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三章 入学旅行三日目

3-12b “ゲス”ティオールの一幕 2

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「あ、ありがとうございます……本当に、助かりました」

 頭を下げ恐縮する少女に、霧が静かな口調で話しかける。

「ごめんね、あの男、魔法士学園の面汚しでね。君、さっき急いでたって言ってたよね、この辺ひと気ないし、物騒だから人通りのあるところまで送ってあげるよ、こっちでいい?」

 霧の申し出を受け入れ、少女は歩き出した。ほどなくして賑やかな表通りに出ると、少女は近くにある可愛い看板を掲げた店を指さしながら、言った。

「あのお店、私の両親の営む菓子店なんです。送っていただいて、ありがとうございました。あの、あなた方は魔法士学園の新入生でいらっしゃいますよね? 今年の課題の一つに、図書塔での読書があるって聞きました。皆さんの入学旅行の道中を、お邪魔してしまい、すみません」

 丁寧に頭を下げる少女のその雰囲気と物言いに、霧は、この子はきっと良い家庭で育ったお嬢さんなんだろうな、という感想を持った。

「いやいやいや、いいんだよ、あのゲスい男をコテンパンにできて、かえってスッとしたぐらいだからね」

 霧がそう言い、リリエンヌと共に笑顔を見せると、少女は再びおずおずと口を開いた。

「本当にありがとうございました。私、ミアといいます。あの……あなた方のお名前をお伺いしても……よろしいでしょうか」

「いやいや、名乗るほどの者じゃ、ございません。あっしはただの通りすがりのオタクです!」

 鼻息荒くそう言い切った霧は、「あ~一度言ってみたかったんだよ、このセリフ!」と満足そうに破顔した。その様子を見たリリエンヌが吹き出している。そこへ追いついてきたリューエストが、口を出した。

「彼女は僕の妹、キリ・ダリアリーデレだよ! 素晴らしいでしょ、ダリアの再来もかくやというほどの凛々しさ、神々しいほどの辞典力! あ、ファンクラブの結成はまだだけど、そのうちできると思うな。そのときは遠慮なく入ってね!」

 リューエストの輝くような美貌に見とれたあと、ミアは霧に視線を戻し、「ああ……ダリアの一族でいらっしゃるのねですね……」と呟いた。
 そうしている間にアデルも合流し、24班のうち4人が揃う。
 その後、4人はミアに別れを告げ、図書塔への道中を再開させた。
 思いがけない寄り道をしたが、目的地が図書塔である限り、道を迷う心配はない。天高くそびえる図書塔は、この言読町ことよみちょうにいる限りどこからでも見えるのだから。

 霧は歩き出してすぐ、みんなの後ろを眺め、誰にともなく尋ねた。

「あれ、そういえば、アルビレオとトリフォンは? いないよね?」

 いち早く答えたのは、アデルだった。

「アルビレオは、ティオールを『記録所』に連れて行ったわ」

「きろくじょ……?って、何?」

「『繋がりの塔』にある行政機関よ。そこでは事実に基づいて、『記録の書』と個人の『辞典』双方に、その人が犯した違反内容や犯罪履歴が刻まれるの。今回の場合は、脅迫の罪ね。痴漢も入るかしら。少女を脅して体に触れ、いかがわしいことをしようとしたんだもん。うんと絞られるといいな、いい気味。記録は生涯消えないから、死ぬまで反省するがいいわ。まあ、あいつに反省できるだけの脳みそがあるかどうか疑問だけど」

「確かに。『記録所』かぁ……ふうん……」

 警察と裁判所みたいなものかな……と、霧は納得した。

「それでね、アルビレオは用が済んだらあとから図書塔に行くから、先に課題に取り組んでてくれって。まあ最も、今から図書塔に行っても、ほとんど24班の待ち合わせのために行くようなものだけど。だってもう17時だもん。そうそう、トリフォンはホテルに寄ってから、図書塔に行くって」

「ああ、そういえばホテルの部屋をキープしてくれてるんだっけ。あたしが寄り道したから、通り過ぎちゃったのかな。トリフォンに悪いことしたな」

 霧がそう言うと、リリエンヌがふんわりと微笑んで優しく話しかけてくる。

「気にすることありませんわ、キリ。あの子をゲスティオールから助け出せたのだもの。フフ、キリ、楽しみね。女性に人気の可愛らしいホテル」

「うん! んもう楽しみしかない!! どんなホテルだろぉ~! 一日目は超豪華デラックスルームで、二日目は海の見える贅沢リゾートコテージでしょ、三日目は、本の町にある女性に人気の可愛いホテル!! あ~、楽しみぃ! もう想像が膨らんじゃって大興奮! アドレナリン大洪水で血圧上昇、激ヤバギャオス! 変な汁出ちゃうわ!」

「もう、バカね、キリ! 宿泊が目的になっちゃってない? 入学旅行は遊びじゃないんだからね! しっかり気を引き締めてもらわないと困るわ!」

 アデルはそう言って霧をいさめたが、その口調と表情はとても柔らかかった。
 霧は、1日目にもアデルから「入学旅行は遊びじゃないのよ!」と言われたことを思い出し、頬を緩める。なぜなら、今アデルから飛んできたその言葉は、1日目に向けらたときのような棘は無く、ずいぶんと打ち解けた様子で親しみすら感じられたからだ。
 一人でニマニマしている霧の顔を見ながら、アデルは「気持ち悪いなぁ……」と言いながら、先程の一幕へと話題を替えた。

「それにしてもキリ、ゲスティオールと立ち位置交換だなんて、よくあの場でとっさに思いついたわね」

 アデルの言葉に頷きながら、リリエンヌが会話に加わる。

「本当に。とても効果的でしたわ。とても狭い路地でしたもの、下手に動けばあの女の子が危ない目にあったでしょうし、わたくしなんてどうしたらいいのか何も思いつきませんでしたわ」

「いやいやいや、別にあたしの手柄じゃなくて、トリフォンを始め、みんなの連携が素晴らしかったから、あっという間に片付いたんだよ。あたしも、すごく驚いた。みんなに大感謝だよ。ほんと24班のみんなは、頼りになるわ」

「もっとほめて、キリ! 僕、キリの役に立った?」

 キラキラした目でリューエストが見つめてくるので、霧は愛想笑いしながら言った。

「うん、ありがとね、リューエスト。みんなも、本当にありがと」

 幸せそうに微笑むリューエスト、へらへら笑う霧、その二人をほほえまし気に見つめるリリエンヌ、そして呆れたような溜息をつきながらも、満足げなアデル。4人はこのときはまだ、知らなかった。先程のガスティオールの一件で、課題5の「ツアーメイトと協力して、人々の困り事を5件解決せよ」のうち1件を解決したことを。

 着々と課題を消化しつつ、24班は図書塔へと向かう。
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