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二章 入学旅行二日目

2-23a 3年前、チェカに何が起きたのか――事の顛末と敵の正体 1

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 霧は、最新刊の続きに立ち返った。
 ククリコ・アーキペラゴ――英雄ダリアと伝説の辞典魔法士たちが作り上げた、理想郷。
 それを、壊そうとしている組織がある。それが王政復古派だ。

(王政復古派……。とんでもないな。自分たちの歪んだ欲望を叶えるため、この理想郷を壊そうとするとは――クズたちめ。クズといえば、今日偶然出会ったあの男の子の父親も、王政復古派で、元辞典魔法士だったな……。ちょっと歩いただけで出会うとは……。案外、敵は、身近にいるのかもしれない)

 そう思いながら霧がページをめくると、華やかな女性の挿絵が目に飛び込んできた。

「……あ、シルヴィア先生だ」

 ウェーブのかかった蜂蜜色の長い髪と、儚げな桃色の瞳を持つ、絶世の美女、シルヴィア・レーヴ。
 優秀な辞典魔法士で、魔法士学園の師範、そして、チェカの幼なじみだ。
 挿絵では、彼女がその豊かな髪を肩にふんわりまとわせながら、嫣然えんぜんと微笑んでいる。その笑みにはどこか酷薄なものが混ざり、魔性の女さながらの、ミステリアスで妖しい雰囲気が漂っていた。
 そんな彼女が描かれた挿絵を見ながら、霧は独り言を呟いた。

「やっぱり似てるなぁ……リリーに……」

 霧はリリエンヌに初めて会った時もそう感じたことを思い出した。雰囲気はまるで違うが、顔の造形がそっくりなのだ。シルヴィアから妖艶な魔性の雰囲気を取り除いて、清純で無垢なイメージを足せば、リリエンヌになる感じ。
 もちろん霧の知っている登場人物たちは、物語の挿絵をはじめ漫画やアニメに描き出された二次元のイメージであって、今現実リアルで見ているものとは違う。しかしそもそも、日本で親しんでいた『クク・アキ』のイラストなどの視覚化が、作者であるチェカの監修のもとに調整されているなら、本物そっくりになるのは必然だ。

(まあ、アデルもリューエストも、イラストやアニメより現実の方がめちゃ美しくて最初目がつぶれるかと思ったんだけどね……。このシルヴィア先生も、現物ナマで見たらもっと妖艶で美しいんだろうなぁ……う~ん、会うのが恐ろしいくらいだ。学園に戻ったら会うだろうし、輝きに目がつぶれないように色の入った眼鏡を買っておくか)

 呑気にそんなことを思いながら、霧はシルヴィアの挿絵のページをめくり、ふと思った。彼女がリリエンヌと似ているということは、二人には何らかの血の繋がりがあるのかもしれない、と。そう思ったとき、霧の心の中で何かが引っかかったが、とりあえず物語を最後まで読むことにした霧は、次のページを読み進める。

 次のシーンでは、チェカはシルヴィアや他の学園師範たちと一緒に学園内の廊下を歩いている。チェカはやがて他の師範たちと別れ、シルヴィアと二人きりで会話を始めた。話題は世界の情勢で、最近の女児の出生確率の低下についてだ。未だ解決の糸口も掴めていない由々しき事態を心配するチェカに、シルヴィアは小さな声で独り言のように洩らした。

「なぜみんな、そんなに騒ぐのかしら。滅亡もまた、自然の一部。フフッ……女性のいなくなった殺伐とした世界で、残された男たちが醜く足掻あがく姿を、見てみたいものだわ……」

 そう言いながら、チェカに向かってミステリアスな微笑を向ける。
 先程の挿絵は、このシーンのものだろう。
 人類の滅亡を望むかのようなシルヴィアのセリフと蠱惑的こわくてきな微笑みに、霧は背筋がゾクッとした。それと同時に、どこかで自分がシルヴィアと同じようなことを考えていることに気付く。
 男たちの慰み者にされ、虐げられてきた女性という生き物。
 霧は性的被害とは無関係ではない自分の過去を思い出し、男という生き物に対する不信感が意識に上るのを感じた。彼らへの何らかの復讐を願わずにいられない――いつもどこか心の奥底で、その暗い熾火おきびがくすぶり続けているのを知りながら、霧はそれらに蓋をして、忘れたふりをしてやり過ごしてきた。
 言葉にならない――いや、言葉にすることを自らに禁じているその思いが、シルヴィアのセリフと微笑をきっかけに、せり上がってくる。
 霧はその不快な感情を抑え込み、文字を追うことに集中した。

 物語は別のシーンに切り替わる。
 ある日、チェカは彼特有の力である『辞典の守護者』に絡む頼みごとを、受けた。学園を離れてその依頼に向かう途中、チェカはこれが自分をおびき出す罠だということに気付き、急いで学園に引き返す。胸騒ぎを覚えながら、三冊の『竜辞典』が収められた『伝承の間』へ向かうと、そこには――。

「えっ……?!」

 霧は驚き、小さく声を上げた。
 シルヴィアが『竜辞典』の一つを、手に取っていたのである。
 『辞典の守護者』に選ばれたチェカは例外だが、誰も他人の『辞典』にはさわれない。それは『竜辞典』でも同じ。それなのに、シルヴィアは『竜辞典』を手に持っていたのである。チェカ以外には、れられないはずの、他人の『辞典』を。

 緊迫した雰囲気の中、シルヴィアは思っていたより早く戻ってきたチェカに、動揺するどころか微笑んでみせた。不穏な気配を感じたチェカは、即座にシルヴィアの手から『竜辞典』を奪い返すと、彼女から距離を取り、どういうつもりなのかを問いただす。
 彼女はぞっとするほど美しい微笑みを浮かべて言った。

「わたくし、見てみたいのよ、チェカ。この世界が滅ぶのを。だからの誘いに乗ったの。何もかもが、壊れる音がしたのだもの。素敵でしょ、フフフ……」

 文字で綴られた本の中から、彼女の思いがにじみ出てくるようだった――その、痛みを伴った暗い感情が。それはどこか甘やかな味わいをまとい、ずしりと重く、同時に軽やかに、霧の心の奥底に降臨する。

「あぁ……」

 霧はしばし、シルヴィアに思いを馳せた。

(このひとは知っているんだ。くつがえすことのできない、重く澱んだ、絶望というものを……)

 敵に回すには恐ろしい相手。絶望は人を狂わせる。失うものがないため大胆な行動へと駆り立てる。それが破滅と紙一重だと知りながら。
 いったいこの美しいひとに、ここまで言わせる何が、あったというのだろう。

 そして。

「あっ……! そうか、あれはこのひとのことだったのか」

 突然、符号した。――ソイフラージュが警告してきた、危険な人物、が。

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