推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~

ことのはおり

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三章 入学旅行三日目

3-12a “ゲス”ティオールの一幕 1

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「俺様を誰だと思ってるんだ、いにしえの貴族、カワードゥ家の血を引くガスティオール様だぞ! しかも魔法士学園一の優等生だ! この俺様が一緒に遊んでやると言ってるんだ、ありがたく思え!」

「やめてください、やめて、手を放してください……。ぶつかってごめんなさい、急いでいたんです、お願い、もう放して」

「詫びをするなら誠意を見せろよ。なぁに、難しいことじゃねぇよ。このすぐ近くにある俺の泊ってる宿屋で……」

 どういう状況なのか、一目瞭然だった。
 ガスティオール・カワードゥ――眉目秀麗、金髪碧眼の王子様のような見た目とは裏腹の、下品で邪悪で陰険な男。入学旅行初日に出会い、アデルを「エセダリア」とののしり、霧に向かっては「だせぇ地面激突オバサン」と言って醜い嘲笑ちょうしょうを浴びせてきた男。その後セセラム競技場にてアデルに負けた腹いせに、24班の課題への取り組みを妨害した男。――霧たちの前方にいるのは正にその、ガスティオールだった。

 おそらく、ガスティオールの所属する1班も、霧たち24班と同じく課題6を消化するために、この言読町ことよみちょうに滞在しているのだろう。
 ガスティオールと運悪く、このひと気の無い狭い路地でぶつかってしまったと推察される少女――16~18歳ぐらいと思われるその女の子は、目を引く美少女だった。彼女の『辞典妖精』と思われる妖精が、霧の『辞典妖精』ミミと目を見交わし、何かを訴えている。
 なるほど、と霧はすぐさま理解した。ミミに助けを求めてきたのは、この少女の『辞典妖精』だったのだ。

 霧はパッと『辞典』を開くと、一歩前に出て、大きく息を吸いこんだあと声を張り上げた。

「よおっ、毒ガスの下種げすティオールじゃねぇか!」

 我ながらうまいこと言った、と思いつつ、霧は続けて叫ぶ。

「こんなところで嫌がる女の子をかどわかそうとしてるということは、よっぽどモテないんだな、おまえ! まあ、その下種な性格なら、当然か。醜い内面が表っ皮ににじみ出てきてるぞ。おまえは本当に見下げ果てたダサい男だ、本当にだせぇ、究極にだせぇぜ、すげぇだせぇ!! おっと、おまえのボギャ貧が移ったわ。ヒッヒッヒッ! ヒャア~ハハハハハッ!! おまえなんぞあたしの辞典魔法で吹き飛ばしてやる!」

 霧の挑発に、ガスティオールは見事にかかった。怒りで顔を赤く染め、吠える。

「なんだとこの、インチキおばはんめ!」

 ガスティオールは自分の『辞典』に手を伸ばし、それを広げようとした。彼が少女の手を放したその一瞬の隙に、霧は用意していた辞典魔法を発動させる。

「あたしの立ち位置を、目の前のガスティオール・カワードゥと交換する!」

 パッと、二人の立ち位置が入れ替わった。霧は少女のそばへ、ガスティオールは24班のそばへ。

 そこからは何もかもが、一瞬のことだった。

 霧は少女を背にかばい次の魔法を発動させようとする――が、それより早く、トリフォンの杖先がガスティオールのみぞおちに向かって素早く突き出された。その効果的な一撃でガスティオールは息を詰まらせ、そのかんに彼の背面にするりと回り込んだアデルが、ガスティオールの後ろ膝に蹴りを喰らわすと、彼はガクッと膝を折り石造りの路上に倒れ込んだ。素早くリューエストがガスティオールの後ろ手を掴み、手枷てかせをはめ込む。
 そうしてガスティオールの反撃を一瞬で封じ込めた24班の面々は、一息ついた。

「まったく……ガスティオール・カワードゥ、おぬしはどうしようもない御仁じゃの。赤ん坊からしつけをやり直さんといかんて」

「くそっ! くそぉっ! 放しやがれ! 俺が何をしたってんだ!」

「あきれた。自分の下種な行動に自覚もないの? 下種げすティオール、まさにピッタリなあだ名ね。キリってば、うまいこと言う」

「何だと、この、エセダリアめ! 真っアデルのくせに、生意気じゃねぇか! 覚えてろ、おまえなんか」

 ゴスッと、アルビレオのかかとがガスティオールの背中に落ち、したたかに打たれたガスティオールは、呼吸困難に陥り悪態の続きを発音することができなくなった。痛みにうずくまり、静かになったガスティオールを軽蔑の眼差しで見下ろしながら、アデルは心の中でアルビレオに拍手を贈る。
 一方、リリエンヌはガスティオールの傍らを通り過ぎ、霧と少女のそばに駆けて行った。彼女はふんわり優しく笑うと、少女の手首を優しく手に取る。

「可哀相に、赤くなってますわ。あの男、余程強く握っていたのね。待ってね、今、癒してあげる」

 リリエンヌの癒術ゆじゅつが、瞬く間に少女の手首の腫れと痛みを取り除く。少女はホッとした様子で、手首をさすりながら小さな声で言った。

「あ、ありがとうございます……本当に、助かりました」
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