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三章 入学旅行三日目

3-05a 課題8――市場迷宮 1

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 思いがけない『市場迷宮いちばめいきゅう』の出現に、24班の面々はコテージを後にし、慌ただしく旅立った。

 『市場迷宮』――それは、どこに出現するかわからない、謎多き不思議なショッピングモール。
 平原や海上に現れることが多いが、今回のように空中に突如現れることも珍しくない。そして、現れてもいつまでそこにあるか、誰にも分らない。一か所の滞在期間は、短いときで1時間、最長で3日間だと言われている。もたもたしていると移動してしまうため、買い物が終わって帰ろうとしたら外の景色が変わっていた、というケースも少なくない。
 神出鬼没の極めて特異なその市場は、外観も変わっている。見えている部分はごく一部で、市場の大半は異空間に形成され、誰もその全容を知る者はいないという。
 そこに出店している店も同様に、不思議で見慣れないものばかり。聞くところによると、市場が直接スカウトしてくるらしい。明らかにククリコ・アーキペラゴ由来ではない、異世界から来た雰囲気を漂わせている店も、数多く存在する。それらの店は多種多様で頻繁に入れ替わり、深層部にある店では特に、珍品・希少品・掘り出し物に出会う確率が高いのだとか。

 入学旅行の課題8は、その『市場迷宮』で他者への贈り物を購入すること。
 本来ならどこに現れるかわからない『市場迷宮』の探索から始めるところが、偶然こうして発見できたのは幸運なことだった。

 今、霧は辞典魔法で大空を飛行し、市場へと向かっている。この不思議な市場の詳細を、リューエストから説明してもらいながら。

「『市場迷宮』はね、行けば分かるけど、天辺てっぺんのエントランス部分が入り口で、そこから覗くと、真ん中にくりぬかれたような吹き抜け部分があるんだ。そこを中心にして、下へ下へと、すり鉢状に階層が作られて、たくさんの店舗が並んでいる。底は見えないし、深層に行けば行くほどエリアが広がり、各階層の店が増える」

「え、すり鉢状なのに? すり鉢状って、底に近づくほど狭くなってるはずだよね? なのに、店が増えるの?!」

「うん、上から見えている部分がすり鉢状だというだけで、『市場迷宮』の店の大半は、見えていない部分にあるんだ。まあ、実際行ってみれば分かるよ。霧、市場内ではみんなと一緒に行動ができないから、気を付けて。それから基本的に、辞典魔法は使用禁止だ。市場内は特殊な異世界空間を形成していて、他の魔法の干渉を嫌う。僕たちの辞典魔法は不発や暴発したりして、うまく作用しないことがある。だから使わない方がいい。それから、もし迷子になったら、市場中央の柱に向かうこと。あれだけは、移動しない」

「あれだけは……って、他は、移動するの?!」

「しょっちゅう、変わる。しかも、市場内の通路で自分が『欲しい』『探してる』ものを考えると、瞬時に市場内のどこかに飛ばされる。市場迷宮は生きていると言われていてね、常に客の購買意識を感じ取って、おせっかいを焼いてくれるんだよ。親切なのかありがた迷惑なのか……意見が分かれるところだけど、目的の物が見つけやすくて便利な反面、簡単に迷子になるから、気を付けて」

「はあぁ……。生きてる……ショッピングモール……。ほへぇ……」

「キリ、覚えておいて、もう一度言うよ。迷子になったら柱のことだけ心に思い浮かべるんだ。そうすれば市場が柱に運んでくれる。柱の中にはエントランス階に繋がる移動チューブがあるから、そこからまっすぐ帰ることができる。柱にいるときだけは、どこかに飛ばされる心配はない。けれど、他のフロアにいるときは、すぐどこかに飛ばされてしまうから注意が必要。いいかい、常に平常心を保つこと。心が不安定になると、市場から出ることが出来なくなる。……その手の怪談話が、山ほどあるんだけど……実際、市場で行方不明になる人がいるから注意が必要だ」

「そうなんだ……お化け屋敷ならぬお化け市場ってか……」

 霧は呆けた表情でチェカの書いた『クク・アキ』を、思い返していた。
 物語の中では、登場人物たちの会話内にチラッと出てきただけで、実際の『市場迷宮』は出てこなかった。霧は初めての体験に、鼻の穴をふくらませる。

(うおおお……なんという、アメイジングマーケット! どどどどうしよう、興奮で体中から湯気が出そうだよ! もう空に舞い上がっちゃう! あ、すでに空、飛んでるわ、あたし)

 そう、霧は今、身一つで空を飛んでいるのだ。
 入学旅行初日、空飛ぶ古城学園から地上に降り立った時は、飛ぶというよりゆっくり下降するという状態だったから、こんな風に大空に舞い上がるのは、霧にとって初めての体験だった。

(あの時は、夢だと思ってたからなぁ……。でも今は……)

 霧は、ソイフラージュからの忠告を思い出した。

――この世界は夢じゃなく実在していて、あなたは生身。命を落とさないように、慎重に行動して。

(つまり、今、何らかの状況で飛行の辞典魔法が途切れたら、遥か下に……海に落ちて、死ぬ。そういうことだよね……)

 霧はチラッと下を見て、ゾッと背筋が凍り付くのを感じ、慌てて目的地に視線を戻した。
 遠くに見えていた『市場迷宮』の姿は、近づくにつれてどんどん大きくなってきている。『市場迷宮』を下から見ると、巨大な浅い円錐形をひっくり返したような外観で、リューエストが「エントランス」と呼んでいた上部フロアの直径は、1km以上ありそうだった。
 霧はリューエストの先導で、一旦『市場迷宮』を見下ろす位置まで浮上した。
 上から見ると、エントランスフロアの中央にはクレーターのような丸い穴が開いていて、その真ん中に一本の太い柱がある。穴の内側はすり鉢状になっていて、すり鉢状の内側に沿うように、階段が下へ下へと続いている。ミルフィーユのように重なるいくつもの階層には、商店の扉やショーウインドウが、様々な形で並んでいるのが見えた。
 エントランスフロアの大部分はその穴で占められていて、穴の周囲には小さな町を形作るようにいくつかの建物が並び、更にその外周、フロアの外縁部分には、エアポートみたいなスペースが、いくつも等間隔に並んでいる。どうやらそれらは、この不思議な市場の玄関口のようだ。霧が全体を眺めていると、小さな飛行船が乗り物用のエアポートに着陸しようとしていた。

「キリ、そろそろ市場迷宮のエントランス階へ上陸する準備をするよ。ホラ、あの光ってる床、あの場所が自力飛行者の着地用だ。あ、ホラ、今誰か降り立った。見た? あんな風に着地して、すぐ駆け足であの場から奥へ移動しなきゃいけない。次に降り立つ人のために、場所を空けるんだ。どう、できそう? 不安なら僕が抱っこして……」

「一人でやってみる」

 速攻でそう答えた霧に、リューエストはあからさまにがっかりした様子で言った。

「そう……。じゃあ、お兄ちゃん、先にお手本を見せるから、あとから来てね」
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