97 / 175
二章 入学旅行二日目
2-24a 霧のストーリードーム
しおりを挟む
『クク・アキ』の8巻を読み終えた今、霧たちの生活基盤である学園標準時間は23時近くになっている。明日に備えてもう就寝するべきだが、霧は自分が、疲れているのに眠れそうにない興奮状態であることを自覚していた。
そうやってなんとなくストーリードームを眺めているうち、ふと、外から聞こえてくる波の音に気付く。よほど集中していたのだろう、文庫本を読んでいたときは、まるで耳に届いていなかった。
霧は少し心を落ち着かせようと、ストーリードームを手に持ったまま、バルコニーに出て海を眺めた。
バルコニーは隣の部屋との間に間仕切りがあり、プライバシーが守られた心地よい空間を作り出していた。昔は観光客用の宿泊施設だったというのが、うなずける設計だ。もちろん、眺めも最高だ。島の東側に位置する高台に建てられたこのコテージは、バルコニーからの眺望はほぼ海で占められていて、見渡す限り穏やかな波間が広がっている。
満天の星明かりと、部屋の窓からこぼれる優しい明かり。
キラキラ輝く夜の海と、寄せては返す波の音。
それらに包まれているうち、次第に心がほぐれてゆく。
そんな中、何かが、不協和音を鳴らして胸の内にくすぶっているのを、霧は感じ取った。
――何かが、心に刺さっている。
それが何か分からず、霧はぼんやりとストーリードームを見つめていた。
みんなが褒めてくれた通り、霧の作ったストーリードームは、細部まで丁寧に描き込まれた美しい3D動画に仕上がっている。
霧は改めて、出来具合を眺めた。完成してすぐに魔法柵の事件が入ってきたので、ちゃんと見るのはこれが初めてだ。
(う~ん……すごいなぁ、こんな美しいものが、イメージするだけであっという間に仕上がる『物語の泉』……どうなってるんだろ。超高性能・魔法型スーパーAIでも入ってんのかっていうね……)
霧の作った物語は主に7シーン。即興で作ったので深く考えず、日本の昔話や世界のおとぎ話を混ぜ込んだような展開になっている。
その物語は、ある母親が幼いわが子を悪魔に奪われてしまうシーンから始まる。
1シーン目は一切の色を使わず、無機質で暗澹たる映像にして、泣き叫ぶ母親の心理を表した。
2シーン目で、母親は武装して旅立つ。愛しい我が子を取り戻すためだ。辺りは凍えそうな雪原。その道中で、足を負傷して雪の中にうずくまっている犬と出会う。母親は辞典魔法で犬の怪我を癒すと、抱きかかえてぬくもりを与える。たちまち元気になった犬は、お礼がしたいと母親と一緒に子供を捜す旅に同行した。
3シーン目で雪原から森の中へと背景が変わり、無機質だった映像に緑色や茶色など、わずかに色が加わる。
その森で出会ったのは、罠にはまって檻に閉じ込められた、大きな鳥。鳥はこの世の終わりとばかりに大泣きしていた。母親はその鳥を檻から逃がし、猟師のためにと、持っていた食料を檻の中に置いていく。助け出された鳥もまた、母親への感謝の気持ちから同行を申し出る。
4シーン目で出会うのは猿。みんなと違う毛色だからといじめられ、群れから追い出されたのだと、泣いていた。母親は猿の美しい白い毛並みを誉め、もつれた毛を梳くためのブラシをプレゼントした。猿もまた、彼女についてきた。
5シーン目は、暗い洞穴の中で悪魔と戦う場面。母親と犬・鳥・猿が、力を合わせて禍々しい悪魔を打ち倒す。
そして6シーン目。母親と幼い娘の、感動の再会。二人はひしと抱き合う。シーン全体に色が戻り、温かさを感じられるほど、画面が明るく輝きだす。
7シーン目、大団円。母娘と犬、鳥、猿が、揃って我が家に帰りつく。辺りには色鮮やかな花が咲き乱れ、舞い踊る花びらとキラキラした光で躍動感たっぷりに仕上げた。そして二人と三匹は、末永く幸せに暮らしました。めでたしめでたし。
霧にとっては、ありふれたストーリーだ。おとぎ話の定番。
映像面は、初めて作ったにしてはまあまあな出来かな、と霧は控えめな感想を持った。
霧はストーリードームを見たことがなかったし、事前に見た唯一の見本がアデルの巧みな作品だったのと、常に自分を過小評価してしまう霧の性格が災いし、それほど優れたものが作れたという認識にはまったく至らなかった。
しかし実際のところは、霧のストーリードームはリリエンヌが褒め称えた通り、かなり秀逸な出来栄えだった。売り物になるほどの。
霧のストーリードームは他のメンバーの作成したものより群を抜いて美しく、細部まで描き込まれていた。色の使い方やアングルの取り方も巧みで、見る人の心を自然に惹きつける。
想像力に富み、読書が好きな霧は、日々漫画やアニメに親しむことで、頭の中にある景色を映像化することに長けていたのだ。本人も無自覚なその才能が、ストーリードームという特殊なツールを得たことで華々しく開花したのである。
しかし霧には、出来栄えなどどうでもよいことだった。みんなが褒めてくれたのは、きっと初めてストーリードームなるものを知った、「奇病でずっと眠っていた可哀相なキリ」への、優しい気遣いから――そう思っていたし、みんなの配慮に申し訳ない気持ちすら、感じていた。
だから今、念入りにストーリードームを眺めているのは、満足するためではなかった。
霧が気になっていたのは、自分の作ったそのストーリーだ。
(なんであたし、こんな感傷的なものを作ってしまったんだろう……)
そうやってなんとなくストーリードームを眺めているうち、ふと、外から聞こえてくる波の音に気付く。よほど集中していたのだろう、文庫本を読んでいたときは、まるで耳に届いていなかった。
霧は少し心を落ち着かせようと、ストーリードームを手に持ったまま、バルコニーに出て海を眺めた。
バルコニーは隣の部屋との間に間仕切りがあり、プライバシーが守られた心地よい空間を作り出していた。昔は観光客用の宿泊施設だったというのが、うなずける設計だ。もちろん、眺めも最高だ。島の東側に位置する高台に建てられたこのコテージは、バルコニーからの眺望はほぼ海で占められていて、見渡す限り穏やかな波間が広がっている。
満天の星明かりと、部屋の窓からこぼれる優しい明かり。
キラキラ輝く夜の海と、寄せては返す波の音。
それらに包まれているうち、次第に心がほぐれてゆく。
そんな中、何かが、不協和音を鳴らして胸の内にくすぶっているのを、霧は感じ取った。
――何かが、心に刺さっている。
それが何か分からず、霧はぼんやりとストーリードームを見つめていた。
みんなが褒めてくれた通り、霧の作ったストーリードームは、細部まで丁寧に描き込まれた美しい3D動画に仕上がっている。
霧は改めて、出来具合を眺めた。完成してすぐに魔法柵の事件が入ってきたので、ちゃんと見るのはこれが初めてだ。
(う~ん……すごいなぁ、こんな美しいものが、イメージするだけであっという間に仕上がる『物語の泉』……どうなってるんだろ。超高性能・魔法型スーパーAIでも入ってんのかっていうね……)
霧の作った物語は主に7シーン。即興で作ったので深く考えず、日本の昔話や世界のおとぎ話を混ぜ込んだような展開になっている。
その物語は、ある母親が幼いわが子を悪魔に奪われてしまうシーンから始まる。
1シーン目は一切の色を使わず、無機質で暗澹たる映像にして、泣き叫ぶ母親の心理を表した。
2シーン目で、母親は武装して旅立つ。愛しい我が子を取り戻すためだ。辺りは凍えそうな雪原。その道中で、足を負傷して雪の中にうずくまっている犬と出会う。母親は辞典魔法で犬の怪我を癒すと、抱きかかえてぬくもりを与える。たちまち元気になった犬は、お礼がしたいと母親と一緒に子供を捜す旅に同行した。
3シーン目で雪原から森の中へと背景が変わり、無機質だった映像に緑色や茶色など、わずかに色が加わる。
その森で出会ったのは、罠にはまって檻に閉じ込められた、大きな鳥。鳥はこの世の終わりとばかりに大泣きしていた。母親はその鳥を檻から逃がし、猟師のためにと、持っていた食料を檻の中に置いていく。助け出された鳥もまた、母親への感謝の気持ちから同行を申し出る。
4シーン目で出会うのは猿。みんなと違う毛色だからといじめられ、群れから追い出されたのだと、泣いていた。母親は猿の美しい白い毛並みを誉め、もつれた毛を梳くためのブラシをプレゼントした。猿もまた、彼女についてきた。
5シーン目は、暗い洞穴の中で悪魔と戦う場面。母親と犬・鳥・猿が、力を合わせて禍々しい悪魔を打ち倒す。
そして6シーン目。母親と幼い娘の、感動の再会。二人はひしと抱き合う。シーン全体に色が戻り、温かさを感じられるほど、画面が明るく輝きだす。
7シーン目、大団円。母娘と犬、鳥、猿が、揃って我が家に帰りつく。辺りには色鮮やかな花が咲き乱れ、舞い踊る花びらとキラキラした光で躍動感たっぷりに仕上げた。そして二人と三匹は、末永く幸せに暮らしました。めでたしめでたし。
霧にとっては、ありふれたストーリーだ。おとぎ話の定番。
映像面は、初めて作ったにしてはまあまあな出来かな、と霧は控えめな感想を持った。
霧はストーリードームを見たことがなかったし、事前に見た唯一の見本がアデルの巧みな作品だったのと、常に自分を過小評価してしまう霧の性格が災いし、それほど優れたものが作れたという認識にはまったく至らなかった。
しかし実際のところは、霧のストーリードームはリリエンヌが褒め称えた通り、かなり秀逸な出来栄えだった。売り物になるほどの。
霧のストーリードームは他のメンバーの作成したものより群を抜いて美しく、細部まで描き込まれていた。色の使い方やアングルの取り方も巧みで、見る人の心を自然に惹きつける。
想像力に富み、読書が好きな霧は、日々漫画やアニメに親しむことで、頭の中にある景色を映像化することに長けていたのだ。本人も無自覚なその才能が、ストーリードームという特殊なツールを得たことで華々しく開花したのである。
しかし霧には、出来栄えなどどうでもよいことだった。みんなが褒めてくれたのは、きっと初めてストーリードームなるものを知った、「奇病でずっと眠っていた可哀相なキリ」への、優しい気遣いから――そう思っていたし、みんなの配慮に申し訳ない気持ちすら、感じていた。
だから今、念入りにストーリードームを眺めているのは、満足するためではなかった。
霧が気になっていたのは、自分の作ったそのストーリーだ。
(なんであたし、こんな感傷的なものを作ってしまったんだろう……)
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

黒白の魔法少女初等生(プリメール) - sorcier noir et blanc -
shio
ファンタジー
神話の時代。魔女ニュクスと女神アテネは覇権をかけて争い、ついにアテネがニュクスを倒した。力を使い果たしたアテネは娘同然に育てた七人の娘、七聖女に世の平和を託し眠りにつく。だが、戦いは終わっていなかった。
魔女ニュクスの娘たちは時の狭間に隠れ、魔女の使徒を現出し世の覇権を狙おうと暗躍していた。七聖女は自らの子供たち、魔法少女と共に平和のため、魔女の使徒が率いる従僕と戦っていく。
漆黒の聖女が魔女の使徒エリスを倒し、戦いを終結させた『エリスの災い』――それから十年後。
アルカンシエル魔法少女学園に入学したシェオル・ハデスは魔法は使えても魔法少女に成ることはできなかった。異端の少女に周りは戸惑いつつ学園の生活は始まっていく。
だが、平和な日常はシェオルの入学から変化していく。魔法少女の敵である魔女の従僕が増え始めたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる