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三章 入学旅行三日目
3-05c 課題8――市場迷宮 3
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霧たちが今立っている場所は、『市場迷宮』の一番天辺のフロアの、外円部分だ。そこから中央付近へと近づいて行くと、やがて真ん中にぽっかり空いた、すり鉢状の巨大な穴が見えてくる。そこが、商店エリアだ。
穴の中央にはリューエストが「柱」と言っていた大きな円柱が、塔のようにそびえ建っている。「柱」からは、各階層に向かっていくつもの橋が伸びていて、空洞部分の周囲に広がる店エリアと「柱」を繋いでいた。その複雑でミステリアスな眺めに心惹かれ、上から覗き見ている霧は感嘆の溜息をついた。
エントランス階から商店エリアに入るためには、「柱」を経由する方法と、階段を使う方法がある。階段は至る所に設置してあり、その一つに辿り着いた霧は、下を覗き込んで驚きの声を上げた。
「うわ、すご~、どうなってんの、あの階段。複雑怪奇! それにお店いっぱい、何階あるのってぐらい下に続いてる。吹き抜け部分すご! 底、見えない。え、それに、外からは浅い尖ったお椀みたいな形だったのに、見えていた部分よりもっと、深くない? え、え、何これ、すごすごすごすご」
興奮してキョロキョロする霧に、リューエストが言った。
「一人にさせるの心配だなぁ……。ああ……キリを僕のポケットにしまいこんじゃいたい」
その様を想像した霧が、吹き出す。
「何その、メルヘンな絵面。そんなのアリエッナィ、異世界暮らしの? プッ……誰がうまいこと言えと……アニパロ和む、プププ」
自分の発想に一人受けている霧を見て、「また意味不明なこと言ってる……」とアデルがこぼす。そうしている間に、トリフォンが階段の手すりに手をかけながら、言った。
「それじゃあの、またあとで会おうぞ。それぞれ良い贈り物が見つかりますように」
そう言い終わるや階段に足を運んだトリフォンの姿が、5段ほど下りたところでフッと消える。それを目の当たりにした霧が、驚愕の表情で叫んだ。
「えっ、えっ、ええぇっ?! もう?! 市場さんったらもうトリフォンにアクセスして、情報分析したのちおすすめ店まで運んじゃったの?! 早っ……!!」
「欲しいものが具体的だと、あんな風に早いんですのよ。わたくしももう、決まっていますの。両親へのプレゼントですわ。うふふ、楽しみだわ。わたくし、この課題を初めて見た時から、ワクワクしてましたの。ここではとても貴重で不思議なものが手に入るんですもの、両親を驚かせてあげますの。うふふ、それじゃあ、みなさん、またあとで」
そう言ったのち、ふんわり笑いながらリリエンヌが階段を下りてゆく。彼女もまた、5段ほど下りたところで消えてしまった。
「ふわぁ……何という、ミラクルアメイジングショッピングモール……未知との遭遇、再び」
霧がそう呟いている傍らで、アデルもまた、「じゃあ、私も行くね。二人ともまたあとで」と言って階段を下りて行った。アデルの姿はすぐに消えず、しばらく見えていた。彼女は階段を下りきって、エントランス階の下のフロアまで辿り着いたのち、何歩か歩いたところで、消えた。それを見届けたのち、リューエストが霧に向かって声をかける。
「キリ、ここに来る途中で僕の言ったこと、ちゃんと覚えてる? 復唱してみて」
「えっとね、迷子になったら柱に向かうこと。柱をイメージすると、市場さんが柱まで連れてってくれる。柱の中に移動用チューブがあるから、それでエントランス階まで戻ってこれる。辞典魔法は基本、使わない。それから、常に平常心を保つこと。ええっと、心が荒れると、迷子になりやすい、だったかな?」
「うん、そうだよ。あと、お店の中に入ったら、どこかに飛ばされる心配はないから、ゆっくり考えながら買い物できる。店員さんが奇妙で見たことない外見をしていても、言葉は自動翻訳されるから心配ないよ。商品について分からないことがあれば店員さんにどんどん質問するといい。それからね、時々他の世界から来た客が幽霊みたいにぼお~って見えることがあるけど、気にしないで大丈夫だから」
「え……。ゆゆゆ……ユーレイ? で……出るの?」
心霊関係が苦手な霧は、硬直した。その反応を見てリューエストが笑みをこぼしながら首を振る。
「あ、いや、幽霊じゃないよ。『市場迷宮』は極めて特殊な環境を形成していて、様々な世界が重なり、その多くは互いに干渉しないとされている。でも、周波数が合うと、時々見えることがあるんだよ。大丈夫、変なものが見えても無視でいいから」
「そ、そう……。変なもの……見えるのね……」
青ざめている霧に、リューエストは焦りながら言葉を続けた。
「大丈夫、精神状態が安定していれば、とても楽しい市場なんだよ。何しろ、次から次へと、面白い店が現れるからね。無数にある店の中には、このククリコ・アーキペラゴのものではなく、まったく知らない異世界の店もたくさんある。それこそ、キリの好きな妖精さんグッズや、妖精さん自体が運営してる店も見つかるかも。きっと気に入るよ、たくさん掘り出し物を見つけておいでよ」
「えっ、マジで?! 妖精さんのお店?! 妖精さんが運営してるって、妖精さんがいらっしゃいませ、とか言ってくれるの? 妖精さんチョイスのセレクトショップとか、妖精さん手作りのお品とか売ってるの?! え、すご……」
霧の目に輝きが戻る。
「キリ、自分の好きなものを買えばいいけど、課題も忘れないでね。誰かへの、贈り物だから。うん、贈り物、僕は大好きだよ、もらえると嬉しいなぁ、うん。何でも嬉しいなぁ」
何やら期待に満ちた眼差しで見つめられたが、霧は何も言わず、愛想笑いを浮かべるに留めた。
そうして心配げなリューエストに見守られながら、霧は『市場迷宮』の階段に、最初の一歩を踏み出した。
穴の中央にはリューエストが「柱」と言っていた大きな円柱が、塔のようにそびえ建っている。「柱」からは、各階層に向かっていくつもの橋が伸びていて、空洞部分の周囲に広がる店エリアと「柱」を繋いでいた。その複雑でミステリアスな眺めに心惹かれ、上から覗き見ている霧は感嘆の溜息をついた。
エントランス階から商店エリアに入るためには、「柱」を経由する方法と、階段を使う方法がある。階段は至る所に設置してあり、その一つに辿り着いた霧は、下を覗き込んで驚きの声を上げた。
「うわ、すご~、どうなってんの、あの階段。複雑怪奇! それにお店いっぱい、何階あるのってぐらい下に続いてる。吹き抜け部分すご! 底、見えない。え、それに、外からは浅い尖ったお椀みたいな形だったのに、見えていた部分よりもっと、深くない? え、え、何これ、すごすごすごすご」
興奮してキョロキョロする霧に、リューエストが言った。
「一人にさせるの心配だなぁ……。ああ……キリを僕のポケットにしまいこんじゃいたい」
その様を想像した霧が、吹き出す。
「何その、メルヘンな絵面。そんなのアリエッナィ、異世界暮らしの? プッ……誰がうまいこと言えと……アニパロ和む、プププ」
自分の発想に一人受けている霧を見て、「また意味不明なこと言ってる……」とアデルがこぼす。そうしている間に、トリフォンが階段の手すりに手をかけながら、言った。
「それじゃあの、またあとで会おうぞ。それぞれ良い贈り物が見つかりますように」
そう言い終わるや階段に足を運んだトリフォンの姿が、5段ほど下りたところでフッと消える。それを目の当たりにした霧が、驚愕の表情で叫んだ。
「えっ、えっ、ええぇっ?! もう?! 市場さんったらもうトリフォンにアクセスして、情報分析したのちおすすめ店まで運んじゃったの?! 早っ……!!」
「欲しいものが具体的だと、あんな風に早いんですのよ。わたくしももう、決まっていますの。両親へのプレゼントですわ。うふふ、楽しみだわ。わたくし、この課題を初めて見た時から、ワクワクしてましたの。ここではとても貴重で不思議なものが手に入るんですもの、両親を驚かせてあげますの。うふふ、それじゃあ、みなさん、またあとで」
そう言ったのち、ふんわり笑いながらリリエンヌが階段を下りてゆく。彼女もまた、5段ほど下りたところで消えてしまった。
「ふわぁ……何という、ミラクルアメイジングショッピングモール……未知との遭遇、再び」
霧がそう呟いている傍らで、アデルもまた、「じゃあ、私も行くね。二人ともまたあとで」と言って階段を下りて行った。アデルの姿はすぐに消えず、しばらく見えていた。彼女は階段を下りきって、エントランス階の下のフロアまで辿り着いたのち、何歩か歩いたところで、消えた。それを見届けたのち、リューエストが霧に向かって声をかける。
「キリ、ここに来る途中で僕の言ったこと、ちゃんと覚えてる? 復唱してみて」
「えっとね、迷子になったら柱に向かうこと。柱をイメージすると、市場さんが柱まで連れてってくれる。柱の中に移動用チューブがあるから、それでエントランス階まで戻ってこれる。辞典魔法は基本、使わない。それから、常に平常心を保つこと。ええっと、心が荒れると、迷子になりやすい、だったかな?」
「うん、そうだよ。あと、お店の中に入ったら、どこかに飛ばされる心配はないから、ゆっくり考えながら買い物できる。店員さんが奇妙で見たことない外見をしていても、言葉は自動翻訳されるから心配ないよ。商品について分からないことがあれば店員さんにどんどん質問するといい。それからね、時々他の世界から来た客が幽霊みたいにぼお~って見えることがあるけど、気にしないで大丈夫だから」
「え……。ゆゆゆ……ユーレイ? で……出るの?」
心霊関係が苦手な霧は、硬直した。その反応を見てリューエストが笑みをこぼしながら首を振る。
「あ、いや、幽霊じゃないよ。『市場迷宮』は極めて特殊な環境を形成していて、様々な世界が重なり、その多くは互いに干渉しないとされている。でも、周波数が合うと、時々見えることがあるんだよ。大丈夫、変なものが見えても無視でいいから」
「そ、そう……。変なもの……見えるのね……」
青ざめている霧に、リューエストは焦りながら言葉を続けた。
「大丈夫、精神状態が安定していれば、とても楽しい市場なんだよ。何しろ、次から次へと、面白い店が現れるからね。無数にある店の中には、このククリコ・アーキペラゴのものではなく、まったく知らない異世界の店もたくさんある。それこそ、キリの好きな妖精さんグッズや、妖精さん自体が運営してる店も見つかるかも。きっと気に入るよ、たくさん掘り出し物を見つけておいでよ」
「えっ、マジで?! 妖精さんのお店?! 妖精さんが運営してるって、妖精さんがいらっしゃいませ、とか言ってくれるの? 妖精さんチョイスのセレクトショップとか、妖精さん手作りのお品とか売ってるの?! え、すご……」
霧の目に輝きが戻る。
「キリ、自分の好きなものを買えばいいけど、課題も忘れないでね。誰かへの、贈り物だから。うん、贈り物、僕は大好きだよ、もらえると嬉しいなぁ、うん。何でも嬉しいなぁ」
何やら期待に満ちた眼差しで見つめられたが、霧は何も言わず、愛想笑いを浮かべるに留めた。
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