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三章 入学旅行三日目
3-03b アデルの回想~コテージの夜~ 2
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アデルの『辞典』は、赤。
彼女の瞳の色と同じ、血のような、深紅だ。
それは一般的に歓迎されない、忌み色とされている。だからこそあの嫌味なガスティオールも、アデルを「真っ赤っ赤アデル」とからかったのだ。
しかし一方では、赤い『辞典』を持つ者は強大な力を手にする証だと、恐れ敬われる面を有していた。それを証明するように、アデルは色が決定した頃から、強い魔法の力を示すようになる。
だからこそ――狙われたのだ。
5歳になったあの日。突然の襲撃に、両親はアデルを守ろうと必死に戦った。襲撃者の狙いは、アデル一人。彼らは複数で、いずれも辞典魔法に長けていた。暴漢たちに母の腕の中から引き離されたアデルは、恐怖と絶望から、辞典魔法を暴発させ――襲撃者を残らず、絶命させた。――両親、ともども。
「……っ!」
アデルは脳裏によみがえった凄惨な記憶に、ギュッと目をつむって震える息を吐き出す。
「忘れたい……もう全部……そう、私も同じ。忘れたくても、忘れられない」
キリの嗚咽と共に聞こえてきた独り言に、アデルは共感し、歯を食いしばった。
どんなに忘れたい、と願っても、記憶の方はこちらを手放してくれないものだ。掴んで離さず、ことあるごとに意識に上る。
あのとき、アデルを連れ去ろうとした襲撃者の正体は謎とされた。しかし当時秘密裏に行われた調査では、彼らは王政復古を掲げる狂信者だと、判明している。彼らは恐らく、子供のうちにアデルを洗脳し、組織の戦力として利用するために攫おうとしたのだろう。
アデルは暗い目で、暗澹たる溜息をついた。
(お父さんの失踪も、『竜辞典』の消失も、……きっと、王政復古派が関係してるに違いない)
王政復古を掲げる組織。彼らは現在のククリコ・アーキペラゴの、この自由で開放的な社会を壊し、辞典魔法と『辞典』を個人から取り上げ、特権者だけが行使できる力に変えようとしている。大昔の制度をよみがえらせ、人々を支配し、苦しめようとしているのだ。
アデルの赤い瞳に、燃え盛る炎のような熱が揺らめく。
(そうはさせない。絶対、阻止してみせる。見てなさい……私はおまえたちの、最大の敵になる。必ずおまえたちの卑しい企みを潰して、お父さんを取り戻す!)
そのためには、今はまだ力が足りないことを、アデルは自覚していた。だからこそ回り道をして、魔法士学園の扉を叩いたのだ。立派な辞典魔法士となり、知識と経験を身に着け、戦う準備を整えること。それが今の、アデルの目標だった。
それに、アデルが辞典魔法士となるのは、養父チェカの望みでもある。自分にそれを叶える実力のあることが、アデルは誇らしかった。アデルにとってチェカは、恩人でもあるのだから。
アデルが実の両親を失ったあの事件の後、誰もが、アデルの力を恐れて幼い彼女を引き取るのをためらった。チェカが名乗りを上げなければ、アデルは今でも立ち直れず、絶望と孤独に打ちのめされたままだっただろう。
実の両親を死に至らしめたのは、他でもない自分の辞典魔法であるということを――その事実を思い出すたび、アデルは果てなき悔恨に暮れるが、同時にチェカとの出会いに感謝の念を覚えずにいられない。
(待ってて、お父さん。私はいつでも、あなたの自慢の娘。立派な辞典魔法士になって、絶対にお父さんを見つけ出してみせる)
強い決意と共にそれらを思い返していると、ふと、アデルの脳裏にキリへの疑問が浮かんだ。
(そういえば……。キリって、不思議なのよね。まるでお父さんと、会ったことがあるみたい……)
アデルは、セセラム競技場のホテルでキリたちと一緒に食事した時のことを思い出していた。
(あのときのキリの発言は……本当に、不思議だった。リューエストの話では、キリは眠っている間、夢の中で日本とこっちを行き来してたらしいってことだったけど……)
それだけでは説明できない何かがあるような気がして、アデルは疑問に思っていた。特にびっくりしたのは、キリが少しも、チェカを疑っていなかったことだ。世間の人たちは『竜辞典』と共に消えてしまったチェカを犯罪者のような疑いの目で見ているのに、キリは即座にこう言ったのだから。
――まさか。チェカに限って、それはない。
心からの、信頼。キリは明らかに、チェカの人柄を知っている――詳細に。
アデルはあらためて、思った。
(まるで、お父さんに、会ったことがあるみたい。お父さんのこと、よく知ってる人の、口ぶりだった……それに……)
アデルは目の前で見たキリの癒術を思い出す。チェカの技とそっくりな、自然現象系言獣による巧みな癒術を。
あの時キリは確かに、「チェカみたいにできるかわからないけど……やってみる」と言って、辞典魔法による癒術を実行したのだ。
(どうして……? キリはなぜ、知ってるの? お父さんのこと、そんなに詳しく……)
しばらくアデルはベッドに寝転んで考え込んでいたが、そのうち、一日の疲れが押し寄せてきて、そのまま眠ってしまった。
彼女の瞳の色と同じ、血のような、深紅だ。
それは一般的に歓迎されない、忌み色とされている。だからこそあの嫌味なガスティオールも、アデルを「真っ赤っ赤アデル」とからかったのだ。
しかし一方では、赤い『辞典』を持つ者は強大な力を手にする証だと、恐れ敬われる面を有していた。それを証明するように、アデルは色が決定した頃から、強い魔法の力を示すようになる。
だからこそ――狙われたのだ。
5歳になったあの日。突然の襲撃に、両親はアデルを守ろうと必死に戦った。襲撃者の狙いは、アデル一人。彼らは複数で、いずれも辞典魔法に長けていた。暴漢たちに母の腕の中から引き離されたアデルは、恐怖と絶望から、辞典魔法を暴発させ――襲撃者を残らず、絶命させた。――両親、ともども。
「……っ!」
アデルは脳裏によみがえった凄惨な記憶に、ギュッと目をつむって震える息を吐き出す。
「忘れたい……もう全部……そう、私も同じ。忘れたくても、忘れられない」
キリの嗚咽と共に聞こえてきた独り言に、アデルは共感し、歯を食いしばった。
どんなに忘れたい、と願っても、記憶の方はこちらを手放してくれないものだ。掴んで離さず、ことあるごとに意識に上る。
あのとき、アデルを連れ去ろうとした襲撃者の正体は謎とされた。しかし当時秘密裏に行われた調査では、彼らは王政復古を掲げる狂信者だと、判明している。彼らは恐らく、子供のうちにアデルを洗脳し、組織の戦力として利用するために攫おうとしたのだろう。
アデルは暗い目で、暗澹たる溜息をついた。
(お父さんの失踪も、『竜辞典』の消失も、……きっと、王政復古派が関係してるに違いない)
王政復古を掲げる組織。彼らは現在のククリコ・アーキペラゴの、この自由で開放的な社会を壊し、辞典魔法と『辞典』を個人から取り上げ、特権者だけが行使できる力に変えようとしている。大昔の制度をよみがえらせ、人々を支配し、苦しめようとしているのだ。
アデルの赤い瞳に、燃え盛る炎のような熱が揺らめく。
(そうはさせない。絶対、阻止してみせる。見てなさい……私はおまえたちの、最大の敵になる。必ずおまえたちの卑しい企みを潰して、お父さんを取り戻す!)
そのためには、今はまだ力が足りないことを、アデルは自覚していた。だからこそ回り道をして、魔法士学園の扉を叩いたのだ。立派な辞典魔法士となり、知識と経験を身に着け、戦う準備を整えること。それが今の、アデルの目標だった。
それに、アデルが辞典魔法士となるのは、養父チェカの望みでもある。自分にそれを叶える実力のあることが、アデルは誇らしかった。アデルにとってチェカは、恩人でもあるのだから。
アデルが実の両親を失ったあの事件の後、誰もが、アデルの力を恐れて幼い彼女を引き取るのをためらった。チェカが名乗りを上げなければ、アデルは今でも立ち直れず、絶望と孤独に打ちのめされたままだっただろう。
実の両親を死に至らしめたのは、他でもない自分の辞典魔法であるということを――その事実を思い出すたび、アデルは果てなき悔恨に暮れるが、同時にチェカとの出会いに感謝の念を覚えずにいられない。
(待ってて、お父さん。私はいつでも、あなたの自慢の娘。立派な辞典魔法士になって、絶対にお父さんを見つけ出してみせる)
強い決意と共にそれらを思い返していると、ふと、アデルの脳裏にキリへの疑問が浮かんだ。
(そういえば……。キリって、不思議なのよね。まるでお父さんと、会ったことがあるみたい……)
アデルは、セセラム競技場のホテルでキリたちと一緒に食事した時のことを思い出していた。
(あのときのキリの発言は……本当に、不思議だった。リューエストの話では、キリは眠っている間、夢の中で日本とこっちを行き来してたらしいってことだったけど……)
それだけでは説明できない何かがあるような気がして、アデルは疑問に思っていた。特にびっくりしたのは、キリが少しも、チェカを疑っていなかったことだ。世間の人たちは『竜辞典』と共に消えてしまったチェカを犯罪者のような疑いの目で見ているのに、キリは即座にこう言ったのだから。
――まさか。チェカに限って、それはない。
心からの、信頼。キリは明らかに、チェカの人柄を知っている――詳細に。
アデルはあらためて、思った。
(まるで、お父さんに、会ったことがあるみたい。お父さんのこと、よく知ってる人の、口ぶりだった……それに……)
アデルは目の前で見たキリの癒術を思い出す。チェカの技とそっくりな、自然現象系言獣による巧みな癒術を。
あの時キリは確かに、「チェカみたいにできるかわからないけど……やってみる」と言って、辞典魔法による癒術を実行したのだ。
(どうして……? キリはなぜ、知ってるの? お父さんのこと、そんなに詳しく……)
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