推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~

ことのはおり

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二章 入学旅行二日目

2-24a 霧のストーリードーム

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 『クク・アキ』の8巻を読み終えた今、霧たちの生活基盤である学園標準時間は23時近くになっている。明日に備えてもう就寝するべきだが、霧は自分が、疲れているのに眠れそうにない興奮状態であることを自覚していた。
 そうやってなんとなくストーリードームを眺めているうち、ふと、外から聞こえてくる波の音に気付く。よほど集中していたのだろう、文庫本を読んでいたときは、まるで耳に届いていなかった。
 霧は少し心を落ち着かせようと、ストーリードームを手に持ったまま、バルコニーに出て海を眺めた。

 バルコニーは隣の部屋との間に間仕切りがあり、プライバシーが守られた心地よい空間を作り出していた。昔は観光客用の宿泊施設だったというのが、うなずける設計だ。もちろん、眺めも最高だ。島の東側に位置する高台に建てられたこのコテージは、バルコニーからの眺望はほぼ海で占められていて、見渡す限り穏やかな波間が広がっている。
 満天の星明かりと、部屋の窓からこぼれる優しい明かり。
 キラキラ輝く夜の海と、寄せては返す波の音。
 それらに包まれているうち、次第に心がほぐれてゆく。
 そんな中、何かが、不協和音を鳴らして胸の内にくすぶっているのを、霧は感じ取った。

 ――何かが、心に刺さっている。

 それが何か分からず、霧はぼんやりとストーリードームを見つめていた。

 みんなが褒めてくれた通り、霧の作ったストーリードームは、細部まで丁寧に描き込まれた美しい3D動画に仕上がっている。
 霧は改めて、出来具合を眺めた。完成してすぐに魔法柵の事件が入ってきたので、ちゃんと見るのはこれが初めてだ。

(う~ん……すごいなぁ、こんな美しいものが、イメージするだけであっという間に仕上がる『物語の泉』……どうなってるんだろ。超高性能・魔法型スーパーAIでも入ってんのかっていうね……)

 霧の作った物語は主に7シーン。即興で作ったので深く考えず、日本の昔話や世界のおとぎ話を混ぜ込んだような展開になっている。

 その物語は、ある母親が幼いわが子を悪魔に奪われてしまうシーンから始まる。
 1シーン目は一切の色を使わず、無機質で暗澹あんたんたる映像にして、泣き叫ぶ母親の心理を表した。

 2シーン目で、母親は武装して旅立つ。愛しい我が子を取り戻すためだ。辺りは凍えそうな雪原。その道中で、足を負傷して雪の中にうずくまっている犬と出会う。母親は辞典魔法で犬の怪我を癒すと、抱きかかえてぬくもりを与える。たちまち元気になった犬は、お礼がしたいと母親と一緒に子供を捜す旅に同行した。

 3シーン目で雪原から森の中へと背景が変わり、無機質だった映像に緑色や茶色など、わずかに色が加わる。
 その森で出会ったのは、罠にはまって檻に閉じ込められた、大きな鳥。鳥はこの世の終わりとばかりに大泣きしていた。母親はその鳥を檻から逃がし、猟師のためにと、持っていた食料を檻の中に置いていく。助け出された鳥もまた、母親への感謝の気持ちから同行を申し出る。

 4シーン目で出会うのは猿。みんなと違う毛色だからといじめられ、群れから追い出されたのだと、泣いていた。母親は猿の美しい白い毛並みを誉め、もつれた毛をくためのブラシをプレゼントした。猿もまた、彼女についてきた。

 5シーン目は、暗い洞穴の中で悪魔と戦う場面。母親と犬・鳥・猿が、力を合わせて禍々しい悪魔を打ち倒す。

 そして6シーン目。母親と幼い娘の、感動の再会。二人はひしと抱き合う。シーン全体に色が戻り、温かさを感じられるほど、画面が明るく輝きだす。

 7シーン目、大団円。母娘と犬、鳥、猿が、揃って我が家に帰りつく。辺りには色鮮やかな花が咲き乱れ、舞い踊る花びらとキラキラした光で躍動感たっぷりに仕上げた。そして二人と三匹は、末永く幸せに暮らしました。めでたしめでたし。

 霧にとっては、ありふれたストーリーだ。おとぎ話の定番。
 映像面は、初めて作ったにしてはまあまあな出来かな、と霧は控えめな感想を持った。
 霧はストーリードームを見たことがなかったし、事前に見た唯一の見本がアデルの巧みな作品だったのと、常に自分を過小評価してしまう霧の性格が災いし、それほど優れたものが作れたという認識にはまったく至らなかった。
 しかし実際のところは、霧のストーリードームはリリエンヌが褒め称えた通り、かなり秀逸な出来栄えだった。売り物になるほどの。
 霧のストーリードームは他のメンバーの作成したものより群を抜いて美しく、細部まで描き込まれていた。色の使い方やアングルの取り方も巧みで、見る人の心を自然に惹きつける。
 想像力に富み、読書が好きな霧は、日々漫画やアニメに親しむことで、頭の中にある景色を映像化することに長けていたのだ。本人も無自覚なその才能が、ストーリードームという特殊なツールを得たことで華々しく開花したのである。

 しかし霧には、出来栄えなどどうでもよいことだった。みんなが褒めてくれたのは、きっと初めてストーリードームなるものを知った、「奇病でずっと眠っていた可哀相なキリ」への、優しい気遣いから――そう思っていたし、みんなの配慮に申し訳ない気持ちすら、感じていた。
 だから今、念入りにストーリードームを眺めているのは、満足するためではなかった。
 霧が気になっていたのは、自分の作ったそのストーリーだ。

(なんであたし、こんな感傷的なものを作ってしまったんだろう……)

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