112 / 175
三章 入学旅行三日目
3-07 迷子のアデルを捜して
しおりを挟む
霧を押しとどめたのは、今朝、夢の中で出会ったレイだった。
ソイフラージュとそっくりな見た目なのに別人で、自分のことを「ソイの影」と言っていた、あの子。コテージで眠る霧の夢の中で、ストーリードームを見つめていた、あの子だ。
レイは、霧の袖口を掴む仕草をして、すぐそばに立っている。霧は混乱して、問いかけた。
「あれ、あなた、レイ……だよね?! ソイじゃなくて。え、なんで? もしかしてあたし、寝てる?! 買い物に疲れて、どっかでうたたねこいてるとか?!」
《寝てない。現実。わたしはいつでも出てこれる。ソイと違って、一切消耗していないから。霧、今あなたは、不安定で危険な場所に踏み込んでる。戻って》
「わかったわかった。そんなに心配しなくても、大丈夫だよ、戻るから。ふふ……」
何やら嬉しそうに頬を染めて笑っている霧に、レイは首を傾げた。
《……何が、おかしいの?》
「いやだって、誰かに心の底から心配されるのって、すごく甘やかな気分になるじゃない。本気で心配されるのって、なんかくすぐったいというか、ふふ……」
《……ああ……わかる気が、する》
「でしょ? 日本にいた頃、他人から心配されるケースってさぁ、背中がぞわぞわするぐらい気持ち悪かったのよ。たいてい、『誰かを心配してあげてる自分って優しくって最高!』なんていう、見せかけの心配でさぁ……。気を付けてね、とか、大丈夫? とか言われるたび、心にもない定型文の社交辞令要らんわ! って腹立ってくる自分の狭量さがまたイライラするというか……はは……」
自虐的な笑いを浮かべる霧を、レイは無表情でじっと見つめていた。霧は彼女に向かって笑顔を見せながら、話し続ける。
「けど……んふふ、レイのは、本気であたしを心配してくれてるってちゃんとわかったよ。ありがとね、レイ。さあ、そんじゃ、そろそろ市場探検やめて、地上に戻るか。集合時間も迫ってきてるしね。柱、柱っと……」
霧が頭の中で『市場迷宮』の柱を思い浮かべると、パッと周りの景色が変わった。無事に柱に辿り着いた霧は、柱の中の移動チューブに入ろうとして、足を止める。
(……ん? あれ……? アデル……?)
どうしてだかわからないが、アデルがどこかで、泣いている気がした。
迷い、しゃがみこんで、悲しみに沈みこんでいるイメージが、どこからか伝わってくる。
霧は吹き抜け部分に近づくと、落下防止のフェンスを掴みながら身を乗り出し、下を覗き込んだ。底は見えない。それでもじっと目を凝らしてよく見ようとすると、霧は何か得体のしれない気配を感じ、めまいに襲われた。
「うっ、……何?!」
そのとき、『辞典妖精』のミミが霧の『辞典』から飛び出してきた。
「あれ、ミミ! ……どした?」
ミミは何か言いたそうに霧を見つめながら、キョロキョロしている。
そこへまたレイがそばに現れ、静かな声で呟いた。
《アデルは、チェカへの贈り物を探しているうちに、心が乱れた。立て直そうとしたけれど、チェカを求める嘆きが、どんどん深まった。そして迷宮の奥に入り込んで、迷ってしまった》
「え、アデルが?! たたた大変だ! 迷ってるって、どんな感じ?! 自力で何とかなる範囲?! てか、なんでわかるの?!」
《『竜辞典』は、この時代の他の『辞典』とは成り立ちが違う。霧、わたしたちの『辞典』は、繋がっている。開かれている。辿り着く》
「え、え、つまり、どゆこと? あたしアホなんで、分かりやすく頼む!」
《あなたがミミと名付けたわたしたちの『辞典妖精』は、他の『辞典』の『辞典妖精』と意思疎通を図ることが出来る。アデルの『辞典妖精』は、助けを求めてミミにイメージを送ってきた。ミミはそれを受け取り、ミミと繋がっている辞典主であるあなたも受け取った。ほら……昨日、あの可哀相な男の子に会ったときも、同じ。あの子の『辞典妖精』が、ミミに助けを求めてきたから》
「ああ、あれ。……ああ、そういうことか。なるほど、そうか! これは通信手段も備えているのか! 空飛べて表現バトルできて人を癒せるスマホか!! 驚きの高性能だな! 中に青い猫型ロボットでも住んでるのか?! ミミじゃなくてド○ちゃんにした方が良かったか?! 冗談はそれくらいにして、アデル、どこにいる?! こっちから電話かけられる?!」
《電話は無理。もっといい手段がある。待って。今、手配する》
霧は待ちきれず、塔の吹き抜け部分に身を乗り出し、下に向かって「アデルーーーーーッどこぉーーーーーっ?!」と大声を上げた。
返事は無い。
先程のアデルのイメージを思い出し、霧は胸が締め付けられた。一人ぼっちで泣いている彼女を思うと、居ても立っても居られない。今すぐそばに行って心配ないよ、と声をかけたい。
そうこうするうちに、再びレイが霧に話しかけてきた。
《アデルと合流できるよう、今、迷宮主と話をつけた》
「え……すご、迷宮主と……? てか迷宮主がいるのか、どこに?」
《迷宮主は迷宮そのもの。それはあらゆる隔たりを持たない。だからわたしもアクセスできた。でも迷宮主は気難しい。二度目はないと思って》
「わかった、ありがと、レイ。アデルのとこに、どうやったら行ける?」
《柱エリアを出て、心の中でアデルを強く思い浮かべて。『市場迷宮』では通常、商品以外を検索にかけることはできないけど、今回だけ特別。霧のイメージ力なら、『市場迷宮』の力が働いて飛べるはず。そのあと二人が一緒にいられるよう、手配済み。二人で課題を終えたら、あの子を無事に連れ出して。お願い》
霧が頷くと、レイは消えた。
まず霧は深呼吸して、自分を落ち着かせる。
そして柱エリアと各階層を繋いでいる橋の一つに歩み寄ると、それを渡って商店エリアの通路に踏み込んだ。その場所で、アデルの姿を鮮明に思い描き、アデルを見つけたい、と強く念じる。
おなじみの浮遊感と共に飛ばされた先は、不気味な空間だった。
先程、霧が飛んだミステリアスなエリアより更に暗く、澱んだ気配が漂っている。その通路の片隅で、アデルが頭を抱えてうずくまっていた。
「アデル!!」
ソイフラージュとそっくりな見た目なのに別人で、自分のことを「ソイの影」と言っていた、あの子。コテージで眠る霧の夢の中で、ストーリードームを見つめていた、あの子だ。
レイは、霧の袖口を掴む仕草をして、すぐそばに立っている。霧は混乱して、問いかけた。
「あれ、あなた、レイ……だよね?! ソイじゃなくて。え、なんで? もしかしてあたし、寝てる?! 買い物に疲れて、どっかでうたたねこいてるとか?!」
《寝てない。現実。わたしはいつでも出てこれる。ソイと違って、一切消耗していないから。霧、今あなたは、不安定で危険な場所に踏み込んでる。戻って》
「わかったわかった。そんなに心配しなくても、大丈夫だよ、戻るから。ふふ……」
何やら嬉しそうに頬を染めて笑っている霧に、レイは首を傾げた。
《……何が、おかしいの?》
「いやだって、誰かに心の底から心配されるのって、すごく甘やかな気分になるじゃない。本気で心配されるのって、なんかくすぐったいというか、ふふ……」
《……ああ……わかる気が、する》
「でしょ? 日本にいた頃、他人から心配されるケースってさぁ、背中がぞわぞわするぐらい気持ち悪かったのよ。たいてい、『誰かを心配してあげてる自分って優しくって最高!』なんていう、見せかけの心配でさぁ……。気を付けてね、とか、大丈夫? とか言われるたび、心にもない定型文の社交辞令要らんわ! って腹立ってくる自分の狭量さがまたイライラするというか……はは……」
自虐的な笑いを浮かべる霧を、レイは無表情でじっと見つめていた。霧は彼女に向かって笑顔を見せながら、話し続ける。
「けど……んふふ、レイのは、本気であたしを心配してくれてるってちゃんとわかったよ。ありがとね、レイ。さあ、そんじゃ、そろそろ市場探検やめて、地上に戻るか。集合時間も迫ってきてるしね。柱、柱っと……」
霧が頭の中で『市場迷宮』の柱を思い浮かべると、パッと周りの景色が変わった。無事に柱に辿り着いた霧は、柱の中の移動チューブに入ろうとして、足を止める。
(……ん? あれ……? アデル……?)
どうしてだかわからないが、アデルがどこかで、泣いている気がした。
迷い、しゃがみこんで、悲しみに沈みこんでいるイメージが、どこからか伝わってくる。
霧は吹き抜け部分に近づくと、落下防止のフェンスを掴みながら身を乗り出し、下を覗き込んだ。底は見えない。それでもじっと目を凝らしてよく見ようとすると、霧は何か得体のしれない気配を感じ、めまいに襲われた。
「うっ、……何?!」
そのとき、『辞典妖精』のミミが霧の『辞典』から飛び出してきた。
「あれ、ミミ! ……どした?」
ミミは何か言いたそうに霧を見つめながら、キョロキョロしている。
そこへまたレイがそばに現れ、静かな声で呟いた。
《アデルは、チェカへの贈り物を探しているうちに、心が乱れた。立て直そうとしたけれど、チェカを求める嘆きが、どんどん深まった。そして迷宮の奥に入り込んで、迷ってしまった》
「え、アデルが?! たたた大変だ! 迷ってるって、どんな感じ?! 自力で何とかなる範囲?! てか、なんでわかるの?!」
《『竜辞典』は、この時代の他の『辞典』とは成り立ちが違う。霧、わたしたちの『辞典』は、繋がっている。開かれている。辿り着く》
「え、え、つまり、どゆこと? あたしアホなんで、分かりやすく頼む!」
《あなたがミミと名付けたわたしたちの『辞典妖精』は、他の『辞典』の『辞典妖精』と意思疎通を図ることが出来る。アデルの『辞典妖精』は、助けを求めてミミにイメージを送ってきた。ミミはそれを受け取り、ミミと繋がっている辞典主であるあなたも受け取った。ほら……昨日、あの可哀相な男の子に会ったときも、同じ。あの子の『辞典妖精』が、ミミに助けを求めてきたから》
「ああ、あれ。……ああ、そういうことか。なるほど、そうか! これは通信手段も備えているのか! 空飛べて表現バトルできて人を癒せるスマホか!! 驚きの高性能だな! 中に青い猫型ロボットでも住んでるのか?! ミミじゃなくてド○ちゃんにした方が良かったか?! 冗談はそれくらいにして、アデル、どこにいる?! こっちから電話かけられる?!」
《電話は無理。もっといい手段がある。待って。今、手配する》
霧は待ちきれず、塔の吹き抜け部分に身を乗り出し、下に向かって「アデルーーーーーッどこぉーーーーーっ?!」と大声を上げた。
返事は無い。
先程のアデルのイメージを思い出し、霧は胸が締め付けられた。一人ぼっちで泣いている彼女を思うと、居ても立っても居られない。今すぐそばに行って心配ないよ、と声をかけたい。
そうこうするうちに、再びレイが霧に話しかけてきた。
《アデルと合流できるよう、今、迷宮主と話をつけた》
「え……すご、迷宮主と……? てか迷宮主がいるのか、どこに?」
《迷宮主は迷宮そのもの。それはあらゆる隔たりを持たない。だからわたしもアクセスできた。でも迷宮主は気難しい。二度目はないと思って》
「わかった、ありがと、レイ。アデルのとこに、どうやったら行ける?」
《柱エリアを出て、心の中でアデルを強く思い浮かべて。『市場迷宮』では通常、商品以外を検索にかけることはできないけど、今回だけ特別。霧のイメージ力なら、『市場迷宮』の力が働いて飛べるはず。そのあと二人が一緒にいられるよう、手配済み。二人で課題を終えたら、あの子を無事に連れ出して。お願い》
霧が頷くと、レイは消えた。
まず霧は深呼吸して、自分を落ち着かせる。
そして柱エリアと各階層を繋いでいる橋の一つに歩み寄ると、それを渡って商店エリアの通路に踏み込んだ。その場所で、アデルの姿を鮮明に思い描き、アデルを見つけたい、と強く念じる。
おなじみの浮遊感と共に飛ばされた先は、不気味な空間だった。
先程、霧が飛んだミステリアスなエリアより更に暗く、澱んだ気配が漂っている。その通路の片隅で、アデルが頭を抱えてうずくまっていた。
「アデル!!」
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

異世界で泣いていた僕は、戻って来てヒーロー活動始めます。
まったりー
ファンタジー
8歳の頃、勇者召喚で異世界に飛んだ主人公、神楽啓斗(かぐらけいと)は、1年間を毎日泣いて過ごしていました。
そんな彼を可哀そうと思ったのは、その世界で女神と呼ばれている女性で、使い魔を通して色々力添えをして行き、段々と元気になった神楽啓斗(かぐらけいと)は、異世界で生きる訓練を始めます。
ですが、子供は親元に戻るべきと女神様は力を使い、現代に戻してくれたのです。
戻って来た現代では、女神様の使い魔も助けも行われ続け、神楽啓斗(かぐらけいと)は異世界の力を使い、困ってる人を助けるヒーロー活動を始めます。
普通の平和な世界だと思っていた神楽啓斗(かぐらけいと)でしたが、世界には裏の顔が存在し、戦いの中に身を置く事になって行く、そんなお話です。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394


ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる