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三章 入学旅行三日目
3-07 迷子のアデルを捜して
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霧を押しとどめたのは、今朝、夢の中で出会ったレイだった。
ソイフラージュとそっくりな見た目なのに別人で、自分のことを「ソイの影」と言っていた、あの子。コテージで眠る霧の夢の中で、ストーリードームを見つめていた、あの子だ。
レイは、霧の袖口を掴む仕草をして、すぐそばに立っている。霧は混乱して、問いかけた。
「あれ、あなた、レイ……だよね?! ソイじゃなくて。え、なんで? もしかしてあたし、寝てる?! 買い物に疲れて、どっかでうたたねこいてるとか?!」
《寝てない。現実。わたしはいつでも出てこれる。ソイと違って、一切消耗していないから。霧、今あなたは、不安定で危険な場所に踏み込んでる。戻って》
「わかったわかった。そんなに心配しなくても、大丈夫だよ、戻るから。ふふ……」
何やら嬉しそうに頬を染めて笑っている霧に、レイは首を傾げた。
《……何が、おかしいの?》
「いやだって、誰かに心の底から心配されるのって、すごく甘やかな気分になるじゃない。本気で心配されるのって、なんかくすぐったいというか、ふふ……」
《……ああ……わかる気が、する》
「でしょ? 日本にいた頃、他人から心配されるケースってさぁ、背中がぞわぞわするぐらい気持ち悪かったのよ。たいてい、『誰かを心配してあげてる自分って優しくって最高!』なんていう、見せかけの心配でさぁ……。気を付けてね、とか、大丈夫? とか言われるたび、心にもない定型文の社交辞令要らんわ! って腹立ってくる自分の狭量さがまたイライラするというか……はは……」
自虐的な笑いを浮かべる霧を、レイは無表情でじっと見つめていた。霧は彼女に向かって笑顔を見せながら、話し続ける。
「けど……んふふ、レイのは、本気であたしを心配してくれてるってちゃんとわかったよ。ありがとね、レイ。さあ、そんじゃ、そろそろ市場探検やめて、地上に戻るか。集合時間も迫ってきてるしね。柱、柱っと……」
霧が頭の中で『市場迷宮』の柱を思い浮かべると、パッと周りの景色が変わった。無事に柱に辿り着いた霧は、柱の中の移動チューブに入ろうとして、足を止める。
(……ん? あれ……? アデル……?)
どうしてだかわからないが、アデルがどこかで、泣いている気がした。
迷い、しゃがみこんで、悲しみに沈みこんでいるイメージが、どこからか伝わってくる。
霧は吹き抜け部分に近づくと、落下防止のフェンスを掴みながら身を乗り出し、下を覗き込んだ。底は見えない。それでもじっと目を凝らしてよく見ようとすると、霧は何か得体のしれない気配を感じ、めまいに襲われた。
「うっ、……何?!」
そのとき、『辞典妖精』のミミが霧の『辞典』から飛び出してきた。
「あれ、ミミ! ……どした?」
ミミは何か言いたそうに霧を見つめながら、キョロキョロしている。
そこへまたレイがそばに現れ、静かな声で呟いた。
《アデルは、チェカへの贈り物を探しているうちに、心が乱れた。立て直そうとしたけれど、チェカを求める嘆きが、どんどん深まった。そして迷宮の奥に入り込んで、迷ってしまった》
「え、アデルが?! たたた大変だ! 迷ってるって、どんな感じ?! 自力で何とかなる範囲?! てか、なんでわかるの?!」
《『竜辞典』は、この時代の他の『辞典』とは成り立ちが違う。霧、わたしたちの『辞典』は、繋がっている。開かれている。辿り着く》
「え、え、つまり、どゆこと? あたしアホなんで、分かりやすく頼む!」
《あなたがミミと名付けたわたしたちの『辞典妖精』は、他の『辞典』の『辞典妖精』と意思疎通を図ることが出来る。アデルの『辞典妖精』は、助けを求めてミミにイメージを送ってきた。ミミはそれを受け取り、ミミと繋がっている辞典主であるあなたも受け取った。ほら……昨日、あの可哀相な男の子に会ったときも、同じ。あの子の『辞典妖精』が、ミミに助けを求めてきたから》
「ああ、あれ。……ああ、そういうことか。なるほど、そうか! これは通信手段も備えているのか! 空飛べて表現バトルできて人を癒せるスマホか!! 驚きの高性能だな! 中に青い猫型ロボットでも住んでるのか?! ミミじゃなくてド○ちゃんにした方が良かったか?! 冗談はそれくらいにして、アデル、どこにいる?! こっちから電話かけられる?!」
《電話は無理。もっといい手段がある。待って。今、手配する》
霧は待ちきれず、塔の吹き抜け部分に身を乗り出し、下に向かって「アデルーーーーーッどこぉーーーーーっ?!」と大声を上げた。
返事は無い。
先程のアデルのイメージを思い出し、霧は胸が締め付けられた。一人ぼっちで泣いている彼女を思うと、居ても立っても居られない。今すぐそばに行って心配ないよ、と声をかけたい。
そうこうするうちに、再びレイが霧に話しかけてきた。
《アデルと合流できるよう、今、迷宮主と話をつけた》
「え……すご、迷宮主と……? てか迷宮主がいるのか、どこに?」
《迷宮主は迷宮そのもの。それはあらゆる隔たりを持たない。だからわたしもアクセスできた。でも迷宮主は気難しい。二度目はないと思って》
「わかった、ありがと、レイ。アデルのとこに、どうやったら行ける?」
《柱エリアを出て、心の中でアデルを強く思い浮かべて。『市場迷宮』では通常、商品以外を検索にかけることはできないけど、今回だけ特別。霧のイメージ力なら、『市場迷宮』の力が働いて飛べるはず。そのあと二人が一緒にいられるよう、手配済み。二人で課題を終えたら、あの子を無事に連れ出して。お願い》
霧が頷くと、レイは消えた。
まず霧は深呼吸して、自分を落ち着かせる。
そして柱エリアと各階層を繋いでいる橋の一つに歩み寄ると、それを渡って商店エリアの通路に踏み込んだ。その場所で、アデルの姿を鮮明に思い描き、アデルを見つけたい、と強く念じる。
おなじみの浮遊感と共に飛ばされた先は、不気味な空間だった。
先程、霧が飛んだミステリアスなエリアより更に暗く、澱んだ気配が漂っている。その通路の片隅で、アデルが頭を抱えてうずくまっていた。
「アデル!!」
ソイフラージュとそっくりな見た目なのに別人で、自分のことを「ソイの影」と言っていた、あの子。コテージで眠る霧の夢の中で、ストーリードームを見つめていた、あの子だ。
レイは、霧の袖口を掴む仕草をして、すぐそばに立っている。霧は混乱して、問いかけた。
「あれ、あなた、レイ……だよね?! ソイじゃなくて。え、なんで? もしかしてあたし、寝てる?! 買い物に疲れて、どっかでうたたねこいてるとか?!」
《寝てない。現実。わたしはいつでも出てこれる。ソイと違って、一切消耗していないから。霧、今あなたは、不安定で危険な場所に踏み込んでる。戻って》
「わかったわかった。そんなに心配しなくても、大丈夫だよ、戻るから。ふふ……」
何やら嬉しそうに頬を染めて笑っている霧に、レイは首を傾げた。
《……何が、おかしいの?》
「いやだって、誰かに心の底から心配されるのって、すごく甘やかな気分になるじゃない。本気で心配されるのって、なんかくすぐったいというか、ふふ……」
《……ああ……わかる気が、する》
「でしょ? 日本にいた頃、他人から心配されるケースってさぁ、背中がぞわぞわするぐらい気持ち悪かったのよ。たいてい、『誰かを心配してあげてる自分って優しくって最高!』なんていう、見せかけの心配でさぁ……。気を付けてね、とか、大丈夫? とか言われるたび、心にもない定型文の社交辞令要らんわ! って腹立ってくる自分の狭量さがまたイライラするというか……はは……」
自虐的な笑いを浮かべる霧を、レイは無表情でじっと見つめていた。霧は彼女に向かって笑顔を見せながら、話し続ける。
「けど……んふふ、レイのは、本気であたしを心配してくれてるってちゃんとわかったよ。ありがとね、レイ。さあ、そんじゃ、そろそろ市場探検やめて、地上に戻るか。集合時間も迫ってきてるしね。柱、柱っと……」
霧が頭の中で『市場迷宮』の柱を思い浮かべると、パッと周りの景色が変わった。無事に柱に辿り着いた霧は、柱の中の移動チューブに入ろうとして、足を止める。
(……ん? あれ……? アデル……?)
どうしてだかわからないが、アデルがどこかで、泣いている気がした。
迷い、しゃがみこんで、悲しみに沈みこんでいるイメージが、どこからか伝わってくる。
霧は吹き抜け部分に近づくと、落下防止のフェンスを掴みながら身を乗り出し、下を覗き込んだ。底は見えない。それでもじっと目を凝らしてよく見ようとすると、霧は何か得体のしれない気配を感じ、めまいに襲われた。
「うっ、……何?!」
そのとき、『辞典妖精』のミミが霧の『辞典』から飛び出してきた。
「あれ、ミミ! ……どした?」
ミミは何か言いたそうに霧を見つめながら、キョロキョロしている。
そこへまたレイがそばに現れ、静かな声で呟いた。
《アデルは、チェカへの贈り物を探しているうちに、心が乱れた。立て直そうとしたけれど、チェカを求める嘆きが、どんどん深まった。そして迷宮の奥に入り込んで、迷ってしまった》
「え、アデルが?! たたた大変だ! 迷ってるって、どんな感じ?! 自力で何とかなる範囲?! てか、なんでわかるの?!」
《『竜辞典』は、この時代の他の『辞典』とは成り立ちが違う。霧、わたしたちの『辞典』は、繋がっている。開かれている。辿り着く》
「え、え、つまり、どゆこと? あたしアホなんで、分かりやすく頼む!」
《あなたがミミと名付けたわたしたちの『辞典妖精』は、他の『辞典』の『辞典妖精』と意思疎通を図ることが出来る。アデルの『辞典妖精』は、助けを求めてミミにイメージを送ってきた。ミミはそれを受け取り、ミミと繋がっている辞典主であるあなたも受け取った。ほら……昨日、あの可哀相な男の子に会ったときも、同じ。あの子の『辞典妖精』が、ミミに助けを求めてきたから》
「ああ、あれ。……ああ、そういうことか。なるほど、そうか! これは通信手段も備えているのか! 空飛べて表現バトルできて人を癒せるスマホか!! 驚きの高性能だな! 中に青い猫型ロボットでも住んでるのか?! ミミじゃなくてド○ちゃんにした方が良かったか?! 冗談はそれくらいにして、アデル、どこにいる?! こっちから電話かけられる?!」
《電話は無理。もっといい手段がある。待って。今、手配する》
霧は待ちきれず、塔の吹き抜け部分に身を乗り出し、下に向かって「アデルーーーーーッどこぉーーーーーっ?!」と大声を上げた。
返事は無い。
先程のアデルのイメージを思い出し、霧は胸が締め付けられた。一人ぼっちで泣いている彼女を思うと、居ても立っても居られない。今すぐそばに行って心配ないよ、と声をかけたい。
そうこうするうちに、再びレイが霧に話しかけてきた。
《アデルと合流できるよう、今、迷宮主と話をつけた》
「え……すご、迷宮主と……? てか迷宮主がいるのか、どこに?」
《迷宮主は迷宮そのもの。それはあらゆる隔たりを持たない。だからわたしもアクセスできた。でも迷宮主は気難しい。二度目はないと思って》
「わかった、ありがと、レイ。アデルのとこに、どうやったら行ける?」
《柱エリアを出て、心の中でアデルを強く思い浮かべて。『市場迷宮』では通常、商品以外を検索にかけることはできないけど、今回だけ特別。霧のイメージ力なら、『市場迷宮』の力が働いて飛べるはず。そのあと二人が一緒にいられるよう、手配済み。二人で課題を終えたら、あの子を無事に連れ出して。お願い》
霧が頷くと、レイは消えた。
まず霧は深呼吸して、自分を落ち着かせる。
そして柱エリアと各階層を繋いでいる橋の一つに歩み寄ると、それを渡って商店エリアの通路に踏み込んだ。その場所で、アデルの姿を鮮明に思い描き、アデルを見つけたい、と強く念じる。
おなじみの浮遊感と共に飛ばされた先は、不気味な空間だった。
先程、霧が飛んだミステリアスなエリアより更に暗く、澱んだ気配が漂っている。その通路の片隅で、アデルが頭を抱えてうずくまっていた。
「アデル!!」
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