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三章 入学旅行三日目
3-10b レンデュアル島へ、空飛ぶ道行き 2
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(やば……あたしは高所恐怖症ってわけじゃないけど、さすがにこの高さはきつい)
辞典魔法士の卵であるみんなは、当然辞典魔法による飛行に慣れている。もう何度も飛行訓練を重ねているのだろう。しかし霧はまだ3回目で、最初の1回目はこれは夢だと思っていたのだからほとんど恐怖はなかった。そして2回目は、地上から上空に上る魔法。つまり高所から飛び降りる魔法は、これが初めても同然なのだ。
(飛び降りるの、怖いなぁ……)
ためらっている霧の様子を、リューエストが心配げに覗きこむ。
「キリ、やっぱりお兄ちゃんが連れて行ってあげるよ。自力飛行はここに来たときのように地上から飛び立つ時より、今のような空中に身を投じる時の方が難しいんだ。しかも現状が更に難易度を上げてる――この強風と、高度だ。入学旅行から旅立つ時、学園は高度を下げて新入生が下りやすいように計らってくれたくれけど、この『市場迷宮』はあれより遥か上空に浮かんでいる。だから、無理しないで。空飛ぶ練習なら、また学園に戻ってからすればいいじゃない。キリならすぐコツを掴むよ。僕は何度だって付き合うから。ね?」
リューエストの提案に、霧の心がぐらつく。彼の辞典魔法の力は他を凌ぐ。任せていれば安心だし、楽だろう。それに彼の言う通り、練習なら学園に戻ったあと、いくらでもできる。
――でも……と、霧は歯を食いしばり勇気を集めた。
「リューエスト、あたしに今必要なのは、成功体験だよ。優しい兄に甘えて楽して移動すれば、あたしの中の何かが、損なわれる気がする。うまく言えないけど、ここは自らダイブすべきだ」
吹きすさぶ強風が体温を奪ってゆく。霧の手と足は冷たく、声は震えている。カチカチと歯を鳴らしながらそう言い切った霧だったが、その表情は彼女の思うような「キリッ!」とした引き締まった感じからは遠く、半べそかいた泣き笑いだった。我ながら締まらない、格好悪い――と霧は心の中で溜息をついたが、リューエストの感想はまったく反対だった。彼は感動のあまり泣きそうになりながら、声をあげた。
「ああ、キリ! キリ! キリ! ああ、なんて素晴らしくてカッコイイんだろう、僕の妹は!! 今この瞬間を閉じ込めてストーリードームで再現したい!! そうだ、それがいい! 一緒に『繋がりの塔』からルルシャンリニアン島に戻ろうよ!!」
霧は笑いながら「ダメ。次はレンデュアル島。みんなとお昼ごはんと本が待ってる」と言い、開いた『辞典』を見つめた。立体ホログラムが、光りながら主の指示を待っている。
「よし、決めた」
霧は『核語』に「飛翔」を選び、『核語』と繋げる修飾語に「泳ぐ+如く」、「自在+移動」を選び出す。
そしてゴクリと唾を呑み込み、リューエストに声をかけた。
「あ、あのさぁ……もし、もし、だよ? あたしが魔法に失敗したら……助けて……くれる……よね?」
リューエストの顔が、嬉しそうに輝いた。
「もちろんだよ! 安心して、キリ!! お兄ちゃんが華麗にキャッチしてあげるから!!」
自信満々のその様子に、霧はとりあえず胸をなでおろし、決意して魔法を実行した。
途端に、体が浮き上がる。霧は泳ぐように足を蹴ると、思い切って空中に身を投じた。そして吹きすさぶ強い風に押し流されながらも、風に抵抗するより、風に乗ることを意識する。
最初は息が詰まって声も出なかったが、恐怖は瞬く間に、爽快感に変わっていった。
「あ、あ……うわ、浮いてる、飛んでる、あたし!」
「うん、いいね、キリ! 上手だよ!!」
すぐそばから、同じように飛び立ったリューエストが霧を安心させるように笑いかけてくる。
霧は身一つで飛ぶ感覚に、鳥になったような気分を味わった。異様な興奮状態が訪れ、知らず知らずのうちに、声が出る。
「わはっ、わははははっ、うわぁああははははっ!! なぁんだ、簡単じゃん! これはあれだ、楽しいことを考えると飛べるやつ! 二番目の星を探してなんちゃらランドに行くのだ! わははははは!!」
右に左に、斜め下、直滑降。マタタビの森に突っ込んだ猫ヨロシク、ナチュラルハイ状態の霧に、リューエストがニコニコ笑いながらついてくる。
「キリ~、そろそろ『繋がりの塔』に向かおうよ~! みんなが待ってるよ~、美味しいお昼ごはんが待ってるよ~」
リューエストの声に我に返った霧は、やっと『繋がりの塔』へと舵を切った。
辞典魔法士の卵であるみんなは、当然辞典魔法による飛行に慣れている。もう何度も飛行訓練を重ねているのだろう。しかし霧はまだ3回目で、最初の1回目はこれは夢だと思っていたのだからほとんど恐怖はなかった。そして2回目は、地上から上空に上る魔法。つまり高所から飛び降りる魔法は、これが初めても同然なのだ。
(飛び降りるの、怖いなぁ……)
ためらっている霧の様子を、リューエストが心配げに覗きこむ。
「キリ、やっぱりお兄ちゃんが連れて行ってあげるよ。自力飛行はここに来たときのように地上から飛び立つ時より、今のような空中に身を投じる時の方が難しいんだ。しかも現状が更に難易度を上げてる――この強風と、高度だ。入学旅行から旅立つ時、学園は高度を下げて新入生が下りやすいように計らってくれたくれけど、この『市場迷宮』はあれより遥か上空に浮かんでいる。だから、無理しないで。空飛ぶ練習なら、また学園に戻ってからすればいいじゃない。キリならすぐコツを掴むよ。僕は何度だって付き合うから。ね?」
リューエストの提案に、霧の心がぐらつく。彼の辞典魔法の力は他を凌ぐ。任せていれば安心だし、楽だろう。それに彼の言う通り、練習なら学園に戻ったあと、いくらでもできる。
――でも……と、霧は歯を食いしばり勇気を集めた。
「リューエスト、あたしに今必要なのは、成功体験だよ。優しい兄に甘えて楽して移動すれば、あたしの中の何かが、損なわれる気がする。うまく言えないけど、ここは自らダイブすべきだ」
吹きすさぶ強風が体温を奪ってゆく。霧の手と足は冷たく、声は震えている。カチカチと歯を鳴らしながらそう言い切った霧だったが、その表情は彼女の思うような「キリッ!」とした引き締まった感じからは遠く、半べそかいた泣き笑いだった。我ながら締まらない、格好悪い――と霧は心の中で溜息をついたが、リューエストの感想はまったく反対だった。彼は感動のあまり泣きそうになりながら、声をあげた。
「ああ、キリ! キリ! キリ! ああ、なんて素晴らしくてカッコイイんだろう、僕の妹は!! 今この瞬間を閉じ込めてストーリードームで再現したい!! そうだ、それがいい! 一緒に『繋がりの塔』からルルシャンリニアン島に戻ろうよ!!」
霧は笑いながら「ダメ。次はレンデュアル島。みんなとお昼ごはんと本が待ってる」と言い、開いた『辞典』を見つめた。立体ホログラムが、光りながら主の指示を待っている。
「よし、決めた」
霧は『核語』に「飛翔」を選び、『核語』と繋げる修飾語に「泳ぐ+如く」、「自在+移動」を選び出す。
そしてゴクリと唾を呑み込み、リューエストに声をかけた。
「あ、あのさぁ……もし、もし、だよ? あたしが魔法に失敗したら……助けて……くれる……よね?」
リューエストの顔が、嬉しそうに輝いた。
「もちろんだよ! 安心して、キリ!! お兄ちゃんが華麗にキャッチしてあげるから!!」
自信満々のその様子に、霧はとりあえず胸をなでおろし、決意して魔法を実行した。
途端に、体が浮き上がる。霧は泳ぐように足を蹴ると、思い切って空中に身を投じた。そして吹きすさぶ強い風に押し流されながらも、風に抵抗するより、風に乗ることを意識する。
最初は息が詰まって声も出なかったが、恐怖は瞬く間に、爽快感に変わっていった。
「あ、あ……うわ、浮いてる、飛んでる、あたし!」
「うん、いいね、キリ! 上手だよ!!」
すぐそばから、同じように飛び立ったリューエストが霧を安心させるように笑いかけてくる。
霧は身一つで飛ぶ感覚に、鳥になったような気分を味わった。異様な興奮状態が訪れ、知らず知らずのうちに、声が出る。
「わはっ、わははははっ、うわぁああははははっ!! なぁんだ、簡単じゃん! これはあれだ、楽しいことを考えると飛べるやつ! 二番目の星を探してなんちゃらランドに行くのだ! わははははは!!」
右に左に、斜め下、直滑降。マタタビの森に突っ込んだ猫ヨロシク、ナチュラルハイ状態の霧に、リューエストがニコニコ笑いながらついてくる。
「キリ~、そろそろ『繋がりの塔』に向かおうよ~! みんなが待ってるよ~、美味しいお昼ごはんが待ってるよ~」
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