推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~

ことのはおり

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二章 入学旅行二日目

2-20b ソイフラージュの竜辞典――光と虹 2

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 霧はしばらく茫然としていた。『辞典』と文庫本を持つ手が震え、あまりの驚きに声も出ない。そんな霧を覗き込んで、『辞典妖精』が心配そうに言った。

【霧、大丈夫? うさぎ耳、猫耳に変えようか? ほらほら、可愛いでしょ、見て! あ、わんこにもできるよ、もこもこプードル耳がいい? 芝わんこの三角耳がいい? 尻尾も付けようか? ヒゲもつけようか? 語尾はニャンでもワンでも好きにつけるよ。どれがいい?】

「え……よき! どれもエモ度が超MAXで萌え。週替わりとか、いける? くまちゃん耳も追加してもらえたら更によき!!」

 真剣にそう答えた霧は、ハッと我に返り、慌てて軌道修正した。

「いやいやそうじゃない、今あたしが絶句してたのは、そうじゃなくて! ウサ耳ちゃん、なんでそんなにサービスいいの? ハッ!もしかしてこれ、何か非常に厳しい試練付きとか、何らかのバクダン抱えて爆発寸前とか、幸運に見えて実は破滅への第一歩とか、お花畑にいたと思ったら実は崖っぷちで次の一歩でドボンと海に真っ逆さま、的な、そんな展開じゃないの?! 美味しい話には裏があるのが通説! こ、怖いお! ここここ怖いお!」

 霧は小声ながらも猛スピードでそう言い終えると、本当に震えていた。『辞典妖精』は霧の頭をなでなですると、きゅるんとした可愛い瞳で霧を見つめ、真剣な口調で言った。

【怖くないよ、爆発しないよ。『竜辞典』はあなたを助けてくれるし、わたしだってそう。わたし、霧に感謝してるの。霧が大好きなの。だからあなたのために何でもしてあげたいの。肉体を具えたあるじを再び得たから、はもう怯えないで済む。新たな主を得たは、に二度と晒されない。あなたが、生きている限り】

「脅威……? えっ、何のこと?!」

【その文庫本、読んで。チェカに何があったか、わかる。でも気を付けて、敵の一人は、学園にいる。そしてきっと、他にもいる。ソイが忠告した通り、どこに敵の仲間がいるかわからない。霧の辞典が『竜辞典』だと知られたら、霧の身が危うくなる】

 霧はハッとして、反射的に部屋を見回した。競技場のホテルで目覚める直前、ソイフラージュから言動に気を付けるよう忠告されていたのを思い出す。霧はソイフラージュの名を発音するのを控えつつ、『辞典妖精』に尋ねた。

「あの、あの子……、どうしてる? 話、できそう?」

【ソイフラージュは竜と一緒に眠ってる。竜とソイフラージュは、あなたを世界になじませるために、力をほぼ使い切ったの。回復にはまだしばらくかかる。緊急時以外は、目を覚まさない。起こすこともできるけど、霧、まずはその文庫本、読んで。最後にチェカからのメッセージが書かれてる】

「わ、わかった。今すぐ読む。じゃあまたあとでね、ええと……あなたの名前……」

【付けて。あなたの考えた新しい名前で呼んで欲しいの】

「じゃ、じゃあ、えっと、えっと、そうだな、ミミちゃん。ウサ耳ネコ耳わんこ耳、どれも可愛いし……。あ、ちょっと幼稚くさい? どうしよう、違うのがいい?」

【ミミ! 嬉しい! 霧からもらった可愛い名前!】

 『辞典妖精』はうさぎの耳、猫の耳、プードルの耳を次々付け替え、またうさぎの耳を付けると、笑顔で『辞典』の中へ戻って行った。

 霧は『辞典妖精』の姿に「きゃわ~!!」と思いつつも相変わらず放心状態で、『竜辞典』にカバーを付け直し、再びホルダーに収めようとした。しかし驚きと興奮で指先が震え、なかなかうまくいかない。しばらく格闘したあと、やっときっちりホルダーに収め終えた霧は、大きく安堵の溜息をついた。そして大切な『竜辞典』をギュッと胸に抱きしめ、少なからず不安に思う。

(どうしよ、ただの国語辞典だと思ってたから、なんかずっとぞんざいな扱いしてきたよ……。今後、白手袋付けて、触るべき? なんてったって国宝級でしょ、これ。三種の神器の一つ、みたいな? いやいやいや、触るの白手袋どころか滅菌処理済みの医療用手袋とかじゃないといかんのと違う? 当然持ってないわ。どっかに売ってるかな? あ~もう、一旦落ち着こう。スーハー)

 霧は深呼吸を何度かすると、部屋中をウロウロ歩き回ったのち、また机に向かって座った。そして思い出す。この国語辞典だと思っていた『辞典』の背表紙を書店で見つけた時、そういえば光っているように感じたことを。

(特殊加工してあるんだと思ったんだよね。で、辞典にそういう派手な装丁、変わってるなぁって思って手に取って……適当にページをめくって、言葉の意味を説明した文章を読んだら、すごく面白くて買ったんだけど……あれ、レジ、持って行ったよね、あたし? あれ? え、覚えてないわ!)

 霧は購入した時の記憶が不鮮明なことに気付き、辞典を裏返してみた。チェカの施した偽装なのか、ご丁寧にバーコードまで付いている。けれどよく見れば、出版社の名前や奥付などはどこにもない。

(いやいやいや……それにしてもどうりで言葉の説明が、ウィットに富んでるわ、ぶっ飛んでるわで、よくこんな型破りで面白いの辞書として出したなぁて思ってたのよ。つまりこれ、『竜辞典』の主の、ソイフラージュの語彙ごいってことだよね? ええとつまり、1500年以上の、重みですか? パネェ……。競技場での表現バトルで、桁外れの高得点が取れるわけだわ。竜までいるんだもんね、そりゃね、癒術もサクッとね、……あはははははh)

 だんだんヤケッぱちになってきた霧は、茫然自失状態からじわじわと回復し、気を取り直して文庫本に意識を向けた。

( 『クク・アキ』8巻……。よし、読むぞ。そうだ、チェカからのメッセージとやら、先に読んじゃおっかな。いや待て、急いては事を仕損じるというではないか。ここは落ち着いて、順番通りにだね、うん、うん、よし、よし……ああ、ドキドキする)

 霧の震える指先が、8巻のページをめくる。

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