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三章 入学旅行三日目

3-03c アデルの物思い

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 朝になり目覚めたアデルは、コテージの一室で身支度を整えながら、昨晩の出来事を改めて思い返していた。あまりにも消化不良で、考えずにいられなかったのだ。偶然聞いてしまったキリの独り言の数々――それらを何度も思い出し、咀嚼そしゃくするように頭で繰り返す。

(誰が、キリを捨てて帰ってこなかったんだろう? 『悪夢』って、眠っていた間の夢のこと? 『今は、こちらにいる』って言ってたのは、ここの、現実世界のこと、よね……。それに……『存在そのものが呪い』……あれは、どういう意味だったんだろう……それから……)

 アデルは浅い息を吐き出し、ごく微かに声を出して、呟いた。

「『生まれてきて良かったと』……『思えるようになりたい』……」

 それらの言葉は、いつもの能天気なキリからは想像もできないほど、重く悲痛な響きを伴っていた。――こっそり聞いてしまったことに、罪の意識を覚えるほど。

(ごめん、キリ。立ち聞きするつもりじゃ、なかったのよ……)

 もやもやする気持ちを抱え、アデルはもういっそのこと、聞いてしまったことを打ち明けて、何があったのかズバリ尋ねてみようか、とも思った。キリならきっと、偶然立ち聞きしてしまったことを怒らずに許してくれるだろう――そんな確信があった。そう思うのは昨日、ルルシャンリニアン島に着いたばかりの道中で、キリがアデルにこう言ったからだ。

『何でもストレートに訊いてくれていいから。その方がアデルらしくて、あたしは好きだ。だから遠慮しないで。そのままのアデルでいて』

 そのキリの言葉は、社交辞令や一時のお愛想では無く、心の底から放たれたものだと、まぎれもなく本心だと、アデルには感じられた。

(うん……キリなら、きっと私を許してくれる。でも……)

 昨晩のあの辛そうな様子、キリの涙声を思い出したアデルは、いつものように直球でキリに質問をぶつける気にはなれなかった。キリはみんなの前では平静を装っているだけで、昨晩のバルコニーでの独り言のように、実は誰にも言えない苦悩を背負っているのだと――そう、気付いたから。

(うん……やめとこ。さすがに無神経すぎる……)

 アデルは溜息をつきながら、さっきからずっとキリのことを考えている自分に少々呆れていた。
 あの草原で初めて会った時は、キリのことをただのドンくさいオバサンだとしか思わなかったのに、今はあの不思議な従姉いとこが、気になって仕方がない。

(だって、すごくアンバランスなんだもん、あの人。お父さんと同い年の大人なのに、時々赤ちゃんみたい。いきなり泣き出したりするし、変な奇声は上げるし、何にでも感動するし。そうかと思ったら、突然天才的な表現力を爆発させたり、難しい癒術をさらりと実行したり、とんでもなく奇抜な発想を思いついたり……。何にも知らないくせに、同時に、何でも知っているような……)

 見た目通りかと思えば、そうでもない。
 へらへら笑っていたかと思えば、鋭利な刃物のような険しい表情も見せる。
 それに何より――あの、辞典力。桁外れだ。

「何もかも規格外だもん……。私じゃなくったって、気になるよね? 古城学園に帰ったら、注目が集まって大変なことになるんじゃないかな……」

 そう独り言をこぼしたアデルは、自身の「古城学園」という言葉にハッとして、入学旅行のことを思い出した。

「いっけない、ボーッとしてた。今、何時だろ」

 アデルは慌てて時間を確認した。
 ルルシャンリニアン島の現地時間は今、12時半。そしてアデルたちが行動の基盤としている学園標準時間は、朝の7時半だ。そろそろみんな起き出して、課題に出かける相談を始める頃だろう。

「入学旅行、3日目か……。今日も忙しくなりそうだな」

 アデルはそう呟きながら着替えると、鏡に向かい、長い髪を高い位置で二つに分けて結ぶ。それから眼鏡をかけ、鏡の中に映る自分に声をかけた。

「さあ、できた。完璧ね、アデル。今日もちゃっちゃと課題を進めて、早いとこ学園に帰るんだから、頑張らなきゃ!」

 そのとき、コテージの外からリリエンヌの声が聞こえてきた。彼女のはしゃぐ声と共に、キリとリューエストの声もする。アデルは窓の方に目をやった。音の出所からして、3人は海側の庭にいるようだ。
 アデルはとりあえず昨晩のことは胸に秘めることにして、楽しそうな声を上げているリリエンヌたちの様子を見に行こうと、部屋を出た。
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