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三章 入学旅行三日目

3-10a レンデュアル島へ、空飛ぶ道行き 1

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 『キー』の清算も済み、霧たち24班一行は『市場迷宮』から発つために、自力飛行者専用の出立ポートに向かった。
 そこで霧たちは、眼下の景色が変わっていることに気付く。どうやら24班の滞在中に、『市場迷宮』は出現場所を変更したらしい。トリフォンは出立専用エリアから身を乗り出し、地上を覗き込んで愉快そうに笑いながら言った。

「おお、あそこに見えるは図書塔ではないか。なんという幸運、手間が省けたわい」

「すごい、霧と僕の幸運グッズが、さっそく最高のパフォーマンスを!! さすが高純度!! ささやかどころじゃない!!」

 贈り物の効果を自慢する気満々のリューエストが、声高にそう叫びながら眼下の景色を眺め、はしゃいでいる。
 霧もまた『市場迷宮』のギリギリ端まで行き、フェンスに手をかけて眼下の景色を確認した。
 ククリコ・アーキペラゴは、『多島海アーキペラゴ』と名前に付いている通り多島海世界たとうかいせかいで、広い海のあちこちに、大小さまざまな島が点在している。霧は『クク・アキ』の文庫本に付いていたこの世界の地図を頭の中で思い出し、目の前の景色と照らし合わせた。

(確か、日本列島みたいに細長くて、大きさも同じぐらいの島が地図に描かれてたあったはず。あの島、あれに似てるなぁ……。名前は……レン、レン……何だっけ)

 霧が考え込んでいると、リューエストが地上をして説明してくれた。

「キリ、あの見えている大きな島が、図書塔のあるレンデュアル島だよ。南北に細長くずーっと続いているでしょ、ククリコ・アーキペラゴの中では、二番目に大きな島だ。で、このレンデュアル島の向こう、北側に見えている緑豊かな島が、リリファンナス島。辞典妖精や審判妖精など、あらゆる妖精たちのふるさとだよ」

「えっ、『辞典妖精』のふるさと?! 行ってみたい!!」

「残念ながら、リリファンナス島は立ち入り制限区域でね、特別な許可なしには上陸できないんだ。でも、これから行くレンデュアル島は自由に入れるよ。ほら、見てごらん、あれが図書塔だ。すごいでしょ」

 霧は眼下に広がるナイスビューに感動しながら、リューエストの指し示した方角を見て声を上げる。

「うおおおおぉ……、あれが、図書塔!! 圧倒的な存在感!! 塔が雲を突き破ってんだけど、マジで?! 何メートルあるのあれ?!」

「計測不能、らしいですわ」

 リリエンヌがそう答えるそばで、トリフォンも霧のために解説してくれた。

「塔の高さ、深さ、そして蔵書数、すべてが計測不能なんじゃ。図書塔には世界中のすべての書物が、出版と同時に自動的に収集される仕組みでの、あらゆる書物が集まっておるんじゃ。あまりにも膨大な蔵書数なので、数えることも放棄されておる」

「マジで?! ひゅげ、ほぐ、うがが*○★▽@■!!」

 感動と興奮に脳がスパークして語彙力の壊滅したキリが奇声を放つ。それを横目で見ながら、アデルがこぼした。

「出た、キリの謎のおたけび! 天才とバカは紙一重って、本当よね。さ、行くわよ、みんな。用意はいい? 着地地点はあの、『繋がりの塔』、いいわね?」

 アデルの指は、図書塔から1kmほど離れた場所にある、『繋がりの塔』をしている。この二つの塔は直線状に敷かれた大きな道の両端にあり、その道を中心として、大きな街が形作られていた。遠く離れた上空からでも、レンガ色で統一された美しい建物の数々や、街の賑わう様子が見て取れる。霧は初めて目にする景色をわくわくしながら眺めつつ、誰ともなく訊いた。

「あれっ、『繋がりの塔』に行くの? 直接図書塔に行くんじゃなくて? あ、そっか、ご飯食べに行くんだっけ? だからなの?」

 霧の疑問に、みんなが代わる代わる説明してくれた。
 それによると、辞典魔法による飛行にはいくつかのルールがあり、今回のような街中や、多くの人で賑わうエリアへは、着地してはいけない決まりとなっているのだ。思わぬ衝突事故や、人混みでの混乱を防ぐためらしい。ではどこに着地するかというと、『繋がりの塔』だ。各地に建つ公的機関である『繋がりの塔』には、必ず自力飛行者の到着用ポートが用意されている。
 霧はそういえば……と、『繋がりの塔』の外観を思い出した。

(塔の天辺てっぺんよりちょっと下辺り、それから中腹辺りにも、土星の環みたいにせり出した部分があったっけ……。あれ、デザインじゃなくて、実用目的だったのかぁ……)

「『繋がりの塔』から図書塔に向かう道すがらには、ここから見ても分かるように、たくさんお店があるんだ。だからちょうどいいね。お昼ごはんを食べる場所もどれにするか迷うぐらい見つかるよ、キリ」

 リューエストの言葉に、霧はたちまち目をキラキラさせて叫んだ。

「ヒャッホ~ッ! よし行こう、すぐ行こう、そく行こう! あの輪っかみたいなところに着地したらいいんだよね? 二つあるけど、上の方? 下の方?」

「今回は『繋がりの塔』から地上に行くことが目的だから、下側の輪っかに降りようか。キリ、不安ならお兄ちゃんが抱っこして……」

「自力で行く」

 真顔でそう答えながら霧が『辞典』を開けて準備していると、アルビレオがもう飛び立った。続けてトリフォンも「では、わしも行こうかの」と言って飛び立ち、アデルとリリエンヌもそれに続く。

 強風が辺りをなぶるように吹きすさぶ中、4人は風に流された体を空中で立て直しながら、慣れた様子でかじを切り『繋がりの塔』へ向かっている。
 霧は自力飛行者の出発専用エリアに立ち、ギリギリ端まで行ってみんなの姿が瞬く間に小さくなってゆくのを見守っていた。

「みんな上手だなぁ……。何のためらいもない。あたしも行かないと。……それにしても、高いな。もし途中で魔法が途切れでもしたら……真っ逆さま……とかあるんだろうか、ブルル……」

 ぼそぼそと独り言を呟く霧に、リューエストが声をかける。

「キリの辞典力なら、途中で魔法が途切れることは絶対ないよ。そもそも、それほど希薄な辞典力なら、飛行の魔法は紡げない。飛行系の魔法は、高度な部類に入るからね」

「そうなのか……」

 そういえば……と、霧は、『クク・アキ』の中でチェカが辞典魔法の難易度について触れていたことを思い出した。飛行系の魔法は難易度が高く、それは一般の人たちの辞典力では扱えず、辞典魔法士の領域になる、と。誰もが生まれた時から持っている『辞典』だが、そこから紡がれる魔法には個人差があるのだ。

(あたしの持ってるこれ、『竜辞典』だしなぁ……、そりゃ、あらゆる魔法が難なく使えるわけだ。う~ん……我ながら、チートだ。しっかし……)

 霧は緊張により詰めていた息を、細く長く吐き出しながら、思った。

(どんないい道具を持っていても……使い方を知らなきゃ、持ち腐れだよなぁ……。あたしが知ってるのはチェカの物語から得た知識だけだし、実践体験も圧倒的に足りない。助言をもらうためにミミを呼び出した方がいいんだろうか……)

 霧は戸惑いながら、眼下を覗き込んだ。
 一歩踏み出せば、そこはもう空中だ。遥か下には海と、レンデュアル島が見える。非常に美しい眺めだ。しかしその風光明媚な景色を楽しむ余裕はなく、キリの足はガクガクと震え出した。

(やば……あたしは高所恐怖症ってわけじゃないけど、さすがにこの高さはきつい)
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