……なんで入学旅行にいるんだろ。謎だわ」
「本当。彼の辞典魔法は準備校に入学できるレベルにすら、到達していませんでしたものね。ただ一つ、火に関する魔法だけは、かなり強力でしたけど」
「きっとあのアホに火の扱いを学ばされるために準備校に入学させたんでしょ。野放しにしとくと危険だから」
それを聞いて、霧が疑問を口にする。
「へえ? ずば抜けた一芸があれば魔法士学園に入学できるわけ?」
「まさか。それがおかしいところ。準備校はともかく、魔法士学園は一芸だけで入学できるほど簡単じゃない」
首を傾げながらそう答えたアデルと同じように、リリエンヌも不思議そうな表情で頷く。それを見て霧は言った。
「じゃ、残るはコネ、の可能性?」
「縁故入学は無理なはずですわ……。合格水準は厳格に決められているそうです。でも、このところ色んな方面で、何かがおかしい、と感じますの」
「それそれ。私も感じる。お父さんも言ってた。少しずつ、何かが歪んでるって」
アデルが父親のことを迷いなく口にしたことに、リリエンヌはほんの少し驚いた。その驚きは悪いものではなく、むしろ歓迎すべきもの。この3年間、ずっとアデルを悩ませていた心配事が軽くなったことを、リリエンヌは肌で感じとった。何があったのかは知らないが、アデルの変化は喜ばしいものだ。そう思ったリリエンヌは、美しい面に優しい微笑みを浮かべると、話を続ける。
「チェカ先生は何かに気付いていらしたのかもしれまんわ。……最近、わたくし、もう一つ感じていることがありますの。不思議な気配を」
みんなが、リリエンヌの言葉の続きを待つ。リリエンヌはしなやかな動きで手を空気中にかざすと、透き通った声で明るく言った。
「何だか、新しい風が吹き始めた……そんな気がしますの。もちろん、力強くて暖かい、とても素敵な風ですわ」
晴れやかに微笑んだリリエンヌの清らかな美貌に、霧は見惚れてしまった。その傍らで、リューエストが頷きながら呟く。
「うん、僕も感じるよ。素敵な、新しい風がやって来たって」
そう言いながらリューエストは、霧に向かってにっこり微笑んだ。リューエストの言う「風」の意味するところを正確につかんだアデルが、横やりを飛ばす。
「新しい風っていうか、面白くて変な風っていうか?」
一方、霧は何のことかさっぱり分からず、風って何かの比喩なのかな……と疑問に思いながらも、黙っていた。美しい茜色に染まる空の下に、みんなと一緒にいられることが、ただ幸せで、胸がいっぱいになってきたからだ。
(夕暮れ時って、どうしてこんなに感傷的な、切ない気分になるんかなぁ……)
昼と夜の狭間に揺れる、優しいひととき。霧は何も言わずに、みんなの会話に耳を傾けていた。
そうして10分もしないうちに、アルビレオがやってきて、ややあってトリフォンも手を振りながら近づいてくるのが見えた。
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