推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~

ことのはおり

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三章 入学旅行三日目

3-08b 深まる絆 2

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「あのさ……これ、内緒なんだけど、アデル、実はチェカは、ちゃんと、生きてる」

 しばらくの沈黙のあと、アデルがパッと、涙でぐちゃぐちゃの顔を上げた。

「え……?」

 アデルの呆けたような表情に、「信じられないだろうけど、これ本当」と頷きながら、霧は言葉を続けた。

「あのね、内緒なの。アデルにだけ、教えてあげる。だけど、誰にも内緒。誰にも言わないと約束して。チェカは、生きてる」

「ど、どこに? どこにいるの、教えて、キリ!」

「しっ……。おいで、とりあえずこの不気味なとこから離れて、柱まで行こう。ここ、駄目だ。もうね、陰気な圧力に、心が潰されそう。こんなところで、よく頑張ったね、アデル。立てる? あ、どっか怪我とかしてないよね?」

 アデルは頷くと、霧に支えられてヨロヨロと立ち上がった。
 茫然自失状態のアデルは霧の言ううがままで、霧の誘導のもと、二人は一緒に同じ柱エリアに辿り着いた。

(はあ……良かった、ちゃんと離れずに柱まで来れた)

 霧は心の中でレイと迷宮主にお礼を告げると、辺りに人影のないことを確認して、ごく小声でアデルに言った。

「アデル、なぜあたしがチェカのこと知ってるか、訊かないで。今はうまく説明できない。でも、これは本当のこと。チェカは生きてる。元気だよ」

「ほ……本当に……? お父さんは、どこにいるの?!」

「言えない。お願い、訊かないで」

「……キリ、私を慰めるための嘘なら、やめて。優しい嘘なんて、欲しくない!」

「だよね。わかる。でも本当のことなんだ。あのね、チェカは、アデルへのプレゼントを彼の部屋のクローゼットにしまってるって言ってた。アデルが準備校に入りたいって言った時、渡そうと思って用意してたんだって」

 それを聞いた途端アデルの目が見開かれ、ヒュッと彼女が息を呑む気配が伝わってきた。どうやら思い当たるものがあるらしいと思った霧は、すぐさま問いかける。

「あれ……もしかしてもう、見つけちゃった?」

 コクン、とアデルが頷いて言った。

「お父さんが行方不明になってすぐ……。何か手掛かりがあるかもしれないってお父さんの部屋を探してたとき、見つけた。ラッピングされてて、開けてみたら、新品のレターセットがいっぱい入っていたの。『アデルへ』って添えられていたカードには、お父さんのからのメッセージが書かれてた。そのレターセットで、準備校であったこと、何でも書いて送って欲しいって、返事必ず書くって、書いてあったの。準備校は全寮制で、離れて暮らすことになるから……それで」

「ああ、なるほど、それで、レターセットか」

「うん。レターセット、色んな柄の、すごく可愛い、きれいなものばかりだった。……それ、私、もう全部、使っちゃったの。お父さんがいなくなってから、ほぼ毎晩、日記みたいにして、お父さんに手紙を書いたの。届くことはないって分かってたけど、お父さんが帰ってきたら読んでもらおうと思って、全部、しまってあるの……」

「そかそか。チェカに渡す日が、楽しみだね。そのまましまっておくといい。必ず、チェカに渡せる日が来る。彼は絶対、大喜びするよ。間違いなく、宝物にするね」

 自然な口調で紡がれた霧のその言葉には、不思議な説得力があった。アデルは何だか救われた気分で、目の前の存在を探るように見つめる。

「キリ、どうして知ってるの? そのクローゼットに仕舞われていたプレゼントのこと、私、誰にも言わなかったのに……。夢で、見たの?」

「うん、まあ……、夢、みたいなものかな……ごめん、さっきも言ったけど、うまく説明できないんだ」

 そう言って霧は、困ったように笑い、話を続けた。

「チェカはね、必ず戻るからとアデルに伝えて欲しいって。娘の成長を見守れないなんて、て悔しそうにこぼしてたよ。それからね、父親がそばにいないからって羽目を外すなって。多分それって、恋人関係の心配だね。アデルはもう16歳だもんね、そりゃ父親ならそこ気になるよね。チェカが言うには、アデルは賢いから大丈夫だと思うけど、すごく可愛いから変な男に目を付けられないか心配だって。それから……何だっけ、えっと……」

「なんて、お父さん、他になんて?! ちゃんと思い出して、キリ!」

 すっかり涙の止まったアデルが、食いついてくる。その赤い瞳は、先ほどの虚ろな雰囲気は微塵もなく、今はキラキラと輝いていた。『嘆きの雨雲』が見せていた豪雨も、すっかり消滅している。
 その様子を見て安堵した霧は、昨夜読んだ8巻の内容を思い出しながら、続けた。

「えっとね、帰ってくる日のために、アデルのためにお土産いっぱい用意しとくって。アデルを守るための防犯グッズに、服とか靴とかバッグとか。アデルに似合うだろうと思ってたもの、いっぱいあるんだって。チェカが帰ってくるの、楽しみだね、アデル。多分持ちきれないお土産と一緒に帰還すると思うよ。こっちに着いた途端、荷物に埋もれちゃうんじゃないかな。アデル、どっか一部屋まるまる、お土産用に用意しといた方がいいよ。いや待て、一部屋で足りるかな……家まるごと?! もしかしてでかい倉庫、借りた方がいい感じ?!」

 それを聞いて、アデルが弾かれたように笑い出した。

「あはははは、お父さんならやりかねない! 昔、私の誕生日にね、両手いっぱいプレゼント持って登場してね、それだけでもすごかったのに、まだあるって、部屋に引き返してね……あはははは!」

 アデルの様子に、霧はホッとして言った。

「大丈夫、チェカは帰ってくる。彼が帰ってきたら、ゆっくり一緒にお茶しなよ。いつもそうしてたでしょ。チェカって確か、ミルク入りの甘いアップルティー好きだったよね? 課題8の贈り物、まだ買ってないなら、チェカに贈るティーセットなんかどう? 色はチェカの好きな、白と赤の組み合わせ。ほんと、娘バカだよね。リューエストといい、ダリアの一族の身内びいきって、遺伝かな?」

 アデルがハッとして、またもや不思議な表情を浮かべて霧を見つめる。

「なんで、知ってるの? お父さんの、好物。それに、白と赤……お父さんの好きな、私のシンボルカラー」

 霧はその質問には答えず、にっこりと笑って見せた。そしてアデルの手を繋いで元気よく問いかける。

「ねっ、プレゼント、それでいい? 白と赤の、ティーセット。可愛いやつにしよ? チェカはうちら女子みたいに可愛いもの、好きでしょ。さっそく探しに行こうよ、あたしも付き合うからさ!」

 ニッと笑う霧のその笑顔につられ、アデルもまた笑いながら言った。

「うん、それでいい。でも、一緒に行けるかな……多分、はぐれちゃうと思うわよ? だってここ、普通の市場じゃないもん」

「大丈夫大丈夫、さあ、行こう!」

 霧は元気よくそう言って、アデルの手を引っ張ると、再び『市場迷宮』への買い物に乗り出した。
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