91 / 175
二章 入学旅行二日目
2-20b ソイフラージュの竜辞典――光と虹 2
しおりを挟む
霧はしばらく茫然としていた。『辞典』と文庫本を持つ手が震え、あまりの驚きに声も出ない。そんな霧を覗き込んで、『辞典妖精』が心配そうに言った。
【霧、大丈夫? うさぎ耳、猫耳に変えようか? ほらほら、可愛いでしょ、見て! あ、わんこにもできるよ、もこもこプードル耳がいい? 芝わんこの三角耳がいい? 尻尾も付けようか? ヒゲもつけようか? 語尾はニャンでもワンでも好きにつけるよ。どれがいい?】
「え……よき! どれもエモ度が超MAXで萌え。週替わりとか、いける? くまちゃん耳も追加してもらえたら更によき!!」
真剣にそう答えた霧は、ハッと我に返り、慌てて軌道修正した。
「いやいやそうじゃない、今あたしが絶句してたのは、そうじゃなくて! ウサ耳ちゃん、なんでそんなにサービスいいの? ハッ!もしかしてこれ、何か非常に厳しい試練付きとか、何らかのバクダン抱えて爆発寸前とか、幸運に見えて実は破滅への第一歩とか、お花畑にいたと思ったら実は崖っぷちで次の一歩でドボンと海に真っ逆さま、的な、そんな展開じゃないの?! 美味しい話には裏があるのが通説! こ、怖いお! ここここ怖いお!」
霧は小声ながらも猛スピードでそう言い終えると、本当に震えていた。『辞典妖精』は霧の頭をなでなですると、きゅるんとした可愛い瞳で霧を見つめ、真剣な口調で言った。
【怖くないよ、爆発しないよ。『竜辞典』はあなたを助けてくれるし、わたしだってそう。わたし、霧に感謝してるの。霧が大好きなの。だからあなたのために何でもしてあげたいの。肉体を具えた主を再び得たから、わたしたちはもう怯えないで済む。新たな主を得たわたしたちは、あの脅威に二度と晒されない。あなたが、生きている限り】
「脅威……? えっ、何のこと?!」
【その文庫本、読んで。チェカに何があったか、わかる。でも気を付けて、敵の一人は、学園にいる。そしてきっと、他にもいる。ソイが忠告した通り、どこに敵の仲間がいるかわからない。霧の辞典が『竜辞典』だと知られたら、霧の身が危うくなる】
霧はハッとして、反射的に部屋を見回した。競技場のホテルで目覚める直前、ソイフラージュから言動に気を付けるよう忠告されていたのを思い出す。霧はソイフラージュの名を発音するのを控えつつ、『辞典妖精』に尋ねた。
「あの、あの子……、どうしてる? 話、できそう?」
【ソイフラージュは竜と一緒に眠ってる。竜とソイフラージュは、あなたを世界になじませるために、力をほぼ使い切ったの。回復にはまだしばらくかかる。緊急時以外は、目を覚まさない。起こすこともできるけど、霧、まずはその文庫本、読んで。最後にチェカからのメッセージが書かれてる】
「わ、わかった。今すぐ読む。じゃあまたあとでね、ええと……あなたの名前……」
【付けて。あなたの考えた新しい名前で呼んで欲しいの】
「じゃ、じゃあ、えっと、えっと、そうだな、ミミちゃん。ウサ耳ネコ耳わんこ耳、どれも可愛いし……。あ、ちょっと幼稚くさい? どうしよう、違うのがいい?」
【ミミ! 嬉しい! 霧からもらった可愛い名前!】
『辞典妖精』はうさぎの耳、猫の耳、プードルの耳を次々付け替え、またうさぎの耳を付けると、笑顔で『辞典』の中へ戻って行った。
霧は『辞典妖精』の姿に「きゃわ~!!」と思いつつも相変わらず放心状態で、『竜辞典』にカバーを付け直し、再びホルダーに収めようとした。しかし驚きと興奮で指先が震え、なかなかうまくいかない。しばらく格闘したあと、やっときっちりホルダーに収め終えた霧は、大きく安堵の溜息をついた。そして大切な『竜辞典』をギュッと胸に抱きしめ、少なからず不安に思う。
(どうしよ、ただの国語辞典だと思ってたから、なんかずっとぞんざいな扱いしてきたよ……。今後、白手袋付けて、触るべき? なんてったって国宝級でしょ、これ。三種の神器の一つ、みたいな? いやいやいや、触るの白手袋どころか滅菌処理済みの医療用手袋とかじゃないといかんのと違う? 当然持ってないわ。どっかに売ってるかな? あ~もう、一旦落ち着こう。スーハー)
霧は深呼吸を何度かすると、部屋中をウロウロ歩き回ったのち、また机に向かって座った。そして思い出す。この国語辞典だと思っていた『辞典』の背表紙を書店で見つけた時、そういえば光っているように感じたことを。
(特殊加工してあるんだと思ったんだよね。で、辞典にそういう派手な装丁、変わってるなぁって思って手に取って……適当にページをめくって、言葉の意味を説明した文章を読んだら、すごく面白くて買ったんだけど……あれ、レジ、持って行ったよね、あたし? あれ? え、覚えてないわ!)
霧は購入した時の記憶が不鮮明なことに気付き、辞典を裏返してみた。チェカの施した偽装なのか、ご丁寧にバーコードまで付いている。けれどよく見れば、出版社の名前や奥付などはどこにもない。
(いやいやいや……それにしてもどうりで言葉の説明が、ウィットに富んでるわ、ぶっ飛んでるわで、よくこんな型破りで面白いの辞書として出したなぁて思ってたのよ。つまりこれ、『竜辞典』の主の、ソイフラージュの語彙ってことだよね? ええとつまり、1500年以上の、重みですか? パネェ……。競技場での表現バトルで、桁外れの高得点が取れるわけだわ。竜までいるんだもんね、そりゃね、癒術もサクッとね、……あはははははh)
だんだんヤケッぱちになってきた霧は、茫然自失状態からじわじわと回復し、気を取り直して文庫本に意識を向けた。
( 『クク・アキ』8巻……。よし、読むぞ。そうだ、チェカからのメッセージとやら、先に読んじゃおっかな。いや待て、急いては事を仕損じるというではないか。ここは落ち着いて、順番通りにだね、うん、うん、よし、よし……ああ、ドキドキする)
霧の震える指先が、8巻のページをめくる。
【霧、大丈夫? うさぎ耳、猫耳に変えようか? ほらほら、可愛いでしょ、見て! あ、わんこにもできるよ、もこもこプードル耳がいい? 芝わんこの三角耳がいい? 尻尾も付けようか? ヒゲもつけようか? 語尾はニャンでもワンでも好きにつけるよ。どれがいい?】
「え……よき! どれもエモ度が超MAXで萌え。週替わりとか、いける? くまちゃん耳も追加してもらえたら更によき!!」
真剣にそう答えた霧は、ハッと我に返り、慌てて軌道修正した。
「いやいやそうじゃない、今あたしが絶句してたのは、そうじゃなくて! ウサ耳ちゃん、なんでそんなにサービスいいの? ハッ!もしかしてこれ、何か非常に厳しい試練付きとか、何らかのバクダン抱えて爆発寸前とか、幸運に見えて実は破滅への第一歩とか、お花畑にいたと思ったら実は崖っぷちで次の一歩でドボンと海に真っ逆さま、的な、そんな展開じゃないの?! 美味しい話には裏があるのが通説! こ、怖いお! ここここ怖いお!」
霧は小声ながらも猛スピードでそう言い終えると、本当に震えていた。『辞典妖精』は霧の頭をなでなですると、きゅるんとした可愛い瞳で霧を見つめ、真剣な口調で言った。
【怖くないよ、爆発しないよ。『竜辞典』はあなたを助けてくれるし、わたしだってそう。わたし、霧に感謝してるの。霧が大好きなの。だからあなたのために何でもしてあげたいの。肉体を具えた主を再び得たから、わたしたちはもう怯えないで済む。新たな主を得たわたしたちは、あの脅威に二度と晒されない。あなたが、生きている限り】
「脅威……? えっ、何のこと?!」
【その文庫本、読んで。チェカに何があったか、わかる。でも気を付けて、敵の一人は、学園にいる。そしてきっと、他にもいる。ソイが忠告した通り、どこに敵の仲間がいるかわからない。霧の辞典が『竜辞典』だと知られたら、霧の身が危うくなる】
霧はハッとして、反射的に部屋を見回した。競技場のホテルで目覚める直前、ソイフラージュから言動に気を付けるよう忠告されていたのを思い出す。霧はソイフラージュの名を発音するのを控えつつ、『辞典妖精』に尋ねた。
「あの、あの子……、どうしてる? 話、できそう?」
【ソイフラージュは竜と一緒に眠ってる。竜とソイフラージュは、あなたを世界になじませるために、力をほぼ使い切ったの。回復にはまだしばらくかかる。緊急時以外は、目を覚まさない。起こすこともできるけど、霧、まずはその文庫本、読んで。最後にチェカからのメッセージが書かれてる】
「わ、わかった。今すぐ読む。じゃあまたあとでね、ええと……あなたの名前……」
【付けて。あなたの考えた新しい名前で呼んで欲しいの】
「じゃ、じゃあ、えっと、えっと、そうだな、ミミちゃん。ウサ耳ネコ耳わんこ耳、どれも可愛いし……。あ、ちょっと幼稚くさい? どうしよう、違うのがいい?」
【ミミ! 嬉しい! 霧からもらった可愛い名前!】
『辞典妖精』はうさぎの耳、猫の耳、プードルの耳を次々付け替え、またうさぎの耳を付けると、笑顔で『辞典』の中へ戻って行った。
霧は『辞典妖精』の姿に「きゃわ~!!」と思いつつも相変わらず放心状態で、『竜辞典』にカバーを付け直し、再びホルダーに収めようとした。しかし驚きと興奮で指先が震え、なかなかうまくいかない。しばらく格闘したあと、やっときっちりホルダーに収め終えた霧は、大きく安堵の溜息をついた。そして大切な『竜辞典』をギュッと胸に抱きしめ、少なからず不安に思う。
(どうしよ、ただの国語辞典だと思ってたから、なんかずっとぞんざいな扱いしてきたよ……。今後、白手袋付けて、触るべき? なんてったって国宝級でしょ、これ。三種の神器の一つ、みたいな? いやいやいや、触るの白手袋どころか滅菌処理済みの医療用手袋とかじゃないといかんのと違う? 当然持ってないわ。どっかに売ってるかな? あ~もう、一旦落ち着こう。スーハー)
霧は深呼吸を何度かすると、部屋中をウロウロ歩き回ったのち、また机に向かって座った。そして思い出す。この国語辞典だと思っていた『辞典』の背表紙を書店で見つけた時、そういえば光っているように感じたことを。
(特殊加工してあるんだと思ったんだよね。で、辞典にそういう派手な装丁、変わってるなぁって思って手に取って……適当にページをめくって、言葉の意味を説明した文章を読んだら、すごく面白くて買ったんだけど……あれ、レジ、持って行ったよね、あたし? あれ? え、覚えてないわ!)
霧は購入した時の記憶が不鮮明なことに気付き、辞典を裏返してみた。チェカの施した偽装なのか、ご丁寧にバーコードまで付いている。けれどよく見れば、出版社の名前や奥付などはどこにもない。
(いやいやいや……それにしてもどうりで言葉の説明が、ウィットに富んでるわ、ぶっ飛んでるわで、よくこんな型破りで面白いの辞書として出したなぁて思ってたのよ。つまりこれ、『竜辞典』の主の、ソイフラージュの語彙ってことだよね? ええとつまり、1500年以上の、重みですか? パネェ……。競技場での表現バトルで、桁外れの高得点が取れるわけだわ。竜までいるんだもんね、そりゃね、癒術もサクッとね、……あはははははh)
だんだんヤケッぱちになってきた霧は、茫然自失状態からじわじわと回復し、気を取り直して文庫本に意識を向けた。
( 『クク・アキ』8巻……。よし、読むぞ。そうだ、チェカからのメッセージとやら、先に読んじゃおっかな。いや待て、急いては事を仕損じるというではないか。ここは落ち着いて、順番通りにだね、うん、うん、よし、よし……ああ、ドキドキする)
霧の震える指先が、8巻のページをめくる。
10
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!



【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜
夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。
不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。
その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。
彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。
異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!?
*小説家になろうでも公開しております。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる